毎号、旬な著名人の似顔絵が表紙を飾る漫画誌『ビッグコミック』(小学館)でその似顔絵を描いていた金子ナンペイ氏が、担当になって10年の節目を迎えた2021年の最終号をもって退任した。
直後の大晦日には『地獄の挑戦2021-2022』と題して、18時間ぶっ通しで絵を描き続ける様子を生配信。年またぎで一心不乱に絵を描き続け、新たな一歩を踏み出した。
過剰に濃い画風から「地獄の念力絵師」の異名を持つ金子ナンペイ氏は、どこへ向かっているのか――「僕は一回死んだ」という、現在の心境を聞いた。
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映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年公開)を観たことをきっかけに、小学生の頃から『宇宙戦艦ヤマト』の絵を描いていたという金子。中学生になるとアイドルやアニメのキャラを描くようになり、一躍クラスの人気者になったが、これには決定的な理由があった。
「片っ端から脱がして描いたんです(笑)。当時、アイドル雑誌『BOMB』の読者投稿ページに、点描で松田聖子さんとかを描いている人がいて、顔から下は脱がしていたんですよ。そこから影響を受けて描いているうちに、みんなから『次はあれ描いて!』と頼まれるようになったんです」
不純な動機があったとはいえ、自分が描いた絵で喜ぶ人がいる。その原体験から絵描きの道を志した金子は、デザイン系の高校、専門学校に進学。卒業後はゲーム会社に就職して、シューティングゲームに出てくる機体などを作るデザイナーとなり、ドット絵を描く日々を送る。
「最初に出てくる雑魚キャラも、どこに機銃をつけてとか、あそこにライトをつけてとか、めちゃくちゃこだわって描いていたんですけど、出た瞬間に撃たれて爆発する(笑)。機銃がついていたなんて、誰も気づかないんですよね。なんの意味があるんだろうっていう悲しさはありました」
一時は「あらゆるものがドット絵に見えた」というほど仕事に打ち込んだが、才能を持て余して24歳でイラストレーターとして独立。
はじめのうちは制作に時間をかけすぎ、まったく稼げなかったそうだが、その必要以上に描き込むスタイルは徐々に評判を呼び、雑誌やCDのジャケット、映画やイベントのポスターなど、多方面からオファーを受けるようになった。
特に2000年代に手掛けたファイティングオペラ『ハッスル』シリーズのポスターや、ゴルフ雑誌『GOLF TODAY』の表紙イラストなどは、目にしたことがある人も多いのではないだろうか。
『ビッグコミック』の表紙を描き始めたのは、2011年12月10日号から。当初は前任だった日暮修一(ひぐらし・しゅういち)氏の病気によるピンチヒッターとしての起用だったが、回復が思わしくなく、そのまま後任を務めることになった。
「僕が学生の頃は、絵の表紙といえば『ぴあ』か『ビッグコミック』。日暮さんの絵は表紙を切り取ってファイリングしていたくらい好きだったんです。だから、ずっと目標だったんですよね。
それに自分自身、表紙に惹かれて『ビッグコミック』を買って、連載されている『ゴルゴ13』を読むようになったので、表紙の力というのをすごく信じていたんです」
はじめは編集部からの要望もあり、日暮氏のタッチに寄せて描いていたそうだが、自分なりの強みを入れる必要性も感じていたという。
「日暮さんの絵はノスタルジックな色合いだったんですけど、当時は印刷技術がグングン上がって鮮明になっていたので、より精度を上げて、少し強い色を使うようにしたんです。ただ、絵の具を使って描くことにはこだわりましたね。日暮さんもアナログで描かれていたので、絶対にデジタルにはしないぞと思っていました」
10年間で描いた"顔"は200人以上。2016年にポール・マッカートニーを描いた際は、本人から「クール!」というメッセージをもらうなど、その画力は国境を越えて評価された。
唯一、スポーツ選手の動いているときの顔は、「口を開けたりしていると、誰だかわからなくなっちゃうことが多い」と難しいそうだが、有名人か一般人かは関係ないと言う。
「過去に『ビッグコミック』で、読者のなかから1名だけ表紙仕様にして描きますっていう企画があったんですけど、そのときも描いてみたら味があって楽しかったんです。もちろん芸能人も魅力的ですけど、普通の人の顔が描きにくいとかはないですね。
それよりも、加工された芸能人の写真を見ながら描くほうがツラい(笑)。シワやクマがあるから顔は魅力的になると思うので、もっと大事にしてほしいです」
『ビッグコミック』は月2回発行され、表紙の絵を描くには約1週間かかる。つまり、1年のうち168日は顔を描いていたことになる。その膨大な時間は今後、どのように費やされるのだろうか。
「僕は一回死んだと思っているんです。『ビッグコミック』の表紙を描くことは、自分の人生の最終ページだと思っていたけど、次のページを描かなきゃいけなくなった。
今は何を描こうか考えているところですけど、絵じゃなくてもいいかもしれないし、金子ナンペイという名前を捨ててもいい。『お前、ヘタじゃん』と言われてもいいから、今までと違うところで評価を受けたい」
そんな金子が再スタートの場に選んだのが、『地獄の挑戦2021-2022』と題した生配信だった。昨年の大晦日から今年の元日にかけて18時間、打楽器を演奏するミュージシャンや、ライフルを持った女性モデルなど、対象や素材、画法を変えながら、ひたすら絵を描き続ける様子がYouTubeで公開された。
「別に制作風景を見せたいタイプじゃないし、ライブで描けなかったら恥ずかしいじゃんと思っていたんですけど、案の定、酷かったですね(笑)。でも、あそこでしか描けないもの、これから描きたいものの片鱗は掴めた気がします」
『ビッグコミック』では写真を見て描いていたが、久しぶりに生身の人間を前に絵を描いたことで、金子は自分の絵を見つめ直すいい機会になったという。その"掴めた片鱗"とは、どんなものなのか。
「これまでは写真に近づけつつ、僕のなかでいいと思っている要素を強調して描いていたけど、そうするとモデル依存が強くなって、ファンタジーが入りにくい。これからは写実よりもファンタジーで勝負したほうが、より"僕のもの"と言えるのかなって。
写実的な絵に興味を持っていた時期もあったんですけど、ネットとかで『これ写真みたいだけど絵なんだぜ!』みたいな感じで話題になっているのを見て、『俺がやりたいのはそこなのか?』と思ったんです。それよりはひと目で絵だとわかるものを残したい」
近年は写真と見紛うような絵が流行っている一方で、ただトレースしただけではないかという批判も少なくない。では、金子にとって"いい絵"とは?
「捨てられない絵かな。雑誌の挿絵でも(ページをめくる)手を止めたいと思って描いていたんですよ。結果的に捨てられてもいいけど、捨てる前に『あ、これ......』って、一回は手を止めたい。
それと、今までは時間をかけて描いて、それがお金になるんだと思っていたんです。これだけ集中して描いたものには、何か宿っているだろうと信じていた。ただ、今は何が正解かわからない。全部疑ってますね」
3月には近年注目を浴びているNFTアート作品の発表、6月には初の油絵で制作中の100号サイズの新作発表、展示会も予定している。金子は取材中、何度も「リセット」「ゼロからのスタート」といった言葉を繰り返していたが、「これだけ顔を描き続けたから何か残っているはず」とも口にしていた。
原点=アイドルを脱がすというファンタジーを描いていた金子が、40年近い時を経て描くファンタジーは、どれほどの人を魅了するのか。今度はクラスの人気者にとどまらないことだけは間違いないだろう。
●金子ナンペイ
本名:金子南平。1968年 横浜生まれ。1992年よりフリーのイラストレーターとして活動。1994年頃より、主にアスキー系のイラスト『ゲーム帝国』などを担当し、その濃い画風から「地獄の念力絵師金子」と呼ばれる。2000年に描いた映画『PARTY7』のポスターを切っかけに、雑誌『サイゾー』や多方面からの依頼が増え、2004年から携わったファイティングオペラ『ハッスル』シリーズのポスターが大好評となる。座右の銘は「人生なるべく楽しく」。今後の活動詳細は『金子ナンペイ事務所』公式サイトにて。
公式Twitter【@nampeikaneko】【@nampei_office】
公式Instagram【@nampeikaneko】
『金子ナンペイ』公式Youtubeチャンネル「金子ナンペイ地獄の挑戦2021-2022」