『キン肉マン』大好き漫画家のおぎぬまXが、コミックス17巻を熱く語る『キン肉マン』大好き漫画家のおぎぬまXが、コミックス17巻を熱く語る

長かった悪魔超人軍との死闘「黄金のマスク編」がついに決着。その勢いのまま「夢の超人タッグ編」へとなだれ込んでいく見どころ満載の17巻を、今回より『週プレNEWS』にて、語らせていただきます!

  • 九所封じは読者にとっても地獄の門!?

前巻から続く悪魔将軍との死闘の真っ只中から始まるこの巻ですが、16巻までの試合の流れは圧倒的に悪魔将軍優勢。一方のキン肉マン側からしてみれば、チートキャラと言っても差し支えないこの難敵にどうやって勝てばいいのか、攻略の糸口すら見えない苦しい展開の連続でした。

しかも、ここからいよいよ将軍は無敵の必勝パターン「地獄の九所封じ」まで繰り出し始める始末。一撃目の大雪山落としだけでも威力十分なのに、これをキン肉マンはさらに九撃目まで受けるのかという先の見えなさは、キン肉マンを応援する読者にとってもまさに地獄。

だって普通、こういう敵の連続技って、多くてもせいぜい三つか四つでしょ? トリプル・ビーフ・ケーキくらいでいいじゃないですか。なのにそれがここから九つも続くって...絶望の極みですよ。追い込むときはとことんまで追い込む、キン肉マンも読者も。ゆでたまご先生のドSぶりはここまで来ても健在でした。

しかし、試合も終盤戦に入り込んできたこのあたりからとうとう、悪魔将軍の弱点のようなものが見え始めます。その発端となるのが、悪魔将軍自身から出た言葉。「おまえを苦しめているのは仲間を助けたいという正義の心だ。仲間を捨ててブリッジさえ解けばおまえはこの苦しみから解放される。さあ今こそ悪の心を選べ!」

この言葉を皮切りに、悪魔将軍の友情否定がクギをさすように難度もしつこく繰り返され始めます。正義ってしんどいよね、悪に走れば楽になる、仲間なんて邪魔なだけだろ。

そしてリングの下でキン肉マンを支え続ける仲間たちにも同様に問いかけ続けます。こんなヤツのために命をかける価値があるのか、今すぐ逃げだせば助かると。しかし、何度囁いてもキン肉マンは友情を捨てることはしませんし、仲間もキン肉マンを見捨てて自分だけ逃げることはありません。その強固な結束と信念に触れ、これまで余裕を崩さなかった悪魔将軍の表情がみるみる歪み始めます。

この一連の流れは普通に読んでも非常に心揺さぶられるのですが、僕が最初に読んだ子供時代には気づくべくもなかったこと。あれから僕は大人になって、今の時代になったからこそようやく気づけたスゴみがここにありました。それは今のSNS時代におけるネット上の誹謗中傷問題の根本的な構造や打開策が、既にここに全て凝縮されていたのではないか、ということです。

  • 令和の問題を昭和に予見したかのような

悪魔将軍は実態を持たないゆえに痛みを感じない無敵の存在です。だから自身のダメージを一切気にすることなく、苛烈な攻撃を延々と繰り返してくる。それはSNSで捨てアカを使って、アイドルや芸人、アスリートなど頑張っている人たちを狙い、安全地帯から匿名で一方的に攻撃してくる人たちと同じなのではないでしょうか。

仮にそれで具合が悪くなってアカウント凍結されても、捨てアカだから作り直せばいいだけなのでノーダメージ。無敵ですよね、絶対に負けることがないんです。でもその攻撃に晒されて心を病む人、活動をやめる人、最悪は命を絶つ人までいるのが今の社会の現状です。

リング下で何があってもキン肉マンを支え続けた正義超人の仲間たちは、いわばファンです。そして、キン肉マンが傷つき倒れそうになったときはファンが支え、ファンがくじけそうになったときはキン肉マンが頑張る。

そのループを彼らはどんなに傷ついてもやめることがない。でもどんなに彼らが頑張っても、自分が安全地帯にいる以上、いつかは絶対勝つでしょう。それをバカにしていた悪魔将軍すら、とうとう気づくんですよね。勝つのが当たり前のその状況で彼らに勝って、一体何の意味があるの?って。

そして、将軍はとうとう実体を現すんです。バッファローマンが「唯一の弱点」と評した実体、それはつまり捨てアカで活動している無敵で架空の自分ではなく、安全地帯に隠れていた本人が生身の本名を晒してやっと同じ土俵に立ったということ。将軍をそこに導いたものの正体こそが、何があってもくじけなかったキン肉マンと仲間たちの双方向の無限の友情です。

これは現代の道徳ですよ。ネットもなかった昭和の時代に、指先クリックひとつで誰もが悪魔になれる令和の問題をここまで示唆する物語が存在していたことに、僕は最近やっと気づくことができました。『キン肉マン』が今もずっと愛され続けている理由はこういうところにあるのだなと、僕はこの17巻で改めて思い知った所存です。

そんな将軍との死闘の余韻に浸る間もなく始まる新たな闘い"宇宙超人タッグ・トーナメント"。この新章の話については次巻以降がメインになってきますが、見逃せないのはやはりその導入のハッタリが効きまくっている点。富士山の隣にニセ富士山が出現するとか正義超人の友情を奪って人形に封じ込めた友情の小箱とか、もはや『キン肉マン』は神話になったのかとすら思わせるスケールです。

極めつきは参加タッグのメンバーの豪華さ。特に超人師弟コンビ、2000万パワーズ、はぐれ悪魔超人コンビはよく見ると、これまでの各シリーズを代表するボスキャラコンビなんですよね。そこに合間のアメリカ遠征編の隠れ最強キャラ・カメハメと共に挑むキン肉マン。わくわくしかない史上最大規模の闘いが次の18巻から本番を迎えます!

●キン肉マン4コマ

●こんな見どころにも注目!

僕が『キン肉マン』だけに限らず、すべてのマンガの中で一番好きな見開きがこの巻のここです。今から大死闘を繰り広げる全メンバーがひとつのリングに結集してにらみ合う。しかも上段には格闘ゲームのキャラ選択画面のような各チームの紹介までついて、これほど先の展開をあれこれ予想したくなる演出ったらないですよ! そして、哀しくも真っ先に排除されたカナディアンマンとスペシャルマンの存在が消されずここに記録されていることも、僕としては同時に強く主張しておきたいところです!

●おぎぬまX
1988年生まれ、東京都町田市出身。漫画家。2019年第91回赤塚賞にて同賞29年ぶりとなる最高賞「入選」を獲得。21年『ジャンプSQ.』2月号より『謎尾解美の爆裂推理!!』を連載。小説家としての顔も持ち、『地下芸人』(集英社)が好評発売中。『キン肉マン』に関しては超人募集への応募超人が採用(JC67巻収録第263話)された経験も持つ筋金入りのファン!