集英社の青年漫画誌『グランドジャンプ』で連載中の人気漫画『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』(以下『カモネギ』)が反響を呼んでいる。
悪質ファンドやマルチ商法など、立場の弱い人から金銭を騙し取る悪党を、ひとりの天才経済学者が次々と成敗していくというストーリー展開で、『LIAR GAME』の作者・甲斐谷忍氏と、『クロサギ』、『正直不動産』の原案者・夏原武(なつはら・たけし)氏がタッグを組んだことでも注目されている一作だ。
4月19日(火)に単行本の第1巻が発売されたタイミングで、本作"カモネギ"の原案を担当する夏原氏にインタビューを敢行。裏社会の実態を長年取材し続けているルポライターとしての顔も併せ持つ夏原氏が、"弱者をカモにする"最新の手口をつまびらかに明かす!
――『カモネギ』では、共済詐欺、ソフト闇金、不正受給に絡む詐欺......などを働く様々な小悪党が登場しますが、原案を作る段階では、事前に関係者へ取材されるのですか?
夏原 "事前に"といいますか、ボクはもともと"悪い人"ですからねぇ(苦笑)。20代の頃は裏稼業をやり、そのコネクションを生かして30歳頃にルポライターに転身して、そこからずっと裏社会の取材活動を継続しています。なので、もちろん今作のために追加取材することもあるのですが、普段の取材で得たネタをピックアップする形の方が多いでしょうか。
僕が一番得意としている取材テーマは、加害者側の心理や手法。そこを知ることができるというのは、ちょっと人より優れているところかもしれない。『カモネギ』の原案づくりにも、その強みは存分に発揮させてもらっています。
――夏原さんから見て、新型コロナは裏社会にどんな影響を与えましたか?
夏原 繁華街の飲食店が休業や時短営業を強いられ、客足が遠のいた影響で、暴力団の収入源であったみかじめ料がますます取りにくくなり、賭場も開きにくくなった。表の社会と同じく、コロナの影響は裏社会にもドンと来ています。
ただ、家にいくら現金があるかを尋ねたあとに強盗に押し入る「アポ電強盗」など、暴力的に金銭を奪い取る犯罪は減らなかった。この一線は越えてはならないという裏のルールがほぼ崩壊し、反社の一部が"マフィア化"している印象を受けます。
一方で、詐欺やマルチ商法が"オンライン化"している。従来はリアルの会場で行なうセミナーが集客装置だったが、今ではSNS経由で勧誘したり、オンラインサロンを開く手法が定着しました。それは多くの人がリモート環境に慣れ、画面越しに見る世界が日常となったから。
以前は六本木ヒルズの会議室を用意したり、わざわざクルーザーを貸し切ったり、人を騙(だま)す演出にカネを掛けていたが、今では画像や動画で代用できるようになり、より低コストで人を騙せるようになった。そのせいで、資金をドンと掛けて金銭をだまし取る大掛かりな詐欺が減った反面、"ちっちゃな詐欺"を働く小悪党がものすごく増えた印象です。
――立場の弱い人を〝カモる〟手法は時代と共に変化しているのでしょうか?
夏原 どんな人を標的にするか、あるいはどんな心理につけ込むかといった根幹の部分は変わりません。詐欺師や悪徳業者といった連中は、人の一番の弱みを一瞬で見抜くノウハウを持っています。
分かりやすい事例でいえば、高級住宅街に行って、立派な家の駐車場にずらっと高級外車が並ぶなか、一軒だけ庶民的な国産車が止まっていたりすると、彼らはその家に照準を合わせます。自らが周りより見劣りするという劣等感をもとに、相手の心のスキに入り込んでいくんですね。
一方、細かな部分は時代と共に変化しています。典型的なのが特殊詐欺で、いまはATMへの警戒が強まっているために手渡し型が主流になっている。また、取引の追跡がされにくい暗号資産(仮想通貨)を使って金銭の騙し取る詐欺も急増しました。
詐欺や悪徳商法というのは、"時代と寝るビジネス"とも言われる。彼らは、人が今何を求めているのか、報道番組ではどんなネタがよく取り上げられているのか? といった時代性を常に意識しながら、"カモ"を食いつかせるエサや手口をアップデートさせているのです。
――第1巻で取り上げられた「ひととき融資」も新手の犯罪ということでしょうか?
夏原 性的関係を見返りに、SNSで知り合った女性にカネを貸し付けるのが「ひととき融資」。「性行為をしないと利息は倍になる」などと女性の弱みに付け込むのが典型的な手口で、さらに悪質な場合には行為中の様子を盗撮し、それで脅して繰り返し身体の関係を強要します。
この「ひととき融資」が出だしたのは今から10年ほど前ですが、コロナ禍で被害がドッと増えた。若い女性やシングルマザーなど、仕事を失って生活苦に陥る人が増えたからです。特徴的なのは、「携帯代が払えない」というところを入口にして負のループにハマっていく女性がかなり多い点です。
援助交際は数万払ってホテルで寝て完結する、というある種、両者間での経済関係が成り立っているが、「ひととき融資」はカネを貸し付け、法外な利息をとり、あわよくば脅して寝るという、男性側が圧倒的に優位な立場を利用している点で非常に悪質です。
――「#ひととき融資」でツイッター検索すると、「今週中に200必要です。助けてください」といった女性側のツイート、「18~30歳までの女性限定で支援します」といった男性側のツイートが山ほど出てきます......(苦笑)。
夏原 「ひととき融資」はSNS上でアングラなマーケットができあがってしまっているのが実情です。一定の需要があり、ツイッターなどで手軽にアクセスできるために、闇金融の新たな手口となっている一方で、ビットコインなどで小金を儲けた一般の男性がひとときの快楽を求めて参入してくる傾向もある。
個人間融資なので貸金業法の規制の対象外だったんですが、最近、金融庁が「ひととき融資」も貸金業であり、法規制の対象になるという警告を発した(*現在も金融庁ホームページには『SNS等を利用した「個人間融資」にご注意ください!』という警告文が載っている)。これが被害軽減につながればいいが、女性側が被害届を出さなければ事件化は難しい。弱みを握られた被害女性がSOSを発しやすい体制を作ることが必要だと思います。
――『カモネギ』では、コロナ禍で横行した給付金の不正受給もテーマにされています。
夏原 そうですね。雇用調整助成金と事業再構築補助金を題材にしましたが、ご存じのように、政府は事業者への迅速給付を優先するため、手続きを簡素化し、審査も甘くした。悪だくみをする連中にとって、こんなにおいしい話はめったにない。それは当然食いつきますよと。
――作中では組織ぐるみの給付金詐欺の実態が克明に描かれていますが、その組織の頂点に、法制度を作る側のキャリア官僚がいた。これは現実に起きたことですか?
夏原 昨年、経産省キャリア官僚2名が「家賃支援給付金」を詐取した疑いで逮捕されました。ふたりの犯行は『カモネギ』で描いたほど大掛かりなものではなかったにせよ、官僚という立場を利用し、私腹を肥やそうとしていた意識構造はまったく同じ、いわゆる"クソ官僚"です。
――そうした小悪党を天才経済学者・加茂洋平が次々と成敗していく点が『カモネギ』の最大の見所です。それも警察に突き出すのではなく、行動経済学などの実践的な経済理論を駆使して、被害者がだまし取られたカネを奪い返すという構図が特徴的ですね。
夏原 詐欺師や悪徳業者など、金銭をだまし取る側を長年取材してきた結論としてひとつ言えることは、彼らにとって一番痛いのは、逮捕されることよりカネを失うこと。警察の捜査対象となり、そろそろ捕まりそうだとなれば、彼らは「金主(きんしゅ)」と呼ばれる裏のカネ貸し業者に分け前を渡して財産を預け、警察の手が及ばないところに隠します。
特に、詐欺は再犯率が高い。詐欺師は刑務所に入っている間に何を考えているかというと、出所したら次はどんな詐欺をやろうかということ。以前、ある詐欺師を取材しようと刑務所へ面会に行った際、彼は「夏原さん的に問題点を指摘してください」と、計画中の詐欺の企画書みたいなものを見せてきた。もちろん、そんなものに協力はしませんが、彼はその後出所し、また詐欺を働いてパクられました(苦笑)。
――詐欺師が詐欺をやめにくい理由はあるんですか?
夏原 それは、その時の快感を忘れられないからだと思います。これは普通の人もそうだと思いますが、うまくウソをついて人を騙せたときってちょっと嬉しくなるでしょう? それがお金と結びついているから、詐欺はなかなかやめられないんです。
残念ながら、現実の法制度は彼らを更生させるほど厳しいものにはなっていません。さらにいえば、詐欺で捕まるのは末端の人間ばかりで、組織の上にいる本当に悪い連中は警察の手が届かないところに逃げ隠れ、立場の弱い人たちをカモにして搾取し続けている。
だからこそ、ひとりの天才経済学者が彼らを完膚(かんぷ)なきまでに叩きのめすというストーリー展開には、胸のすくような読後感を得てもらえると思っています。
――最後に、『カモネギ』をどんな人に読んでもらいたいですか?
夏原 あらゆる世代の人に読み応えのある内容になっていると思いますが、今後は18,19歳の新成人を標的にするマルチ商法がテーマとなります。これまで、悪徳なマルチ商法業者は20歳になるのを待って勧誘していた。それは、未成年者が親の同意なく単独で契約してしまった場合に、いつでもその契約を取り消せる「未成年者取消権」があったから。未成年者はこれに保護されている以上、うかつな勧誘ができなかったのです。
しかし、今年4月1日に民法改正によって成人年齢は20歳から18歳に引き下げられた。これにより、今後は18、19歳の高校生や大学生がマルチ商法のターゲットになります。『カモネギ』では、騙す側の心理や手口を明らかにしつつ、ある大学生がマルチ商法にハマり込んでいく様をリアルに描写しています。とてもためになると思うので、新成人の方々にはぜひ、読んでもらいたいですね。
夏原武(なつはら・たけし)
1959年生まれ、千葉県出身。作家、ルポライター。漫画原作担当作品に、『クロサギ』、『逃亡弁護士成田誠』、『任侠転生-異世界のヤクザ姫-』、『正直不動産』(原案)、『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学講義』(原案)など多数