週刊マンガ誌で連載しているものの個人出版として5月に100巻を刊行した『解体屋ゲン』。原作者の星野茂樹さんがその理由を明かす 週刊マンガ誌で連載しているものの個人出版として5月に100巻を刊行した『解体屋ゲン』。原作者の星野茂樹さんがその理由を明かす
ビルや家屋を取り壊す、"解体業者"にスポットを当てたマンガが今、世代を超えて注目を集めている。世にも珍しい解体屋マンガ。その名は、『解体屋(こわしや)ゲン』(原作/星野茂樹 作画/石井さだよし)。電子書籍でじわじわと人気を集め、「狭くてニッチな職業をテーマにしたマンガなのに、読みだしたら止まらない」「タイトルとは裏腹に、エロやユーモアも交えながら、日本の不況や現状と真正面から向き合った神作品」など、ネット上は、熱狂的なファンのコメントで溢れかえっている。

ネットで人気に火が付いたこの名作。知る人ぞ知る、マンガ。しかし、知らない人はまったく知らない。記念すべき100巻目が発売された今、解体屋ゲンの人気の秘密を原作者の星野茂樹氏に直撃。同作品の魅力に迫る。

■電子書籍化が、窮地の『解体屋ゲン』を救った

――連載以来、紙の単行本が出版されず、本格的に電子書籍化されるまでのおよそ15年間、「常にバッキバキに心は折れそうだった」ということでしたが、電子書籍化の話はすんなりOKが出たのですか?

星野 いや......まあ、いろいろすったもんだはあったんですけど、突然「二次使用権(※)に関しては放棄します」という内容の書類をくれたんですよ。

それ以来『解体屋ゲン』は、雑誌(『週刊漫画TIMES』)に連載して原稿をもらっている商業出版ですが、電子書籍は僕と作画の石井さんの個人出版なんです。商業誌連載で、だけど電子書籍はインディーズ。マンガ業界は広いですけど、こんなの僕たちだけだと思いますよ。

※単行本化やドラマ化、広告利用などに関する権利

――でも個人で切り盛りするとなると、宣伝なども大変ではないですか?

星野 そうなんですよ。後ろ盾がないので宣伝広告費も全部自分たちで捻出しなきゃいけない。でも個人で予算をそこまで出せないので、作品を粘り強く、安売りするくらいしか手立てがなかった。

そこで、10巻までは常に一冊100円、セールのときには一冊11円とかでやっていました。そう試行錯誤することで、なんとかランキングをキープして。もちろん、商いとしてはけっして大きい売り上げを生みだせるというわけではないんです。でも、電子書籍は常に上位にいないと、誰にも気が付いてもらえないので......

個人出版のため、販売戦略なども自分たちで考えなければならないという星野茂樹さん 個人出版のため、販売戦略なども自分たちで考えなければならないという星野茂樹さん
――気が付いてもらえないというと、画面上でもレコメンド(おすすめ)されないということですか?

星野 そうですね。例えばAmazonなら、AIとの戦いになる。星評価が沢山ついたり、作品に対して書評やコメントが多いと、レコメンドされやすいんです。それはAmazonの中の人たちの手作業ではなくて、AIが管理しているから。解体屋ゲンは、根強いファンが一定数いてくださって、書評も書き込んでくれる人が多いので、それはものすごくありがたいですね。

――星野さんや、作画の石井さだよしさんも、Twitterやブログなどを中心に、ネット上でファンの方とよく公開でやりとりしていますよね。

星野 できるだけコメントには返信しますね。やりとりの中からもご縁や出会いがあるし、コメントが盛り上がれば、「なんか面白そうだからこのマンガ見てみるかな」とネットでポチって(購入して)くれる人もいるかもしれませんし。

■破格の安売りで、眠っていた読者をものにできた

――そんな地道な草の根活動も、売り上げや作品の盛り上がりに貢献していそうですね。

星野 ......でもこれだけ安売りしてばら撒いてしまうと、「ある程度に行き渡ったら、もうマンガが売れなくなってしまうのではないか」ってけっこう不安だったんですよ。元々マイナーというか、ファン層がすごく狭いと思っていたから。

――しかし、ふたを開けてみたら、まだまだ多くの読者が眠っていたと。

星野 そう、小さい層に届けられていないから、その周辺にまだ知らない、読んだことのない層がいたんです。ばら撒けばばら撒くほどより周囲に伝わる。だから度々セールをしても問題ないし、売り上げもほとんど落ちなかったんです。

――逆に誰もが知るメジャーマンガは認知が広がる余地もない。知られていないから可能性に満ちていたと。ニッチなテーマなのに人気上位にランクイン、そのうえ激安であれば、どんなマンガなのか買ってみようとなりそうです。

星野 無料や破格な料金は、多くの作家さんを抱えた大手の出版社さんにはできないんじゃないかな。最近は全話無料のセールなんかも大手でやっていますけど、定期的に続けるのは特に難しいでしょう。インディーズの強みです。

『解体屋ゲン』は電子書籍化ができて、ようやく世間に気が付いてもらえた。やっと、歯車がかみ合いだした気がします。

これまで支えてくれた熱心なファンがいたからこそ、いまも周囲に広まっていると感謝する星野茂樹さん これまで支えてくれた熱心なファンがいたからこそ、いまも周囲に広まっていると感謝する星野茂樹さん
「予言漫画」と言われる理由

――それこそ最近、北海道札幌市で高層ビルの建て直しトラブルが起きましたが、それを機に「『解体屋ゲン』は予言漫画」とも言われ、ニュースにも取り上げられましたね。

星野 大手の建設会社が鉄骨の精度の数値を改ざんした不祥事ですね。あれは、建築業界を揺るがす大ニュースだと思います。

第291話の『現場の声』という回で、鉄骨の強度不足に気がついたベテラン溶接工が上に報告するも、工期の遅れを恐れたゼネコン社員が隠ぺい。それを偶然知ったゲンさんが解決するストーリーです。

――フィクションの不祥事が現実でまさか起きるとは。

星野 これに近い問題を鉄骨の溶接工さんに聞いたことがあるんです。取材中の雑談とかで、「でっかいビルの現場だと、ものすごい数の溶接工が入るから、中には当然腕のよくない奴もいる」、それでどうなるかというと、溶接でずっとあぶり続けて、素材がもろくなってしまうことも。「逆に設計のおかしな点に現場で気付く職人もいる」とも。大きな現場だと、そういう問題が結構出てきちゃう。ああ、なるほどなと。

■SNSでプロと交流し、リアリティを追及する

――そうしたプロの方と知り合ったり、情報収集はどうやっているのですか?

星野 いま多いのはSNSきっかけですね。例えば最近『週刊漫画TIMES』に載せていた、981話・982話の『クリスマスの現地調査』という回。新橋駅前のニュー新橋ビルをモデルにした、ニュー旧橋ビルをどうやって解体するか試行錯誤する話ですが、ストーリーを構成する中で、SNSで解体のプロの方と出会ったんです。

僕の想像だけで物語を展開してしまうと、どうしても現実からかけ離れてしまう。だからTwitterで僕から声をかけて、「実際に街中で、しかも駅前で爆破解体をするにはどうすればいいか」という相談をお願いしました。

マンガのために、プロが3DCADで作ったものを参考に爆破解体シーンを描いた。取材協力:株式会社 鳶浩工業 マンガのために、プロが3DCADで作ったものを参考に爆破解体シーンを描いた。取材協力:株式会社 鳶浩工業
――すでにその回は公開されていますが、専門家からどのようなアドバイスがあったのでしょうか?

星野 3DCADでニュー旧橋ビルを作ってくれたんです。ビルを囲う足場まで作ってくださって。すごいですよね(笑)。マンガ的に見ごたえがあるからといって、ハリウッドのような爆発の派手さを求めるのは、あまりにも現実的じゃないし嘘くさく見える、と。だから、まず高層階の部分だけに足場を組んで、アリ地獄のように爆破で内部に崩れ落とすようにしたらどうか......など。

ちなみに『解体屋ゲン』では、多くの専門家の方に取材をしていて、中には実名でキャラクターとして登場するケースもあります。

――すごく練り込まれていますね。

星野 それが全てではなく、現実にはない自分で考えたアイディアを使うこともありますけどね。

あとは、素直に作画の石井さだよしさんの画力がすごい。最近のマンガは背景がどんどんシンプルになっている傾向があるのに、石井さんはとにかく描き込む。原作者は一文『ビル全体が爆破』『会場を埋めつくす観客』とかシナリオや指示を書くだけですが、漫画家さんはそれを形にしてくれる。石井さんのフィルターを通して見える景色に、僕自身もいつも心を動かされています。

■「現実を描きつつも、スカッと笑い飛ばせる世界を創りたい」

――天井知らずで、今もじわじわと新たなファンを増やし続けている「解体屋ゲン」。今後、目指すものとは何ですか?

星野 今は褒めてくれる人が増えて、『ちょっと持ち上げられすぎじゃないか』って思ってます(笑)。でも、本格的に電子書籍化されたのが、5年前。それまで15年間、単行本も出せずにどこにどれくらいファンがいるか分からない"シャドーボクシング"を、作画の石井さんとともに続けてきました。

僕たちのマンガはいい部分も悪い部分も現実を淡々と見つめ続けています。現実逃避をしないし、変わらずに不景気と現実と向き合い続ける。ただそこに、どこかスカッと現実を笑い飛ばせるような要素も入れたい。そして、建設業界というニッチなマンガではありますが、ここからもっと日本を元気にしたい。できることなら、リアルを動かしたい。常に自分に燃料を与え続けて、突っ走り続けたいと思います。

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『解体屋ゲン』は5月1日に電子書籍の100巻が公開。現在、達成記念セールが開催されている。「1ヶ月間、全巻11円で売り切って倒れます! どうせ倒れるなら前のめりに!」と星野さん。無理難題にも体をはってぶち当たるゲンさんから、ときに現実を笑い飛ばす豪快さと、今日を踏ん張るパワーをもらえそうだ。

【原作者が選ぶ、爆破解体エピソード5選】

■1巻・プロローグ第1話 爆破解体

『解体屋ゲン』1巻・プロローグ第1話 爆破解体 『解体屋ゲン』1巻・プロローグ第1話 爆破解体
依頼主の悪徳ぶりに腹を据えかねたゲンさんが、頼まれた建物ではなく依頼主の病院を爆破するストーリー。当初はピカレスクロマン(悪漢小説)を想定しており、悪党に一泡吹かせてやろうという、スッキリする話。今では家族や仲間を背負って善人になっているゲンさんだが、根底に流れる思いは変わらない

■1巻・第7話 慶子のお見合い

『解体屋ゲン』1巻・第7話 慶子のお見合い 『解体屋ゲン』1巻・第7話 慶子のお見合い
第1話から登場し、後にゲンさんの妻になる慶子のお見合いを、爆破を利用して止めさせるストーリー。ゲンさんがどう思いを伝えるか、思いつくまで苦労したそう。爆破シーン自体は描かれていないが、その結果 「解体屋(こわしや)」という職業が建物を破壊するだけでなく、社会の仕組みや人間関係にも応用できることに気づいた大事な回

■25巻・第245話 破綻した町を救え!(9)

『解体屋ゲン』25巻・第245話 破綻した町を救え!(9) 『解体屋ゲン』25巻・第245話 破綻した町を救え!(9)
経済破綻した町を映画のロケ地として再生するため、炭鉱現場の爆破事故を再現するストーリー。明治から昭和まで国内では多くの死傷者を出した炭鉱事故が頻発。暗い影を落としてきたが、最後にゲンさんが「いつの時代だって逆境をはね返してきたから今があるんだ」というように過去を払拭し、前を向いて生きる希望を与える物語

■42巻・第411話 生死の狭間で(前編)

『解体屋ゲン』42巻・第411話 生死の狭間で(前編) 『解体屋ゲン』42巻・第411話 生死の狭間で(前編)
テロリストによる油田火災を多国籍メンバーで爆破消火するストーリー。爆発により周囲の酸素を消費して巨大な火災を消火するため、爆破のスペシャリストとしてゲンさんも協力。解体だけでない爆破の用途が描かれたエピソード。右のコマはゲンさんたちもおののくような巨大火災。左のコマの爆破シーンは、建物などがない分、いつもと違った迫力が出ている

■96巻・第943話 プレテスト(4)

『解体屋ゲン』96巻・第943話 プレテスト(4) 『解体屋ゲン』96巻・第943話 プレテスト(4)
廃墟ホテルが集まる温泉街を舞台に、町が生まれ変わるため、バブル期に建てられたディスコ兼ホテルを爆破解体するストーリー。『解体屋ゲン』を連載する20年で建設業を巡る状況が厳しくなるなか、将来の人口減、職人の高齢化、若者の不足などの問題も山積みに。星野さんにとって、「過去の栄華や前時代的な考えを断ち切って、先に進む」という決意表明となった回。また、石井さんの描く廃墟のリアリティも傑作

●星野茂樹(ほしの・しげき) 
出版社勤務にて書籍編集していたが、退職後はマンガ原作者に。『週刊漫画TIMES』で『解体屋ゲン』(作画:石井さだよし)を連載中。100巻刊行&1000話到達を記念し、「感謝の特大セール」を開催中。kindleやeBookJapan、コミックシーモアなど各電子書籍書店にて、『解体屋ゲン』通常版1~10巻が無料、11~100巻が11円(税込み)、セレクション版1~8巻を11円(税込み)で5月31日(水)まで販売中。詳しくは公式SNSにて
公式Twitter【@KowashiyaGEN