アニメ『電脳コイル』などで知られる磯 光雄監督の約15年ぶりとなるオリジナルアニメ『地球外少年少女』が完成した。
不世出のアニメーターとして『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』『おもひでぽろぽろ』『新世紀エヴァンゲリオン』『BLOOD THE LAST VAMPIRE』『キル・ビル』などに参加してきた磯監督は、2007年に自身で原作・脚本・監督を手掛けた『電脳コイル』を発表。初監督作ながら、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞や日本SF大賞など多くの賞を受賞した。
待望の新作となった『地球外少年少女』は、テクノロジーの発達により、人類の宇宙進出が本格化した2045年を舞台に、日本製の宇宙ステーションで暮らす子どもたちと、地球から旅行にやって来た子どもたちとの出会いと冒険を描くジュブナイル。
全6話で構成され、現在は後編が2月11日から2週間限定で劇場公開中。劇場公開限定版のBlu-rayとDVDも販売されているほか、Netflixでも全世界配信中だ。
インタビュー前編に続き、後編では映像面でのこだわりと、アイデアの源についてうかがった。
■監督が「撮影」を兼務するメリットと大変さ
――磯さんは『電脳コイル』に続き、本作でも原作・脚本・監督を務められているほか、「撮影」(※)でもクレジットされています。実は以前から気になっていたのですが、監督が撮影も兼務するケースは珍しいのではないでしょうか。
磯 そうかもしれません。単にチェックしているだけではなくて、私の場合「撮影」工程で最終的な画面づくりをやっています。
※撮影とは、各制作部門からあがってきた素材を一つにまとめて実際に放送される作品に仕上げるパートのこと。現在はカメラを使うわけではなく、パソコンに素材を取り込んで作業していくことが主流。初めて完成したアニメを見ることができるパートであり、内容をチェックするほか、特殊効果を追加したりするなど細かい修正を行うこともある。
――それはやはり必然性があって?
磯 映像的な完成度を決定する作業をやってるので、自分の場合は必須の作業になってますね。撮影は通常、アニメ制作における最終工程で、正確に言えばコンポジットと呼ばれる作業なんですが、ただ私がやっているのは一般的な撮影ではなく、エフェクトの追加・作画の調整といった演出的な判断も含む作業がほとんどになります。
――しかし、そこまで監督が担当したら、作業量はさぞ膨大になるのでは?
磯 制作の最後のほうはだいたい徹夜です。この歳で徹夜はきついなと思うんですけど、本作も結局は何回も徹夜しました。ただ、それが作品にとって必要で、自分でやるべきだと判断して実行するので苦にはならないです。
――そうなると完成の瞬間は磯さんが納得したとき?
磯 納得するところまで行くことはあまりないです。終わるのは時間か体力が尽きたときですね。私からの応答がなくなると、「これで終わりです」って(笑)。
――同じやり方をしている監督はいるのでしょうか?
磯 撮影段階で画面のコントロールをする監督は数人います。でも、それぞれやり方が違っていて。お互い具体的に何をやっているかはわからないんじゃないかな。
私はAfter Effectsというソフトでやっていますが、その中で何をやっているかという情報はまず出さないし、誰かに見せるにしても他人の組んだファイルは難解でなかなか解読できないんですよ。どういう意図で組んだのか、作った人にしかわからないことも多いです。
――After Effectsのファイルの中に詰まったノウハウが、磯さんの監督作における"秘伝のタレ"なんですね。
磯 先祖代々継ぎ足ししてきたうなぎ屋のタレみたいなもんですね(笑)。
■ストーリーは字コンテとして発想する
――磯さんはアニメーター出身ということもあり、『電脳コイル』や『地球外少年少女』といったオリジナルの企画を考える際は、ビジュアルから先に発想されたりするのでしょうか?
磯 アニメーターから転向した演出家は、だいたいイメージボードとか絵コンテから入りますけど、私の場合、ストーリーについては大体シナリオとして出てきます。ただ、そのシナリオも映像を伴う字コンテのようなものですね。とはいえ、これは自分の体験としてお話すると、どんなやり方でも基本的には同じなんですよ。物語を思いついて、それを字で書き留めるか、絵で書き留めるかの違いでしかない。
――つまり、字としてアイデアを書き留めるけど、同時に作りたい絵も見えているわけですね。
磯 そうです。セリフ運びとか、アイデアの中身に寄っては字のほうが素早く書き取れるということもありますが、そもそも思いつくのはシナリオでも絵コンテでもなく、アニメーション作品そのものなので、それを書きやすい方法で書き留めるということです。
あとは応答の問題もあります。絵を描くときって、手が別の脳として働くんですよ。だから、描いた絵から何か思いも寄らない答えや断片が出てくることもある。絵も文章も、それぞれに引き出される何かが違ってくるので、一概にどちらが良いとは言えない。
ただ、絵にしても文章にしても、こうして降りてきたアイデアや断片は大抵辻褄が合わないので、断片的なイメージに設定を加えてみたり、互いのバランスを取ったりして、最終的に全体を一つのストーリーにしてゆく作業が必要になります。私はバラバラな要素の辻褄を合わせるのが比較的得意なので、ここで調整しながら構成やシナリオの作業を進める形になりますね。
――『地球外少年少女』のキャラクターについてもお聞きしたいのですが、本作で磯さんがもっとも共感できる人物は?
磯 登矢ですね。吉田健一(キャラクターデザイン)からの人気はなかったですけど。
――主人公なのに。
磯 登矢はちょっとヒネた厨二病だから(笑)。吉田健一は「悩んでいたらバイクをかっ飛ばせばスッキリする」というタイプで、登矢のことは「複雑でよくわからない」と言っていました。登矢はウジウジ悩む性格。登矢のモデルはかなりの部分が自分自身なので。
――自然と主人公に自分が投影されたのでしょうか?
磯 自分で考える以上、基本的には全員自分の一部なのだろうとは思います。ただ物語の都合上、他人を意図的に出すことはあります。『電脳コイル』だったら、主人公のヤサコが唯一の他人でした。
――それは意外です。
磯 ヤサコだけは気持ちがわからない。幸せな家庭に育ち、大人しくて、誰にでも優しくしようとする。彼女は自分の中から出てきたわけではなくて、今まで出会った、ヤサコに似た他人たちをモデルにしたキャラクターです。だから、シナリオを書いていても感情移入はしていなかった。
最初はヤサコをひどい性格にしてみたんです。野良電脳ペットを生け捕りにして、ペットショップに売るような人物として考えていました。今のフミエの性格が最初はヤサコのもので、このときのヤサコは自分自身だった。だけど、それでうまく物語が転がらずになかなか進まなかった。
そこでヤサコを普通の女の子、他人にしてみたら、逆に周りが変人ばかりで、主人公がそれに巻き込まれていく物語が進み始めました。まさに書いてみたら偶発的に出てきたものです。
だから、絵だけでなく、文章も書いてみることで命を得ていくことはありますね。
■作品のジャンル分けには興味がない
――『地球外少年少女』は未来の宇宙を舞台にしていることもあり、SFアニメというジャンルになるのでしょうか?
磯 私はSF全盛期に育ったので、SFと呼ばれるジャンルは大好きだし、優れた先達の作品から多くの楽しいヒントをもらってます。この一時代を築いて我々を楽しませてくれた先達の精神には常に敬意を抱いていますが、正確な描写が主役になって、私が親しんだ、気軽に楽しむためのSFの季節が終わってからは、距離を感じるようになりました。
個人的には、私はこの作品がSFかと聞かれたら、「SFかどうかはわからない」と答えることにしてます。SFかどうかって分類は創作でなく評論などがすることであって、自分としては誰でも楽しめるエンターテインメント作品を作りたいだけなんですよね。SFを名乗らないのは、SFかそうでないかで無用な論争が起こって、せっかく集まってくれた、気軽にエンターテイメントを楽しみたいだけのお客さんが傷つくのを避けたい気持ちもあります。
そのため作品作りの現場でも、正確な考証よりエンターテイメントを優先しました。考証側のスタッフとはいつも対立してました。確かに最低限の知識も楽しむために必要なのですが、考証を優先してたら説明だらけ、数字だらけになって多分エンタテイメントとしては失敗してたんじゃないかと思います。今前半の感想を見て、純粋に楽しんでくれている多くのお客さんの反応を見ていると、その判断は正しかったと思います。
これは、電脳コイルのときから同じスタンスなので、電脳コイルのときも私個人としてはSFは名乗ってないんです。考証で評価してくれる人もいるかも知れないけど、その部分が今ほどなくても作品の価値はあまり変わらなかったと思う。もちろん、この作品をきっかけに専門家を目指す人は、その時点からエンターテイメントではなくなるので、改めて正しい知識を目指してほしいと思いますが、フィクションである限りは、専門家からみたらおかしいところがいっぱいあっても、それを上回るシナリオやキャラクターの魅力で楽しんでもらうのが私の仕事だと思ってます。
言ってみれば、我々作り手は蝶々なんですよ。ひらひら飛んで人を楽しませるだけで役割を果たしていると思います。ジャンル分けをしたり、解剖して分析したがる人は、蝶々を捕まえて殺して標本にしたいわけですよね。それは昆虫学者の仕事で、どの標本箱に収まるかは、我々蝶々自身とはあまり関係がないんです。
――ラベリングは作り手とは関係ないものだと。
磯 個人的には、観客が面白く楽しい気持ちになることが最優先だと思っているので、ジャンル分けの論争や、数字が正しいかどうかといった論争とはできるだけ無縁でありたいですね。
――最後に、本作はタイトルの通り、少年少女を主要人物として、彼らの交流と成長を描く物語です。その世代に向けたメッセージはありますか?
磯 そうですね......本作では人間の心が保たれる話にしようと決めていました。というのも、世の中には人が道を踏み外す話がたくさんあるからです。もちろん、そういう物語を求める年齢というのもあります。その子たちからすれば生ぬるく見えるかもしれないですが、最後まで見てもらえれば、きっと楽しんでもらえるものになるんじゃないかと思っています。
●磯光雄(いそ・みつお)
アニメ監督、アニメーター、脚本家、演出家。原作・全話脚本・監督を兼任した近未来SF『電脳コイル』は、2007年文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、第7回東京アニメアワードTVアニメ部門優秀賞、第39回星雲賞メディア部門、第29回日本SF大賞を受賞。その傑出した発想力と豊かなキャラクターアニメーションは、世界中で高い評価を受けた。アニメーターとしても、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』『新世紀エヴァンゲリオン』『BLOOD THE LAST VAMPIRE』『ラーゼフォン』などで活躍。作画面だけでなく、様々な分野でその手腕を奮っている
■オリジナルアニメ『地球外少年少女』は、後編が劇場上映中。また劇場公開版Blu-ray&DVDも発売中のほか、Netflixでも全世界配信中!
©MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会