「その日――世界中の人間は全て石になった!!」
2017年3月にそんな衝撃的な第1話で始まった『Dr.STONE(ドクターストーン)』が、今年3月に大団円を迎えた。石器時代から現代文明まで科学史200万年を駆け上がる、科学クラフト冒険譚はどのように生まれたのか。
■最初はサバイバルものにする予定だった
ある日突然、地球上の全人類が石になるという怪現象が起きる。その数千年後、文明が滅んだ石の世界(ストーンワールド)で主人公の科学少年・石神千空(いしがみ・せんくう)が目を覚まし、豊富な科学の知識で世界を取り戻そうと奮闘する科学冒険譚(たん)『D r.STONE』。
原作・稲垣理一郎(いながき・りいちろう)先生に、作画・Boichi先生や科学監修・くられ先生との制作秘話も含めてたっぷり聞いた!
――まずは5年に及ぶ長編の完結おめでとうございます!
稲垣 ありがとうございます。
――先生はどうして科学マンガを描こうと思ったのですか?
稲垣 実は、もともとは科学マンガにする気はなくて......。
――そうなんですか!?
稲垣 マンガを描くとき、僕は「バスケマンガを描こう」みたいに枠から入るのではなく、理屈や感情から入るんです。簡単に言うと「こんな楽しさを見せたい」みたいな。『D r.STONE』の場合は「スゴい地道にやるカッコよさを見せたい」というのがスタートでした。
――地道なカッコよさとは?
稲垣 今って昔と違って、アインシュタインのような派手な大天才が現れて大発見や大発明をして、いろんな分野を一気に進歩させることってほとんどないと思うんですよね。それよりも、たくさんの人がそのときは役に立つんだか立たないんだかわからない研究をちょっとずつ積み重ねながら進歩している。
それこそ、コロナ禍でのmRNAワクチンも全然関係ないと思われていた別の研究が役に立った。ほとんどの仕事がそういう集合知の力だと思ってるんです。でも本来、仕事ってそういうもので、それこそがカッコいいんじゃないの、と。超大天才の大工がスカイツリーを造ったワケではない。
一般的にマンガでは天才が描かれがちなので、「地道ってカッコいい!」という感覚は新たな面白さになるかもしれないと思い、考えているうちに、ふと、石化してるときにただ数字を数えている絵面が浮かんだんです。
――千空は石化している数千年もの間、ずっと秒数を数えて時間を把握し続けました。最初のアイデアはそこなんですね!
稲垣 そうなんです。そして、どんな展開をつくればその場面が実現できるかを逆算しました。だから最初はサバイバルものにしようと思ってたんです。それなら地道な努力が描きやすいと思ったので。で、第2話でアルコールを蒸留するという、物語の都合上必要だった難しい科学の話を入れたんです。
ただ、『ジャンプ』はアンケートで読者の反応を見るので、そこでもしグッと落ちるようだったら科学はやめとこうと。しかし、その回が人気で。
さらに千空の幼少期の科学工作(クラフト)の話でも人気がポンッと上がって、「読者は千空の科学が見たいのかも」って。そして第16話では、担当編集に「この回はものスゴく人気が取れるかも」って宣言までして(笑)、少し簡単な科学の滑車を出しました。
それがちゃんと当たって、これで、求められているのは完全に科学クラフトアドベンチャーなんだと確信し、そっちに舵(かじ)を切りました。クラフトなら難しくても読者はついてきてくれるし、むしろ票が上がる。難解な科学を出して票が下がった回は最終話までなかったと思います。
――もしサバイバルものにしていたら、どんな内容だったんでしょう?
稲垣 サバイバル教本のような、実際に遭難したときに使える豆知識とかですね。穴を掘ってビニールを張って飲み水をためる、みたいな(笑)。
――話を聞いていると、先生はかなりの分析家ですね。
稲垣 自信がないんですよ、僕。なのでアンケートの数字に合わせるのが一番安心できるんです。マンガは読者に対して「これを読むと、必ずこのおいしさのドーパミンが出るよ」ってことを繰り返すことが大事だと思うんです。
そうすることで読むたびにドーパミン受容体が反応して、そのキャラクターを好きになるっていう。そこも科学的な原理だと思っています。ってこんなこと言ってても毎回うまくできるワケじゃないんですけど(笑)。
■Boichi先生の最終話の見開き
――地道な努力がカッコいいと思ったきっかけは?
稲垣 昔からNHKの『プロジェクトX』が好きで、理系のカッコよさを見せたいって思っていたんです。
――確かに「理系のカッコよさ」=「地道な努力」かもしれないですね!
稲垣 そうなんです。僕自身、もともとプログラムとかが大好きなド理系なのもあるんですけど、理系の友達と文系の友達を見ていると、理系の人ってどこか損している気がするんですよね(笑)。
本人の優秀さとかたたき出しているスコアに対して、世の中からもらっている幸せがちょっと少ない気がするんです。「理系ってもっとカッコいいぜ!」と伝えたかった。もっと有り体に言えば「理系ってもっとモテてもいいじゃん!」です(笑)。
――ご自身が理系ってことは、科学の知識もゼロからの勉強ではなかったってことですか?
稲垣 いや、それがなんの知識もなくて......。そのため最初から科学監修のくられ先生についてもらってました。とはいえ、理解しないと描けないので、先生からいただいた資料を読んでしっかり咀嚼(そしゃく)していました。
だから、その週は描いた分野のエキスパートになるんですよ。例えば、肺炎を治すために合成抗菌剤のサルファ剤を作る展開があるのですが、その週だけはサルファ剤が作れる人になりましたね(笑)。まあ翌週には完全に忘れてるんですけど。
――すべてを理解するのは大変ではなかったですか?
稲垣 自分でも調べたり勉強したりしますが、どうしてもわからないときはくられ先生に連絡してました。ただ、くられ先生でも全部知っているワケではないし、そもそも科学的に解明されてないものもありますしね。
面白かったのは、無線機を作る回で出てきた"電波"。コイルやら電気やらで電波が飛ぶのは中学生の科学だし、なんとなくわかるけど、「じゃあ本質的に電波ってなぜ出るんですか?」ってくられ先生に聞いたら「そういうものなんです。僕も知りません。そんなの世界でも知られてないので説明のしようがありません」って(笑)。科学って本当に突き詰めていくとそういうところになるんですよね。
――作画担当のBoichi先生は韓国出身の漫画家で、その画力の高さは本作の大きな魅力になっています。そんなBoichi先生とのタッグはいかがでしたか?
稲垣 Boichi先生はもともとSFが好きで描いていた人なので、SFの部分を派手にしてくるクセがあるんです。例えば、川で水力発電所を造るシーン。僕は小さくビリビリって発電させる絵を描いたんですけど、Boichi先生はものスゴい歯車を大量に絡ませてる絵を描いてきて(笑)。
僕はリアリティラインの問題でちょっとヒヤヒヤしてたんですけど、フタを開けてみたら「スゲー!」「カッコいー!」って声ばかりで。Boichi先生のスゴさは自身の画力への信頼度。絵で読者を納得させられる自信があるんです。
特に最終話の見開きの絵はスゴかったですね。あれ本当は見開きじゃなくて、1ページの3分の2くらいのコマだったんです。
それを見開きに大きくした兼ね合いで、前のほうのコマが小さく詰められていて、セリフ量の調整も必要になってしまい、「詰めてきたな~!」って思いながら原稿を確認してたんですけど、描き上がった絵を見て衝撃を受けましたし、絵力で納得させられました(笑)。あれはBoichi先生にしか描けない絵でした。
原作って作画家を売るためのプロデュース業的な側面があるんですよね。作画家の絵がよくないって言われたら原作の大失敗。「この作画家にはもっといい原作をつけたらいいのに、これじゃ作画の無駄遣い」くらい言わせたら、ぼちぼち原作の勝利だと思ってます。それは作画の魅力が出る原作をちゃんと提供できてるってことですから。もちろん両方ホメられるのが一番うれしいですけどね。
――今年は稲垣先生の前作『アイシールド21』の連載開始から20周年でもあります。ジャンプ連載20年にして思う、ジャンプらしさとは?
稲垣 それはねえ、いっぱい言いたいことあるけど、何を言ってもオッサンのぼやきなんですよ(笑)。僕ももうすぐ46歳ですから、そんな人が懐古して「昔のジャンプは良かった、今のジャンプは~」なんて言うことほどバカらしいことはないので。だいたいどのジャンルでもジジイは新しくなったものに「最近の○○は~」って言うんですよ(笑)。
一番正しいのは今のジャンプで第一線を張ってる人なんです。もっと言うと、第一線を張らなくても描いてる人が正義なんです。連載終わった僕がとやかく言えることではないです。今まで知り合ったジャンプ作家で、この考えじゃない人はいませんよ。
描いているときの苦労を知っているから。人気があるとかないとかではなく、今。今、雑誌の誌面を埋めてるヤツがとにかく一番エラいんですよ。
●稲垣理一郎(いながき・りいちろう)
1976年生まれ、東京都出身。これまでに『アイシールド21』『Dr.STONE』『トリリオンゲーム』などの原作を務める