丸尾末広
『少女椿』をはじめ耽美で退廃的なムードあふれる作品を次々と発表し、国内外に熱狂的なファンを持つ漫画家・丸尾末広が2年半ぶりとなる最新刊『アン・グラ』(KADOKAWA刊)を4月にリリースした。

『アン・グラ』は2021年から2023年まで『月刊コミックビーム』で連載。1960年代末の東京を舞台に、都会に馴染めず、どんな仕事にもつけず鬱々とした生活を送っていた青年が漫画家を目指す"丸尾版・まんが道"だ。

今回、丸尾末広先生にインタビューを刊行。『アン・グラ』の制作エピソードから、先生の漫画への思いまでを聞いた。

――最新刊『アン・グラ』は1960年代末、集団就職で上京してきた主人公・ミゲルが親戚のサチコのもとに身を寄せ、漫画家を目指す物語です。まず本作を描かれた経緯を教えていただけませんか?

丸尾 じつを言うとこの作品は、もともと永山則夫(注)のことを描きたいと思っていたんですよ。壮絶な人生で、前々から興味があったんです。物語の舞台を1968年の東京に設定したのも永山の事件の年だから。

でも地味になりそうなので方向を変えて、主人公に漫画でも描かせようかなとなっていきました。永山はミゲルの定時制高校の同級生として登場し、作中に発砲事件も描いたけれど、本当はもっと書き込みたかったですね。

注:19歳の時4人を殺害した死刑囚。極貧の家庭に生まれ、周囲から虐待を受けて育ち、集団就職で上京するも何度も職を失うなど、絶望の中で犯行に至る。獄中で小説を書き、文学賞を受賞する。

――漫画家を目指す話は後付けだったんですね。それにしたって面白いのは、主人公の名前の名字が水木(笑)。しかも鬼太郎のようなルックスのキャラクターでした。

丸尾 パッと浮かびました(笑)。会ったことはないんですが、水木しげる先生のファンなんです。物語の中で妖怪に取り憑かれてる描写も入れたかったので、じゃあちょうどいいかなって。

まるで鬼太郎を彷彿とさせる?主人公・水木ミゲルと同郷のサチコ。画面の端々から1960年代末の東京がリアルに伝わってくる(©丸尾末広/KADOKAWA) まるで鬼太郎を彷彿とさせる?主人公・水木ミゲルと同郷のサチコ。画面の端々から1960年代末の東京がリアルに伝わってくる(©丸尾末広/KADOKAWA)

――時代的に先生が上京した頃(1971年)とも近いですし、ミゲルに自伝的な要素を入れたりは?

丸尾 そこまで意識はしていないです。ただ中学を出て上京したとか、仕事に就いても1日やそこらでやめちゃうみたいな描写、それは自分の経験からですね。僕の場合は最初、凸版印刷に2年勤めたけど、やる気がなくなっちゃって。その後アルバイトを1週間やっては辞めるみたいなのを繰り返しました。割と荒んでたかも。

――失礼ながらスリの手伝いをしたり、あと万引きで捕まったりもしたとか......。

丸尾 あははは。スリは見張りですけどね。万引きは本やレコードとか。留置所に入ったけど、起訴されてないので前科はないですよ(苦笑)。でも当時、そういう奴は多かったんです。毎日ブラブラして、それこそ大学を卒業しても就職しないやつも大勢いたし。

――ミゲルは人気作家からひどい形でアシスタントを断られたり、掲載決定と告げられたのに誌面を見たら載ってなかったりとか、絶望的なことが重なり、次第に現実と夢想が入り混じっていきます。

丸尾 うん。苦しむ度にミゲルの背中に妖怪というか、子泣き爺が取り憑いてね。人間は誰もがネガティブなものを持ち歩いているんですよね。だからこうしたいのにうまくいかない、失敗ばかりしちゃう。その絶望の中でどんな姿を見せるかってことなんだけど。

アン・グラ

――早川義夫、白土三平、寺山修司、風月堂、ケネス・アンガー、『ガロ』など、混沌としていた1960年代の東京が描かれているのも見どころです。先生の好きなもので構成されていて、純度が高く、エネルギーが詰まっている感じがしますね。

丸尾 すべて「アン・グラ」ですよね。「アンダーグランド」ではなくて「アン・グラ」。「アンダーグランド」というと一般的な用語だけど「アン・グラ」は1960年代の風俗を指す言葉というか。その時代の持っていた、猥雑な感じをそのまま楽しんでもらえるといいですね。

――ミゲルくんにちなんでお伺いしますけど、先生が漫画家を目指したきっかけは何だったんですか?

丸尾 『エイトマン』(桑田次郎と平井和正によるSF漫画)なんですよ。小学校の時に読んで漫画家になろうって。桑田さんのようなクールなタッチで、血が通っていない感じに惹かれたんです。それこそ漫画家になろうって思いで、15歳で上京したんです。

――『週刊少年ジャンプ』にも持ち込みをしたことがあったとか。

丸尾 17歳の時、何度かね。『ジャンプ』は『マガジン』や『サンデー』に比べ、新人に対して門戸を開いていて、多少、絵がヘタでもOKみたいなイメージがあったんです。

でも見てくれた編集者が、心意気とか、抽象的な話ばかりする人でね。アドバイスは何の参考にもならなかったけど。アシスタントの仕事でも紹介してくれたら、もっと早くデビューできたかもしれないですよね。

丸尾末広

――先ほどお話しされたようにしばらく職を転々とされたんですよね。本気で漫画家を目指すようになったのは?

丸尾 20歳過ぎた頃かな。その頃、ポルノ雑誌がたくさんあって、ひさうちみちおさんや蛭子能収さんが描いていたんです。ここなら自分もやれるんじゃないかって。

24歳の時に持ち込み、デビューしました。「リボンの騎士」(1980年)ってポルノの短編で『ジャンプ』とはまるで違う方向へいっちゃったけど(笑)。

――当時から先生の絵は完成されていましたよね。

丸尾 うん。着々と準備はしていたんですよ。あちこちからいろんな絵柄をひっぱってきてこういうふうにやろうって。

――高畠華宵(たかばたけ・かしょう)など昔の少年雑誌や婦人雑誌にあった美人画とか......。

丸尾 そうそう。当時、そういう絵柄で描く人がいなかったんです。

丸尾末広

――先生は一貫して退廃的とか、背徳的なテーマの作品が多いですよね。それはどこからきているんですか?

丸尾 一番大きいのは澁澤龍彦。19歳で彼の本を読み、「俺がやりたいのはこういうものだな」って思ったんです。あと江戸川乱歩や夢野久作なども大きいな。そのあたりも耽美で猟奇的でしょう。小さい頃から読んでいたけど、「これも澁澤が言うデカダンス文学だな」と思ってますます入り込んでいきました。

――それほど澁澤龍彦に入れ込んでいたんですね。

丸尾 感覚的な好みに加え、当時の少年漫画への反発もあって。当時は、梶原一騎の存在がすごく大きかったんです。新人はギャグ作家を除けば、『巨人の星』や『あしたのジョー』のエピゴーネン(模倣)を強要される。それは絶対に避けたかったんです。澁澤と梶原一騎は正反対ですからね。

とはいえ「エロスとタナトス」みたく「死」がどうとか重いテーマは考えてなくて(笑)、澁澤の『夢の宇宙誌』あたりを読みながら、こういう世界を漫画にできたらなって思っていただけですけど。だからこそ、いつも「こういうのを描けば澁澤龍彦に褒めてもらえるかな」って気持ちで描いていましたよ。

――先生の作品は大正時代や戦前が舞台の設定が多く、現代モノは『笑う吸血鬼』(2000年)くらいしかありません。それはなぜ?

丸尾 やっぱり乱歩などの影響はあるけど、現代モノって、風景とか描いてもつまらないんですよね。『笑う吸血鬼』の時なんて、四角いビルに自動販売機や自転車をリアルにとか、とにかく忍耐力が必要だったもの。僕はアシスタント使わないで全部、一人で描いているから。

――えっ! そうなんですか! 全部お一人で!?

丸尾 そう。しかもパソコンとかほとんど使わず全部手で描いてるから大変なんだ(笑)。でもまぁ、正直なところ『アン・グラ』の60年代すら面白くなかった。ファッションもやぼったいし、カッコ悪いでしょ。

学生運動なんて、みんなヘルメットかぶって首にタオル巻いて、大掃除にでも行くのかよって(笑)。それに比べれば大正時代のほうがかっこいいし、はるかに色気がありますよ。

――色気! なるほど、先生の作品には一貫した色気や美意識がありますものね。先生はデビューして今年で43年です。転機は?

丸尾 『ヤングチャンピオン』で『犬神博士』(1991年)の連載をしたことですね。初めて一般誌に描いたことで、それ以降ポルノを書き散らかすことはなくなりました。ひとつの雑誌に腰を落ち着けてしっかり物語を描きたかったんですよ。ポルノだとテーマもページ数も限られて、描きたいものを描けないですからね。

ま、描いているうちにどんどんページが膨らんで大変だったりもするんだけど......(笑)。あの頃から漫画家って意識が強くなったし、周りからも漫画家として認めてもらえるようになった気がします。

丸尾末広

――先生の作品は何年経っても新しいファンが途絶えません。特にファンの中でも女子高生は多いとか。ご自身ではどう思われます?

丸尾 単にメジャーな漫画に飽きたりない人はいつの時代にもいて、そういう人にとって新鮮なんじゃないでしょうかね。でも女子高生に受けようとは思って描いていないよね(笑)。

――エロティックで見てはいけない世界が、美しい絵で描かれてることが、女子高生にはすごく刺激的だとか。

丸尾 老人を主役にしようと考えていた作品で、これでは受けないと思って美少年に変えたとか、あと大勢いるキャラクターの中に女のコが好きそうなキャラを混ぜておくとかはありますけどね(笑)。でも昔、女子高生でファンになって、いまでは子供ができてもファンでいてくれる方はいますけどね。

――最後にお伺いしたいんですが? 先生が漫画を通して、伝えたいことはどんなことでしょう?

丸尾 何もないですね。好きな画家の伊藤晴雨も「私の絵には何もメッセージはありません」と言っていたけど、俺も同じ。伝えたいことなんて、ね。

――ではイラストレーターになりたいなんて思ったことは?

丸尾 一時期、漫画の仕事がうまくいかないから、イラストで食おうかなと思った時期はあったんですけどね。でもストーリーがないし、絵を描く際の制約も多いし、やっぱり自分には無理だと思いましたね。漫画のほうが断然面白いです。描きたいモノを描きたいように描く。自分は漫画家なんですよね。

丸尾末広

●丸尾末広(まるお・すえひろ)
1956年生まれ 長崎県出身
1980年、短編「リボンの騎士」でデビュー。以来、美しさと残酷さを織り交ぜた独自の作風で多くの作品を発表。代表作に『少女椿』や『パノラマ島奇譚』(原作・江戸川乱歩)、『トミノの地獄』など。作品は海外人気も高く、アメリカ、ヨーロッパの出版社から多数刊行されている。

■『アン・グラ』(KADOKAWA刊)
2年半ぶりとなる待望の最新刊。混迷の1960年代末。集団就職で上京し、挫折を繰り返しながらも一緒に上京した親戚・サチコのもとに身を寄せ、漫画家目指す青年・ミゲルの青春を描く。

■「丸尾末広大博覧会 -地下的丸尾劇場」
6月24日(土)~7月9日(日) *6月28日、7月5日は休廊
スパンアートギャラリー
〒104-0031
東京都中央区京橋2丁目5-22 キムラヤビル3F
新作を含むカラー原画16点やエスキース10点、また代表作『笑う吸血鬼』、名作『かさねが淵』の漫画原稿32年を展示し、独創的な世界観を表現。また『少女椿』の主人公・みどりちゃんのフィギュアなども展示される。