ネタで使う川柳の短冊を持つおばあちゃん。呼び方については「『おばあちゃん』で結構です。『さん』は付けなくていいですよ(笑)」ネタで使う川柳の短冊を持つおばあちゃん。呼び方については「『おばあちゃん』で結構です。『さん』は付けなくていいですよ(笑)」

「76歳5年目、ヨボヨボの若手です」という鉄板のツカミから「老人あるある漫談」を繰り広げ、観客を笑顔にさせる女性ピン芸人、その名も「おばあちゃん」が、6月から神保町よしもと漫才劇場の所属メンバーとなった。

終戦直後の1947年に生まれ、造船所の設計部などで働いていたおばあちゃん。38歳の時に乳がんを、45歳の時には子宮がんをそれぞれ患い、父や兄の介護も経験した(兄の介護は現在も続いている)。しかし、下を向いてばかりではないのが、おばあちゃんのすごいところ。

47歳の時にはずっと通いたかったという大学に入学し、乳がん経験者と下着の関係性についての研究内容を発表。そして2018年、71歳になったおばあちゃんは、NSC吉本総合学院東京校の門を叩く。

「よしもとに入れるとは思っていなかった」「今でもプロだとは思ってない」と語るおばあちゃんだが、2019年にはプロデビュー。「医者芸人」しゅんしゅんクリニックPと組んだユニット「医者とおばあちゃん」としてM-1出場もあり、現在は神保町や渋谷の劇場に出演中。そんなおばあちゃん本人に、挑戦する意欲の源についてうかがう。

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つらいとか大変なんて思ったことは一度もない

――この「おばあちゃん」というユニークなお名前はどなたが命名したのでしょう?

おばあちゃん (NSC東京)24期の誰か、男の子が付けてくださったんです。でも誰が言ったのかは分からなくて(笑)。NSCで「次の授業までに芸名を考えてきてください」って言われたんですけど、私は「NSCを卒業したって、どうせよしもとには入れないだろう」と思っていたので芸名は考えてなかったんです。そしたらある日の授業で「芸名を書け」と言われて、その時一瞬思い浮かんだのが「クレオパトラ」だったんですけど、「それはちょっとマズいか」と思って、そしたら後ろから男の子が「『おばあちゃん』でいいよ! だっておばあちゃんだもん!」って言ってくれて。「おばちゃん」って書こうとしたら「『おばあちゃん』だよ!」って(笑)。「たしかにそうだね」って思って、そこから「おばあちゃん」になりました。でも誰が言ったのかねえ......(笑)。

――「おばちゃん」ではなく「おばあちゃん」は嫌でした?

おばあちゃん いやいや、そんなことはないです。「バッチシ!」って思いました。街中で「おばあちゃん」っていう単語を聞くと「あれ? 私じゃない?」って思うことはありますけどね。別のおばあちゃんの話をしてるんだろうと思ってたら「おばあちゃんさん!」って言われることもあるし(笑)。

――よしもとには以前、カタカナで「オバアチャン」というトリオもいましたが。

おばあちゃん 男性のトリオですよね。その方が2017年3月で解散なさいまして、私がNSCに入ったのが2018年で、時期は重なってないんです。NSCにいる時に「オバアチャンってトリオがいたから改名した方がいいよ」って言われたことはあったんですけど、そもそもよしもとに入れるなんて思ってなかったですから(笑)。

――おばあちゃんは、年齢ではビートたけしさんや西川きよしさんと同い年(76歳)ですが、芸歴では先日、芸歴5年目以下の若手芸人による賞レース「UNDER5 AWARD 2023」で優勝した金魚番長などと同期の5年目です。この年齢でお笑いに挑戦しようと思ったきっかけは?

おばあちゃん 最初は舞台の勉強をしたかったんです。64歳まで普通の勤め人をしていて、年をとったら自分のしたいことをしようという夢がありました。それで64歳で定年を迎えたんですが、辞めた途端に右足の壊死が発覚して、2年間は思うような活動ができなかったんですけど、その間も杖をつきながらいろいろな講演会を聞いたり、高齢者劇団を観に行ったりしてたんです。

そうしてるうちに、劇団のトップの方になぜかお声がけしていただいて、劇団に誘われたんですね。最初はお断りをしたんですが、高齢者劇団って公演途中でたいてい誰か倒れてしまうんです。そういう時のピンチヒッターとして「ゲスト出演ならどうですか?」と言われて、やってみることにしたんです。それなら、例えば高齢者向けの施設にいらっしゃるような方にも元気になってもらえるかもしれないと思ったんですよね。

でも「はけろ!」って言われても何も分からない。「板付き」って言われてもカマボコじゃないんだから何が何だか(笑)。だからまず舞台の勉強をしなきゃいけないと思ったのが、そもそものきっかけです。でも、コロナで施設を回るようなことはできなくなってしまって。

そしたら友達がよしもとの電話番号を調べてくれて、かけてみたら構成作家のコースで。そこでNSCを紹介してくださったんです。「71歳でも大丈夫ですか?」と聞いたら「6階まで階段で上がれれば大丈夫ですよ」と言われて(笑)。

――NSCではダンスや発声など、体力を使う授業もあったと思います。

おばあちゃん ダンスの授業では一生懸命ついていってるつもりなんですけど、みんなの邪魔になっちゃって、でも月謝を払ったのに「ダンスはいいです」とも言いたくないし。そしたら講師の方から「危ないからやめたほうがいい」と言われて、ダンスの授業は3か月で区切りをつけました。

発声の授業でも腹筋を50回やることがあって、私は「そのまま伏せといていいから」って言われてました(笑)。殺陣の授業でも先生は驚いてましたが、できるところだけ参加させていただきました。

足が悪いので、家を出るのは授業が始まる3時間前。でも、早めに前のほうの席に着いていると、講師にネタを早めに見てもらえるし、それも楽しかったです。つらいとか大変なんて思ったことは一度もなくて、自分の知らない世界に飛び込めたっていう喜びが大きかったんですよ。同期の方も事務所の方も、荷物を持ってくれたりスマホの設定をしてくれたりして優しかったですしね。本当にみなさんに感謝ですね。

劇場所属メンバーとしては最高齢のおばあちゃん。しかしNSCの2年先輩には、もっと年上の80代の女性もいたらしい劇場所属メンバーとしては最高齢のおばあちゃん。しかしNSCの2年先輩には、もっと年上の80代の女性もいたらしい

え、私って芸人?

――おばあちゃんはシルバー川柳のネタをされていますが、ネタはいくつありますか?

おばあちゃん 実際に使えるのは30あるかしら。私の場合、2分ネタだと川柳を3本、5分だと5本とか使っちゃうので、実際は大した量じゃないんです。最初は普通のネタもやってたんですけど、作家の先生に「川柳がいいんじゃないか」と言われて、それから川柳の勉強を始めて。書道の先生に見本を書いていただいて、それにならって自分で書いています。

――お笑いのために川柳に書道までやるなんて、意欲がすごいですね。

おばあちゃん そうですか?(笑) 川柳なんて紙とペンがあればできるし、ハガキを投函すればそれだけで世間と繋がっていられる。動けなくなってもできるからいいなって思いましたよ。そうやっていつも次のことを考えています。書道教室も近所だし。

――憧れの先輩はいますか?

おばあちゃん 私より年下なんですけど、綾小路きみまろさんですね。あの方は30年くらい下積み時代を経験していらして、そういうところに惹かれます。ネタだって、放送禁止用語になりそうなことも平気で言っちゃいますよね。でもそれを受け入れてもらえるだけの力がある。そこもすごいと思います。私が同じことを言ったら座布団を投げられちゃいますよ。

――でも、今日のライブでも、おばあちゃんが「え?」と聞き返すだけで爆笑が起きていました。

おばあちゃん 今日出ていたみなさんは丸2日稽古日があったんですけど、作家の山田(ナビスコ)さんは私に「稽古に来なくていい」って言うんです。「来ちゃダメだ」「素で行きなさい」って。だから今日の企画ライブの内容も全然何も聞かされていなかったんです(笑)。でもそれでみなさんに笑っていただけるならありがたいですね。

この日は若手が多数出演するコーナーライブに出演したおばあちゃん。山手線ゲームで、おばあちゃん向けに設定されたNGワードを言ってしまい、大爆笑が起こっていたこの日は若手が多数出演するコーナーライブに出演したおばあちゃん。山手線ゲームで、おばあちゃん向けに設定されたNGワードを言ってしまい、大爆笑が起こっていた


――お世話になった先輩はいますか?

おばあちゃん 柔道ネタをする女性芸人のあいすけさんがいつも「おばあちゃんおばあちゃん」って言って親切にしてくれたり、しゅんしゅんクリニックPさんのライブに出させていただいて、M-1にも出させていただいたりしました。

M-1は楽しかったですよ。しゅんPさんは本当に「お医者さんの先生」という感じで頼っちゃってるから、一人で舞台に出るより気は楽でしたね。M-1に出るにも打ち合わせは1回だけ。ネタが送られてきて、一度だけ舞台でネタを見ていただいて、もう次がM-1のステージなんですよ。だからネタは覚えきれないんですけど、医者と患者をそのままやるだけですから(笑)。でも、しゅんPさんはすごく優しいし、よく考えてネタを作っていらっしゃるのでありがたいですね。今度はラップっていうんですか? あれをやるらしいです(笑)。

――年下の若者と一緒に芸をすることについてはどう思いますか?

おばあちゃん 楽しいですし、毎回発見があって本当に宝物の時間です。同期でいつも話しかけてくれる子がいるんですけど、鳴かず飛ばずの目立たない子で。「あんた、このまま芸人になるつもり?」って聞いたら「おばあちゃん。僕もおばあちゃんも芸人です」って言うんです。「え、私って芸人?」って。そういう面白い発見がいつもありますよ。

――もうプロデビューもされていますからね(笑)。

おばあちゃん いやあ、全然そんなことないんですよ、プロだなんて恥ずかしいです(笑)。ただ、若手には頑張ってほしいと思っています。私たちの頃って、世の中的に自分の好きなことはなかなかさせてもらえなかった。特に女性の場合は縛られることが多かったし、性別で給料も全然違った。「女子は勉強する必要ない」っていう親の方針で、私は大学にも行かせてもらえなかった。それで47歳の時に今がチャンスだと思って、勤めながら大学に通い出しましたけど。今の時代は男女平等だし、若い頃から夢を持てるっていうのがうらやましいです。だから若者の挑戦は応援したいと思っています。

チームの勝利がかかった大事な場面であっち向いてホイをやることになったおばあちゃん。「最初はグー」を言い忘れただけで場内は大爆笑チームの勝利がかかった大事な場面であっち向いてホイをやることになったおばあちゃん。「最初はグー」を言い忘れただけで場内は大爆笑

一番ビックリしてるのは本人です

――そしておばあちゃんは神保町よしもと漫才劇場のバトルを勝ち上がり、この6月から劇場所属メンバーとなりました。その時の感想は?

おばあちゃん 私、所属メンバーのシステムをよく知らなかったんですよ。というのも、自分が楽しめればいいという考えで、勝ち上がるとかそういうのを意識してこなくて。作家の方にも「誰かに笑ってもらおうと思わなくていいよ。自分のペースでやりなさいね」って言われていたので、自分のペースでやってたんです。

だから1回戦を突破したっていう時も、家が遠いので早く帰してもらって、結果を知らずに帰ってて。次に来たら「おばあちゃんおめでとう!」なんて言われるから「私なんかした?」「おばあちゃん受かってたよ」「何に受かった?」「神保町のオーディションだよ、次は何日だよ」「それって何?」って。その子は丁寧に説明してくれたんですけど、「そうなの? ありがとう」って言ったけど「どうせまた落ちるからいいわよ」って思ってたんです。

その次のオーディションも結果を聞かずにすぐに帰って。次に神保町に行った時も、荷物をまとめて帰ろうとしてたら、みんな「おばあちゃんすごいね!」って言うんです。「何がすごいのよ」「今度所属になったんだよ」「何の所属なのよ」「こうこうこういう所属だよ」「あ、そういうのがあるんだ」って、本当に何も知らなくて。疎いっていうかトロいんですよね。

――若手が少しでも上のランクに行こうとしている中で、おばあちゃんはそういったことは考えてなかったんですね。

おばあちゃん 全然考えてないですよ(笑)。むしろ若い方に頑張ってほしい。一番ビックリしてるのは本人です。

スマホは持っているものの使い方に疎く、SNSもやっていないおばあちゃん。自身が所属メンバーになったというニュースが配信されたことも、それがバズったことも知らなかったスマホは持っているものの使い方に疎く、SNSもやっていないおばあちゃん。自身が所属メンバーになったというニュースが配信されたことも、それがバズったことも知らなかった


――週刊プレイボーイの読者層は20代後半から40代の男性が多く、このあたりの年齢になると病気や転職などで人生の転機や挫折がある人も多いと思います。おばあちゃんも大病を経験していますが、そういった方にアドバイスをいただけますか。

おばあちゃん とにかく何でもね、楽しんでやらなきゃ続かないです。つらい仕事の中にも「これって楽しいじゃん」っていうことを見つけることが大事ですね。例えば仕事がひとつ完成したら、完成したっていう喜びがある。それが次の喜びに繋がっていきますよね。そんなふうに、何かをするにしても絶対その中に楽しみってあるんですよ。

我々の時代は貧乏が当たり前で、「ギブミーチョコレート」の時代ですからお菓子を食べるのも1年に数回。でも、食べるものがないならないで、草っ原に行ってスッポン(イタドリ)を取ってきてかじって食べたり、ヤマイチゴで口を真っ赤にして、それだけで楽しかった。お金なんてかけなくても楽しいことはたくさんあります。

そして、考えてもしょうがないことは考えないことですね。私だって「いつ死ぬのかな」なんて不安になることもあるけど、考えても分かんないわけですよね。だから考えずに、やりたいことをやる。だから私はお笑いをやってるんです。あと1年しかできなくたっていいじゃない。自分のやりたいことができるのは幸せねっていつも思っています。根が貧乏人だからですね(笑)。

――そんないつも前向きなおばあちゃんの今後の目標は?

おばあちゃん 私の周りの人はみんな何かをやってます。80過ぎてフラダンスをやってる人とか、コンサートのために全国飛び回ってる友達とか、講演会を聞きに行ってる友達。個人のトレーナーさんを家に呼んで体力づくりに励んでる友達もいる。94歳で編み物を始めたり、中国語を習ったりしてる人がいて、私のステージを観に来てくれたこともある。「何て言ってたか分からなかったけど、楽しかったよ」って(笑)。

とはいえ、高齢者はどんどん倒れていきます。喪中はがきは毎年来るし、来るだけマシで、身内がいなくて連絡がない方もいる。それから私は兄が施設に入っていて、施設の方は本当に良くしてくださるんですね。だから、そういう方たちに「笑う」っていうことで何か貢献ができないかなって思っています。私は今も地域包括支援センターで認知症の方に対する勉強をしているんですけど、どんなことでも勉強になるし、人生はずっと勉強だなって思いますね。

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■おばあちゃん 
1947年2月12日生まれ。東京都国分寺市出身。1985年、38歳の時に乳がんを経験。1992年、45歳の時にはがんが子宮に転移。また同時期に父を胃がんで亡くす。1994年、47歳の時に放送大学教育学部に入学し、1998年には乳がん手術経験者の症状と下着についての研究内容を発表。2002年からは難病を患った兄の介護を続けている。2018年、71歳の時にNSC吉本総合学院東京校に24期生として入学。2019年、ピン芸人としてプロデビュー。2023年、オーディションを勝ち上がり、神保町よしもと漫才劇場の所属メンバーとなる。