日本有数の映画ガイド・高橋ヨシキが新作映画をレビューする『高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ』! 今週は『アメリカン・ビューティー』のサム・メンデス監督の新作と、「自分を殺してくれる人を探す旅」を描く邦画を取り上げる。

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『エンパイア・オブ・ライト』

評点:★4点(5点満点)

© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved. © 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

「慎み深く」人間の尊厳を優しく包み込む作品

映画館を舞台にした映画、と聞くと、いささか鬱陶しいまでの、そしてカギカッコ付きの「映画愛!」を押し売りされそうな気がして怯んでしまうものだが、本作は非常に慎み深い映画であり、そういうけたたましさとは無縁だったので心穏やかに観ることができた(同じサム・メンデス監督の前作『1917 命をかけた伝令』と比べても本作の「慎み深さ」は突き抜けている)。

描き出されるのは状況によって、また自らの不安定さによって、ときに苦しい立場に追い込まれる人々の姿だが、彼ら彼女らの尊厳を本作は――これまた慎み深く、そして優しく包み込む。スタティック(静的)で優美な画面づくりも「慎み深い」。だがそこには常に穏やかなサスペンスとユーモアが満ちており、観るものを飽きさせない。

自分に「とにかくけたたましく、やかましい映画」を大いに好む傾向があることは自覚しているが、たまにこのように慎み深く=「ディーセント(decent)」でありながら、ドラマ上の緊張感が途切れない作品に触れると「やっぱり、けたたましくやかましいばかりが映画でもないなあ」という当たり前の事実に改めて気付かされて感動してしまうのであった。

STORY:厳しい不況と社会不安に揺れる1980年代初頭のイギリス。海辺の町マーゲイトの地元民に愛される映画館「エンパイア劇場」で働くヒラリーは、青年スティーヴンとの出会いによって、心の闇を少しずつ癒していく。

監督・脚本:サム・メンデス
出演:オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、コリン・ファースほか
上映時間:115分
全国公開中

TOCKA[タスカー]

評点:★3.5点(5点満点)

©️2022 KAMADA FILM. ©️2022 KAMADA FILM.

個人と世界の接点はメランコリアのうちにある

16mmフィルムに写し取られた北海道の茫漠とした景観が美しい(筆者はデジタルシネマに抵抗はないが、フィルムの映像にデジタルで代替不可能なニュアンスがあることは事実である)。

どこか抽象的で、あるいは朧朧とした情景の中では人間の姿がまるで砂粒のように見える。「生きる理由はないのに、死ぬ理由はある」人々の、どんづまりの日々を描く本作において、抜けるような雄大な風景はどこかよそよそしく、ちっぽけな人間を拒絶しているかのようにも見える。

それをどんづまっているゆえの視野狭窄によるものだと断ずるのは容易(たやす)いが、一方で自分が「どんづまっていること」に自覚的な人間は、状況がもたらす閉塞性から目を逸して日々をやり過ごしているだけの人間より、ある意味視野が開けているのではないか?という逆説も同時に成り立つ可能性がある。

だからこそ本作の登場人物は、死に最も接近したとき、その滑稽さに思わず吹き出してしまうのだ。題名の「タスカー」は苦しみや自己への懐疑を伴うメランコリーを示す言葉ということだが、メランコリアこそが個人と世界との接点と化した現在、時代を象徴する情調そのものへと肉薄した本作に相応しいものだ。

STORY:国境の町、根室。ロシア人相手の中古電器店を営む章二は「殺されたい」と願っていた。生きる気力をなくした女・早紀と、先の見えない生活に疲れていた青年・幸人は、章二の希望をかなえようとある計画を立てる。

監督・脚本:鎌田義孝
出演:金子清文、菜 葉 菜、佐野弘樹ほか
上映時間:119分
ユーロスペースほか全国順次公開中

●高橋ヨシキ(たかはし・よしき)

デザイナー、映画ライター、サタニスト。長編初監督作品『激怒 RAGEAHOLIC』のBlu-ray&DVDが発売中。

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イラスト/Utomaru