カプコンが「対戦格闘ゲーム」というジャンルを確立した人気シリーズの実に7年ぶりの新作、『ストリートファイター6』(以下、『スト6』)が6月2日に発売された。
体験版をプレイした人々から、「過去もっとも"格ゲー初心者"を意識した設計になっている」とも評された同作。複雑なコマンド入力を排した新プレイモードや、オープンワールド型のストリーモードの実装など、実際に触ってみると、その大胆な進化にはたしかに衝撃を受ける。
カプコン屈指の人気シリーズにもかかわらず、なぜここまでの方向転換を決断したのか。プロデューサーの松本脩平氏に話をうかがった。
■シリーズの知名度は抜群でも、プレイ人口は......
――「ストリートファイター」シリーズ待望の新作となりましたが、ずばり今回の開発コンセプトは?
松本 端的に言えば、「新しいストリートファイターを作る」です! これまでもキャラクターを刷新したり、ゲーム性をアップデートしたり、さまざまな工夫はしてきたのですが、それはすべて「対戦」の部分でしかなかったんですよ。
しかし、今どきの格闘ゲームって、その一番楽しい「対戦」にたどりつくまでのハードルが高くなってしまっていました。コマンド入力を覚え、ある程度は戦えるようにならないと、その楽しさを実感できない。これが「格闘ゲーム初心者」の方々が新たに入りにくくなってしまった原因だと感じていました。
それに対して、ディレクターの中山(貴之)が、「楽しく遊んでいたら、いつの間にかキャラクターについて詳しくなり、それぞれの必殺技も出せるようになっていた」となるためには、どうすればいいだろうかと逆算して設計していったのが、今回の『スト6』です。
――「ストリートファイター」は30年以上の歴史があるシリーズであり、前作の『スト5』も世界で700万本を記録した大ヒット作です。それにもかかわらず、徐々にマニア向けになってしまっている危機感があった、と?
松本 前作が700万本とはいえ、発売後に何年も遊び続けている人はどれだけいるかというと......。例えば、前作のプロモーションで各地をまわったときに、「『ストリートファイター』を知っていますか?」と聞けば、ほとんどの人が手を挙げてくださいました。でも、「今プレイしている人は?」と聞いたら、シーンってなる。そういう場面に何度も直面するようになっていました。
キャラクターとか世界観を知ってもらうのも大切なことですし、加えて僕らはゲーム会社ですから、何よりもゲームを遊んでほしい。このままだとeスポーツとしては盛り上がって、グッズとかは出続けるのかもしれないけど、一般向けのゲームとしては新作が出ないということになりかねない。そうはなってほしくないという思いが今作の根本にはあります。
■格ゲーの常識を覆した画期的な操作方法
――そうした危機感に対する開発側からの意志表示をもっとも強く感じたのが、複雑なコマンド入力をしなくても技を出せる「モダン」操作の導入でした。
松本 「モダン」では、据え置き機のコントローラーに最適化した操作方法を追求しました。ワンボタンで必殺技が出せたり、ボタン連打していれば勝手にコンボがつながるようになっています。
――簡単な操作でスクリューパイルドライバー(※1)が出たときには本当にびっくりしました! でも、ここまで操作を簡略化してしまったら、逆に既存のプレイヤーから不評を買うリスクもあるのでは?
松本 それをあえてやったことに、僕らの「新しいストリートファイター」にかける本気を感じてほしかったんです。もちろん、過去のプレイヤーからいろんな意見が出るだろうことは想定しています。だから、調整には本当に時間をかけました。結果として、ちょうどいいバランスでお届けできたと思っています。
(※)...作中のキャラクター・ザンギエフの必殺技。レバー(十時キー)を一回転という比較的難しいコマンドの入力を必要とする技。
――従来の操作方法である「クラシック」に比べ、「モダン」は威力が8割ほどに減少(※2)するんですよね。
松本 それこそ開発メンバーが何十時間もかけてテストして、「このくらいが妥当だろう」というバランスに落ち着きました。僕らにとって大きな挑戦ではあるのですが、今後は「モダン」が操作方法のスタンダードになるとさえ思っています。公式大会で「モダン」「クラシック」のどちらでも参加可能とアナウンスしているのも、僕らからのメッセージだと受け取ってください。
(※2)...モダン操作で出した時のみ。モダンを選択しても、正式なコマンドで入力した場合は、通常と同じダメージ。
――今年開催の「カプコンプロツアー2023」では、『スト6』の賞金総額200万ドル以上と伝えられていますが、「モダン」のプレイヤーがいきなり優勝してもおかしくないくらい画期的な操作方法だと感じました。
松本 そうですね。たとえ今年は難しくても、来年、再来年には上位に「モダン」のプレイヤーが食い込んでくることが当たり前になると思っています。今は「ストリートファイター」の大会でも次々と新しい地域からツワモノが生まれていますから、これを機にさらなる盛り上がりを見せてくれるのではと期待しています。
■ゲームの中に「みんなのたまり場」を作りたかった
――操作方法以外でも、アバターを操作して世界を探索するストリーモードの「ワールドツアー」、仮想ゲーセンで他のプレイヤーと交流できる「バトルハブ」など、今までありそうでなかったコンテンツが多数収録されています。
松本 僕らが「新しいストリートファイターを作る」というコンセプトを掲げたときに、格闘ゲームの楽しさを再定義してみたんです。それは「格闘ゲームとは、コミュニケーションツールである」ということでした。
対戦をする、対戦を観て楽しむだけじゃなく、ゲームを通じた友人との交流だったり、好きなキャラクターのイラストを描くといった"推し活"の要素も近年は発展しています。今作では、その幅をもっと現代風に広げることを意識しました。
だから、「バトルハブ」ではゲームセンターがみんなのたまり場だった雰囲気を再現してみましたし、「ワールドツアー」では過去の人気キャラクターたちが師匠となり、プレイヤーを鍛えてくれるといったストーリーを入れてみたんです。
――たしかに「バトルハブ」なんて、帰宅したらとりあえず起動してみて、友人がログインしているか確認してみるといった使い方もできそうです。
松本 まさにその通りで、"プレイヤーの居場所"をゲームの中に作りたかったのです。それに今まで「ストリートファイター」に関する情報は分散していて、一カ所に集約されていなかったんです。でも、「バトルハブ」を作ったことによって、コラボやeスポーツ関連の話題だけでなく、世界中のプレイヤーが集まっている様子がリアルタイムで見られるようになりました。そういう「ちょっと覗いてみようかな」と毎日思えるような場所になってほしいと思っています。
――これまでの格闘ゲームは、強くなるために自分でプロゲーマーの配信動画を観て学んだり、SNSで仲間を集めたりしないと、その醍醐味を感じにくいところがありました。
松本 だから、そういった情報収集と交流の場をゲーム側からしっかりと提供したかったということですね。
■これだけでゲーム1本分のボリュームがある新モード
――「ワールドツアー」は世界をめぐり、各地でストリートファイトの経験を積みながら上達を目指す、というソロプレイモードですが、実は初心者が徐々に操作方法を覚えていくチュートリアルの側面もありますね。
松本 これはまさに、先ほども開発コンセプトとして説明した「初めてシリーズを体験する人が、楽しく遊んでいるうちに好きな技が出せるようになっていた」という状態を作るためには、どうすればいいだろうかという発想で実装しました。正直、過去作のトレーニングモードは、棒立ちのキャラクターを殴って入力コマンドを覚えるだけの作業でした。それはやはりしんどいですよね。
それに初心者は対戦で負けることのほうが多く、自分のプレイに肯定感を覚える機会が少ないという課題もありました。そこで「ワールドツアー」では世界中で戦って、レジェンドのキャラクターたちからその上達ぶりを褒めてもらうというストーリーになっています。ゲームですから、入り口も楽しくしたい。それが「ワールドツアー」のコンセプトです。
――攻撃力や防御力が上がるアイテムがあるなど、本当に初心者向けのモードという印象です。
松本 でも、「ワールドツアー」は過去作のイースターエッグがあちこちに散りばめられていたり、キャラクターたちの今まで語られなかったエピソードが紹介されたりもするので、従来のファンの皆さんにも楽しんでいただけると思いますよ。旧作のプレイヤーにとっても新しい操作方法を覚える機会でもありますし。これだけでゲーム1本分のボリュームがあるくらい、懐が深いモードになっています。
――ただ、特訓のために街中の人々を殴りまくるという世界観は、なかなかぶっ飛んでいると思います!
松本 そこは「ストリートファイター」ですから(笑)。
■あらゆる人にプレイしてもらうため、できることは全部やる!
――『スト6』は前作から7年後の発売となりましたが、その間、次世代機が普及したり、eスポーツが定着したりと、格闘ゲームの業界も大きく変わってきています。そうした環境の変化が開発に与えた影響は?
松本 今作の企画は2018年スタートなので、実質的な開発期間は5年ですね。ただ、ディレクターの中山が当時まとめた企画書と、完成した『スト6』では、大枠でほとんど変更点がないんですよ。「モダン」のコンセプトもそうですし、「バトルハブ」も「ワールドツアー」も企画書の段階でありました。だから時代の変化に応じて、というよりは、自分たちが絶対にこうすべきだと信じた道を驀進(ばくしん)し続けたという感じです。
当初は僕らも、その道が本当に正しいのかどうかはわからなかったけども、ベータテストや体験版を経ていく中で、おかげさまで好評をいただき、「これで間違ってなかったんだな」とようやく思えるようになったところです。
――『ストⅤ』の発売が2016年で、しかも大失敗したわけでもないのに、その2年後にはこれほど大胆な方向転換を決めていたというのはすごいですね。
松本 そのくらい以前からシリーズに対する危機感はありました。『スト5』の追加キャラクターとして、「エド」や「ファルケ」というコマンド入力を必要としないキャラクターを出したのも、実は『スト6』の方向性を意識してのことだったんです。
――波動拳すら出せなくても戦えるキャラクターでした。
松本 彼らがプレイヤーの皆さんに受け入れられただけでなく、「エド」や「ファルケ』がいるから『ストⅤ』を始めました、という人がけっこういたことも、僕らの決断を後押ししてくれました。
――そして、今作もアーケード版の稼働が発表されています。
松本 ちなみに、アーケード版でもコントローラーが使えるので、「モダン」での参加もできます。これもいろんな人に『スト6』をプレイしてほしいからです。
――それは新しい世代向けに?
松本 というよりは、それこそ格闘ゲームから離れてしまった大人の方々を意識しています。大人になって家庭を持つと、家でじっくりゲームすることが難しくなりますよね。でもアーケードだったら、帰宅途中にちょっと......なんて遊び方もできる。そういう人に再び「ストリートファイター」を遊んでほしいと思っています。
――しかも、昔は『ストII』で遊んだ世代のゲーマーは、スマホゲームにかなり取られてしまっていますからね。
松本 まさにそうですね。本当にがっつり作り込んでありますから、あらゆる世代の人にプレイしてほしいんです。そのためにできることは全部やります!
――最後に、今作の目標は?
松本 本当に世界中のみなさんに遊びまくってもらって、改めてストリートファイターを知ってもらうのが目標です!