「小説がふるさと納税の返礼品に!?」という話題でも注目される作家・赤神諒氏の最新刊『はぐれ鴉』(7月5日刊行)は、江戸時代初期、豊後国竹田藩で起きた城代一族の大量殺人事件を背景に、その遺児である主人公が素性を隠して故郷の地に戻り、敵討ちを期すという物語。
舞台となった現在の大分県竹田市では、雑誌連載時から様々なコラボで後押し。単行本化でついには市のふるさと納税の返礼品にまで......と地元では大反響。そこで今回、大分出身の"レジェンド"プロレスラーでお城好きとしても知られる藤波辰爾氏がイチ推し参戦!
作品に登場する岡城ほか、歴史遺産や温泉などの自然豊かな風土の魅力にあふれ、伝承される"隠しキリシタン"の存在はじめミステリアスな題材の宝庫である彼の地について、著者と語り尽くした異種格闘マッチは"大分愛"あふれるタッグ対談に――。
■謎多き、知られざる秘境と"隠しキリシタン"の存在
――お城マニアとして『藤波辰爾の歴史探訪』という番組でも全国を巡られているわけですが、やはり歴史小説や今作のような時代小説も普段から読まれたり......?
藤波 いや、それが実はあまり読みません(苦笑)。2、3ページ読んだら自然といい感じに睡魔が襲ってくるんでね、ははは。
――日々、お忙しくてお疲れでしょうしね。プロレスラーやスポーツ選手でも移動の合間に本を読まれる方が多い印象はありますけど。
藤波 (ジャイアント)馬場さんなんかは列車移動の時代、すごい読んでる方でしたけど。自分は東スポとかスポーツ新聞を読むくらいで、あとはほとんど寝てましたね。
赤神 今回、この作品を読んでいただけたということで本当に恐縮でございます(笑)。
藤波 いや、小説の舞台が豊後っていうことでね、地元だったのでそれは是非お受けしたいと。自分も知らない部分をいろいろ知れた感じですごく新鮮でした。読み慣れていないせいか、プロレスの試合よりも疲れましたけどね(笑)。
――かなり激闘していただいた感じでしょうか。
藤波 闘いました。読書という60分一本勝負で、決着つかず引き分けになった試合みたいなね。
――(アントニオ)猪木さんとの"8・8横浜文体"伝説の一戦のような(笑)。
藤波 そう。昔と違って記憶力もあれなんでね、途中で読み直してまたページを前に戻ったり。60分どころじゃない、すごい時間がかかっちゃって(苦笑)。
赤神 映像と違って、小説だと能動的に読まなければという行為になりますから......。ただ、そういう普段読まれない方にも魅力が伝わって、新たな読者を開拓できれば本望という気持ちはあります。
藤波 元々、ドラマの時代劇とかやっぱり映像から入って、お城好きになったんでね。この作品も岡城っていうのがまず興味を惹かれましたね。だいぶ昔に近くで試合があった時に行った覚えがあるけど、石垣があそこはすごいんです。
赤神 ええ、すばらしいです。初めて取材で城址を回った時、正直甘く見てまして。一体、太平の世にこんな巨大な城をなんのために造らはったんやというくらい、スケールに圧倒されまして。
――そもそも今作の執筆は、竹田市の前市長が赤神さんの著作に惚れこみ、地元の知られざる魅力を題材に書いてもらえないかと熱望されたことがきっかけだとか。
赤神 はい。まず、私のデビュー作が大分の有力大名であった大友氏のお家騒動をテーマにした『大友二階崩れ』という作品でして。自分がいきなり人気作家になったような錯覚を覚えるほど地元で温かく受け入れてもらい、そこから調子に乗って著作の半分以上、8作も大分を舞台に書いているという。
空前絶後と言いますか、こんな大分推しの作家もまずいませんので(笑)。その"大友サーガ"ともされる一連のシリーズを愛読された前市長から熱心に口説いていただいたこともあり、ずっと構想を温めていた竹田を舞台に書いてみたいと。
藤波 確かに、そこまでの人はあんまりいないですよね。大分県自体、派手なようで地味なんで。特に僕が16歳までいた国東(くにさき)半島のほうなんて、両子(ふたご)山ってのを中心に谷が6つある六郷満山(ろくごうまんざん)っていうね、今は国東市になってますが山ばっかりのとこですから。
山があり川があり、普通に僕らの遊び場としてはいいんだけど、秘境っていうかさ。だから、TVの番組とかであちこちそういう場所行かされても割と馴染んじゃうんですよ。少々のことじゃ音を上げないからね、ははは。
赤神 私のデビュー作にも六郷満山がちゃんと出てきます。
――修験道の地としてミステリアスな場所でもありますが、有名な磨崖(まがい)仏など各所に史跡や遺物も多く、風光明媚な自然とともに隠れた魅力が本当に多い。
藤波 そこにスポットを当ててもらって、ほんと僕も知らないことばかりで。中学校までしかいなくて、そこからプロレスやるために上京したんですけど。思い出はあるし、ほんと全体に神社仏閣も多いんですよ。
小学校5、6年の時、山に遊びに行ってちっちゃな五輪の塔があったのをうちの庭に合いそうだなって持って帰って置いたら、親父にえらい怒られたこともあるけどね。やっぱり土地に祀(まつ)ってあるもんですから。それも後から学びましたけど。
――そういう土着的な信仰であったり、中でも重要なキーワードである隠れキリシタンならぬ"隠しキリシタン"の存在に繋がる伏線も物語に散りばめられ......。
藤波 そうですね。ほんとお城にもいろんなドラマがあって、僕もそこを訪れるたびに背景とか歴史を調べるんですけど、この竹田に関してもすごいドラマがあったのかって、読ませてもらって興味が湧きますよね。
赤神 岡城に関しては、物語にも出てくる空井戸が二の丸にありまして、結構これも大きいんですけど、なんのために作られたかわからない。江戸時代に下りた人がいて、何もなかったらしいんですが、数日後に亡くなっていろんな噂が立ったとか......。
黄金のマリア像があるとか、本当に興味深い説もありまして、今作でも伝承を活かさせてもらいました。隠れではなく"隠しキリシタン"という存在を知った時もこれは使える、物語の最大の謎にすれば面白くなるはず、と。
■大分のみならず、さらなる盛り上がりに映像化も!
藤波 九州の人間だと、大友宗麟とかキリシタン大名ってのはそれなりに知ってますし、土地柄的に隠れキリシタンの存在とかも知識として受け入れられてますけど。そんないろんな謎があるとはっていうね。
赤神 大分の不幸な歴史としては、大友家が豊臣秀吉によって改易された後に草狩場のような感じになってしまい、あちこちから藩主がやってきて、小藩が分立するんですね。キリシタンとしてまとまっていた土地が歴史的にシャッフルはされたけれども、それが逆に怪しげなものとして実は各所に遺(のこ)ったという魅力ともなっています。
地形的にも崖の上に立っている岡城址もそうですが、どこにどう道が繋がっているのかとか、なかなかの秘境ばかりですしね。
藤波 うちの親父は山で炭焼きをやっていたんだけど、そこまで登るのに子どもの足で40、50分はかかったかな。懐中電灯もない時代に提灯持ってね、弁当を届けに行ってましたよ。慣れてるから怖くはないけど、暗いうえに、道も普通の道じゃないですから。
――そこで幼少時から足腰もキモも鍛えられたという(笑)。作中では、切支丹洞窟礼拝堂に「大蛇伝説」の神社、くじゅう連山をバックに自然豊かな高原や長湯温泉まで、まさに巡礼したくなる場所が多々登場します。
藤波 長湯温泉もいいところですよ。大分は別府や湯布院が有名だけど、全国でもなかなかない炭酸泉のお湯でね。
赤神 作中でも登場させていますが、長湯には有名なラムネ温泉もあります。「TAKETAキリシタン謎PROJECT」の一環として、作品とその舞台を動画でPRするPVまで作成してもらったりもしてるんですが、市の職員として連載当初からお世話になり、現在は竹田市観光ツーリズム協会で運営に携わる"地元の生き字引"とも言うべき方の存在も非常に大きくてですね。
そういった竹田や豊後に関する、様々な伝承や資料など情報を、これでもかというほどいただきまして。現地に何度となく通って、今までになく100%に近い取材ができ、作品に盛り込めたのもご協力あってのことなんです。
――観光スポットを紹介するWebサイト「たけ旅」でも『はぐれ鴉』の刊行をお知らせしたり、出版記念イベントや聖地巡礼ツアーの応募なども検討されているとか。
赤神 記念イベントは9月に竹田で実施される予定です。今秋から大分合同新聞に連載する『誾(ぎん)―GIN―』では、挿画を大分市の芸術高校に在籍する美術科の生徒約120人が担当するという、世界初?!の参加型プロジェクトも進行してまして。
非常に魅力的な歴史や自然がありながら、やはり神社仏閣でさえ維持できず朽ちていくという地方の現実、人口減少や衰退が心配されるところで、勝手ながら小説での町おこしに少しでも貢献できればという思いです。
藤波 地元にいてもわからないというかね、この作品で僕も深くわかったような気がします。大分に帰ったら、いろいろまた巡りたくなってくるもんね。
話のほうだと、主人公がなかなか敵討ちを成し遂げられない焦燥感とか、自分も腰の怪我で1年半くらいリングに上がれず悶々としていた時代を思い返したりして。その頃に約1ヵ月間、ほぼ野宿でエジプトからイスラエルを旅した心境にもなったりね。
――実は、仇(かたき)と狙ったのが、叔父で"はぐれ鴉"とあだ名される風変わりな家老・玉田巧佐衛門。だが、その人となりを知るにつれ惹かれていき......事件の裏では藩の存続に関わる隠された驚愕の真実が!?というミステリー仕立ても抜群の面白さです。
藤波 あと、郷土料理の美味しいものとか、今でこそって興味そそられるものがいっぱい出てくるんで。僕、「豊の国かぼす特命大使」ってのもやってるんですけど、皆さんに薦める前にまず自分が帰らなくちゃいけないなと(笑)。
赤神 是非、聖地巡礼をしていただければ。塩まんじゅうとして登場するパンのような、肉まんの皮部分だけの感じのものも素朴で非常に美味しいんです。
――ヒロインで"はぐれ鴉"の娘である英里(えり)に惹かれる主人公・才次郎との許されぬ恋愛ロマンスも切なく、個性豊かな藩士仲間との青春群像としても爽快な読み味ですが......その英里が南蛮人の血を引き、碧(あお)い瞳をした美貌から"竹田小町"と呼ばれているのもそそられます。
藤波 そうそう。読んでてすごく惹かれましたね、ははは。
赤神 私の師匠である生き字引の方は、いまだにそういう目の色の違うエキゾチックな顔立ちの女性を竹田では見かける、と常日頃から仰ってますね。ご本人も藤波さんみたいに身体が大きくて、前市長も同様に大きい方なんですが、個人的に思うにはもしや異人の血が関係しているのかという気も......
藤波 もしかして僕にもそういう血が入ってるかも。一度、NHKの『ファミリーヒストリー』でやってもらえないかな。"藤波"って姓も国東がルーツじゃなくて、元々は違うらしいんだけど探せなくて......知りたいんですけどね。
――それは番組にアピールしたいですね~。それと関係なしにミステリーツアー的に企画があれば、おふたりで回るのもありかと。
藤波 是非一緒にやりましょう! プロレスの予定を差し置いても、それでまた大分にスポットが当たって盛り上がるならね。あと、これを映画化とかしてもらえないの? すごく映像で観たいですよね。
赤神 作っていただけるよう、頑張っていければと(笑)。その際は、藤波さんにも家老か何かの役で登場いただいて......。
藤波 時代劇は一度だけ大河ドラマの『江(ごう)~姫たちの戦国~』に1シーン、出たことありますけど。長野の上田城が徳川に攻められてるとこで、ざんばら髪の姿でね。台詞があんまりないんだったらいいんじゃないかな。相手役に長州(力)がやれる人物もいないですか(笑)?
――映像化で大分のみならず、さらなる盛り上がりに期待です! 赤神さんはすでに他でも"町おこし小説"の構想を仕掛けられているとか......。
赤神 日本各地の自治体とこういう試みが広がらないかと、候補を探っているところです。実は、佐渡金銀山を舞台にした小説のプロジェクトも進行中で、すでに新潟の関係者の方とお会いしています。
本をなかなか読んでもらえなくなった時代に少しでも興味を持ってもらえるよう、市民参加型の小説による町おこしのモデルになれば、と願っております。
――ますます楽しみですが、おふたりのタッグもまた実現されればと切望しております!
●赤神 諒(あかがみ・りょう)
1972年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業。私立大学教授、弁護士。2017年「義と愛と」(のち『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞しデビュー。他の著書に『大友の聖将』『大友落月記』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』(第23回大藪晴彦賞候補作)『立花三将伝』『太陽の門』『仁王の本願』などがある。
●藤波辰爾(ふじなみ・たつみ)
1953年、大分県生まれ。16歳で日本プロレスに入門、翌71年デビュー。72年3月、新日本プロレス旗揚げ戦に出場。78年にWWWFジュニア・ヘビー級王座を獲得、絶大なる人気を博した後、ヘビー級転向。飛龍十番勝負や長州力との「名勝負数え唄」と呼ばれるライバル抗争で一時代を確立。現在も『ドラディション』他に参戦、現役選手として活躍中。
■『はぐれ鴉』
寛文六年、豊後国・竹田藩で一族郎党、二十四人が惨殺される事件が起こった。逃げのびたのは、城代の幼い次男・次郎丸ただ一人。惨殺の下手人である叔父に復讐せんと、江戸で剣の腕を磨き、十四年後、山川才次郎と名を変え、藩の剣術指南役として因縁の地に戻るが――大分県竹田市の史実をモチーフに描く、第一級ミステリ!