シリーズ史上ナンバーワンのヒットを記録している『ONE PIECE FILM RED』内で、ヒロイン・ウタの歌唱を担当しているのが『うっせぇわ』で旋風を巻き起こしたAdoだ。
主題歌と劇中歌がチャートの上位を独占するなど、そろそろ「よく知らないんだよな~」じゃ済まない存在になりつつある彼女を大研究! どうやら日本の音楽史を語る上で欠かせない、重要な人物になるかもしれないそうです!
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■ボカロ文化が生んだ才能
2021年にそのキャッチーな歌詞と曲調の『うっせぇわ』で一世を風靡(ふうび)した19歳のシンガー・Ado。存在は知っているけれど、何者なのか正直よくわかってない......。そこで! 話題になっても知ったかぶれるように、識者に彼女のスゴさを直撃した!
「Adoは日本のポピュラー音楽史において、時代の転換を象徴しているといってもいいかもしれません」
そう話すのは、『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』(文藝春秋)の著者で、ボカロPでもある鮎川ぱて氏。ボーカロイド(以下、ボカロ)とは、初音ミクなど、ヤマハが開発した歌声合成ソフトのこと。そしてそれを駆使して創作活動をするのがボカロPだ。
「彼女は2017年1月に、ニコニコ動画上でボカロ曲を歌う〝歌い手〟として活動し始めました。世間に知れ渡ったのは『うっせぇわ』からですが、ネット上ではその卓越した歌唱力で前から話題になっていたんです」
そのため、鮎川氏は「Adoを語る上でボカロカルチャーは切り離せない」と強調する。
「まず、ボカロ曲と一般的なポップス曲の大きな違いは〝難しさ〟です。理由はシンプルで、人間が歌うために作られていないから。
一般的に、作曲する際は歌う人の音域や技量、息継ぎのタイミングなどを考慮する必要があるのですが、ボカロでなら、どれだけ複雑でも完璧な音程とリズムで歌わせることができる。
つまり、ボカロPは何も気にせず自分の創造性を100パーセント曲に込められるんです。そのため、総じて曲が難しくなるのですが、それこそが、これまでの音楽になかった魅力を生んでいるのです」
そうして作られたボカロ曲をカバーして歌いこなすのが「歌ってみた」を投稿する〝歌い手〟だ。音楽ジャーナリストの柴 那典(しば・とものり)氏は、歌い手文化の特異性にもAdoの才能が生まれた要因があると話す。
「『歌ってみた』の世界は普通の音楽界と違って顔を出さない人のほうが一般的。そのため、視聴者が評価するのは歌のうまさだけなんです。しかも、音程やリズムは原曲のボーカロイドで完璧に表現されているため、歌い手において重要視されるのは、その人にしか出せない声色の使い分けなどの表現力になるんです」
そうしたボカロ文化がAdoという現象を巻き起こした。
「『うっせぇわ』を作曲したsyudouもボカロP。サビの『うっせぇわ』と繰り返す部分なんて、オクターブの行き来ですからね(笑)、まず一般的な音楽界では作られないメロディですよ。
Adoは『うっせぇわ』を歌う前に、ニコニコ動画でsyudouの『邪魔』という曲を歌って大注目されて、それが『うっせぇわ』につながったのです。
その後も『レディメイド』『ギラギラ』『踊(おど)』とシングルを発表しますが、どの楽曲も2020年代を代表する新進気鋭のトップクリエイターたちが手がけています」(鮎川氏)
柴氏は、ボカロ文化が長く続いたことで、また新たな進化が起きていると分析する。
「ボカロを聴いて育った〝ボカロネイティブ世代〟がクリエイターや歌い手に増えてきているんです。Adoも小学生の頃にボカロにハマって、ほとんどボカロしか聴いていなかったそう。
そうした新世代のクリエイターたちによって、ボカロを中心に新たな音楽シーンが生まれている。そういう意味では時代の転換点を体現している存在といえるのです」
■作曲家のレベルを上げる歌唱力
Adoといえば、なんといってもその印象的な歌声。柴氏はこう評する。
「がなり声やファルセット(裏声の一種)を見事に使い分けていて、迫力のある歌い回しの部分もただ荒々しく歌っているだけではない。表現力は素晴らしいとしか言いようがありません」
曲を提供するクリエイター側にも、Adoの歌唱力は影響を及ぼしているという。
「繰り返しになりますが、ボカロPは、歌手の人格的魅力や歌唱力に合わせて楽曲を調整するのではなく、自由な作曲をしています。アーティストを引き立てるような楽曲を書く『当て書き』の正反対なんです。
でも、Adoは自由に作られた難度の高い曲でもお構いなしに歌いこなす上に、そこに表現を乗せられる。だから優れた創造性を持ったクリエイターに愛されるんです。Adoがいるから、Adoが歌ってくれるから、作曲者は全力が出せてしまう。
逆にいえば、作曲家は曲の良しあしを歌い手のせいにできない。それは自ずとクリエイター側のレベルの向上につながるはずです」(鮎川氏)
さらに注目したいのが、10月に公開を控える映画『カラダ探し』の主題歌を椎名林檎がAdoに楽曲提供すること。あの椎名林檎もAdoの声を大絶賛している。
「椎名林檎は〝25年前にAdoがいたら、私の1stアルバム『無罪モラトリアム』はすべて彼女に歌ってもらっていた〟とまで話すほど、Adoの歌声にホレています。
だからこそ、Adoならこれくらいが歌いやすいだろう、なんて曲は提供しないはず。椎名林檎自身が歌えないような本気の曲を提供してくるのではないでしょうか。
そして、Adoにはそれに応えられるだけのポテンシャルがあるはず。これまで見られなかった椎名林檎の自由な作曲を、Adoを通して見られるかもしれません」(鮎川氏)
■映画の「ウタ」はAdoじゃなきゃムリ
今、各種音楽サブスクリプションサービスのランキング上位を総ナメしているのが、劇場版ONE PIECE『FILM RED』の主題歌『新時代』。
収録アルバム『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』は、映画の主題歌と劇中歌で構成され、中田ヤスタカやMrs.GREEN APPLE、Vaundy、秦基博といったJ-POP界を代表するそうそうたるメンバーが映画のために書き下ろしたものになっている。
柴氏は今回の映画は「Adoありき」だと話す。
「今回Adoが歌を当てた『ウタ』というキャラクターは、Adoの歌唱力がなかったら成り立たないキャラクターに仕上がっている。制作期間から考えて、制作者側は『うっせえわ』が流行するより先にAdoを見つけていたはず。
『ウタ』は単に歌がうまいのではなく、禍々(まがまが)しい歌の力を持つ必要があって、〝歌姫〟ではなく〝歌の魔王〟くらいにならなくちゃいけなかった。それを表現できるのはAdoだけだと思います」(柴氏)
一方で、鮎川氏は本作に関して、「Adoのポテンシャルはこれにとどまらない」と話す。
「素晴らしい楽曲たちであることはもちろんわかっていますが、今回のアルバムはやはり『当て書き』された曲。Adoの良さも引き出されているのは重々承知ですが、Adoのポテンシャルはこんなもんじゃない、と感じてしまう点もあったのが本音です」
世界中にファンがいる『ONE PIECE』。今回の映画をきっかけに、世界にAdoが知られるかもしれないし、J-POPの見られ方も変わるのでは?
「正直わかりません。ボカロシーンは、日本国内だけで10年以上も醸成された特殊なガラパゴスカルチャーです。ほかの国々の音楽は互いに少なからず影響し合っているけれど、ボカロはこれまでそういった影響をほぼ受けてこなかった独自の文化なわけですから。
そんなボカロ出身のAdoがJ-POPの見られ方を変えるのかは見当もつきません。ただ、『ONE PIECE』というメガコンテンツによって、Adoの存在感が増すのは間違いないでしょう」(柴氏)
J-POPの中心になりつつあるAdoだが、ボカロ出身者であることを大事にしているようだ。
「彼女は『うっせぇわ』でブレイクしてからも、ニコニコ動画に『歌ってみた』動画を頻繁にアップし続けています。それもひと昔前の曲から最新の曲まで幅広い。これまでの歌ってみた出身のアーティストは、メジャーに行くと動画は投稿しない傾向にありました。
けれどAdoは『私はあくまでも歌ってみたの人間です』と主張しているようにも見える。『歌ってみた』は踏み台ではなく育ての親。それに対して義理堅いというイメージでしょうか」(鮎川氏)
柴氏によると、そうした誠実さは本人へのインタビューのでも感じられたようだ。
「電話インタビューの際に受けた印象は、内気で繊細な方。自分に自信があるタイプではないが、気配りができ、聡明さもある。声だけなのでそれ以上はわからないけれど、不思議とカリスマ性も感じるような方でした」
さて、ここまで多角的に語ってもらったが、コスパ良く「お、こいつ違うな」と思わせられるコメントを聞いたところ、鮎川氏いわく「『うっせぇわ』もいいけど、良さが一番出てるのは『ギラギラ』だよね」だそうです。知ったかぶりたい皆さん、ぜひお使いください!