映画『流浪の月』で監督を務める李相日さん

『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数多くの人気番組を手がけてきたバラエティプロデューサー角田陽一郎氏が聞き手となり、著名人の映画体験をひもとく『週刊プレイボーイ』の連載『角田陽一郎のMoving Movies~その映画が人生を動かす~』

5月13日に全国公開予定の映画『流浪(るろう)の月』で監督を務める李相日(リ・サンイル)さんが影響を受けた監督や作品、自身の作風について語ります!

■リメイクするほど好きなイーストウッド作品のハリウッド的でない魅力

――子供の頃に見て印象に残っている作品は?

 小さい頃だと『E.T.』(1982年)ですね。小学校の夏休みに、いとこと親戚のおじさんに連れていってもらったことを覚えています。終盤の自転車が飛ぶシーンでボロ泣きしまして。いとこと一緒に行っていたので、「泣いていることをバレるのはいやだな」と思っていたのを覚えています。

――では、この業界に進んだきっかけは?

 「決定打になった作品は?」と聞かれると、いろいろあるので難しいですね。あと、何をいつ見たのかどんどんわからなくなってるので(笑)。

――それはそうですよね(笑)。

 でも、高校までは洋画ばかりで、日本映画は有名どころぐらいしか見たことがなかったんです。変わったのは、日本映画学校(現・日本映画大学)に入った頃。遅ればせながら、「日本の映画を見なきゃまずい」となって、当時の学長だった今村昌平監督の映画を見始めたら、どの作品にも打ちのめされたのを覚えています。

在学中に今村監督の『うなぎ』(1997年)がカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(グランプリ)を獲(と)ったんですよね。作る側として意識し始めたのは、今村監督の作品がきっかけだと思います。

――もともと洋画が好きだったとのことですが、お好きな海外の監督はいらっしゃるんですか?

 『許されざる者』(2013年)をリメイクさせてもらいましたが、クリント・イーストウッド作品はほぼ好きですね。

――リメイク以前からもともとお好きだった?

 そうですね。『許されざる者』(1993年)が衝撃的だったし、それ以降の作品は特に神がかっていますよね。ハリウッド映画というと、日本では作れない大作が多い印象ですが、彼の作品はそうではない。普遍的な、人間の感情を描いているから、作る上でも参考になりますよね。

■常にヤマ場が続く李相日作品の原点とは?

――5月13日公開の最新作『流浪の月』を見させていただきましたが、最高でした。夜中に見て、一睡もできずにこの取材に来ました。監督の作品は「怖い」とか「悲しい」気持ちが見終わった後も残る印象なんですが、エンタメをどのようにとらえていますか?

 エンタメとは「何かを代弁しているかどうか」じゃないかと思います。自分個人の言いたいことを吐き出すんじゃなくて、もうちょっと自分の外側のことも含めて、伝えられるかというか。

――監督は『悪人』(2010年)や『怒り』(2016年)など、原作のある作品も多いですが、その場合も"代弁"の気持ちがあるわけですか?

 代弁というと難しく聞こえますけど、平たくいうと「そうだよなあ」という感覚ですかね。「外野はこう言うかもしれないけど、本人たちの身になってみれば、そうだよなあ」と思わざるをえない感覚といいますか。

――なるほど、わかります。当事者はどう感じているのか、ってことですよね。その感覚は、若手時代から大事にされていました? 

 そうですね。表面的な、明るい・暗い、重い・軽いにかかわらず、大事にしているポイントかもしれません。

――例えば、李監督の初期の作品『69 sixty nine』(2004年)は高校生が主人公で、底抜けに明るい作品ですもんね。

 僕は朝鮮学校出身なんですが、日本映画学校で卒業制作として撮った作品は、そのときのことをもとにしているんです。当時はテポドンが飛ばされ始めた時期で、周囲からも冷たい目で見られることがけっこう多かったけど、僕らはまだ学生で子供で、社会のこととは無関係に青春を謳歌(おうか)していて、「中から見るとこうなんじゃないかな?」という気持ちで作ったんです。なので、そういう感覚は今も一貫しているような気もします。

角田陽一郎(左)×李相日

――では、『流浪の月』では何を代弁していますか?

 自分自身も含めて、世の中のみんなが常識や当たり前だと思っていることによって、逆に傷ついている人がいるかもしれない、ということでしょうか。『悪人』でも『怒り』でもそういう要素はあって、なので今回特に目新しいことにトライしているというよりは、継続している感覚ですね。

――作品は重たいテイストですが、現場はどんな雰囲気でした?

 淡々としていますよ。そんなにテンション上げて、大声を張って、ということもないですし。これは僕の感想じゃなく、(松坂)桃李(とおり)くんの言葉ですけど、「毎日山場を撮っている」という感覚だったそうです。楽なシーンを撮ってからヤマ場を撮る、というのが普通の映画撮影の流れなんでしょうけど。

――常にヤマ場が続くような感覚は、監督の作品に通底してると感じます。

 駆け出しの頃に、ベテランのプロデューサーから「次、何が起こるかわからないのがエンタメだ」って言われたことがあったんです。作家色の強い静かな作品でも、娯楽作でも、次に何が起こるかわからないものなら、エンタメだと。その言葉は記憶に残っていますね。

――なるほど。そのことは意識して作られていますか?

 そういう意味でのエンタメ感は意識しているかもしれませんね。脚本段階でも意識していますし、撮影が終わった後の編集でシーンを入れ替えることもあります。

――広瀬(すず)さんと松坂さんはどんな感じでした?

 悩んでいましたね。

――けっこう議論されたり?

 話はしますけど、別に僕が答えを持っているわけではないので(笑)。というのも、出てきたときにそれが正解かどうかはわかるけど、出し方の正解はわからないんですよ。

――なるほど。

 ヒントになりそうなことは会話して、後は出てくるのを待つしかない。もちろん、自分の中に正解のイメージはだいたいあるんですけど、でも自分の想像したとおりに収まると、それはそれで「これぐらいかなあ......」ってなっちゃう。それでいいシーンもあるけど、場面によっては「もうちょっと自分が想像したものと違う肌触りがいい」ってこともあるので、そのときは待つしかないんです。

――作品と同じで、現場も何が起こるかわからないほうがいいと。感動しました!

●李 相日(Lee Sang-il)
1974年生まれ、新潟県出身。日本映画学校の卒業制作作品が「ぴあフィルムフェスティバル」でグランプリなどを受賞。2004年、『BORDER LINE』で劇場映画デビュー。2006年公開の『フラガール』で日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲得。そのほかの代表作は『許されざる者』『悪人』『怒り』など多数

■『流浪の月』5月13日(金)全国公開予定
©2022「流浪の月」製作委員会 配給:ギャガ

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