『君の名は。』で大ブレイクして以来、世界でもその名を知られるようになった新海 誠(しんかい・まこと)監督。その集大成にして最高傑作と銘打たれた新作『すずめの戸締まり』が公開中! 震災を取り上げた本作はどんな思いで制作されたのか? 過去作よりもフェチ要素が薄くなったワケは? 監督の本音に迫った!
■『天気の子』公開中はお忍びで劇場へ
――『すずめの戸締まり』のマスコミ試写上映後、拍手喝采という珍しい光景が広がりました。これは『君の名は。』に迫る大ヒットの予感です!
新海 そうなんですか? それはうれしいですね。マスコミの方々に味方になってもらえれば心強いです(笑)。
――週プレは監督の味方です! まず前作『天気の子』の話ですが、『君の名は。』が興行収入約250億円となって、非常にハードルが上がった中での『天気の子』。さまざまな反応があったかと思います。
新海 もはや遠い記憶なんですが(笑)、「とても感動した」と言ってくれる方がいる一方、「(主人公の森嶋)帆高(ほだか)のセルフィッシュ(自分勝手)な選択にまったく共感できなかった」「設定的に最初からノレなかった」という批判の意見も多くて、「そうか、届かなかったのか」という思いもありました。
――その点については監督も挑戦的な作品になると、以前お話しされていました。
新海 あとは単純に大きな規模で上映した映画なので、小学校に上がる前の小さな子供もたくさん来てくれたんですが、僕がふらりと劇場に足を運んでみたときに、そういう子が映画に退屈してしまい、「アメ」という猫のキャラが出てくるときだけ画面を見る、という状況を目にしたんです。
それで「次こそはどんな年代の人でも画面から目を離さないような映画を作るぞ」と決心しました。映画には好みがあるにしろ、こちらとしては誰も取りこぼさないものを作りたい。そのことは『天気の子』で改めて思いました。
――仕方がないことですけど、興行収入は『君の名は。』の250億円から『天気の子』では140億円に下がってしまいました。これは気になる?
新海 気になるというか......そうやって、140億円で失敗だったと言われるならなんて厳しいんだと思いますけど(笑)。
『君の名は。』は、当時僕たちは20億と思って作ったものが250億になったので、誰もが思い描かなかったことが起きるのがこの世の中だなと痛感しました。次作の『天気の子』は、作品の良しあしはもちろん関係するんでしょうけど、『君の名は。』のような時代のハマり方とは少しズレた場所にいたのかなとは思います。
ただ、これは僕が言うのもなんですが、(『天気の子』が公開された)2019年の夏は、映画業界のひとつのピークで、『アラジン』『トイ・ストーリー4』など興行収入が100億円を突破する映画が複数あり、観客を奪い合っていた。その中で、『天気の子』が一番多くの人に見てもらえたのはとても光栄なことでした。
■覚悟を決めて描いた東日本大震災
――作品の話をしますと、今回は全国の廃墟(はいきょ)を巡る物語。これをテーマに据えた理由は?
新海 前作『天気の子』の公開後に舞台挨拶で全国各地を回ったり田舎の実家に帰ったりした中で、かつて栄えていたけど廃れてしまって誰もいなくなった場所を目にする機会が増えたと感じていたんです。
考えてみれば、何かを始めるときは地鎮祭のような儀式はあっても、土地や街が終わるときに区切りとなる何かはしない。それなら"場所を悼む物語"はどうだろうか、というのが本作の着想のひとつです。
――以前、監督は「作品には社会や観客の気分が混じらざるをえない」と話していましたが、今回は観客がどんな気分だと想定して作られたのですか?
新海 『すずめの戸締まり』は企画立案から完成まで、丸々コロナ禍にかぶっている作品なので、やはりそういう観客、世の中の気分はこの作品に含まれているとは思います。
コロナで自分たちがどうしようもなく理不尽な場所に閉じ込められている感覚を、僕はイスに閉じ込められた(宗像[むなかた])草太(そうた)に重ねて描いたつもりなんです。
また、コロナ禍での他国との比較で、僕も含め多くの人がそれまでなんとなく特別だと信じていた日本という国が、いかにガバナンスが困難で未熟な国だったのかをまざまざと見せつけられましたよね。
――東京五輪でもいろいろと失望させられました。
新海 そういった自分たちの国がある種の衰退の途上にあるのではないかという社会の気分は、"戸締まり"をしながら人の消えてしまった街を悼んでいく行為にも重なる気がしています。もちろん深読みしたら暗くなっちゃいますから、もっと単純に、ポジティブに楽しんでもらえる映画にしたつもりではあります。
――「誰も取りこぼさない映画」でいうと、本作は冒頭からすごい迫力の映像で、引き込まれてしまいました。
新海 そうですね。掴(つか)みを大事にするのはどんなときでも意識しますが、3本脚のイスと猫との追いかけっことかは、観客の年代を問わず、アニメーションか実写かにもかかわらず、なるべく広い人に退屈をさせないようにと考えた演出です。
――本作で取り上げたもののひとつは震災。センシティブな内容ですが、描く上での重圧はありましたか?
新海 2011年の東日本大震災は多くの人にとって世界が書き換わった出来事だったと思います。足元の地面は硬く不変なものではなく、いつ崩れてもおかしくないものなのだと、震災後は常に考えながらこの10年映画を作ってきたような気がしています。
『君の名は。』だと1000年に一度、災いをもたらす彗星(すいせい)が登場しましたが、あれは1000年に一度の巨大地震のメタファーで。『天気の子』で描いた人間の力を超えた巨大な自然災害も、震災で自分の中に刻み込まれた無常観が作らせたもの。
ただ当時は自分の力量の面や、まだ見たくないという観客の気分もあったはずなので、それをメタファーとしてしか描けなかった。
――しかし、今回はメタファーではなく直接的に描きました。
新海 怖さはもちろんありました。覚悟がなければ触れてはいけないことなので、企画書を出すときに、「僕たちはこれをやるんだ」とプロデューサー陣と確認し合って製作に入りました。
ただ、震災をモチーフにした物語は小説でもマンガでも実写でもすでに無数に誕生していますよね。『すずめの戸締まり』もそれら震災文学の一端にある作品なので、特別なことをやったという思いはありません。
それでも『すずめの戸締まり』が震災を扱った作品の中で特別なものになれるとしたら、東宝のブロックバスターといえるような大規模に公開される映画の中で描いたということ。ジャニーズの松村北斗くんも出ますしね。いや、ジャニーズだから選んだわけじゃないですよ(笑)。
――松村さんの演技は素晴らしかったので、わかってます(笑)。
新海 社会的な大きな悲劇は、演劇や映画、音楽などで表現されて、ようやくみんなでその意味を考えて前に進んでいけるものなのではないでしょうか。この規模で公開されるということは、小さい子供など、地震について考えたことがない人も見に来ることになる。だからこそ、『すずめの戸締まり』では、あの出来事を正面から扱わなくてどうするんだ、と。
■かつての強度では男女関係を描けない
――その思いを伝えられる作品になっているかと思います。そしてシリアスなお話のところ恐縮ですが、本作では新海監督ならではの、思春期の童貞くささみたいなものが、いい意味でなくなっていたのがひとつのポイントかと。
新海 意図的に作風を変える気持ちはありませんが、エンタメに対する時代の許容もずいぶん変わりましたよね。例えば『君の名は。』を公開した翌年に映画界では"#MeToo運動"が起こり、それをきっかけにいろんなムードが変わった。
『君の名は。』で(立花)瀧(たき)が目覚めるたびに体が入れ替わった(宮水)三葉(みつは)の胸を揉むシーンも、今だったらボツにしますね。夢だし、そもそも自分の体だから問題はないという道具立てはしていたけど、今の観客は受け入れないとジャッジしたでしょう。
だから、これから『金曜ロードショー』などテレビで『君の名は。』が放送されるたびにどう思われるか心配もしなくちゃいけない(笑)。それくらい許される表現と許されない表現がたった6年で変わりました。
――その中で描いた異形のものであるイス(呪われた草太の姿)とのラブストーリー。
新海 (岩戸)鈴芽(すずめ)が呪われた草太であるイスに座るシーンがあるんですが、最初スタッフ陣から反対されました(笑)。絶対必要だと思ったので、押し通しましたけど。BGMもいい感じにしたり、「別に変なシーンじゃないんだよ」という空気感を作るためのセットアップを最大限にしているので、問題のない演出になったと思います。
――女性に座られたり、踏まれたり、あれは監督のフェチシズムではないんですか?
新海 違いますよ(笑)。憧れる他者というのは人生で一番巨大な秘密ですよね。鈴芽にとってそれが草太で、その秘密に対して物理的に近づきたい、触れたいと思うのは普遍的なドキドキじゃないですか。
それを今の時代に合ったかたちで表現しようとしたらああなったんです。だからあのシーンで思春期の人にドキッとしてもらえたら僕としてはうれしいです。
――しかし、表現はどんどん婉曲(えんきょく)になっていってしまうんですね......。
新海 それはそうだと思います。『君の名は。』からはずいぶん遠い場所に来てしまいました(笑)。
――別のインタビューで、「運命の赤い糸のような恋愛関係を描くことに興味を持てなくなった」との発言がありました。『ほしのこえ』から続く、淡く切ない新海節は、もう描かない?
新海 いやいや、今回もちゃんと恋愛は描いてますよ。終盤で鈴芽が"好きな人のところに行く"といったことを叫ぶシーンがありますが、これも「ここは恋愛じゃないでしょ」とスタッフ陣に反対されました。でも僕としてはああいう場面で好きな人のもとに行こうとしてほしいなと思ってあのセリフを入れたんです。
とはいえ、『君の名は。』を作った40歳くらいの頃の強度では、男女の関係を考えられなくなったのは確かにそうです。さすがにもう50歳ですからね......。
――本作はいよいよ男女のすれ違いが描かれず、古参の新海ファンは残念かと(笑)。
新海 それは常に若い作家が出てきますから、そちらに託していただいて。僕の次作がどんな話になるかわかりませんけどね(笑)。
――期待してます! では最後に、週プレ読者にひと言お願いします!
新海 鈴芽が私服でヒッチハイクするシーンは、脚本の初期段階では草太のセリフで「制服姿のほうが目立つから車が停(と)まってくれるんじゃない?」というものを考えたのですが、猛反対がありました。
――反対されてばかり!(笑)
新海 ただ、雑誌もそうだと思いますが、無害な笑いやギャグだと思っていても、表現によっては傷つく人もいると教えられることは、モノづくりをしているとよくありますよね。僕も観客に向けて映画を作っていく中で、そのことによく気づかされます。
週プレはいつもそのギリギリのラインを攻めていてすごいなと思います。僕も週プレを読んでその絶妙さを勉強させてもらいながら、今後も作品作りをしていきたいですし、その感覚を育てられている週プレ読者なら、『すずめの戸締まり』の普遍的なドキドキに共感してもらえるんじゃないかと思ってます。
●新海 誠(しんかい・まこと)
1973年生まれ、長野県出身。2002年に個人制作の短編アニメーション『ほしのこえ』で商業デビューすると、『秒速5センチメートル』などで男女の「出会い」と「すれ違い」をモチーフとした話題作を連発。2016年公開の『君の名は。』では興行収入250億円超、2019年公開の『天気の子』でも同140億円超を記録するメガヒット作品を世に送り出し、国民的アニメーション監督といえる存在に
■『すずめの戸締まり』全国東宝系にて公開中
九州の静かな田舎町に住む17歳の少女・岩戸鈴芽は、ある日、「扉を探している」という旅の青年・宗像草太と出会う。そして彼の後を追って向かった廃墟で"あるもの"を見つけ、草太と共に全国各地の後ろ戸(扉)を閉めるという、街の人々の命運を握る危険なミッションへと巻き込まれていく......。スペクタクルな映像表現と、緻密に練り上げられたストーリーは、まさに新海作品史上最高のエンターテインメント!