アンドロイドが液体のように変形する『ターミネーター2』(1991年)や、現実に恐竜が生きていると思わせた『ジュラシック・パーク』(93年)。これらの作品は90年代に「映像革命」をもたらし、CGを普及させた。
今やどんな映画でも使われているCGなどのVFX(視覚効果)だが、見ている割にその作られ方をよく知らないという人も多いはず。
そこで、カナダ・バンクーバーのVFXスタジオで、あのスパイダーマンをもCGで動かしているという島田竜幸(しまだ・たつゆき)さんに、現場のあれこれを直撃した!
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■CGの分野ごとにスペシャリストがいる
――まず、島田さんがこれまで携わってきた作品を教えてください。
島田 3DCGアニメのテレビシリーズ『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』『ヒックとドラゴン:新たな世界へ!』などに始まり、実写ハリウッド映画の『ジャスティス・リーグ』(2017年)、『スパイダーマン』シリーズでいえば、CGアニメ映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(18年)から、実写映画の『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(19年)、『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(21年)、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(21年)と立て続けに実写VFX作品にも携わってきました。
――CGアニメ作品にも実写VFX作品にも携わってきたんですね。
島田 現在は、CGを志したときからの夢でもあった、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977年)の視覚効果を制作するためにジョージ・ルーカスが設立した会社、ILM(Industrial Light & Magic)のバンクーバー・スタジオに所属しています。
ここでは、自分が子供の頃に大好きだった作品『ウルトラマン』のCG長編アニメ映画がハリウッド版として制作されており、去年1年間かけてこのハリウッド版『ウルトラマン』(2024年公開予定)の制作に参加しました。
また、新たなスター・ウォーズ作品『スター・ウォーズ/スケルトン・クルー』(2023年配信予定)にも携わっています。
――ビッグネームの作品ばかり! ところで、島田さんは〝クリーチャーアニメーター〟と名乗られていますが、それっていったい?
島田 クリーチャー(動物や生命体)の動きを作るのが得意なアニメーターです! クリーチャーアニメーターは僕が勝手につけて名乗っているだけなんですけど(笑)。
そもそも、VFXの制作現場は分業化されていて、それぞれの分野で専門家のアーティストたちが各部署に分かれているんです。キャラクターをコンピューター上のデジタルモデルとして彫刻・造形していくモデリングチーム。
その、まだ色がついていない灰色のデジタルモデルのデータを受け取り、それに動き(アニメーション)をつけるアニメーションチーム。そのキャラクターに色や模様を貼りつけて、ライトを当てるライティングチーム。
そこに煙や爆発、ミサイルなどを入れるエフェクトチーム。最終的にコンポジットチームが各部署から届いた別々のデータを1枚に合成して、最終画像に仕上げていきます。
――そんなに分かれているんですね。ちなみに一作品を何人くらいで作るんですか?
島田 一般的には各チーム20人くらいですが、作品によってチームのサイズは変わります。『スパイダーバース』には150人以上のアニメーターが参加しました。
また作品によって各チームのバランスも変わります。『アバター』シリーズのように水、炎、爆発のシミュレーションが大量に必要な作品にはFX(エフェクト)アーティストが多数参加したり。
映画のエンドクレジットでは、こうしたデジタルアーティストの名前がズラリと並びます。作品によっては、アニメーションやライティングなど、部署ごとに表記されることもありますが、大規模な作品だと「VFXアーティスト」というくくりで、大人数がひと固まりで載ることも多いですね。
CGというと、かなり高度な技術を要すると思われがちなのですが、やっていることは意外とシンプルで、一般的なアニメーションと大きくは変わりません。
特に、粘土を使ったクレイアニメーションに近い。人形を作る人がいて、その人形を動かす人がいる。それがすべてCG上で行なわれているイメージですね。
――なるほど!
島田 僕はその中で、CGキャラクターを動かすアニメーションを担当しています。コンピューター内でCGの人形を1コマずつ動かして、自然な動きをつけるのですが、中でも最も得意としているのがクリーチャーの動き。人間や動物から、地球上に存在しないドラゴンなどを得意としています。
――存在しない生き物って難しそうです......。
島田 クリーチャーアニメーションでよくいわれるのは、「実在しない生き物の動きをつけるには、実際の動物の動きを見ることが大切」ということ。僕自身も、現在オンラインスクールでクリーチャーアニメーションの講師をしているのですが、生徒さんにもそう伝えています。
ライオンやオオワシなど、実在する動物の骨格の動きをよく観察し理解することで、ドラゴンなどの想像上のクリーチャーの動きに説得力を生み出せるんです。
■5秒のシーンの制作に2ヵ月!
――普段のお仕事が具体的に知りたいです! スパイダーマンってどのように動かしたんですか?
島田 高層ビルの上や上空で跳び回るアクションなど、俳優さんやスタントマンにできない動きは、CGのスパイダーマンで作っています。
映画『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』で僕が担当したショット(シーン)の例ですが、ロンドンのタワーブリッジで数百機のドローンに追われて逃げ回るスパイダーマンが、糸を出してぶら下がり、ジャンプしてカメラの目の前を横切る5秒程のショットがありました。
――あのめちゃくちゃカッコいいシーンですね!
島田 まず、ロンドンの街全体がCG空間においてあって。
――街全体がCG!?
島田 そうなんです。で、僕に来たのは「ここを通って、カメラの目の前をハケてくれ」という注文でした。このときは、まず1週間ほどかけてスパイダーマンの動きのタイミングや体のおおまかな動き、追いかけてくる数機のドローン、そしてカメラワークも含めてラフなアニメーションをつけます。
そして、それをスーパーバイザーに見せて、フィードバックをもらい、修正したり新たなアイデアを加えたりして、変更点を更新し、また見せる、というプロセスを繰り返していく。最終的にOKが出るまでには1~2ヵ月ほどの期間を費やします。
――5秒のために2ヵ月も!
島田 もちろん、先方に確認してもらっている間に同時進行でほかの5、6ショットも進めていきます。また、1週間に1度くらい、僕がつけた途中段階のアニメーションをデータで書き出して、ほかの部署と共有します。
ほかの部署の人たちとデータを共有することで、彼らもライトを当てて照明を詰めていくテストを始めたり、動きに合わせて爆発や煙の位置決定などを始めることができます。
ある程度クオリティが詰まってきた段階で、一度クライアントに見せてフィードバックをもらいます。こういう各部署とのチームワークによって、現場が成り立っているんです。
――地道な努力の積み重ねですね。CGというとモーションキャプチャーのイメージがあるのですが?
島田 ハリウッドのVFX業界におけるCGアニメーターとしての作業は、基本は「手付けアニメーション」です。
――え、モーションキャプチャーは使われないの!?
島田 使うときももちろんありますが、背景のキャラクターの動きなどが主で、メインには使われません。
僕が関わったヴェノムやスパイダーマンなどのキャラクターの場合、アニメーションの作業では重量感や力強さ、スタントマンにも難しい独特なアクションのアニメーション制作を必要とされます。モーションキャプチャーのデータをそのまま使っても、求められる動きの重さや勢いは表現しきれないんです。
そのため、VFXの世界では、アニメーターがCGのモデルを動かす手付けアニメーションが主流になっています。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の2作品ではスパイダーマンがマスクをかぶっているショットの9割はフルCGで、僕たちCGアニメーターが動かしています。
――意外でした。
島田 手付けアニメーションのメリットはほかにもあります。例えば、スパイダーマンにバク転させていたところを、クライアントに「前宙にしてほしい」と注文されたときにリカバーできる。モーションキャプチャーだと、人を呼んで撮影するところからになってしまいますが、手付けであればデータ上での修正でできるので。
僕の場合は、モーションキャプチャーではなく、スマホで自分を撮影します。ショットに応じてそのキャラクターの動きを演じてみて、それを観察して、体の動き方や勢いがどこに出るのかを知る。そして、それを基に1コマ1コマCGのキャラクターを動かします。
自分の動きを取り入れているので、なんとなく自分の魂を吹き込んでいる感覚なんです。そのため、画面上でCGモデルが動き出したときはうれしいですね。
――膨大な作業量に感じますが、一日にどれくらい働くのでしょうか?
島田 ハリウッド映画の制作現場では、一日の労働時間は8時間です。朝9時から夕方6時までというのが基本ですが、映画の公開が迫って締め切りが近づくとクランチタイムと呼ばれる追い込み期間に入り、最後の2~3ヵ月間は残業が増えたり、週末出社があったりと、言ってみれば文化祭前みたいな感じになります(笑)。
――やりがいを感じる瞬間は?
島田 映画館で自分の担当ショットが大画面で流れるとき。作品にもよりますが、自分が参加した映画は3回くらい見に行くこともあります。エンドクレジットに自分の名前を見るときは、いまだに高揚しますね。
2ヵ月間くらいクランチタイムが続き、残業しまくって疲れがたまってくると、映画が公開される頃には「休暇が欲しいな、日本へ帰省したいな」などと思ってしまうものですが(笑)、継続してハリウッド映画に関わり続けていきたい。
今後関わっていく作品で、面白いショットをもっともっと任されるような人間になっていきたいなと、思っています。
●島田竜幸(しまだ・たつゆき)
1984年生まれ、埼玉県出身。東京電機大学理工学部を卒業後、Polygon PicturesでCGデザイナーとしてキャリアをスタート。その後、2013年に台湾のCGCGに入社。2017年からカナダのバンクーバーへ。MPC、Sony Pictures Imageworks、DNEGを経て、現在はILM(Industrial Light & Magic)所属