2019年に発売され、マンガ業界を超えて大きな話題となった『学研の図鑑 キン肉マン「超人」』(以下、超人図鑑)。あれから3年の時を超えて、そのまさかの続編が今年2022年のまもなく9月15日(木)に発売される。
気になるタイトルは『学研の図鑑 キン肉マン「技」』。マンガ作品『キン肉マン』シリーズ(※『キン肉マンⅡ世』含む)の40年以上にわたる歴史の中で放たれてきた全技を網羅紹介、一冊の図鑑にまとめたという前回以上に狂気に満ちた代物である。
そんな魅惑の図鑑を世に送り出す企画立案&制作者、前回と同じ学研プラスの芳賀靖彦(はが・やすひこ)氏に発売直前取材。この「続編」制作という苦難にあえて挑んだ"確かな理由"を聴いてきた。
(*【技図鑑発売記念配信】2019年のベストセラー"肉図鑑"の制作担当者は超人募集の採用者だった!「僕の超人が、ロビンマスクを血まみれにしたときは青ざめました」も併せてお読みください)
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――今回新たに作られた学研の図鑑『キン肉マン』シリーズ第2弾「技」(以下、技図鑑)ですが、この企画自体の構想はいつ頃からあったんですか?
芳賀 純粋に構想ということでお話をすると、それは前回の超人図鑑を作っている最中からでした。というのも、あの図鑑には約700体の超人の名前、出身地、超人強度などが記載されてますけど、実は大事な要素がひとつ抜けてるんです。それが「技」だったんですよ。
たとえば、キン肉マンやバッファローマンみたいに、持ち技の数が非常に多い超人の技を網羅し始めると、データ部分が文字だけで真っ黒になってしまいます。そういう経緯で、そこを泣く泣く断念しました。そんな思いも多少ひきずりながら、前回の超人図鑑が完成しまして、おかげさまで発売前の予約段階の時点で、かなり売れ行きが良いことがわかったので、これはもし「やる」と言えば続編の企画も通りそうだぞ、と。
――その続編というのが今回の?
芳賀 はい。満を持して続編として、やり残した技図鑑を制作できたら、それでようやくコンプリートなんじゃないか、というのが最初の構想でした。それで3年前の超人図鑑発売後の打ち上げにはゆでたまご先生がいらして、その際に「もし構わなければ次、技の図鑑も行きませんか?」って先生に直接お話してみたんです。そうしたら「お~それはいいね、ぜひやりましょう!」って言ってくださって。
――そこから新たな企画が始まった。しかし「技」の図鑑と一口で言っても、並べ方、見せ方のイメージを固められるのは難しかったんじゃないですか?
芳賀 まさにそうなんです。キャラクターの図鑑なら一番見栄えのする立ちポーズを並べていく、という標本的な見せ方でいいと思うんですが、技だとそれを出している最中の絵を一枚だけ切り取って見せるだけで伝わるのか?......というのが最初の問題でした。
たとえば悪魔将軍の「地獄の断頭台」という技の絵をインパクトの瞬間だけ掲載しても、それで技の全貌が見えてくるかというと非常に難しい。最初にスピンダブルアームで相手を浮かせて放り投げて、という手順を全部見せないとわからないんじゃないかと、手をつけ始めた初期段階で気づいてしまいまして。もしかして自分はとんでもないことを先生に言ってしまったんじゃないかと(笑)。
――そんな図鑑が本当に作れるのか、ってなりますよね(笑)。でも、そこからどうやって今の見せ方の形にたどり着いたんですか?
芳賀 思い出したのですが、超人図鑑完成後にゆでたまごの嶋田先生からお伝えいただいた、ものすごく嬉しい言葉があったんです。「これは今後『キン肉マン』を描いていく上で教科書になるねって、中井君も言ってたよ」って。本当に最大限のお誉めの言葉をいただけたと思って感動したんですが、その中の「教科書」っていう言葉がヒントになりました。
今回も先生方にそう感じていただけるようなものにするためには、「じゃあ、まさに教科書の作り方を参考すればいいんじゃないか」と。そう思って学研の教材を作ってる部署に行き、実際に体育の実技の教科書などを片っ端から大量に借りてきて、作り方を研究しました。
――まさに「学研」という出版社ならではの地の利ですね(笑)。
芳賀 そうですね。見ていくと、やっぱり柔道の投げ技やバレーボールのスパイクの打ち方とかは、わかりやすくするために展開図が入ってるんですよね。それに試合のやり方や細かいルール説明なども随所にあって、これは参考になるぞと。それで実技の教科書のような図鑑にするのが、見せ方として一番いいんじゃないかということで、今回のような形に落ちつきました。
――しかし収録技の数が約1400と聞きますが、これを網羅していくのは大変だったんじゃないですか?
芳賀 まさに技のリストを作る作業が最初にして最大の難関で、その作業だけで半年ほどかかりましたね(笑)。
――想像するだけでも大変な作業ですよね。その作業は何人くらいで?
芳賀 私ひとりで。
――え、リスト作りから芳賀さんひとりで?
芳賀 これまで世に出た『キン肉マン』原作関連の全巻を順番にめくって、全ての技のシーンをチェックしていくんですが、大変なのは技のピックアップと同時に、分類もやらなきゃいけないんですね。
たとえば、単純なキックでも両足蹴りなのか片足蹴りなのかで分類が変わりますし、試合の中で出た技なのか、そうでないかでも扱いが変わってきます。試合の決まり技になったかどうかなんかもチェックしてて、そんな細かいデータ採取上のルールを、複数人で齟齬がないよう共有するほうが難しかったりするので、僕がまとめてやりました。
――分類の際の判定基準も、人によって変わりそうですもんね。
芳賀 特に『キン肉マン』に出てくる技って、単純に「これは打撃技」だけで済まないものが多いんですよ。上空に打ちあげた先で関節技を極めて、そこから下に落として打撃を与える、とかになってくると、分類の判定もますます複雑になってくるので。
そこもかなり悩んだんですが、最終的には責任編集者である僕の判断として、その技の中で相手に最大のダメージを与えたと思われる部分を優先して判定基準にしました。たとえば、マッスル・スパークだと関節技的な側面も多分にありますけど、最後の激突の衝撃がやはり最も大きいと判断して、打ち付け技という分類にしています。
それに、もうひとつ重要なのは『キン肉マン』の技図鑑なので、たとえば、テリーマンのスピニング・トウホールドみたいに超人がよく使う技以外の人間界の一般的なプロレス技は極力絞って掲載しているんです。でも調べていくと「これは『キン肉マン』オリジナルの超人技なのか、それとも実在のプロレスで使われている技なのか」という判定の難しい技もたくさんあって、そこはプロレスに詳しい専門家の人に相談させてもらったりして、精査していきましたね。
意外なものも多いんですよ。たとえばキン肉マングレートのマーシャルアーツキックという技なんですが、僕は当初、これは普通によくあるプロレス技だと思ってたんです。ところがこれも精査していくと、どうやら『キン肉マン』のオリジナル技とすべきだという結論になった、ということもあって。作業がかなり進んだ後で急きょ、新たに絵を起こしてもらって入れ込んだりもしましたね(笑)。
――それを1400近くも判定していくだけで気が遠くなりそうですが、ちょうど今お話にも出た通り、それを図鑑に仕上げていくにはさらに絵で見せないといけません。まず今回もイラストは全て描き起こしですよね?
芳賀 はい、前回の超人図鑑の際にお世話になった方々を中心に再結集していただきました。
――その各技の見せ方のこだわりを絵師さんに伝えて、絵に起こしていってもらう作業もまた大変だったのでは?
芳賀 そうですね。まずこちらで技それぞれに発注資料を作って、それを総計19名ほどのイラストレーターさんに手分けしてお願いしていって。それでも毎週、そういう工程を全てクリアして出来上がるイラストって10~20点ずつなんですよ。
しかし、技数だけでも1400ほどありましたから、「これは長い旅に出てしまったな~」と最初は思ってたんですが、それを地道に積み上げていくと200、300というまとまった数になってくるんですよ。区切りの数字に到達するたびに「ここまで来たか~」と感慨にふけるようになりまして。この3年ほどはただただ「明けない夜はないんだ」という気持ちで(笑)、ひたすらそういう作業を続けてましたね。
――正直、途中で投げ出したくなることはありませんでしたか?
芳賀 いえ、それはなかったですね。そもそも会社の業務として、好きな作品の本を作らせてもらってるわけですから。あえてこういう言い方をしますが、よく知らない人からしたら、こんな意味のわからないイカれたリストを会社で作ってて許されてるという状況が、個人的には面白くて仕方なかったです(笑)。
それに僕は入社から長い間、英語の辞典を作る部署にいたんですよ。だから大量の項目を少しずつ地道に処理していく、というのは昔からやってきたことなので。
――芳賀さんのその強靭な精神力の基礎は、辞典作りで鍛えられたんですね。
芳賀 たとえば、英語の辞典の場合、アルファベット順に見ていくと「C」で始まる単語の項目がものすごく多くて、まずはこの「C」を超えると全体の3割ほどをクリアしたというひとつの大きな基準になるんです。それでどんどん後半にいくと「S」の山というのがまたあるんですが、この「S」を超えるともうゴールは目の前という感じで、ラストスパートに入っていける。そんな感覚をまた久しぶりに感じながら仕事ができたのは、個人的な感覚ですがちょっと嬉しくもありましたね。
――作業の進行と並行して、ゆでたまご先生のチェックも受けられたと思うんですが、記憶に残ることや驚かれたことなどはありましたか?
芳賀 感じたのは、やはり先生の技に対するこだわりの強さでしたね。たとえば、基礎技の解説部分にヘッドバットの分解図がありまして、その図では最初は片手で相手の頭を掴んで打ち付ける絵だったんですよ。
でも「ヘッドバットは相手の頭を両手で持つのが基本形で、片手で仕掛けるのは変則です」という指示書きを返していただいて、すごく細かいところまで見ていただけているなぁ、と感動しました。普段の作品もそういう細かいこだわりの中で作られていることがそのチェックひとつで想像できました。
あとは、調べていくと技名のついていないオリジナル技もいくつかあることが判明して、そういうものはリストアップして先生にあらためて命名してもらったんですが、その技名のセンスがどれもやっぱりすごくてシビれるんですよ。ケンダマンの鉄球攻撃の技名が「ケンダマン・アイアンボール」だったり、この図鑑で初めて公開される技名もいくつかありまして、そこも今回の図鑑の大きなウリのひとつですので、ご購入いただけた方には他にもぜひ探していただきたいですね!
――最後の質問になりますが、今回の技図鑑、どういう人にどんな読み方をしてもらいたいですか?
芳賀 前回の超人図鑑が出た時、お父さんが買って帰ったら小さい子供が熱心に読みふけって手放さなくなったとか、他の図鑑と一緒に幼稚園に置いてみたら、子供たちの間で取り合いになった、なんていう嬉しい感想もたくさんいただきまして。それで技の図鑑だけに「絶対にマネしないでください」という注意書きは冒頭に大きく入れたんですけど(笑)、そんなまだ『キン肉マン』をよく知らない子供たちにも、僕らみたいなオールドファンの世代と一緒になって楽しんで見てもらえるような図鑑になれたら嬉しいですね。
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そんな前回以上のこだわりが随所に炸裂して詰まりまくった『学研の図鑑 キン肉マン「技」』は、まもなく2022年9月15日(木)発売開始。
今回は果たして世間にどんな反響を巻き起こすのか、今後の動きに注目だ。