日本有数の映画ガイド・高橋ヨシキが新作映画をレビューする『高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ』! 今週は巨匠スティーブン・スピルバーグ監督の新作と、今年の米アカデミー賞で最も注目される『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』だ!
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『フェイブルマンズ』

評点:★4.5点(5点満点)

© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved. 「夢としての記憶」から「夢としての映画」へ

小さい頃、映画を観に行くと上映前に期待と興奮のあまり、足が攣(つ)ることがあった。観終わった後は完全に夢見心地で、ふわふわと映画の世界と現実とを行き来するような精神状態が数日にわたって続くこともあった。

誰しも似たような経験があると思うが、本作はそういう原初的な「映画に圧倒される感覚」をまざまざと思い起こさせてくれる。

いまや名実ともに巨匠となったスティーヴン・スピルバーグ監督が自身の青春時代を自伝的に描いた作品だが、映し出されるのは映画というフィルターを通すことで初めて現実と対峙する術を得た、一人の傷つきやすく繊細な少年の姿だ。

「自伝的」であることは必ずしも「歴史的な正確さ」を裏打ちするものではない。だが、過去の記憶はどこか夢のような曖昧さと共にあるのであり、本作は「夢としての記憶」をそのまま「夢としての映画」に落とし込むことに成功している。

キャストもそれぞれ素晴らしいが、中でもエキセントリックな母親を演じたミシェル・ウィリアムズが素晴らしく、現存するスピルバーグ家の8ミリフィルムに残された本人に生き写しで驚かされる。作品自体が「映画史」と接続する軽妙なエンディングも最高だ。

STORY:映画に夢中な少年・サミーは母から8ミリカメラをプレゼントされる。夢を追う彼を母は応援するが、父は趣味としか見てくれない。両親の間で葛藤しつつ、さまざまな出会いを通じてサミーは成長する。スピルバーグ監督の自伝的作品。

監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、
セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル、ジャド・ハーシュほか
上映時間:151分
全国公開中

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

評点:★4.5点(5点満点)

©️2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.©️2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. 「マルチバース」の果てで輝く「残された無限の可能性」

「マルチバース」流行りの昨今だが、「次元と可能性が無限に連なって並行に存在している感覚」をこれほど強烈に喚起できた作品はほとんどない(本作とアニメ『リック&モーティ』は数少ない例外である)。

オリジナリティ溢れる「センス・オブ・ワンダー(=驚異の感覚)」に満ちたSF作品だが、果てしなくバカバカしい思考実験とユーモアが満載なところは、ダグラス・アダムズのSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズを思わせる。

何より心打たれるのは、しがないコインランドリーを営む主人公の中年女性(ミシェル・ヨー)が、無限の可能性が存在するマルチバース内においてすら「最も何事も成し遂げることができなかった個体」だというところである。しかし、「だからこそ」彼女には「まだ無限の可能性を自らのものとする余地」が残されているというのだ。

映画の主人公は基本的に負け犬であることが多いが(エリートが難なく恵まれた人生を歩む物語など誰の共感も呼ばないからだが、もちろんそこを逆手にとった作品が存在しないわけではない)、彼ら彼女らにだって「無限の可能性」が「まだある」と本作は優しく太鼓判を押してくれるのである。

STORY:経営するコインランドリーは破産寸前。問題だらけの家族に囲まれ、疲弊するエヴリン。ある日突然、夫が豹変し、「別の宇宙(ユニバース)から来た」と告げる。やがて彼女は宇宙の未来をかけたマルチバースの戦いに身を投じる。

監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート 
出演:ミシェル・ヨー、ステファニー・スー、キー・ホイ・クァン
上映時間:139分
全国公開中

●高橋ヨシキ(たかはし・よしき)

デザイナー、映画ライター、サタニスト。長編初監督作品『激怒 RAGEAHOLIC』のBlu-ray&DVDが発売中。

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イラスト/Utomaru