今年4月の米音楽フェス「コーチェラ・フェスティバル」でアジア人グループとして初めてメインステージのヘッドライナーを務めたBLACKPINK。韓流アイドルを目指して彼女たちほどの成功を得られる可能性は、天文学的な確率だ 今年4月の米音楽フェス「コーチェラ・フェスティバル」でアジア人グループとして初めてメインステージのヘッドライナーを務めたBLACKPINK。韓流アイドルを目指して彼女たちほどの成功を得られる可能性は、天文学的な確率だ
韓国メディアによれば、K-POPアイドル志願者は約100万人。長くて10年ほどの練習生生活を経て、デビューできるのは0.1%程度と言われている。見事デビューをつかんでも、売れていくのはひと握りだ。そんな狭き門をものともせず、アイドルデビューを目指す現役練習生に接触する機会を得た。

■クラスの大半が練習生という高校も

「同年代の他のコよりも早く進路を決めて、社会で現実を知れたことはよかったです。親に頼らず、自分の力で全てを切り開く経験を早くからできていることにやりがいをおぼえます」

アイドルを目指すことのやりがいについて話すのは、小学生の頃からキッズグループに所属し、高校入学直後に「ON1エンターテイメント」の練習生になったキム・チヨンさん(18)だ。しかしそこには常に苦労や不安も付きまとう。

「いくら頑張っても大衆が見てくれないと成立しない職業なので......。YouTubeで可愛くて歌やダンスが上手い練習生を見かけたら、その人たちよりうまくやれるだろうかと不安をおぼえることはあります。

私は芸能系の高校に通っているのですが、クラスメートの大半が練習生で、デビューしたコも多いです。そんな中で不安を取り除くためには練習に集中するしかありません。普通の女のコのように、学校生活で友達と思い出を作れないのは寂しいですが......」

現役K-POP練習生のキム・チヨン 現役K-POP練習生のキム・チヨン
チヨンさんと"同門"の練習生、イ・ハダムさん(17)も、希望と不安の間で揺れ動く心情を吐露する。

「自分の限界を試されている感覚がします。まだ若く、やりたいことを自由にできない中で、笑顔をつくって一生懸命しなければならないのは大変です。やりがいは、自分の一番若くきれいな時期の姿を大衆に見せることができて、親からも褒めてもらえる点です。

舞台に立っている想像をするだけで幸せです。練習は当然きついけど、私たちのために仕事をしてくれる人のためにも、どうすればよくできるかいつも考えています。アイドルは幸せを与える職業なので、常に自分をよく見せていたいと思います」

現役K-POP練習生のイ・ハダム 現役K-POP練習生のイ・ハダム
彼女たちの仲間には、日本からの練習生もいる。

「怪我でバレリーナの夢を諦めて大学受験に専念していたとき、K-POPを見て『自分の道はこれだ』とピンと来たのがきっかけです。そして大学入学後に縁あってお声がけいただき、オーディションを受けて韓国に来ました」

と話すサクライ・スズカさん(21)もそのひとりだ。

「ダンスも歌も始めて1年も経っておらず、すべきことがたくさんあるので10時間の練習時間はあっという間です。なるべく前向きに捉えるようにしていますが、日本語を話せる友達がいればと思うこともあります。不安や疑問について韓国語で話すと、違う伝わり方をしてしまうかもしれないので、溜めてしまっている状態です」

現役K-POP練習生のサクライ・スズカ 現役K-POP練習生のサクライ・スズカ

■学業・一般社会への復帰も容易ではない現実

――もしアイドルの夢を諦めることになったら? 不安と闘いながら夢を追いかける彼女たちに、そんな水を差すような質問をぶつけた。すると、3人の回答は共通して「学校に戻って勉強を再開したい」というものだった。

しかし、某韓国メディア関係者は、デビューできずに去っていった元練習生たちに待ち受ける厳しい状況についてこう明かす。

「まず、練習生時代が長ければ長いほど社会復帰が難しい。練習生の期間は履歴書が白紙同然になるので、そのまま就職するのは容易ではない。大学に入学・復学するにしても、高校の勉強からやり直すのは大変です。

結局、芸能関係の裏方に転向したりカフェやバーなどで働くのはもちろんですが、男はホッパー(ホストクラブ)、女はカラオケクラブなど、いわゆる夜の職業に就く場合も多いのが現実です」(韓国メディア関係者)

一方で「ひと昔前よりは元練習たちの受け皿が広がっている」と話すのは、ボーイズIIメンなどの楽曲を手掛ける韓国の音楽プロデューサー、ユ・センファン氏だ。

「最近、顕著なのが練習生の『事務所離れ』です。いわゆる4大事務所と呼ばれるSM、JYP、HYBE、YG、その下のCUBEなどある程度規模の大きな事務所以外は、練習生の募集をしても集めるのが難しくなってきています。

最近はテレビの視聴者も減ってきていることは周知の事実であり、さまざまなリスクを取ってまでテレビを活動の主軸とするアイドルの練習生になりたいという人は、以前に比べ少なくなっているのです。

現役の練習生の中にも、中小の事務所で未来の保証のないままアイドルの夢を追いかけるよりも、インフルエンサーに転向するほうが良いと判断をする人も増えています」(ユ氏)

「API」というグループでデビューしたがすぐに解散し、現在はYouTubeやTikTokを舞台にインフルエンサーとして活躍しているチョン・ダニー氏 「API」というグループでデビューしたがすぐに解散し、現在はYouTubeやTikTokを舞台にインフルエンサーとして活躍しているチョン・ダニー氏
実際、元練習生が転身後に成功を掴むケースもあるという。

「(SNSの)フォロワーが増えれば、マルチチャンネルネットワーク(複数のインフルエンサーと提携しコンテンツ制作や配信などを行う組織の総称)にスカウトされる。そうなれば人生大逆転です。練習生時代に培った歌やダンスの基本的なスキルも活かせる。出身事務所が有名であれば、ブランディングにもなります」(ユ氏)

今のところ、そんな成功例はごく一部に限られるのが現状のようだが、芸能界に限らず、夢破れた若者も、次の夢をまた描けるような社会であって欲しいものだ。

●安宿緑(やすやどろく) 
東京都生まれ。東京・小平市の朝鮮大学校を卒業後、米国系の大学院を修了。2010年、北朝鮮の携帯電話画面を世界初報道、扶桑社『週刊SPA! 』で担当した特集が金正男氏に読まれ「面白いね」とコメントされる。朝鮮半島と日本間の政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様と心の動きに主眼を置く。韓国心理学会正会員、米国心理学修士。著書に『実録・北の三叉路』(双葉社)