今年3月、東京・渋谷にオープンした「Amazon Music Studio Tokyo」。レコーディングスタジオやポッドキャスト配信スタジオ、撮影スペースなどを備えた多目的施設で、Amazon Musicが独占配信するポッドキャスト『西寺郷太の最高!ファンクラブ』の制作もすでにこの新スタジオに移行されている。Amazon Musicの狙いについてはAmazon Music Japanディレクター&GMの島田和大氏のインタビューに詳しいが、今度はポッドキャスター側の視点から、この制作拠点が日本の音楽シーンやデジタル配信にあたえる影響について、西寺郷太氏に話を聞いた。
■Amazon Musicの新拠点をポッドキャスト界の甲子園に
――西寺さんは「Amazon Music Studio Tokyo」をいち早く活用したアーティストのひとりだと思いますが、この施設についてどのような印象をお持ちですか。
西寺 本来、ポッドキャストの魅力のひとつは、スタジオでも自宅でも旅先でも、どこからでも発信できる機動性にあると思います。一方でテレビ局やラジオ局は、「あの番組は東京のこの街のこのビルから放送されているんだな」というブランド力が信頼につながっていて、今回、Amazonのような世界的なメジャー企業が、こうしたポッドキャストにも活用できるリアルな拠点を持ったことは意義があると感じています。
本当はポッドキャストを始めた2年前から、僕はもっとリアルイベントをやりたかったんですよ。ところが新型コロナもあって、それがなかなか叶わずにいました。今回イベントも開催できるスタジオができたことで、たとえば同じくポッドキャストをやっているジェーン・スーさんや宇多丸さんなどと集まってDJパーティを開いたりだとか、リスナーさんたちと盛り上がれるイベントがやれたら最高ですよね。
――そうなると、人気ポッドキャスターたちの聖地にもなり得ますね。
西寺 旧渋谷公会堂の目の前であり、NHKの真向かいというこの立地もまたよくて、これから伝統を育んでいけば、このスタジオがポッドキャスト界の甲子園みたいな場所になる可能性もあるな、と。僕が30年前に上京した頃、新宿アルタで『笑っていいとも!』が毎日お昼に公開放送されていましたけど、やっぱりなんだかいつも観ているテレビ番組が現実にこのビルで収録されているんだな、と感じることが出来たのは当時うれしかったりして。ネット社会が全てを覆う今だからこそ、シンボリックな名所って大切だと思うんです。
――「Amazon Music Studio Tokyo」の誕生が、ポッドキャストの可能性をさらに広げてくれる、と。
西寺 僕がAmazonでこのまま番組を続けられる前提で話しますけど(笑)。Amazonは世界でも指折りの巨大企業じゃないですか。でも大きすぎて漠然としている部分もある。小さなフェスのような催しがここから発信出来たら、メカニカルではないAmazonの一面がファンにも伝わるはず。レコーディングも出来る、ミュージシャンにとっても天国のような場所ですし、Amazonというブランドをもっと好きになってもらう場所なのだと思います。
■ポッドキャストの魅力は尺と話題の柔軟性
――多方面で活躍されている西寺さんにとって、ポッドキャストはどのような意味を持つツールですか。
西寺 僕はミュージシャンとして気がつけば25年活動してきました。1990年代から時代によって紆余曲折ありましたが、「NONA REEVES」のメンバーたちを見ても、それぞれセッションミュージシャンをしたり、楽曲提供したり、さまざまな活動をして生きています。僕自身も本を書いたり、こうして音楽について喋ったりする機会は多いですが、もし演奏や制作だけの通常の音楽活動だけなら、これほど長く続けられなかったのではないかと感じています。
もちろん、「ライブ活動一本に専念」することが合っているミュージシャンも多いのかも知れませんが、僕は今のような執筆したり話したりしながらインプット、アウトプットし続けるスタイルが自然なんです。ポッドキャストに関しては課外活動というよりライフワークだと思ってます。
――ラジオと比較した場合、どのような違いを感じていますか。
西寺 ラジオは時間のコントロールが求められます。自分がMCの場合でも、ゲストとして音楽を語る場合でも、与えられた尺がどのくらいあって、何をどの程度話す余裕があるのか、僕は事前に細かく準備して収録に臨むタイプなんです。その意味でラジオは緊張感があるし、とくに生の場合はちゃんと考えて話さないと言いたいことを言えないまま終わってしまうこともあります。
その時間の制約によるライブ感は、間違いなくラジオの良さでもあるんですが、そこからこぼれてしまう与太話が面白いということもたくさんあります。常に一番面白い話だけを求められてしまうと、おのずと毎回同じ話ばかりすることになってしまいますからね。ポッドキャストの場合、そのあたりの制約が柔軟だから楽しいんですよ。
――確かに、西寺さんのポッドキャストは、フリートークの面白さを存分に感じさせてくれますね。
西寺 たとえばミュージシャンをゲストに呼んだ際、その人の新曲に関するプロモーションの部分を削ってまで、「高校時代どんなクラブ活動してたん?」なんて雑談ができるのは、ポッドキャストならではでしょう(笑)。尺についても、1時間やることもあれば30~40分に抑えることもあるし、それとは別に5分間だけの短い番組を配信するようなこともやっています。リスナーとさまざまな形で接点を作りたいな、と日々トライしてます。
■音楽をいかに伝えていくかに注力する時代に
――ポッドキャストの今後の可能性については、どうお考えでしょうか。
西寺 Amazon Musicのようなストリーミングサービスについて、波が訪れる7年前までは「本当に流行るの?」と懐疑的な声が多く聞かれました。それでも先行するアメリカから少し遅れて、日本でも完全に主流になりました。ほとんどの家庭や車にCDプレーヤーも無くなりましたし。
アメリカをはじめ世界では今、ポッドキャストがすごく発展していて、ポッドキャスターの奪い合いが激化していると聞きます。それこそ野球選手みたいに莫大な金額で人材を契約するような動きもあるそうですから、日本でも今後、ポッドキャスターの獲得競争みたいなことが起こるかもしれないですよね。
――つまり、今以上に人々の娯楽として、そしてメディアとしてポッドキャスト市場は拡大していく、と。
西寺 そう思います。多くの現代人は本当に時間が足りていなくて、誰しも仕事やら趣味やらに没頭しているうちに、24時間なんてあっという間に過ぎてしまいます。そこで仕事の合間や移動中などの隙間時間を使ってみんなスマートフォンをいじっているわけですけど、それでも耳だけが空いている時間というのはまだまだありますからね。お皿を洗っている時や掃除をしているとき、あるいは運転中など、ポッドキャストはもっと多くの人に聴いてもらえるポテンシャルを秘めています。
――では、こうしたストリーミングサービスの浸透や、「Amazon Music Studio Tokyo」のような設備が登場したことは、今後の音楽シーンにどのような影響を及ぼすでしょうか。
西寺 かつて大滝詠一さんが、自分のミュージシャンとしての活動の中で音楽を創ることは、全体の半分なんだという意味のことをおっしゃっていました。残りの半分は、音楽の歴史、研究や、それを人に伝えるために使うべきというようなメッセージと僕は受け取りました。要は現代のミュージシャンは研究をおろそかにして、実践ばかりに偏り過ぎているという考えで、これには僕もはっとさせられました。
その意味で、自分は自分の世代として、80年代のポップ・ミュージックを中心に語り継ごうとしてきたわけですが、これからはポッドキャストをはじめとする配信メディアを、僕ら世代が思いつかないような使い方をしてくれる若い人たちが出てくるでしょう。今は音楽を創るコストは下がっていますから、豊富なアーカイブに簡単にアクセスできるメリットを使った新たな伝え方が生まれるのも楽しみです。
僕が今やらせていただいている『西寺郷太の最高!ファンクラブ』にしても、音楽が実はいろんな形で楽しめるものなんだということを知らしめる、触媒みたいな役割を果たせればうれしいですね。アジアの音楽を含め、僕も知らないことだらけなので。僕自身が仲間、先輩、後輩からインプットさせてもらうことが楽しい未来につながる鍵かなと思っています。
西寺郷太(Gota Nishidera)
1973年生まれ、東京都出身。京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、97年デビュー。以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家として、少年隊、SMAP、V6、YUKI、鈴木雅之、岡村靖幸、私立恵比寿中学など、数多くのアーティストの作品に携わる。
日本屈指の音楽研究家としても知られ、近年では特に1980年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がけるほか、執筆した書籍の数々はベストセラーに。近著に『MJ ステージ・オブ・マイケル・ジャクソン』(クレヴィス)や、自身のノートの使い方を記した『始めるノートメソッド』『伝わるノートマジック』(ともにスモール出版)などがある。ポッドキャスト『西寺郷太の最高!ファンクラブ』はAmazon Musicで独占配信中