バンド漫画コレクターにしてバンド・トリプルファイヤーのベーシスト、山本慶幸さん。自身が働くギター工房「Astronauts Guitars」にはギターとバンド漫画であふれかえっているバンド漫画コレクターにしてバンド・トリプルファイヤーのベーシスト、山本慶幸さん。自身が働くギター工房「Astronauts Guitars」にはギターとバンド漫画であふれかえっている

バンド4コマ漫画『ぼっち・ざ・ろっく!』(芳文社 はまじあき作)、およびこれを原作とするテレビアニメの人気ぶりを受け、バンド漫画に注目が集まる昨今。本当に面白いバンド漫画を探るべく、人気バンド・トリプルファイヤーのベーシストで、ギター工房「Astronauts Guitars」のスタッフとしての顔も持つ、バンド漫画収集家の山本慶幸さんにインタビューを敢行。今回は、今こそ読むべきバンド漫画5作品をピックアップして教えていただく。

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■バンド漫画の入門編『少年よギターを抱け』

バンド漫画を愛しすぎるがゆえに、その系譜や属性の分析まで始めてしまった山本慶幸さん。バンド漫画の人気が集まっている今だからこそ読みたい、本当に面白いと思うバンド漫画は何だろうか?

「まずはバンド漫画の入門編ということで、前回紹介した『バンド初心者の成長漫画』のジャンルから、特に好きなものを紹介します。

少年よギターを抱け』(集英社)という作品で、沙村杏(さむら・あんず)という男の子と、坂井真琴(さかい・まこと)という女の子の同級生のふたりの主人公がいて、ふたりの物語が徐々に交わっていくというストーリーが非常に面白い作品です。

杏のほうは、亡くなったお兄さんがギタリストで、その影響もあってギターがうまいんだけど、訳あってそれを隠していて、もうひとりの真琴のほうはこれからギターを始めるという子で、ある時、杏のギターテクニックを覗き見してしまって、一緒にバンドを組んでみたいと思うようになるんですね。

結局は別々にバンドを組むことになるのですが、お互いが影響し合う展開がすごく面白くて、盛り上がり方もすごい。『ギターやバンドをこれから始める人の話』というのはたくさんあるんですけど、その中でも群を抜いて面白いですし、読んでいてやる気が出るんですよね。バンドをやってた人、ギターをやってた人も初心を思い出させてくれるし、そうでない人も絶対に楽しめる作品だと思います。

ただ、単行本が4巻まで出て、これから面白くなっていくぞ!というすごくいいところで掲載誌(「ジャンプ改」)が休刊になってしまって、漫画もちょっと強引に終わってしまう。そういう意味ではその後の展開はすごく気になるところで終わってしまうんですが、長さも4巻でサクッと読めるので、バンド漫画入門編としてはオススメの作品です。

作者の信濃川日出雄先生も連載終了後には悔しさをにじませていたので、ぜひ機会があれば続編を読みたい作品です。週プレNEWSさんで掲載しませんか?」

これからバンドを始める少女と、天才ギタリストだった亡き兄の血を引く少年が出会って青春群像劇が描かれる『少年よギターを抱け』(集英社、信濃川日出雄作)これからバンドを始める少女と、天才ギタリストだった亡き兄の血を引く少年が出会って青春群像劇が描かれる『少年よギターを抱け』(集英社、信濃川日出雄作)

少年よギターを抱け 1|集英社 ― SHUEISHA ―

私、坂井真琴、16歳! ロックスターを目指して日々ギターの練習に励む札幌の女子高生ッス☆ この学校には軽音部がないっていうし仕方なく屋上でかわいいマイ・ギターを弾いていたら同じクラスのナヨッとしたスイーツ男子 沙村杏がヘリコプターで連れ去られる現場を偶然目撃しちゃって!! 慌てて私も飛び乗ってみたらなんと世界的アーティストのマグナ・ジョーカーとご対面!? 信じられる!? どーなってんのコレ!? 沙村杏って何者!? 青春ロックンロール爆奏中!! 私達のイントロが今、始まるっしょ──っ!!

■目標を達成した後のバンドマンの日常を描く『セケンノハテマデ』

「次にオススメするのは、サライネス先生の『セケンノハテマデ』(講談社)ですね。

バンド漫画でありがちなのは、バンドが徐々に成功していって、メジャーデビューだとか大きなライブに出るなどの目標が叶うというサクセスストーリーですけど、この作品が他と違うのは、すでにメジャーデビューしたバンドの日常を描いた作品だということ。ある程度の目標を達成し、もうバンドをひとつの仕事としてやっていて、そうするとそこまで華々しくもない普通の日常が待っているんですよね。

サライネス先生のことはもともと好きで、良くも悪くもいつも同じようなテイストの漫画が多いのですが、才能もお金もある人たちのぼんやりした日常みたいなものの中に、ゆる~く起承転結がある。それがオフビートで続いていくのがいいんです。

『メジャーデビューだ!』『芸能人になっちゃう!』っていう漫画も多いですけど、別にそんなことないよね、やることはずっと一緒で曲作ってライブするだけだよねっていう(笑)。

実際のバンドも、もちろんメジャーだインディーだ、プロだアマだといった違いや、バンド内でも曲を作る人と作らない人の差なんかもありますが、『メジャーデビューします!』『ワー!』って盛り上がりはするけど、本当はどうなの?何がどう変わるの?みたいな、ある種の悩ましさはどこにもあると思います。

そんな部分を切り取ったバンド漫画はこのほかにないので、異質だなと思ってオススメします。もちろん、『BECK』のようにそういう盛り上がりをドラマチックに描いたバンド漫画もたくさんあるので、それもいいんですが、『その後』を描いたという点では『セケンノハテマデ』は圧倒的に新しいです。

バンドっていうのは現状維持していくのが大変だし、何が成功か定義するのがすごく難しいもの。ずっと続けているのもカッコいいし、大きな話題を集めて、スパっと解散して、ずっと話題になり続けるのもカッコいいですしね」

バンド「メトロ6R4」の地道な日常生活を描いた『セケンノハテマデ』(講談社、サライネス作)。バンド漫画でありながら演奏シーンはあまりないという一風変わった作品バンド「メトロ6R4」の地道な日常生活を描いた『セケンノハテマデ』(講談社、サライネス作)。バンド漫画でありながら演奏シーンはあまりないという一風変わった作品

■かつてバンドマンだったおじさんが第2の青春を探す『敗者復活のうた。』

「『セケンノハテマデ』以上により生々しいバンド漫画が、次に紹介する『敗者復活のうた。』(双葉社)です。

作者の劔樹人さんはもともとバンドマンで、バンドのマネージャーをしたり、ハロプロオタクの日々を綴ったコミックエッセイ『あの頃。男子かしまし物語』(イースト・プレス)が映画化されたり、最近ではインスタで怖い話をしたりして、本業が何なのかわからない謎な人です(笑)。

『敗者復活のうた。』は、『セケンノハテマデ』よりもっと先の話で、昔はバンドを組んでフェス出場を夢見ていたけど、今は普通の会社で営業マンになった人の話。おじさんになったけど、妻に内緒でギターを買って、またバンドを組みなおしてやろうという人をテーマにしていて、『え、そんな漫画、どこが面白いの?』って思っちゃいますよね。

でも、そこにまた悲喜こもごもがあって、すごく引き込まれるんです。もちろんストーリーはフィクションですけど、作者である劔さんの実体験も多分に含まれていると思うし、普通の漫画家さんがバンドを取材して描けるものではない、音楽をやっていた人にしか描けない生々しいストーリーというものがあると思います。そういう意味でこれも異色ではあるんですが、オススメします。

帯の文章をゴッチさん(後藤正文、ASIAN KUNG-FU GENERATION)が書いてるのもすごいですよね。バンド漫画はミュージシャンが帯を書くケースが多いのですが、僕の夢もバンド漫画の帯を書くことです(笑)」

10年前はフジロック出場を夢見ていたが、今はしがない営業マンの宮本が、再びバンドをやるために孤軍奮闘する『敗者復活のうた。』(双葉社、劔樹人作)10年前はフジロック出場を夢見ていたが、今はしがない営業マンの宮本が、再びバンドをやるために孤軍奮闘する『敗者復活のうた。』(双葉社、劔樹人作)

■80年代の作品なのに今でも共感できることが詰まった『3-THREE-』

「次にオススメしたいのは、個人的に一番好きなバンド漫画である『3-THREE-』(小学館)です。『チェーザレ』などを描いていらっしゃる惣領冬実先生の、バンドブーム絶世だった80年代終わりの作品で、たまたま下北沢のライブハウス・THREEの楽屋に同じタイトルの漫画が全巻置いてあったので印象に残ってたんです。

アイドル歌手を目指している中学3年生の女の子の岸森理乃(きしもり・りの)と、天才的なギターテクニックを持つ同級生の男の子の中野目圭(なかのめ・けい)という、これまた男女の主人公なんですが、ふたりのストーリーが交わりながら、話が進むにつれて別々のバンドを組み、だんだんと取り巻く環境のスケールが大きくなっていく。

その中で、真剣に『音楽とは』『表現とは』『売れるとは』と悩む主人公たちが、妙に生々しいんですよね。ホコ天とか80年代の香りはするんですが、少女漫画特有の生ぬるい感じではなく、音楽に対する姿勢や考え方がものすごく真摯で強いのがこの作品のすごいところです。

そして、2組とも売れるために、どうやって話題を作ってどうやってCDを売っていくかということを考えるのですが、割とスキャンダラスな盛り上げ方が出てきます。でも、それって今のSNSの炎上とかバズりともそんなに変わらなくて、メディアがコントロールしたものに大衆がパッと食いついて盛り上がる感じは、いつの時代も普遍的なんだなというのが分かります。

また、理乃と圭の関係性もすごく好きで、同じ夢を持った男女が、恋愛感情に尊敬や嫉妬が入り混じって、ぐちゃぐちゃな感情になっていく。好きなのに離れ離れになって、かと思うとまた近づいて。そういう少女漫画的な浮き沈みと、音楽や芸能が入り混じって、理解できるけど一筋縄にはいかない重厚なストーリーを生み出しているのが素晴らしいんです。

30年以上前の漫画なのに全然古くなくて、今でも共感できることがたくさん詰まっているし、今のバンド漫画によくある『売れるために何かするのか、自分たちのやりたいことを貫くのか』みたいな葛藤がたくさん出てきます。こういうのは自分たち(トリプルファイヤー)にはないことですね、『TikTokでバズらせようぜ』とかないので(笑)」

理乃と圭、ふたりの男女の純愛を軸に、さまざまな人物との出会いや別れが絡み合いながら成長していく『3-THREE-』(小学館、惣領冬実作)理乃と圭、ふたりの男女の純愛を軸に、さまざまな人物との出会いや別れが絡み合いながら成長していく『3-THREE-』(小学館、惣領冬実作)

■日本バンド漫画の始祖『ファイヤー!』

「最後に比較的タイムリーなものを。これぞ日本バンド漫画の始祖といえる、半世紀前のバンド漫画『ファイヤー!』が最近復刻されました(文芸春秋)。

作者の水野英子先生はトキワ荘に女性で唯一いた方で、少女漫画の礎を築いたと言われている方です。なので、手塚治虫先生のエッセンスも入っているんですよね。

この『ファイヤー!』は1960年代後半の作品なので、ヒッピーカルチャーとかウッドストック(フェスティバル)とかが出てくる話で、芸能を扱った漫画はあっても、バンドを扱った漫画はおそらくこれが日本初だと思われます。

ストーリーを一言で説明するのは難しいのですが、舞台はアメリカ、感化院(現在の児童自立支援施設)に入れられた主人公のアロンが、ある人物から薫陶を受けて、ギターと音楽に目覚めていく。そして感化院を出て、いろんな人と出会い、バンド『ファイヤー』を組み、他のバンドとも出会ったりしながら、バンドが転がっていく。

アロンは『音楽とはなんだ?』と悩みながら曲を作り続けていくんですが、徐々にアロンが音楽に呪われていくというか、音楽のおっかない部分に取り込まれていくんですね。さまざまな出来事の中でアロンは徐々に破滅していき、バンドも解散するのですが、アロンには人を引き付ける危うさみたいなものがあって、そういう要素も音楽の魅力のひとつなんですよね(笑)。

こういった一連の雰囲気が当時のヒッピーカルチャーやサイケデリック文化にもリンクしていて、バンド漫画の始祖でありながら、すでにすさまじいパワーを持っているんです。

当時、海外のムーブメントが日本に伝わるにはラグがあったと思うんですけど、これは水野先生の取材力とアンテナ感度がすごすぎて、当時の同時代性みたいなものをリアルタイムでキャッチしていて生まれた作品だということが分かります。

この作品も、『音楽とはなんだ?』『表現するとはなんだ?』というテーマと、それに対する現代に通じる金言みたいなものがいっぱい出てきて、これが55年後に『ぼっち・ざ・ろっく』になると思うと感慨深いです」

1969年に第15回小学館漫画賞を受賞した作品が今年『復刻版 ファイヤー!』(文芸春秋、水野英子作)として復刻。少女漫画でありながら男性、しかもミュージシャンが主人公というのは今作が初と言われている1969年に第15回小学館漫画賞を受賞した作品が今年『復刻版 ファイヤー!』(文芸春秋、水野英子作)として復刻。少女漫画でありながら男性、しかもミュージシャンが主人公というのは今作が初と言われている
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誰よりもバンド漫画を読んでいる山本さんの、厳選された5作品はいかがだっただろうか。気になる作品があればぜひお手に取っていただき、本当に面白いバンド漫画と出会っていただければ幸いだ。

ちなみに、山本さんによれば、まだまだまだまだ紹介したい作品はたくさんあるとのことで、機会があればこれ以外の作品も紹介してもらいたい!

●山本慶幸(YOSHIYUKI YAMAMOTO)
ベーシスト、バンド漫画収集家。2006年、早稲田大学で出会ったメンバーとバンド、トリプルファイヤーを結成。これまでに4作のアルバムを発表している。ギターショップ「Astronauts Guitars」のスタッフとして働くかたわら、「LUCKYSOUND」の屋号でギターテックとしても活動。
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