酒井優考さかい・まさたか
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。
現在、再ブームが起こっているジャズ喫茶。今年4月には、その楽しみ方と初心者にも安心のお店を紹介したばかりだが、今回はそんなジャズ喫茶の中でも最新の潮流を感じられる名店を教えてもらいたい!ということで、前回に引き続き、全国のジャズ喫茶をガイドするサイト「ジャズ喫茶案内*Gateway To Jazz Kissa」の管理人で、各種SNSで「ジャズ喫茶案内*Jazz Kissa」としてジャズ喫茶情報を発信する楠瀬克昌さんに、2023年最新のトレンドが感じられるジャズ喫茶をご紹介いただく。
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――前回の記事で「ジャズ喫茶への関心は、ここ20年ぐらいで今が最も高まっていると感じる」とおっしゃっていましたが、ジャズ喫茶の近年の傾向はどういったものがありますか?
楠瀬 静かなブームを呼んでいるジャズ喫茶ですが、それに合わせて「新しいタイプ」のジャズ喫茶が増えていきそうな気配があります。何が「新しい」のかというと、ひとつは店主の年齢層がこれまでよりも若くなってきていること。少し前までは新規開店のジャズ喫茶というと、「定年退職を迎えた店主が長年の夢を叶えた」というようなケースが多く、そういう店は自宅を改造したものなので家賃がかからないとか、退職金や年金で経済的には少し余裕があるといったことが特徴のひとつでした。
一方、いま若い人たちが始めた店の場合は、テナントとして入っているので家賃を払わないといけないとか、蓄えもそれほどはなく店の売上だけで食べていくという状況が多いようです。言うならば「ガチで商売をやっている店」が大半です。「ガチ」なだけに経営方針もシビアで、店のコンセプト作りや営業スタイルにも真剣さがうかがえます。
――「真剣」なジャズ喫茶ですか。
楠瀬 はい。どういった部分に「真剣さ」が反映されているのかというと、例えば「リクエストは受け付けない」「レコードの持ち込みは認めない」といった音楽の取り扱いにも表れています。本来、ジャズ喫茶にとってリクエストは最も重要なサービスでしたが、東京・四谷の老舗ジャズ喫茶「いーぐる」をはじめ、最近ではリクエスト不可の店が増えつつあります。
なぜそうなったのかと言うと、「ジャズ」と一口に言っても現在ではたくさんのサブジャンルが生まれて、多種多様なものになっていることが挙げられます。「ジャズが好き」とは言っても、それは人によって様々な異なるスタイルのものであることが多く、こうした状況で個々の客のリクエストを受け付けていると、すべての客の好みに合わせることは不可能で、店で流れている音楽に不満を感じる客も多くなります。これを避けるためには、かける音楽を店側が客層に合わせてコントロールしてその店の世界観を作り上げ、その世界観のファンを増やしていくしかありません。
そして一口にジャズ喫茶とは言っても、実はコアなジャズファンだけを対象にしてもその数には限りがあって、店をやっていくために必要な客数には足りないんですね。「ジャズは詳しくないけど音楽は好き」とか「自分の感性に合った音楽が流れているこの空間が好き」と言った、ふわっとした客からも支持される店造りをしないと必要な客数が獲得できないのです。
若い世代による最近のジャズ喫茶やミュージック・カフェ、バーには、こうした観点に基づいてブランディングに細心の注意を払っている傾向が強くあります。またそうでないとこの時代に店を続けていくことは難しいのです。
――最新のジャズ喫茶の音や設備に関してはいかがですか?
楠瀬 オーディオへのこだわりにもこれまでとは違う点がありますね。若い世代の新規店の場合、固定費を最小限にとどめるために店舗はそれほど広くはない傾向がありますが、オーディオには決して手を抜いているわけではなく、従来のジャズ喫茶のような超弩級のシステムではなくても、最小限の予算で十分な音響を提供することにこだわっています。
このようなシビアで繊細な経営方針を説明するとなんだか最近のジャズ喫茶はとても窮屈な空間であるような先入観を抱いてしまうかもしれませんが、実際に店に足を踏み入れてみると、十分な配慮が行き届いた洗練された空間に、それまで経験したことのなかった居心地の良さを感じることでしょう。店主が選りすぐった素敵な音楽が流れる空間での快適なひとときをぜひ体験してみてください。
――具体的に、最新の潮流が感じられるお店を紹介していただけますか。
楠瀬 まず、東京・下北沢の「ザ・スズナリ」劇場の1階に2022年11月にオープンした小さな店「tonlist」ですね。店名はアイスランド語で「音楽」という意味で、「ジャズ喫茶はジャズを最高の音質で鳴らす場所」という店主の考えによる、狭さを感じさせないスケールの大きな、そして解像度の高い音が鳴り響くことで評判です。
看板メニューのホットドッグはアイスランドで最も親しまれているファストフードで、アメリカのクリントン元大統領が訪ねた名店もあるほどですが、そんなアイスランドで店主が覚えて再現したその味は絶品です。
楠瀬 続いて東京・吉祥寺駅から徒歩で約17分のところにある「Silencio」。6畳ほどの空間にカウンター4席とフロア3席。2020年11月にオープンしたこの店は、厳密には「ジャズ喫茶」ではありませんが、DJをしていた店主が最先端の現代ジャズから環境音楽まで、その場の雰囲気に合わせて自由自在にレコードを選ぶのが特徴です。天井近くに設置された1967年製のJBLスピーカーから出てくるサウンドはみずみずしく、とてもヴィヴィッド。どんなレコードでも、どんな音楽でも、ここで聴いていると楽しくなります。
楠瀬 東京では、1970年代に創業した喫茶店の内装や什器類を引き継いで(トイレは全面改装)、東京・白山に先日7月10日オープンしたばかりの「レトロ喫茶ELLA&LOUIS」にも注目です。店名はジャズの巨人、エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングの名盤タイトルにちなんだもので、ジャズのレコードをかける「レトロ喫茶」がコンセプト。もうすぐ21歳になる女性店長のワンオペ営業ですが、広くゆったりとした空間で「昭和の喫茶店」の雰囲気を満喫できます。「ミニマムな機材で最大限のポテンシャルを」というオーナーの意向を受けてオーディオのプロが手がけたサウンドも見事です。
楠瀬 名古屋では、ナチュラルワインのサブスクリプションサービスを提供している会社が「角打ちワインショップ」と銘打って今年5月末にオープンした「Paradise Nature」が素晴らしいです。アメリカのヴィンテージ・オーディオであるALTECのスピーカーとアンプから流れる、ジャズを始めレア・グルーヴ、ヒップホップなど多彩なジャンルのレコードを楽しみながら、その場で買ったボトルを飲むことができます。もちろんグラス1杯だけでもOK。酒屋の一角で立ち飲みする「角打ち」がコンセプトなので料理メニューはありませんが、アイスクリームなどカジュアルなものは今後展開する予定だそうです。
楠瀬 関西だと京都の「Hachi Record Shop & Bar」。五条大橋のそば、かつて「五條楽園」と呼ばれた旧遊郭地帯にある、「五條製作所」という大正時代のカフェー建築をリノベーションした建物の中にあり、2階がレコードショップ、1階がバー・ラウンジになっています。2017年のオープン以来DJバーとして人気でしたが、最近は「ジャズ喫茶的な日」と銘打った、普段よりも大きめの音量でジャズを流すスタイルの営業日も設定されています。レコードが買えて京都のクラフトビールや日本酒が飲める店として、外国人観光客が多いのも特徴です。
広い面積の店舗や超豪華なオーディオ設備でなくても、店主の工夫とこだわりが目一杯詰まった最先端のジャズ喫茶。ぜひあなたもそんな名店に行って、ジャズの名曲とともに最新のトレンドを感じてみてはいかがだろう。
●楠瀬克昌(くすのせ・かつまさ)
1959年生まれ。出版社JAZZ CITY代表。出版社編集者を経て2014年にJAZZ CITY 設立。ウェブサイト「ジャズ喫茶案内*Gateway To Jazz Kissa」の運営をはじめ、ジャズ喫茶案内誌「GATEWAY TO JAZZ KISSA」シリーズ、写真集「JAZZ KISSA」シリーズ、「#VINYL」などジャズ喫茶やレコード文化に特化した出版物を発行中
ジャズ喫茶案内*Gateway To Jazz Kissa:https://jazz-kissa.jp/
Twitter:https://twitter.com/jazz_kissajp
Instagram:https://www.instagram.com/jazz_kissa/
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。