2022年を振り返ってみると、平和を訴えるSTU48の『花は誰のもの?』がYouTubeで500万回再生、TikTok発で大バズリしたFRUITS ZIPPERの『わたしの一番かわいいところ』が600万回再生を超えるなど、今年もさまざまなアイドルグループのMVが話題となった。
週プレNEWSでは今回、"アイドルに精通する映像作家"に「2022年の素晴らしかったアイドルMV」に関して取材。ミュージックビデオやCMを数多く手掛けながら、自身もアイドルグループ「NELN」のプロデュースを行なう映像作家・森岡千織氏が、選りすぐりの今年のアイドルMVを紹介してくれた。
■櫻坂46『五月雨よ』
https://www.youtube.com/watch?v=3boaeE3dwMs
今年4月にリリースされた櫻坂46の4thシングル。草原や湖などの大自然をバックにメンバーが浮かべる物憂げで柔らかな表情や、スピンショットを使ったゆるやかなダンスシーンなどが特徴的。攻撃的なイメージを持つ前身・欅坂46からの路線変更を感じさせるMV。
たとえばコロナ禍に突入した2020年には、メンバーがそれぞれスマホで撮影した素材を使ったMVが公開されるなど、MVシーンには毎年さまざまなトレンドがあります。
個人的に感じていた今年のトレンドは"浮遊感"。昨年の下半期にBURBERRYが制作した、コートを着た人々が風に乗って浮遊するという広告映像からブームになりました。『五月雨よ』はそれをいち早く、うまく取り入れていたなと思います。
私自身、アイドルに興味を持ったのは当時の欅坂46の新しさがきっかけ。『アイドルなのにここまで顔を見せないんだ』、『ここまで可愛さを捨てていいのか』と衝撃を受けた覚えがあるんですが、そうした"欅坂46らしさ"を持ち続けていたグループの雰囲気が『ガラリと変わったな』と感じたのがこのMVです。
ダンスシーンも、アイドルMVではテンプレになっている正面からの平面的な画ではなく、メンバーの周りをぐるぐるまわり続ける画(え)になっていて王道ではないですし。メンバーの表情や感情の変化も感じられて、『やっぱり櫻坂、いいじゃん』と思いました。
櫻坂46でいうと、7年間キャプテンを務めた菅井友香さんの卒業曲『その日まで』のMVも、すごく泣けるMVでした。
https://www.youtube.com/watch?v=F2lWsUJotmc
走る菅井さんが逆再生の映像の中で、これまでのMVやライブの舞台裏を遡っていく......という、単純でわかりやすいストーリーなんですが、ご本人の実直な人柄ととてもマッチしていて。飾らないストレートさがすごく素敵でしたね。
これを見て思ったのは、MVって結局は技術じゃないんだということ。撮影技術で勝つよりも、アイドルが築いてきた自身のストーリーを真正面から訴えるほうが、見る人の感情に刺さる。これを最後に作れるって、菅井さんもアイドルとして本望だったんじゃないかと思います。
■famme fatale『だいしきゅーだいしゅき』
https://www.youtube.com/watch?v=Uywq8FzxWiU
TikTokの年間楽曲投稿数ランキングで9位にランクインした、戦慄(せんりつ)かなの&頓知気(とんちき)さきなが手がける実姉妹ユニットの1st配信シングル。戦慄いわく「今までの曲の中でも一番ぶりっこで、とびきりかわいい楽曲」。MVは"寝るときに見る夢"をテーマに、ビビッドカラーの映像をバックに、ファンシーな衣装を着て踊るふたりが中心となっている。
このMVの良さは、彼女たちふたりが築いてきたドールっぽさやフィクションっぽさがあるからこそハマる、famme fataleだからこそのマッチング感。BiSHのブームをはじめ、ここ5年くらいのアイドル界は"人間味"がウケる印象です。その中でも、このMVのような世界観で若い女性ファンを掴んだのがすごいなと思います。
やっていることはグリーンバック映像と3DCGの合成なんですけど、ここまで良い意味でガチャガチャしたCGにハマるアイドルは本当に珍しいなと思いました。
細かい部分ですが、ふたりの周りに現れるエフェクトは派手に動くけど、背景は決して動かさなかったりと、こういう世界観でもきちんと彼女たちに目が行く計算が行なわれているのがいいですね。CGだけど後から画面を揺らして生感を出している感じも好きです。
最新曲の『step into』のMVでも感じたんですが、famme fataleのMVにはブラウン管テレビやバービー人形など、レトロでどこかアナログな物がモチーフとして出てくるんですけど、それも実物ではなく3DCGで魅せるというのが彼女たちらしさなのかなと思います。
派手さの中のどこかにあるノスタルジーが、彼女たちへのちょっとした親近感を覚えさせて、人の心を惹きつけますね。
ちなみに、トレンドの話になりますが、この派手なグラフィックが別のグループのMVにも伝染してきている気がしています。来年、こういったMVが増えるかもしれないですね。
■lyrical school『LAST SCENE』
https://www.youtube.com/watch?v=cZZKLj19mhI
今年7月、メンバー5人中4人が卒業を迎えた"リリスク"の、2017年から続いてきた現体制最後のMV。MV制作にあたり、"ヘッズ"と呼ばれる彼女たちのファンから5000枚以上のチェキを募集。そこから厳選した3000枚を使って構成した。高速でスライドしていくチェキが、メンバーの変化や時間の経過を演出している。
公開されて見たとき、まさに『みんなもっとこういうのをやってほしい』、『めちゃくちゃいいな』と思ったMVです。リリスクはスマホが当たり前になった頃にいち早く縦型MV(2016年4月公開『RUN and RUN』)を作っていたり、ずっと『どの作品もいいな』と思っています。
何千枚というチェキを集めて、顔の位置や角度を丁寧に合わせて並べて作っているだろうこのMV。そのアナログ感やローファイ感が、リリスクらしさも相まってすごく好きな作品でした。
まず、こんな手法を思いついたとしても、実際にやろうとする人はいないと思います(笑)。想像するだけで超大変で......。でも、だからこそ愛を感じるのかもしれないですね。
しかも、アイドルにおけるチェキというのはファンの方の手元に行く『売り物』なわけで、手放したものをわざわざ回収しなければならないわけですよ。それをファンから募って、ファンはそこに参加する。アーティストでもあり、アイドルでもあり、というリリスクがチェキという表現を使ったのもいい。
グループの形が変わる直前のMVで、このストーリーを作れたのはすごく理想的だと思います。同じようなことを私がプロデュースしているNELNでやろうとしたら......実現させられるか不安ですね(笑)。そう思うくらいのすごいファン参加型の企画MVでした。
■NELN『税金なんてわかんない』
https://www.youtube.com/watch?v=NOhW3bgeXwM
森岡氏がプロデュースを務めるNELNの17thシングル。「笑顔を振りまく王道アイドル」というよりは「不思議な世界観を楽しむアイドル」といえるNELNのメンバーが、大量の札束を前にはしゃぐ姿や、独特なゆるいダンスを楽しむことができるMV。
自分の作品を挙げるのは恥ずかしいというか、申し訳ないですが......ライブで披露したときは悪かった評判が、MVの公開でひっくり返った、思い入れのある作品なんです。
タイトルで伝わるかもしれませんが、最初はファンから『なんでこんなふざけた曲をやるんだ』『NELNはもっと真面目な姿が見たい』と言われてしまっていて。でも、いざMVを公開したらとにかく『かわいい!』と言ってもらえるようになりました。
あまり自分の制作物を見返すタイプではないんですが、そんな私でも、少し王道に寄せる狙いがうまくハマッたなぁ......と、ふと見返してしまいます(笑)。
あと、このMVはメンバー編成が変わった直後に撮影したもので。この撮影を通してメンバーが打ち解けていったことや、そのタイミングにしかないその雰囲気を撮れたことがよかったなと思っています。
余談ですが、映像を作る人間としては、冷蔵庫の中からメンバーを撮ったカットが気に入っています。昔だったら冷蔵庫の裏側をノコギリで切り抜いて、そこにカメラを突っ込んで撮っていたものが、今は小さい一眼レフと広角レンズを置いてしまえば撮ることができる。時代のアップデートを感じたカットです。
■NewJeans『Ditto』
https://www.youtube.com/watch?v=pSUydWEqKwE
韓国の5人組グループ『NewJeans』が12月にリリースしたプレリリースシングル。学校を舞台にしたMVには5人のメンバーに加え、"6人目"の女学生が登場。この女学生が「ファンを指しているのではないか」という考察が話題となっている。
最後は日本ではなく、韓国から。このMVは今月に入ってからアップされたものですが、"今年デビュー"の"韓国のグループ"がこんなMVを作ってしまうのかと、今年一番、衝撃を受けた作品です。
表現の手法としては、古いビデオカメラで撮ったレトロな映像を織り込むよくあるものなんですが、そこに使われているのが、パナソニックのビデオカメラと、"赤テープ"と呼ばれるソニーのビデオテープ。
NewJeansは"Y2K"(=Year 2000)という2000年代ファッションをキーワードにしたグループなんですが、そういったアイテムひとつを取ってもものすごいこだわりや資本を感じます。
なんといっても、いろんな考察を生んでいるメッセージ性を埋め込んだストーリーや、決してアイドルファンが喜ぶ画を作ろうとしていないホラー寄りのダークなトーンが注目。
日本のアイドルのMVには、サビは踊って、かわいい顔のリップシンクがあって......というセオリーが出来上がっている中で、新しい国外のアイドルがまったく違うものを作り上げたことに鳥肌が立ちました。"日本のアイドルが一番作れないもの"と言ってもいいかもしれない、そう言えるくらい衝撃的なMVでした」
――今回挙がった日韓のアイドルMV。アイドルが好きで年末年始の休みに入った人は、森岡氏の語ってくれたポイントを思い浮かべながらぜひチェックしてみては。
●森岡千織
1987年生まれ。映像制作会社クラウディ代表取締役。映像作家としてさまざまなMVやCMなどを手がける傍ら、NELNの総合プロデュースや作詞、MV制作を行なう。
公式Twitter【@moriokachiori】
クラウディ公式サイト【https://clou-d.com/】