下北沢にて「近松」「近近」「近道/おてまえ」「下北線路街 空き地カフェ」を営むツネ・モリサワさん。2店舗めの「近近」にて 下北沢にて「近松」「近近」「近道/おてまえ」「下北線路街 空き地カフェ」を営むツネ・モリサワさん。2店舗めの「近近」にて

コロナ禍が始まった2019年の暮れから2020年の始め、まるでコロナウイルスの温床地帯のようなイメージを持たれ、大きな打撃を受けたのがライブハウス界隈だった。

2023年5月8日より、新型コロナウイルスの扱いは季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行され、事実上コロナ禍の収束が見えてきたいま、改めて当時のライブハウスに何が起こっていたのか、そして何が変わったのかを探る短期連載。第2回は、コロナ禍に新店舗を2店舗オープンさせた下北沢のライブハウス「近松」のオーナー、ツネ・モリサワさんに話をうかがう。

■自分たちの場所をなくさないために

――モリサワさんは2017年、下北沢に「近松」というライブハウスをオープンさせますが、そもそもここをオープンさせたきっかけは?

モリサワ 広島にある「CAVE-BE」というライブハウスの系列店があって、そこで働いてたんですけど、閉店することになりまして。その時に縁があって、オーナーさんから「売るなら知ってる人に売りたいんだけど、やらないか?」と言われ、やることになりました。経営者になる、というよりも、自分たちの場所がなくなるのが嫌だなっていう感覚でしたね。

――近松のホームページには「新感覚ライブハウス」とありますが、これはどういう意味ですか?

モリサワ 僕たちは「下北沢にて」というサーキットイベントを開催していて、そのイベントにはもちろんバンドやミュージシャンを中心に出てもらっているんですけど、他にもお笑い芸人や映画にまつわる人にも出てもらう、音楽以外のコンテンツも集めたお祭りなんですね。そこで出会ったいろんなジャンルの人たちが、ライブハウスでも表現できるスペースにしたいなと思って「新感覚ライブハウス」と名乗っています。

あとアーティストはもっと賢くなったほうがいい時代だと思っていて、「ライブだけやって終わり」ではなくて、いろんなカルチャーに触れて一緒にどう見せていったほうがいいのか考えてもらいたいなって思ったんですよね。

下北沢「近松」店長の梅澤駿平さん。最近は、コロナ禍には見られなかった大学のバンドサークルの新入生歓迎イベントなども多いという 下北沢「近松」店長の梅澤駿平さん。最近は、コロナ禍には見られなかった大学のバンドサークルの新入生歓迎イベントなども多いという
――で、そんな近松をオープンさせて軌道に乗るのかと思いきや、2019年末からコロナ騒動が起こり始めます。

モリサワ ライブがやれなくなって厳しい状況にはなりましたけど、実は休業したのは2日だけで(笑)。2日考えて「よし、つけ麺だ!」って思い立ってすぐに思考を切り替えて、つけ麺のデリバリーを始めたんです。もちろんライブも、持ったことないカメラをみんなで持って配信ライブでやったりもしましたけどね。当時の状況には驚きましたけど、くよくよしないんですよね。

――先立つお金も必要ですよね。

モリサワ すぐに銀行から借りられるだけ借りました。コロナの感染者が増えたら、ライブはやっちゃダメ。減ったら、やってもいい。そういう波にはかなり左右されたし、スタッフの中にはそれで辞めちゃう子もいました。でも自分はそんなこと関係なく、「ただやるしかないでしょ」っていうマインドでしたね。当然ルールは守りながらですけど。

イベントも場所も「自分たちで作る」っていうのは大事にしていて、今やってるお店はみんな、自分たちで作れるものは全部作ってるんです。ペンキを塗ったり棚を作ったり、トイレも自分で作って。そうすることでモノや場所を大事にするし、守りたくなる。与えられた箱の中にいるより、やる気になりますよ。

――コロナ禍当初、ライブハウス自体がウイルスの温床のような雰囲気がありましたけど、そういうことに対してはどう感じました?

モリサワ そういったネガティブな話についての取材はたくさん来たし、下北沢のライブハウスのオーナーみんなで集まってそういった取材も受けました。でも、変に切り取られちゃうから、そういう取材はもう受けるのをやめようって思いましたね。

「ライブハウス大丈夫ですか?」「全然大丈夫っす! むしろライブハウスが話題になってうれしいくらいっす!」そんなコメントばかりしていたら使われないんですよ(笑)。「何なら、つけ麺始めたんで食べてください!」みたいな(笑)。

そのかわり、バンドマンたちはかわいそうでしたよ。ギターを持って電車に乗っただけで避けられたっていう話も聞いたし、そういう風評に対しては「ふざけんなよ」って思いました。

■コロナ禍でも挑戦し続ける理由

――近松をオープンさせた直後にコロナが起こり、つけ麺や配信ライブを始めたのはまだわかるんですけど、モリサワさんはさらに「近近」(バー&ギャラリー)というお店を開きますよね。それはなぜ?

モリサワ 単純に2店舗目をやりたかった、というのもあるし、お金を借りた以上は返さないといけない。でも1店舗だけだとこのままのペースで返済していくのは難しいなと思ったのもあります。そんな時に、「近近」がある物件が空いて、大家さんから「やらないか」という話があったので、やってみることにしました。

リーズナブルなお酒やフードが楽しめる「近近」。カウンターに立つ店長の丸児美沙さん リーズナブルなお酒やフードが楽しめる「近近」。カウンターに立つ店長の丸児美沙さん
――そして、今年に入って3店舗めの「近道/おてまえ」(ライブハウス、バー、イベントスペース)もオープンします。それも事業規模を拡大したいということから?

モリサワ それもあるし、ライブハウスで働いてた子がある程度育ってきたタイミングだったのもありますね。ここも元々は名物ライブハウスがあったところで、なかなか次が決まらなかったみたいで、僕は下北沢の商店街の理事もしているので、そういう話が回ってきたんです。

――そうしたコロナ禍でも続々と挑戦しようという意欲はどこから湧いてくるんですか?

モリサワ 下北沢の街っていい街で、いろんな人がいるけど、どんな人でも受け入れてくれる。街自体が狭いし、ライブハウスをやると横の繋がりも生まれるし、ちょうど変革の時期だったというのもあって、「何かやりたいな」って思わせてくれるんですよね。

僕と同い年でサンドイッチ屋さんを始めた人がいたり、飲み屋を3店舗展開させているバンドマンがいたり、同世代の若い人たちがたくさん街を盛り上げようと頑張ってる。そういう仲間がいるからでもありますね。

ライブハウス「近道」。店内にはお客さんが多数 ライブハウス「近道」。店内にはお客さんが多数

「近道」に併設しているバー・イベントスペース「おてまえ」。店長の齊藤駿介さん 「近道」に併設しているバー・イベントスペース「おてまえ」。店長の齊藤駿介さん

■次なる挑戦と課題

――バー「おてまえ」では月一で落語会も開催しているそうですね。

モリサワ それこそバンドマンに落語を見てもらいたくて、毎月やっています。当たり前ですけど噺家さんって喋りが上手で、MCとか間の取り方とか伝えやすさとか、絶対に他のカルチャーにも落語から学ぶことは多いと思っていて。特にMCを担当することが多いボーカリストには見てもらいたいですね。急に老けたり若返ったり、声と表情だけで演じている人物が変わりますからね。

落語会もたまたま近近で出会った人が噺家さんをブッキングできる人で。「じゃあやりましょうよ」って言ってすぐ実現したんです。

――コロナ禍の挑戦を経て、今後やりたいことは?

モリサワ 次は東京以外でも挑戦したいなと思ってます。ウチのレーベルに所属してるバンドで札幌を拠点にしているバンドがいて、毎月北海道に行くんですけど、北海道にはいい人やいいバンドが多いんです。ある意味別の国みたいですけど、その分可能性も感じていて、ずっとやりたいなと思ってます。

――下北の客足はだいぶ戻ってきたみたいですね。

モリサワ そうなんです。でも古着とかご飯目当ての若者が多くて、そういう人をどう音楽業界に持っていくかっていうのは課題ですね。ライブハウスって若干敷居が高いように思われちゃうから、ふらっと入れる場所になればいいですよね。

――つけ麺を食べるついでにライブを見る、みたいな場所だといいですよね。最後に、ライブハウスに興味はあるけど行けてない人たちに一言お願いします。

モリサワ ライブハウスは最高です! YouTubeとかストリーミングサービスも便利だけど、そういう音楽を生で聴くと絶対に心に響く何かがあるはずなので、ぜひ来てもらいたいですね。もちろんその逆で生で聴いてガッカリすることもあるかもしれないけど、そこからバンドが成長していく過程を見られたりもするし、そういう生ならではの楽しみをもっと多くの人に知ってほしいですね。

モリサワさんは、小田急線の線路跡地「下北線路街」で「空き地カフェ」とイベントスペースも運営。店長の森井マキさんと モリサワさんは、小田急線の線路跡地「下北線路街」で「空き地カフェ」とイベントスペースも運営。店長の森井マキさんと
■ツネ・モリサワ 
バンド・THEラブ人間のキーボーディストで、「近松」「近近」「近道/おてまえ」「下北線路街 空き地カフェ」を経営。サーキットイベント「下北沢にて」実行委員長。
https://twitter.com/tsune_morisawa
■下北沢「近松」(ライブハウス) 
東京都世田谷区北沢2-14-16北沢プラザ B1F 
https://twitter.com/chikamatsu527
■下北沢「近近」(バー&ギャラリー) 
東京都世田谷区北沢2-8-5 2F 
https://twitter.com/chikadika2022
■下北沢「近道/おてまえ」(ライブハウス、バー・イベントスペース) 
東京都世田谷区北沢3-31-15 
https://twitter.com/chikamichi_otem
■下北線路街「空き地カフェ」 
東京都世田谷区北沢2- 33 下北沢交番横 
https://senrogai.com/akichi/