『グッドバイ、バッドマガジンズ』横山翔一監督『グッドバイ、バッドマガジンズ』横山翔一監督

現在、全国で順次公開中の映画『グッドバイ、バッドマガジンズ』は、あるエロ本編集部の末期を舞台にした人間ドラマだ。

『週刊プレイボーイ』本誌で『エロのミカタ』を連載中のアダルトメディア研究家・安田理央氏は、本作を見て「切なさで胸がはちきれそうになった」という。

消えゆくエロ本を必死で作る人々の狂乱と悲喜こもごも。その実情を精緻に映し出した監督&プロデューサーに安田氏がじっくりと話を聞いた!

■「使用済みのパンツを付録につけろ」

現在公開中の映画『グッドバイ、バッドマガジンズ』は、コンビニでの取り扱いが中止になる直前のエロ雑誌の編集部を舞台にした物語です。

昨年10月にテアトル新宿での1週間のみの上映が評判を呼び、今年1月から全国公開へと拡大上映されています。

アダルトメディアの現場を描いたこれまでの作品とは一線を画す描写のリアルさには、僕も驚かされました。そして、そこで描かれる「エロ本の最期」には、長年業界に関わってきた者として涙を禁じえませんでした。

この映画がどのように作られたのか、横山翔一監督と宮嶋信光プロデューサーに話を聞きました。

宮嶋 僕がVシネマの制作会社にいたときに横山監督と知り合い、飲んでいるうちに最初の企画が生まれたんですよね。

横山 宮嶋さんが以前にエロ本編集部で働いていたときの話が面白かったんです。ああ、これはブラック企業の話だな、と。僕も映像の会社だったので、ブラック企業話で盛り上がって。

『グッドバイ、バッドマガジンズ』ヤバい実話が次々と! エロ雑誌編集部の修羅場に迫る『グッドバイ、バッドマガジンズ』ヤバい実話が次々と! エロ雑誌編集部の修羅場に迫る

――エロ業界ものというよりも、お仕事ものというニュアンスは当初からあったんですね。

横山 いえ、最初はもうちょっとエロ度の強い男性向けのVシネマの予定だったんです。エロ本の編集プロダクションに女のコが入って、AV現場に取材を行なったら、高校の同級生が女優だったという。そのふたりのバディものみたいなストーリーでした。

宮嶋 それが今の主人公の詩織と、元AV女優の作家・ハルの関係に残っていますね。

横山 ただそのときは、企画が頓挫しちゃったんですよ。それで取材だけ進めて準備していたら、宮嶋さんが会社を辞めちゃったので、これを映画としてプロデュースしませんかって話をしました。

宮嶋 ちょうどコロナ禍で「AFF(ARTS for the future!)」という文化芸術活動に対する文化庁の助成金制度があったんです。僕の最初の任務は助成金をもらってくることでした。

今回のインタビューでは某出版社の成人誌で編集者として働いた経歴もあるプロデューサーの宮嶋信光氏が同席。本作では山本健介氏と共同で脚本も執筆した今回のインタビューでは某出版社の成人誌で編集者として働いた経歴もあるプロデューサーの宮嶋信光氏が同席。本作では山本健介氏と共同で脚本も執筆した

――この映画、国の助成金で作ったんですか!?

横山 この国も捨てたもんじゃないなって思いました(笑)。

宮嶋 最初はどこかの劇場にかけようとか、まったく考えていないままにスタートしたんですよね。

――内容が、出版社を舞台にした群像劇のようになっていったのは?

横山 宮嶋さんの元同僚の人とか、30人くらいの関係者に取材したんですよ。そうすると面白くて、営業部の人とか周辺の人も、ちゃんと描きたいという気持ちになって、変わっていきましたね。

――編集長と営業のやりとりはリアルで面白かったですね。「売れないから、モノクロページを削れ」とか「付録DVDの収録時間を延ばせ」といった、営業担当者からの圧はエロ本編集部あるあるではありますが、はたから見るとやっぱり笑えます。

宮嶋 「使用済みのパンツを付録につけろ」とかね(笑)。

■それでもしぶとく生き残るエロ本業界

――正直言うと、最初この映画の話を聞いたときは、また現実離れしたエロ業界ものなのかなと思ったんですが、見たら切なくて胸が苦しくなるくらいリアルで(笑)。

横山 業界を経験している人ほどリアルだって言ってくれますね。

宮嶋 知らない人のほうが、そんなことあるわけないって言いがちです(笑)。

――主人公の女のコが入社して半年くらいで、全然キャラが変わっちゃっているじゃないですか。完全にエロの世界になじんでいる。あれも、実際にありそうですね。

横山 それは早すぎる、リアリティがないとも言われるんですけど、すぐにああなりますよね(笑)。

――あの、ちょっとやさぐれた感じとか、女性のエロ本編集者にありがちです。

宮嶋 自分が入社したときに仕事を教わった先輩が女性だったんですけど、その人が最初に行なった撮影は、上司が男優をやっていたという(笑)。そういうエグい現場を経験していることもあって、なんか躊躇(ちゅうちょ)がない感じで。

入社から数ヵ月ですっかり「エロ本編集者」が板についていく、主人公・詩織のやさぐれっぷりも注目入社から数ヵ月ですっかり「エロ本編集者」が板についていく、主人公・詩織のやさぐれっぷりも注目

――編集者が竿(さお)役をやらされる撮影のシーンが映画にもありましたけど、昔は当たり前でしたね。エロ本編集者は、パンツを脱ぐのも仕事みたいな風潮がありました。

宮嶋 僕がいた頃も、ありましたね。

――今はもう、そういうのはないみたいですが。というか、この映画はエロ業界が舞台なのに、裸がほとんど出てこない。でも、実はそれこそがリアルで、当時のエロ本はAVメーカーから提供してもらった素材だけで作っていたから、編集者は実際の裸をまったく見る機会がないんですよね。

横山 裸を出さないのは、PG12(12歳未満でも保護者の同伴があれば見られるというレイティング)を死守したいというのはありました。それ以上の、例えばR15+だと夜の上映になってしまいます。

宮嶋 実際に小学生らしき子が親と見に来ていましたよ。一番前の席で(笑)。

――それはすごい! でも、もっとエロい内容を期待していた人もいるのでは?

宮嶋 「もっと性描写をしろ」と言われるんじゃないかと心配したんですが、意外にそういう声はありませんでした。

横山 やっぱり働く人の物語として見てくれている人が多いみたいです。自分と重ねてしまったという感想をよく聞きます。どの業界でもまったく変わらず、会社にはいろんな人がいる、みたいに。

――結局、主人公たちのいたエロ本編集部はなくなってしまう。自分たちの働いていた部署がなくなるというのは、どんな業界でもありますからね。

横山 僕がいた映像会社でも、所属していた部署が解体になっちゃって、みんなバラバラになったんですね。業界の大きな流れがあったり、社内の事情もあったりで。会社って一枚岩のように見えるけど、実は一瞬でバラバラになるんだなっていうのは、リアルな会社経験だったので、そこは描きたかったですね。

――ただ、横山監督は35歳ということで、エロ本世代ではないですよね。エロ本に対する思い入れは、そう強くないんじゃないでしょうか。

横山 父親のをこっそり見たりはしていましたけど(笑)。でも、僕としてはピンク映画とつなげて考えていたところはありました。

――同じく斜陽業界であるピンク映画の監督として、ですか。

横山 僕がピンク映画の世界に入って4年くらいなんですが、その間にもめちゃくちゃ状況は変わりました。製作本数もどんどん少なくなって、元気がなくなっている。働いている人たちも、最初は熱意を持って入ってくるんですけど、だんだんやる気を失っていっちゃう。それでもピンク映画は残ってほしいって思っています。

若手の映像作家としてピンク映画も撮ってきた横山翔一監督。その現場とエロ本編集部にはやはり重なるものがあったという若手の映像作家としてピンク映画も撮ってきた横山翔一監督。その現場とエロ本編集部にはやはり重なるものがあったという

――ピンク映画の業界でもそうだと思うんですけど、昔はよかったみたいな話をけっこう聞くでしょう。

横山 聞きますね。

――あの主人公も、散々聞いていると思うんですよね。釣り堀で先輩たちが「今のコはかわいそうだ」みたいに言うシーンがあるけれど、僕もつい、そう言ってしまう。

横山 きっとあらゆる業界でもあると思うんですよ。ひたすらバブルの話を聞かされている世代ですから。

――そうか。エロ本やピンク映画に限らず、どこに行ってもそんな感じなのかもしれないですね。

横山 そういう感想もありました。すごく特殊な世界を描いているようで、どこにでもあるような話なんです。

――主人公は、あの後それでもエロ本を作りたいと思っているのか、愛着を感じているのか、考えてしまいますね。

横山 やっぱり愛憎みたいなものはあると思いますね。自分をつくったものでもあるし、それはもう一生残り続けるんじゃないかと。

――ピンク映画も同じですけど、エロ本も「死んだ、死んだ」って言われながらも、まだ作られているんですよね。

横山 実はもともとは『エロ本・イズ・デッド』みたいなタイトルだったんですよ。死にそうで死なない。ブラック企業で働いている人たちも、辞めそうで辞めない。倒れそうでも、戻ってきてやっていると、そういうゾンビみたいなイメージも重なったんです。エロ本もピンク映画も、なかなか死なない。けっこうしぶといんです。

●横山翔一(よこやま・しょういち)
1987年生まれ、東京都出身。2012年に東北新社CM本部に入社、14年に退社。フリーの映像ディレクターとしてCM、映画、ミュージックビデオの企画・演出に携わる。監督作品はピンク映画の『新橋探偵物語』(18年)や『強がりカポナータ』(19年)など

●安田理央(やすだ・りお)
アダルトメディア研究家、フリーライター。著書に 『痴女の誕生』『巨乳の誕生』『日本エロ本全史』(すべて太田出版)、『ヘアヌードの誕生』(イースト・プレス)など。2月3日に新著『日本AV全史』(ケンエレブックス)を刊行予定

■『グッドバイ、バッドマガジンズ』全国順次公開中
監督:横山翔一 
プロデューサー:宮嶋信光 出演:杏花、ヤマダユウスケ、架乃ゆら、西洋亮ほか 上映時間:102分

オシャレなサブカル雑誌を愛する詩織は都内の出版社に就職。しかし、配属されたのは男性向けエロ雑誌の編集部だった。卑猥な写真と言葉が飛び交うデスク、クセ強すぎな上司の編集者や営業担当者、そして編集部から漂う独特のにおい......。そんな環境に戸惑いながらも、詩織はさまざまな出会いによって編集者として経験を積む。だが、とんでもないミスや不正の発覚により雑誌は存続の危機に。東京五輪開催の決定に伴うコンビニの成人誌撤退やコロナ禍をなぞりながら、「死にゆくエロ雑誌」の現場の苦悩と葛藤を、関係者への取材をもとにリアリティたっぷりに描いた一作