今夏、Netflixで公開された話題作『呪詛』をはじめ、日本以外のアジア産ホラー作品が注目を集めている。そんな"アジアホラー"の魅力とオススメ作品をホラーマニア3人に聞く。1人目は、映画コメンテーターの有村 昆さんが登場!
■人間の潜在的な恐怖をあおる良作
映画には、当然ながら作られた地域の文化や歴史が反映されます。例えば、ここのところ緊張感が高まっている中国と台湾は映画も対照的。中国映画は政府が介入するためか清く正しくみたいな作品がまあ多い多い。
一方で台湾映画は、イギリスやアメリカ、東南アジアなどの文化がミックスされていたりと、自由に作られた作品が多い印象です。
Netflixで話題の台湾映画『呪詛(じゅそ)』なんかまさにそうで、世界中のホラー映画のいい部分がとにかく混ぜてある。
この作品はとある女の子の身に降りかかる怪奇現象を、その子の母親が撮影、記録した映像がネット上にあって、それをわれわれ観客が見るというシステム。これは、最近のホラーで定番の、発見された映像を見る"ファウンドフッテージ"と呼ばれるジャンルです。
また、本作には悪ふざけで呪いのスポットに潜入して祟(たた)られるYouTuberが出てくるなど、今っぽい設定もあり、古今東西のあらゆる要素が混ぜ合わさっています。
その結果、『呪詛』は新感覚のホラー映画に仕上がったんです。さまざまな恐怖表現が組み込まれている分、誰が見ても何かしらの要素に恐怖を感じられるようになっていると思います。
僕が一番ゾワッとしたのは、作中のカルト宗教。架空なんですけど、山奥の村に根づいた土着宗教のえたいの知れなさに恐怖を感じました。主人公が夜中に目撃してしまう秘密の儀式なんかは本当に不気味でしたね。
村に住む大人たちが一心不乱に呪文を唱え続けているっていう。主人公に直接的な害を与えてくるワケではないけど、理解の及ばないものへの恐怖を感じられます。
ただ、ひとつ『呪詛』の残念だった点は、カメラを持っている主人公が俯瞰(ふかん)で映るなど設定に細かい粗(あら)がある点。「主人公を映しているのは誰のカメラ?」と、気になりました。続編も決まっているようなので細かな設定の整合性などは改善されることを期待します!
手に汗握るような展開を楽しみたい人は『新感染 ファイナル・エクスプレス』なんてどうでしょうか。ソウルからプサンに向かう新幹線でゾンビが車内感染で増えていって......という話なんですが、これは僕が特に強くオススメしたいアジアホラー作品ですね。
この映画が優れている点は大きく3つ。ひとつ目はゾンビ映画の系譜をしっかりたどりながらも、舞台を新幹線という閉鎖空間に設定したこと。
ふたつ目は人間ドラマ。ゾンビだらけで人間が少なくなる分、登場人物ひとりひとりのキャラクターが観客にわかりやすく伝わるんです。泣けるような親子の関係性や人間同士の対立など。なんならゾンビより人間のほうが怖いんじゃないかと思ってしまいます。
3つ目は頭脳戦。ゾンビは暗闇では目が見えないという設定があって、トンネルに入り、車内が暗くなったタイミングで別の号車に移動するなど、脱出ゲーム的な楽しさもあった。
新幹線の両サイドの上にある荷物置きをうまく利用して、そこを匍匐(ほふく)前進で進んでいくシーンがあるんですけど、あれはめちゃくちゃヒヤヒヤしました。
最後に一歩踏み込んだ話をすると、この作品は朝鮮戦争の歴史が裏テーマとしてあるんです。現在、韓国と北朝鮮は38度線で分かれていますが、北朝鮮軍が韓国軍を朝鮮半島の南にあるプサンまで押し込んだことがあって。この作品も北のソウルでゾンビに襲われ、南のプサンにたどり着く。戦争の歴史と作品の設定がぴったり重なっていますよね。
今回紹介した作品はどちらもその国の歴史、文化を下地に恐怖表現を作り上げている。いいホラー映画は人々の潜在的な恐怖心をあおるんです。
●有村 昆(ありむら・こん)
映画コメンテーター 1976年生まれ、マレーシア出身。
22歳でラジオパーソナリティとしてデビュー。映画コメンテーターとして広く知られる。豊富な知識を生かして現在はコラム執筆などを行なっている