今、韓国発祥の縦スクロール漫画「ウェブトゥーン」が世界的に流行している! その勢いはすさまじく、2028年には市場規模が3兆円に達するという見通しもあるほどだ。今回は、そんなウェブトゥーンの流行に乗るべく、識者に話を聞いた。これを読めば、ウェブトゥーンが読みたくなること間違いナシ!
■たった十数年で3兆円の市場規模に?
縦スクロールで読む漫画「ウェブトゥーン」が若者を中心に人気を集めている。
「日本では最近生まれたように思われていますが、実はその歴史は韓国で始まっていて、15年以上前にまでさかのぼるんです」
そう語るのは『Webtoon Insight Japan』編集長の福井美行(よしゆき)氏だ。
「1997年に韓国経済が破綻した時期があって、同国政府がIMF(国際通貨基金)からお金を借りてやったのが、インターネットインフラの整備。そのときにSNSに似たサービスができて、イラストを投稿する文化も生まれた。2006年頃になって、ストーリー付きのイラストを描く人が出てきたのが、ウェブトゥーンの始まりです」
しかし、この段階では今ほどの勢いはなかった。
「2010年頃ですかね。スマートフォンが発売されたタイミングで、気軽にスクロールで読めることから人気に火がついた。そこから、今のブームに至ります」
韓国が長い歴史を持つ一方で、日本でウェブトゥーンはどのような歴史を持っているのか。
「ここ2、3年で日本のウェブトゥーンの制作スタジオが急激に増えましたね。2013年に韓国資本の漫画アプリ『comico』が日本で誕生し、ウェブトゥーンが国内で広まった当初は、個人でウェブトゥーンを描く人はいたけど、産業として成り立ったのはここ最近といえます」
なぜそのタイミングだったのか。株式会社フーモア代表取締役社長の芝辻幹也氏はこう話す。
「韓国で『俺だけレベルアップな件』など、数億円単位の売り上げを生む大ヒット作が生まれた影響でしょうね。日本でもかなり売れていますから、儲かることが証明されて、参入ラッシュが始まったのだと思います」
韓国の影響を受け、日本でも盛り上がりを見せるウェブトゥーンだが、その広がりはアジアだけにとどまらないと福井氏は語る。
「韓国のNAVER WEBTOON社は、アメリカやヨーロッパの漫画家に声をかけてウェブトゥーンを描いてもらっている。それで生まれたアメコミ風のウェブトゥーン作品が北米で売れているんですよ」
■世界進出が盛んなワケ
そんな、世界に広がりつつあるウェブトゥーンの強みを芝辻氏はこう話す。
「ウェブトゥーンって世界共通の読み方が圧倒的な強み。日本の横読み漫画はアルファベット圏とページをめくる方向が逆。海外の人には読みづらさもあると思います。
ですが、ウェブトゥーンの場合は縦にスクロールしていきますよね。その読み方は世界中で共通している。ウェブトゥーンが世界で人気なのは、そういった手にしやすさが関係しています」
ウェブトゥーンの強みはこれだけじゃない。漫画アプリ『ピッコマ』でウェブトゥーン『リバースタワーダンジョン』を連載中のふたり組作家ユニット・牧場(ぼくじょう)ノリ先生はこう語る。
「ウェブトゥーンはフルカラーで連載している作品がほとんどです。色をつけてお届けするので、伝わる情報は多いですし、何より画(え)を映えさせやすい。横読み漫画の連載は紙の雑誌でモノクロのことが多いので、フルカラーであるということはウェブトゥーンの強みです」
ウェブトゥーンにおける作画の重要性を芝辻氏はこう語る。
「ウェブトゥーンはスマホで読まれるため、他アプリの通知など、読むのをやめさせる誘惑も多い。そうさせないために、目を引くような画をある程度の間隔で置いていく必要があるんです。
売れているウェブトゥーン作品はストーリーが面白いのはもちろんですが、画がうまいケースがほとんど。画で読者を引きつけるのはマストです」
とはいえ、毎週フルカラー・高クオリティの画でウェブトゥーンを更新するのは、負担が重いのは言うまでもない。そのため、ウェブトゥーンの制作にはさまざまなデジタル技術が用いられ、効率化が図られていると牧場先生は語る。
「モブキャラもものによっては描くためにかなりの労力が割かれます。ファンタジーに出てくるよろいを着た兵士とか。ガチャガチャしていて、ひとりひとり描いて着彩するのは大変。
そうした、描くのは面倒だけど重要ではない部分は、ネット上の取引所で販売されていたり、SNSなどでシェアされていたりする、商用利用のできる素材を使う人も多いです。そういう文化があるんですよ。
ほかにも、物体に光沢を出すとか、さびた感じにするなど、さまざまな加工を施してくれるエフェクトもウェブトゥーンでは用いられていて、こちらも販売やシェアがされています」
デジタル技術を利用した効率化はこれだけじゃない。
「背景には3Dモデルを活用しています。建物などは一度3Dモデルを作ってしまえば、どんな画角になってもコマごとに背景を描き直す必要がなくなります。がれきが散らばっている様子なんかも、3Dモデルを使えば想像で描く必要はありません」
着彩作業など工数が多いウェブトゥーン制作では、そうでもしなければ週刊連載は不可能に近い。そもそも、ウェブトゥーンの中には、横読み漫画とは制作過程すら違う作品も多いと福井氏は語る。
「ウェブトゥーンの中でも大型作品はスタジオ制作で分業制を採用していることが多い。原作、作画、着彩など細かく役割が分かれるんです」
これは、横読み漫画というより、アニメ、映画といった映像制作やゲーム制作に近い。ここ2、3年で日本にできたスタジオも、これまで横読み漫画を作っていたような会社ではなく、アニメやゲーム、広告系をはじめとした他業種からの参入が目立つ。横読み漫画とウェブトゥーンは単に読む方向が違うだけではないようだ。
■浮き彫りになる日韓の業界格差
他業種からの参入など、日本のウェブトゥーン業界は盛り上がっているように見えるが、今の状況に福井氏は警鐘を鳴らしている。
「日本でもウェブトゥーンに関わる人が増えてきていることは素晴らしいと思いますし、新しいものに挑戦していくのはリスペクトしています。しかし、実際のところ日本で売れているウェブトゥーンはほぼ韓国の作品。結果が出なければ、そろそろ撤退する企業もあると思っています」
その一方で韓国のウェブトゥーン業界は進歩が著しく、未来は明るいのだとか。
「韓国では、分業制のパートごとに、独自の技術が発達していっている。例えば、背景なんかはとんでもない成長っぷり。背景を描いている人の中では、人気の背景師も出てきている。
彼らの背景はエフェクトやスタンプ(人物やオブジェクトの絵を描かずに配置するもの)などの素材と同様に販売、シェアされて多くの人に使われる。さらにすごいのは、メタバース空間を作るのに背景師の背景が使われるというプロジェクトもあって、ウェブトゥーンだけでなく、さらにその次のステージに進んでいるんです」
ウェブトゥーン業界の未来は明るいことがうかがえた。一方で、日本のウェブトゥーン業界はどうなっていくのだろうか。日本からも世界で読まれる大ヒット作が生まれることに期待したい。
●福井美行(ふくい・よしゆき)
株式会社フーム代表。ウェブトゥーン専門のニュースサイト『Webtoon Insight Japan』を編集長として運営しながら、業界にまつわる豊富な知識を生かし、ライターとしてもさまざまな記事を執筆している
●芝辻幹也(しばつじ・みきや)
株式会社フーモア代表取締役社長。2021年にはウェブトゥーン専門の「フーモアコミックスタジオ」を設立。スタジオの代表作は漫画アプリ『HykeComic』で連載中の『レベルドレイン~絶対無双の冒険者~』など
●牧場ノリ(ぼくじょう・のり)
原作と作画のふたり組ユニット。日本においてウェブトゥーンがまだなじみ深くなかった2016年からウェブトゥーン作品を制作している。現在は漫画アプリの『ピッコマ』にて『リバースタワーダンジョン』を連載中