去る2022年3月15日、Amazon Musicが新たな制作拠点として「Amazon Music Studio Tokyo」をオープンした。
これはアーティストの多様なニーズに対応するために開発されたもので、地上4フロアにはポッドキャスト専用の収録設備やレコーディングスタジオ、会議室などのほか、ガラス張りの1階フロアでは集客型イベントの催行も視野に、さまざまな用途での活用を見込んでいる。
とりわけ4階フロアのレコーディングスタジオはおよそ100平米の広さと充実の設備を備え、オープン初日にはここで「いきものがかり」のファンクラブ会員限定オンラインイベントが華々しく開催されたばかり。
ではなぜ今、サブスクリプションサービスのAmazon Musicが、こうした物理的な箱を持つ必要があるのか? Amazon Music Japanディレクター&GMの島田和大氏は、「レンタルスタジオとしてのマネタイズを目的とするものではなく、あくまでアーティストの皆さんのものづくりの場」であると強調する。
■アーティストとAmazon Musicのコラボの場に
「Amazon Musicが目指す戦略の中で、日本のアーティストやクリエイターにクリエイティビティを発揮してもらうことを目的とするファシリティ(施設)です。それによって、アーティストに対するファンのエンゲージメント、あるいはアーティストとレーベルとのエンゲージメントを高める役割を果たしていければと考えています」(島田氏)
具体的には、アーティストとAmazon Musicのコラボレーションの場であったり、ポッドキャスト番組の制作の場であったりと、創作と発信の拠点として機能させていきたいと島田氏は言う。Amazon Musicで独占配信されている『西寺郷太の最高!ファンクラブ』や『英語で雑談!Kevin's English Room Podcast PLUS』などのポッドキャスト番組も、すでに制作の場をこのスタジオに移行している。
■なぜ世界に先駆けて渋谷でオープンしたのか!?
興味深いのは、Amazon Musicがこうした拠点を今後、世界各地に展開するプランを持っていることだ。具体的な地域やスケジュールについては今のところ明かされていないが、世界に先駆けて「Amazon Music Studio Tokyo」が開設された理由について、島田氏は次のように語る。
「ひとことで言えばAmazon Music、ひいてはAmazon全体にとって、それだけ日本の市場の重要性が高いということです。こと音楽に関しては世界第2位の音楽市場が日本であり、そこにアーティストとそのファンを結びつけるリアルの場を設けることで、日本におけるAmazon Musicのプレゼンスを高めていこうという狙いがあります」
では、日本の中でもなぜ渋谷に白羽の矢が立ったのか。それはスタジオの立地を見れば言わずもがなだ。
NHK放送センターとNHKホールを間近に臨み、真向かいには「LINE CUBE SHIBUYA」(渋谷公会堂)が建つ。さらに地下には老舗のライブハウス「Shibuya eggman」があり、渋谷エリアの中でも実に理想的なポジションに「Amazon Music Studio Tokyo」は存在している。
「オープンにあたっては当然、複数の物件を候補にしていましたが、渋谷に決めた一番のポイントは、ここが若者文化の中心地であることです。また、情報発信の拠点としても渋谷は優位性が高く、日常的に多くの人が集まる場所でもあります。われわれにとって紛れもないベストプレイスで、正直、このタイミングでこの場所に決まったことには個人的にも驚いています。物件の選定も、一期一会の縁のものですから、Amazon Musicにいい風が吹いている証しなのでしょう」
立地だけでなく、設備や内装のいたるところにアーティストファーストな工夫と配慮が見て取れるこのスタジオ。レコーディングルームやポッドキャスト配信スタジオに最新の機材が揃えられているのはもちろんのこと、全体として趣のあるウッディな装飾はいかにも居心地が良く、創作意欲を刺激しそうだ。
「レコーディングルームの傍らに設けた『Green Room』や、4階に確保した休憩スペースなど、ペントハウス的な快適性は意識しました。そのため、敢えてAmazonのロゴを配したりはせず、訪れるアーティストの方が、"ここなら自分の音楽が創りやすそうだ"と感じていただけるような、アットホームな暖かみを大切にしています」
コーポレートなイメージを排除し、雰囲気重視のトーン&マナーにこだわった「Amazon Music Studio Tokyo」。こうした拠点を持つことは、Amazonの今後のサブスク戦略にどのような影響をあたえるのだろうか。
■見据えるのは「More Music」と「More Than Music」
ストリーミングにおける音楽配信の市場は、ここ5年間、右肩上がりで成長している。一般社団法人日本レコード協会の発表によれば、2021年の国内音楽サブスク市場は744億円で、これは前年比126%に相当する数字だ。
だからこそ、「日本市場はまだまだ大きな成長余力を残している」と島田氏は言うのだが、一方で日本ならではのこんな特性もある。
「日本市場がユニークなのは、CDの文化が長く維持され、今なお市場に占める割合が小さくないことで、ストリーミングサービスの登場後すぐにCDが使われなくなったアメリカとは対照的です。これはCDに握手券を付けたり、Tシャツを付けたりする日本独自の商法に対し、そこに所有欲を持つ消費者が一定数存在するためでしょう。しかし、AmazonではCDの販売も手掛けていますし、実はこのふたつの市場は共存できるのではないかとも思っています」
つまり、CD販売とストリーミングサービスを並行させながら、いかに有料サブスクサービスの会員数を増やしていくかがカギとなる。
島田氏によれば、アメリカやイギリスの有料サブスクサービスのペネトレーション(浸透率)は20~30%に上るが、日本のそれはまだ10%台にとどまっているという。これも、日本市場の今後の成長余力を感じさせる一因だ。
「折しものコロナ禍でオンラインライブや、ポッドキャストなどのデジタル配信が急速に定着したのは明るい材料で、これらはアフターコロナもなくなることはありません。今後はオンラインとリアルのハイブリッドなサービス展開がますます求められるようになるはずです。実際、デジタル配信のユーザー数は現状、右肩上がりですから、アーティストやレーベルにとって、デジタルでのアプローチ戦略がいっそう重視されることになるでしょう」
そんなタイミングで誕生した「Amazon Music Studio Tokyo」が目指す先について、島田氏はふたつのテーマで表現する。
「ひとつは『More Music』。つまり、より多くの音楽をということで、新しい曲やコンテンツづくりを引き続き後押ししていきたいと考えています。もうひとつは『More Than Music』で、こちらはライブストリーミングやポッドキャストなど、新しいコンテンツの種類をどんどん増やすことにより、さらに多くのファンとの接点を創りだすことを目的としています。
『Amazon Music Studio Tokyo』から新しいクリエイティブワークを展開することでこのふたつのテーマを実現し、Amazonだけの勝利ではなく、音楽業界全体を盛り上げていきたいというのがAmazon Musicの立場です」
言葉の端々から感じられたのは、Amazon Musicにとって日本は殊のほか重要な市場であるということだ。
「われわれとしても明確な理由がなく日本で積極的に投資をすることはありません。繰り返しになりますが、成長余力がどのくらいあるのか、消費者の購買余力がどのくらいあるのか、そして何よりアーティストの皆さんのポテンシャルに対する大きな期待があればこそ、です。
実際、日本市場ではJ-POPが非常に強く、サブスクで聴かれている音楽の8割超がJ-POPです。その意味でも、グローバルのヒット曲を配信するだけでなく、日本で一緒にコンテンツパートナーの皆さんと新しいものを創りだすことに醍醐味を感じています。そのためにわれわれとしては、多くのアーティストにAmazonと組みたいと思っていただけるような環境を提供していくことが大切で、それを押し進めることによってさらなる市場拡大に貢献できれば幸いです」
Amazon Musicの今後の日本戦略に、乞うご期待である。