酒井優考さかい・まさたか
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。
「90年代ヴィジュアル系リバイバルバンド」の色々な十字架が話題を呼んでいる。もともとは、『システムがわからないジジィとババァ』など荒唐無稽な曲ばかり生み出すシンガーソングライター、ティンカーベル初野が、2020年のエイプリルフールにウソ企画として始めたバンド、色々な十字架。ティンカーベル初野ことtinkが生み出すめちゃくちゃな歌詞は相変わらずながら、企画モノにしては高い演奏力と、かつてのヴィジュアル系にリスペクトを込めた楽曲や容姿、世界観などが多くのヴィジュアル系ファンの心をつかみ、SNSでバズを生んでいる。
そんな彼らが7月12日(水)にファーストアルバム『少し大きい声』をリリース。アルバムやバンドについての話を伺うべくメンバーを直撃したが(※都合によりdagakiは欠席)、はたしてtinkはきちんとインタビューに応えてくれるのだろうか?
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――「90年代ヴィジュアル系リバイバル」を掲げる色々な十字架ですが、そもそもどうやって始まったバンドなんですか?
tink まだ宇宙ができる前、何もなかった頃に大爆発が起こり、宇宙と同時に色々な十字架が生まれました。なので宇宙と同期ですね。
――......。そもそもバンドなんですか?
tink いや、組合ですね。メンバーのことはファンから組合員と呼ばれています。主に漁業をする組合で、合間に音楽活動もしています。
misuji 音楽活動のかたわらで漁業をしてたら、漁業のほうがうまくいっちゃったんですよね(笑)。
tacato なので音楽活動の時は魚を楽器に持ち変えてる感じで(笑)。
――......。資料には、「tinkことティンカーベル初野のエイプリルフールの企画から誕生したバンド」とあります。
tink そうなんです。エイプリルフールには毎年、犬のアイドルとか何かしら自分が面白いなと思うことをやってて。で、2020年はヴィジュアル系バンドをやろうということで、色々な十字架として1作目の『良いホームラン』のMVをアップしたんですが、意外と評判が良くてみんなが喜んでくれたので、「もう一曲くらいやろっか?」っていう感じで。
tink 2作目の『大きな大きなハンバーグ』を発表した時にimaiさん(group_inou)がツイートしてくれたのをきっかけにバズりまして、ナカコーさん(中村弘二、元スーパーカー)とか石田スイ先生とか、たくさんの方にご紹介や引用リツイートなどしていただきました。
やっぱり一番面白いhttps://t.co/Xo9AktZQyq pic.twitter.com/v3TIffn4dn
-- imai (@et_imai) January 24, 2021
昨夜group inouのimaiさん、テレフォンズのノブくんのツイートで知ったバンド「色々な十字架」さん
-- Koji Nakamura ナカコー (@iLLTTER) January 26, 2021
何回見ても面白い。ゴールデンボンバーにも似てるけど、私どちらも好きですけど、色々な十字架さんは赤塚みたいなナンセンスさがあって可笑しい
曲もキレイ✨美pic.twitter.com/G0s5USkXsR
歌詞に惹かれる https://t.co/rYp2wOnspK
-- 石田お寿司 (@sotonamix) January 25, 2021
――ティンカーベル初野さんの毎年のエイプリルフールの悪ノリについて、メンバーはどう思ってましたか?
tacato 前からそういう性格なのは知ってたから、「やろうやろう! メイクさん呼んでさ!」ってノリノリでしたね。
misuji エイプリルフール企画も3回目だったので、今回は人を巻き込むタイプのやつなのねって(笑)。その時に初めてメンバー全員と会いました。
――それが結果的にバズり、曲も数曲しかないのに渋谷WWWでワンマンライブを成功させるほど大きなバンドになりました。
tink 宇宙と同期なので、宇宙の広がりのように広がっていきましたね。あとはやっぱり捕ってきた魚が新鮮なのが良かったんでしょうね。
一同 (爆笑)
tacato 魚という名の曲ね。
――新鮮だけど、懐かしさもありますよね。
tink そうですね。最初にも言った通り「90年代ヴィジュアル系リバイバル」を掲げてやってるので、懐かしさも新鮮さも感じてもらえるようにしていて。もともとヴィジュアル系に憧れがあって自分もやりたかったし、XとかLUNA SEAとかはめっちゃ聴いていたので、先輩方に最大限のリスペクトを込めてやってます。メンバー全員が曲を作れるので、みんなで持ち寄ってアレンジをして。
kikato 僕はLUNA SEA、DIR EN GREYはもちろん、 L'Arc〜en〜CielとかROUAGEも聴いてたし、ヴィジュアル系は大好きですね。
tacato 僕はガチでヴィジュアル系のバンドをやってたことがあるし、hideさんがきっかけでギターを始めて、黒夢、the GazettE、DIR EN GREYなどなど結構深いところまで聴いてます。でも、彼(misuji)だけは通ってきてないんです。
tink misujiは民謡しか聴かないからね。
misuji (笑)。tinkとはもともとバイト先の先輩後輩で、7年ぶりに来た連絡がこのバンドの撮影だったんですよ(笑)。ヴィジュアル系は全く知らなかったけど、面白そうだからやってみるか、と。
tink ちなみに僕は「涼宮ハルヒの憂鬱」のバンドしか聴いたことがないです。
――......。90年代のヴィジュアル系の音となると、今までやっていたバンドと楽器や機材も違うのでは?
kikato そうなんですよ。なので、90年代の音を出すために古い機材を買い揃えましたね。
misuji 僕はヴィジュアル系を通ってきてなかったけど、J-POPとしてL'Arc〜en〜Cielを聴いたりはしてたので、そのわずかなDNAだけでやってます。だからベースはtetsuyaさんみたいにウネウネ動いたろうと思って。
――メンバーの皆さんは、tinkさんの無茶苦茶な歌詞についてはどう思ってますか?
misuji こちらが聞きたいですよ、どうですか?って(笑)。
kikato 僕はもともと青春パンクの曲にふざけた歌詞を乗せたバンドをやってたから、何の違和感もなくやってます(笑)。
tacato ゴールデンボンバーさんという先輩がいらっしゃるし、個人的にはヴィジュアル系って見た目やスタイルも含めて何でもアリだと思うんです。だから面白ければいいと思ってます(笑)。
tink 僕としては、今の世の中思いやりが大切ですから、曲を聴いた人が日常で思いやりの花を咲かせるようになれたらいいなと思って作っているんですけどね。
――その結果が、アルバムのリード曲の『TAMAKIN』ですか。
tink あれは生卵を割る時に、わざわざ白身を殻で移し替えて捨てる人いるじゃないですか。あれを我慢しろよっていうメッセージを込めた曲ですね。全卵で食えよっていう。
一同 (爆笑)
tink というのは嘘で本当のことを言うと、『TAMAKIN』は今日いないdagakiが中学・高校くらいの時に作った曲で、メロディはあゆ(浜崎あゆみ)っぽいし、90年代から2000年代前半にかけての楽曲特有の切なさが出てるんですよね。だから歌詞を考える時に、孤独をテーマにした歌詞が降りてきたんです。TAMAKINって2個でひとつじゃないですか。でも「私たちはTAMAKINのようにいつまでも一緒にはいられなかったね」っていう、孤独を描いた曲なんですよ。
――さて、そんな『TAMAKIN』を含む色々な十字架の初CD作品『少し大きい声』が7月12日にリリースされます。
kikato ウケますよね(笑)。アルバムを作りたいねみたいな話はあったけど、まさか本当にちゃんと出せるとはって感じです。お客さんやお世話になってる方々、みなさんのおかげです。
misuji 配信だけでなくちゃんとCDで出せるとは思ってなくて。お客さんがたくさん集まってくれるようになったおかげですね。
tink あと、僕がブルドーザーの免許を取ったおかげですね。原付より大きくて迫力があるから。
――そうですよね。CDの流通会社も入って、活動の規模がどんどん広がっています。
tink 宇宙ですからね。でも規模がどれだけ大きくなっても、スタンスは変えずに真面目に行こうと思っています。
一同 (爆笑)
――アルバムの収録曲はどういう曲が集まっていますか?
tink 民謡が全100曲入ってます。まだライブ活動をする前の初期の曲から、最新の曲まで盛りだくさんですね。人生で一番曲を作ったよね。
misuji 初めてスタジオに入った時は3曲だけだったけど、そこから猛烈に曲を作って。
kikato でも普段の活動でヴィジュアル系じゃない曲をやってるから、いつもそのギャップを楽しんでます。
――みなさんは他のバンドでも活動されていますが、ヴィジュアル系の活動との違いは?
misuji まずヴィジュアル系にはチェキがあるのが大きいですね。1枚1枚同じものはないし、その当日にしかないものなので、ものすごく売れるんです。
kikato CDとかTシャツって準備に何日とか何か月とかかかりますけど、チェキはライブごとに新作を用意するので開発期間がないんです。その分ライブ当日は大変ですけどね。
tacato ヴィジュアル系以外のバンドだと、ライブ当日って結構ヒマなんですよ。でもヴィジュアル系は予定の入り時間より前に入ってメイクを始めて、リハしてまたメイクしてチェキを撮って......って結構パツパツなんです。メイクは専属のメイクさんに来てもらって、ひとり1時間くらいかかるので。
tink あとライブの流れはすごく重視していて、リハーサルをきちんとやるようになりましたね。曲順はもちろん、曲と曲の間で何を話すかきちんと段取りを考えて。ヴィジュアル系バンドを観ていて、グダってるMCをしてる人とかいないですから。
kikato 見た目がしっかりカッコいいし世界観が大事だから、「あの~、えっと~」みたいなMCをしたり、ダラダラ水飲んだりとかはしないんですよ。
tacato これまでやってたヴィジュアル系以外のバンドって、例えばオルタナティブな音楽だと内に向けてやってる感じがあったんですけど、ヴィジュアル系は外に向けてやるエンターテインメント性が大事なんですよね。楽しんでくれるお客さんがいて成立するものなので。
tink そうなんですよね。だからお客さんのことをちゃんと見るようになったし。あとティンカーベル初野との最大の違いは、交通手段。ソロの時は歩きで行くんですけど、色々な十字架の時は走りで行くようになりました。
一同 (爆笑)
――そんなライブ活動も好評なようですが、今後の目標は?
tink 我々はライブじゃなくて「白サバト」と呼んでいます。渋谷WWWでのワンマンもソールドアウトしましたし、ヴィジュアル系の大型フェス(『バグサミ2022』)にも出させていただいて、これからも楽しみですね。今後の目標は車の部品の会社を経営したいですし、なるべくデカい魚を釣りたいとも思っています。
misuji フジロック、サマソニ、ロッキンあたりの主要なフェスには全部出たいですね。
tacato あと文化祭に出たいですね。実行委員の方はお気軽にお声がけください!
――ファンは女性の方が多いのでしょうか?
tink どちらかと言えば女性、それも耽美な方が多いですけど、ラフな恰好の男性や夫婦、カップルもいますし、普段はヴィジュアル系を追っかけてないような方もたくさん来てますね。やっぱり懐かしさを感じる方が多いのかなと思います。
――週プレNEWSの読者は20代から40代の男性読者が多いんですけど、男でもハマれます?
tink もちろんです。みんな誰しも昔はヴィジュアル系を聴いてたじゃないですか。そのDNAを刺激してあげるから、絶対に引っかかるものはあると思いますよ。
tacato ギターの音色とか懐かしいフレーズとか、パロディとかも結構あるしね。
kikato 僕はミックスとマスタリングも担当してるんですけど、今の機材で作って録音してるから、昔の音みたいな古さとか物足りなさはないし、今聴くのにちょうどいいようにしてあります。だから最初に言ったように、懐かしさと新鮮さが感じられると思いますよ。
SNSではそれを「いいな」と言ってくれる人もいるし「チープな音だな」って言ってる人もいるし。でも「チープな音だな」って言われてもあんまり嫌な気はしないです。技術が足りない部分もあるけど、それを狙ってる部分もあるので。
tink リバイバルって結局、完全に昔そのものにはなりきれないですからね。今の人がやる意味というか、今だからこその化学変化みたいなものを感じてもらいたいです。「あ、ここはアレを意識してるのかな」みたいなのを感じ取ってもらいたいですね。
それと、今はどんな音楽もサブスクで聴けちゃうので、CDを買うっていう行為もちょっとしたリバイバルなんですよね。その感覚の延長で、青春を思い出すような気持ちでライブに来てくれる人も多くて、そういうのはうれしいことですね。
tacato 昔は「推し」の文化もなかったからね。
kikato でもさ、今の推し活の文化とヴィジュアル系って結構マッチしてるよね。だから、これから昔くらいヴィジュアル系が盛り上がる可能性もワンチャンなくはないと思いますよ。
――当時の方々はみな大御所になられて、身近に会えたりチェキとか売ってくれたりしないですからね。
tink そうなんですよ、推しに会いに行けるって言うのはいいことです。なんか最後はちょっとほっこりするいい話になっちゃったな。でも全然、週プレに出てるグラビアアイドルの方とかも会いに来てくれて大丈夫ですので!
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■色々な十字架
tink(ボーカル)、kikato(ギター)、tacato(ギター)、misuji(ベース)、dagaki(ドラム)の5人組。シンガーソングライターのティンカーベル初野ことtinkが、2020年のエイプリルフール企画で集めたメンバーで結成。1度限りの企画だったはずが、反響が大きくバンドは継続。正統派ヴィジュアル系楽曲に、倫理観の無さすぎる歌詞を乗せる奇妙な世界観がエンターテインメント業界の各方面から注目を集めている。2021年には渋谷WWWにてデビューワンマンライブを開催しソールドアウト。
Twitter : https://twitter.com/kanari_tanbi
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。