実は今、「ジャズ喫茶」が再びブームになっているのをご存じだろうか。高性能なオーディオ機器でジャズのレコードを大音量で聴きながらコーヒーを飲む。喫茶店の中でも、そんな独特のスタイルのジャズ喫茶は1929年に東京で生まれたとされ、1935年ごろから銀座や新橋などに店舗が多数オープン。
1961年、モダンジャズの名ドラマー、アート・ブレイキー率いる「アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ」の来日公演をきっかけに、モダンジャズブームが日本全国に巻き起こり、それと同時にジャズ喫茶は全盛期を迎える。
そんなジャズ喫茶が、昨今のレコードブームや、コロナ禍収束の兆しから訪日する外国人観光客の関心も含めて、再び脚光を浴びているという。スマホひとつあればどんな音楽でも聴ける時代に、なぜわざわざレコードを聴きに喫茶店へと足を運ぶのか?
全国のジャズ喫茶をガイドするサイト「ジャズ喫茶案内*Gateway To Jazz Kissa」を運営し、Twitter、Instagramで「ジャズ喫茶案内*Jazz Kissa」のアカウントでジャズ喫茶情報を発信する楠瀬克昌さんに、そんな昨今のジャズ喫茶事情について話を聞いた。
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■ジャズ喫茶ブーム再燃中!
――日本独自の文化とも言われる、レコードでジャズを聴かせるという「ジャズ喫茶」のスタイル。その楽しさを広めるために、長年、全国のジャズ喫茶を巡り、お店やその機材をサイトやSNSで紹介。果ては写真集「JAZZ KISSA」シリーズも発行している楠瀬さん。ジャズ喫茶の「再ブーム」の実感はあるのでしょうか?
楠瀬 実はジャズ喫茶への関心というのは、ここ20年ぐらいの間では今が最も高まっていると感じています。私は2014年にTwitterアカウントを作って以来、これまでずっとジャズ喫茶についての観察をしてきましたが、この1年ぐらいの間に20〜30代の若い人たちによる「ジャズ喫茶に初めて行った」といったツイートがめっきり増えてきました。
実際、土日の東京では、満席で若い人が外で列を作って待っているというジャズ喫茶もあります。以前の状況からは考えられないことですね。
――そういった再ブームの中で、「自分もジャズ喫茶に行ってみたい」と考える人も多いのでは。改めて、ジャズ喫茶の魅力とは何なのでしょう?
楠瀬 ジャズ喫茶の一番の魅力は「現実逃避ができる場所」だということではないかと思います。ジャズ喫茶の数がピークだった1970年代、お客さんの大半は「独り」になりたくて来ていたと思います。
外の世界から遮断された空間で、会話もできない程の大音量のジャズを浴びることで、音楽がもたらしてくれる甘美な快感に酔うこともあれば、日頃抱えている精神的な苦痛や悩みを解消していたお客さんも多かったと思います。
また、何も考えずタバコを吸いながらボーッとしたり、本や漫画を読みふけったりと、誰からも干渉されずに、それぞれが勝手に思い思いの時間を過ごせるのが良かったのでしょう。怖いのは、一度入ってしまうとあまりの居心地の良さに、時間の感覚が麻痺してしまってつい長時間居てしまうことですね。
――若者への関心が高まる一方で、「会話禁止」など店独自のルールがあったり、「ジャズに詳しくない」、「曲をリクエストしたいが、どうすればいいのかわからない」といった不安があったりして、入店への敷居の高さを感じる人もいるのでは。
楠瀬 「会話禁止」ルールがある店は、今では日本全国でも5~6軒程度で、ほとんどのジャズ喫茶で会話はできます。ただ、大きな声でしゃべったり、騒がしかったりするお客さんはどの店でも迷惑な存在となってしまいます。
「ルール」は店によって千差万別で、「パソコンやイヤホンは使用禁止」、「レコードに触らない」、「禁煙」など、さまざまなローカルルールがあります。
こうした店独自のルールは店の入口に提示されていたり、席に置かれたメニューに書かれていたりしますので、店に入る前や席に座った時にまずそれを確認したほうがいいですね。
また最近は、一定の時間が過ぎたら「追加注文をお願いします」という店が増えています。これは気を付けたほうがいいですね。
ただ昔、とある有名ジャズ喫茶のマスターが「ジャズ喫茶で叩き出されるような客はどこへ行っても叩き出される」と言っていましたが、普通に社会常識のある人ならまず問題は起きないでしょう。
リクエストについては、最近は不可の店も増えつつありますので、まずは店の人に「リクエストしてもいいですか?」と尋ねてください。ジャズ喫茶でのリクエストは、1曲単位ではなくレコードの片面単位でします。
「A面」とか「B面」を指定するんですね。CDの場合は、レコードの片面ぐらいの長さ(約20分)をかけてもらえます。
よく「ジャズ喫茶で初心者向けのアルバムをリクエストしたら、怒られたりバカにされたりするんじゃないか」という不安の声を聞きますが、実際にはそんなことはまず起こりません。
■初心者でも安心の全国のジャズ喫茶
――現在、全国に約600店あると言われるジャズ喫茶。長年ジャズ喫茶に通い続ける楠瀬さんに、「ジャズ喫茶初心者」でも通いやすい全国のお店をいくつかご紹介いただこう。
楠瀬 「ジャズ喫茶初心者向けの店」というと、まずはそこそこ広くて、カウンターから離れた独りでいられる席のある店がいいと思います。東京だと四谷の「いーぐる」とお茶の水の「ジャズ・オリンパス!」が入りやすいでしょう。
どちらもかなり広いですし、ジャズ喫茶でいちばん多く使われるJBLというアメリカのスピーカーの、最高級クラスの音が堪能できます。
そして「日本でいちばん有名なジャズ喫茶」であり、作家の村上春樹もジャズ喫茶を始める時に手本にしたという新宿の「DUG」。ここの音量は爆音ではありませんが、60年代から70年代にかけての往年のジャズ喫茶の雰囲気が味わえます。
楠瀬 コロナ禍で2年間休業中ではありますが、岩手県一関市の「ベイシー」も営業が再開したらぜひ行っていただきたい店です。「日本いちばん音の良いジャズ喫茶」という定評があるので、そのサウンドをぜひ体験してください。店構えも店内も音もすべてがかっこいいです。
楠瀬 音響設備という点では静岡県浜松市の「トゥルネ・ラ・パージュ」もすごいです。アバンギャルドというドイツメーカーの約1千万円のスピーカーシステムの音もすごいですが、音楽を聴かせることを最優先して設計された建物も素晴らしいです。
奇数月に1回、ジャズ以外のジャンルを特集する「キャンドルナイト」というイベントを行うなど、比較的敷居も低く、コアなマニアではないお客さんもたくさん来ています。
楠瀬 関西では、大阪の「ディア・ロード」と神戸の「M&M」がおすすめです。「ディア・ロード」は他に比べて広くはありませんが、カウンターがなく、すべての椅子がスピーカーに正対していてリスニングに集中できます。
またオーナーが女性で、接客がソフトなことも初心者向きです。「M&M」は、関西では珍しくなったアルテックA7というジャズ喫茶の代表的なスピーカーがあって、流れるジャズが50年代から60年代のモダンジャズ中心というのも、初心者には聴きやすくてハードルが低いと思います。
――最後に、この再ブームに乗って、自分もジャズ喫茶に行ってみたいと思う人に対して、楠瀬さんからの何かアドバイスは?
楠瀬 これはジャズ喫茶に限らずどの店にも共通することだと思いますが、いちばんウケがいいのは「気取らない客」なんですよね。見栄を張ったり、肩書きを自慢したりしない客はどこでも歓迎されます。
そして、ジャズに詳しいとか詳しくないとか、そういうことにこだわらず、正直に振る舞っていれば、お店の人も他のお客さんも、みんなが気分良く過ごせると思います。
豪華なオーディオ機器で大人な音楽を聴きながら、コーヒーを味わい、あえて独りの時間を作る。そんな楽しみを見つけに、ぜひあなたもジャズ喫茶に行ってみてはいかがだろう。
●楠瀬克昌(くすのせ・かつまさ)
1959年生まれ。出版社JAZZ CITY代表。出版社編集者を経て2014年にJAZZ CITY 設立。ウェブサイト「ジャズ喫茶案内*Gateway To Jazz Kissa」の運営をはじめ、ジャズ喫茶案内誌「GATEWAY TO JAZZ KISSA」シリーズ、写真集「JAZZ KISSA」シリーズ、「#VINYL」などジャズ喫茶やレコード文化に特化した出版物を発行中。
ジャズ喫茶案内*Gateway To Jazz Kissa:https://jazz-kissa.jp/
Twitter:https://twitter.com/jazz_kissajp
Instagram:https://www.instagram.com/jazz_kissa/
参考書籍「ゼロから分かる! ジャズ入門」(世界文化社)後藤雅洋 監修