電子書籍市場で人気を誇る『解体屋ゲン』の原作者・星野茂樹さん電子書籍市場で人気を誇る『解体屋ゲン』の原作者・星野茂樹さん
ビルや家屋を取り壊す"解体業者"にスポットを当てたマンガが世代を超えて注目を集めている。世にも珍しい解体屋マンガ。その名は、『解体屋(こわしや)ゲン』(原作/星野茂樹 作画/石井さだよし)。電子書籍でじわじわと人気を集め、「狭くてニッチな職業をテーマにしたマンガなのに、読みだしたら止まらない」「タイトルとは裏腹に、エロやユーモアも交えながら、日本の不況や現状と真正面から向き合った神作品」など、ネット上は、熱狂的なファンのコメントで溢れかえっている。

ネットで人気に火が付いたこの名作。しかし、知らない人はまったく知らない。記念すべき100巻目が発売された今、解体屋ゲンの人気の秘密を原作者の星野茂樹氏に直撃。これまで単行本化されなかった"マンガ業界のナゾ"や人気を得ている理由を聞いた。

■そもそも『解体屋ゲン』ってどんなマンガ?

主人公の朝倉巌(通称・ゲンさん)は、借金まみれで自堕落な生活を送る孫請け解体業者。しかし、かつては世界を股にかけて活躍した爆破解体技術師だった。そんなゲンをもう一度表舞台に引っ張り出そうとする、大手ゼネコン社員の慶子や、自殺を図ってゲンに助けられたクレーン技術者の時田英夫など、訳アリの解体のスペシャリストたちが一丸となって、マンガを盛り上げている。

解体業者のマンガというと、超局所的なマニアックな作品と思われがちだが、その内容は「令和版・こち亀(『こちら亀有交番前派出所』)」と言われるほど、バリエーションにとんでいる。

100巻を刊行した『解体屋ゲン』。その成り立ちを語った原作者の星野茂樹さん100巻を刊行した『解体屋ゲン』。その成り立ちを語った原作者の星野茂樹さん
ストーリーの軸は建築業界に置きつつも、連続爆破テロリストを追い詰めてみたり、クラウドファンディングでゲームを作るゲーム業界のベテランたちとコラボをしてみたり、女児向けの美少女育成ゲームにどハマりしてみたり......。絶妙に時代の空気を取り入れているからか、まったくマニアックでもなければ、古臭くない。

そして、原作者の星野さんは、建築業界や爆破解体業界に精通しているのかと思いきや、意外とそうではないらしい......。

■作品はどのように生まれたのか?

星野 元々はお堅い法律系の本を作る出版社に勤めていました。ただドラマの脚本など物書きを仕事にしたかったんですがうまくいかず、友人に「マンガの持ち込みをしてみたらどう?」と言われたことがきっかけ。そしてご縁があって、芳文社の『週刊漫画TIMES』という週刊マンガ雑誌に挑戦することになりました。

――建築とは無関係の経歴なんですね。

星野 そうです。なので探偵ものや刑事ものを書いたこともあります。当時、連載を獲得するには4回の読み切り枠で結果を出さなきゃいけなかった。漠然と建設をテーマにした話は書きたいと思っていたけれど、家やビルを建てるのも時間がかかるじゃないですか。「だったら、建てないで爆破させちゃえばいいじゃん、と」。

――思い切った"逆転の発想"ですね。

星野 なんとしてでも、爪痕を残さなきゃいかんですからね。僕は家庭があるし、かといってほかに仕事もない。どうしても目の前のチャンスにしがみつかなきゃ、生きていけない。

まあ失敗しても、やるだけやって、華々しく散ればいいじゃないかと。それもあって、4回の読み切りで毎回爆破させました。当時の自分の切羽詰まった状況や、不安とストレスが絡み合ったどす黒いモヤモヤが、爆破で一気に吹き飛ばされるような感覚も痛快でしたね(笑)。

雑誌の発売日が毎週金曜なので、読者層のサラリーマン世代には、仕事帰りに手を取ってスカッと一話解決!というテンポや内容が受けたのか、読者アンケートは上位に入りました。無事、爪痕を残せたんです。

■「解体屋ゲンは、不景気と生活に向き合うマンガ」

――連載は2003年に『週刊漫画TIMES』でスタート。20年を超える長期連載で、多くのファンに支えらえています。

星野 これは僕の感覚なんですけど、90年代くらいからマンガってどんどん生活感やリアリティを、積極的に排除していると思うんです。ファンタジーやバトルもの、ハーレム願望や異世界転生ものとか。生活感が抜け落ちているのに拍車がかかっているというか。

もちろん生活感がなくても、素晴らしい作品は山のようにありますよ。でも、なんて言うのかな。僕には今の世の中全体が、どこか現実逃避しているように見えるんです。

――作中では、けっして裕福ではないゲンさんの日々の暮らしもさらけ出していますよね。

星野 そう。ゲンさんたちはどれだけ爆破解体しても、全然お金持ちにならないんですよ。むしろ爆破用の建築資材とか、特殊爆薬にお金をつぎ込んじゃうから、いつも赤字で借金まみれ。食事だって納豆めざし定食が定番です。

解体屋ゲンが支持された理由のひとつが、ひたむきに日々の暮らしを包み隠さず現実と向き合うゲンさんを、自分に置き換えたり、共感や支持をしてくれる読者がいてくれたからだと思っています。

現実に向き合うマンガの存在も大切だと語る星野茂樹さん現実に向き合うマンガの存在も大切だと語る星野茂樹さん
――連載当初から、現実を描き続けようと考えていたのですか?

星野 いえいえ、僕たちも最初からリアリティがあるマンガを目指していたわけではないんです。バブルの後遺症、いわゆる景気の後退や不況が続く「失われた10年」の間に、周囲からどんどんリアルを描くマンガがなくなっていったというか......。

――さきほどお話されていた、まるで"現実逃避"みたいだと。

星野 そうですね。そしてひとつも景気はよくならず、15年、20年と経って、本当になかなか金も夢も持てない世界が来てしまった。そして連載を続けていくうちに、この作品にとって大事なものは、淡々と変わらずに不景気と現実と向き合い続けることだと思うようになりました。

――そして最近、現実が追いついてきたということですか。

星野 はい残念ながら。だからこそ、SNSを中心に評価されるようになってきたのかなと。それは不景気が続いているということでもあり、30年経っても何も変わらない。むしろ悲しいかな、状況はどんどん悪くなっている。

だからこそ現実逃避をせずに日常を描く作品が、ゆっくりと人々に求められるようになってきた。厳しいですが、ゲンさんが今人気を集めているのも、そんな一面が評価されているのかなと思います。

■業界のタブー? 単行本化されていないナゾ

「正直、ここまで長く続く作品になると思わなかった」と星野さんは語るが、「解体屋ゲン」をネットで検索すると、必ず上位に「単行本化されない謎」というワードが出てくる。そう、紙の単行本化はされていないのだ。

人気がないわけではない。むしろ、『週刊漫画TIMES』でも人気の看板作品であり、連載当初から長きにわたって読者の支持を得ている。刊行されている電子書籍は5月に100巻が発売された。

人気があるのに、なぜ紙の単行本は販売されないのか。ネット上では、「マンガ業界最大のタブー」「とんでもないトラブルを抱えたマンガ」などの噂も絶えないが、その真相とは。

――......単刀直入にお聞きしますが、なぜ単行本が出ていないのでしょうか。

星野 読者アンケートは僕も、作画の石井さんも見ていて、ずっと読者の方々は高評価をしてくれているんですよ。ありがたいことにランキングも大体上位にいる。

でも単行本は出ない。僕も石井さんも「なんで?」って同じ反応でした(笑)。「自分たちは面白いものを描いている」という自負はあったんです。ネット上でもいろいろ噂が飛び交っているのは知っているんですが、僕たちもいまだにわからないんですよ。

『解体屋ゲン』が電子書籍化されるまでの苦悩を語る星野茂樹さん『解体屋ゲン』が電子書籍化されるまでの苦悩を語る星野茂樹さん
――紙の出版物が売れなくなって、業界全体が単行本化にも相当厳しくなっているようですが。

星野 連載から半年以上経ってから1巻だけ単行本を出してくれたんですが、タイミングが悪くて惨敗します。当時はSNSもないから自分たちで宣伝も出来ずどうしようもなかった。そこからは常にバッキバキに心が折れそうになっていましたよ。でも単行本がないのだから、連載を打ち切られた瞬間に終わりじゃないですか。形にも残らないし、収入も絶たれちゃう。

電子書籍も2015年まで出ていないし、当時は僕の子供がまだ小さくて、「ここでやめたら生活はどうなるんだ」「子供や、家族はどうなる」って。とにかくがむしゃらに進むしかなかった。ものすごく生々しい話ですけど。

――当時、単行本化を熱望する読者も、相当多かったそうですね。

星野 数がさほど多くなくても、熱狂的に面白いって言ってくれる人がいるのはありがたいですよ。ほんと。長い間苦しんできたけれど、そんな人々のおかげで手応えはいつの時代も結構ありました。だから僕らの心は折れなかったんですよね。繋ぎとめてくれる、確固たる思いがあったというか。ありがたいことです。

***
後編では、電子書籍化をきっかけに人気が爆発する、快進撃の裏側に迫る。より深く、解体屋ゲンの世界に浸りたい。

●星野茂樹(ほしの・しげき) 
出版社勤務にて書籍編集していたが、退職後はマンガ原作者に。『週刊漫画TIMES』で『解体屋ゲン』(作画:石井さだよし)を連載中。100巻刊行&1000話到達を記念し、「感謝の特大セール」を開催中。kindleやeBookJapan、コミックシーモアなど各電子書籍書店にて、『解体屋ゲン』通常版1~10巻が無料、11~100巻が11円(税込み)、セレクション版1~8巻を11円(税込み)で5月31日(水)まで販売中。詳しくは公式SNSにて
公式Twitter【@KowashiyaGEN