今年の「第46回隅田川花火大会」では、隅田川上空に約2万発の花火が打ち上がる今年の「第46回隅田川花火大会」では、隅田川上空に約2万発の花火が打ち上がる
今年の7月29日、ついに4年ぶりとなる「隅田川花火大会」が帰ってくる。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、3年もの間、沈黙を強いられてきたお江戸の河川敷。夜空を力強く彩る花火師は今、何を想うのか。参加企業のひとつ、株式会社マルゴー代表取締役で花火師の斉木智さんに話を聞いた。

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マルゴーは山梨県市川三郷町に本社を構える煙火店。昭和29年(1954)創業で来年70周年を迎えるが、江戸時代や明治・大正時代に創業した古参企業も多い中、マルゴーは新興メーカーにあたる。しかし音と花火をシンクロさせる「特殊効果花火」を得意とし、昨年の「全国花火競技大会」(大曲の花火)にて最高賞である内閣総理大臣賞を受賞。名実ともに日本一の花火を打ち上げる企業なのだ。ちなみに5代目の智さんは、マジシャン・引田天功の専属花火師......という肩書も持つ。

「令和2年(2020)に新型コロナインフルエンザが日本でも流行し出してから、創業以来初めて、花火工場が3ヶ月ほどの休業に追い込まれたんです。いっぺんに完全停止したわけではないんですが、花火をいつも通りに作ることができないというのは初めての経験でした」(斉木さん)

日本がコロナ禍モードに突入し始めた令和2年2月から5月あたりは、新型感染症に関する情報が少なく、真偽も錯綜していた。同時期の集客力の高い大型イベントが軒並み中止になり、外出自粛も叫ばれた。先の見えない空気が立ち込めていた時期だが、斉木さんの不安はどれほどだったのだろうか。

「心配はもちろんありました。でも、それは自分だけではなくみんなに与えられた試練だと思っていましたね。同業者もそうだし、他のいろいろな仕事もそう。だからここは、考え方と向き合い方で今後に差が出るだろうと思い踏ん張ってました。いろいろ文句を言ってもしょうがないなと。与えられた環境の中で、先を見すえてどんなことができるかというのを考えていました」(斉木さん)

マルゴーで打ち上げた花火。コロナ禍以前は多くの人が会場に集まり、その美しさ、迫力、儚さを間近で感じていたマルゴーで打ち上げた花火。コロナ禍以前は多くの人が会場に集まり、その美しさ、迫力、儚さを間近で感じていた
そして同年夏に予定されていた大きな花火大会やイベントも、やはり中止が発表されていく。すると全国の花火師たちの間で、ウェブを通じた連携が起こった。「全国一斉悪疫退散祈願 Cheer up! 花火プロジェクト」と銘打って、令和2年6月1日に国内163社の花火師たちが各地から同時刻、一斉に花火を打ち上げるというという新しい試みが行なわれたのだ。「夜空を明るい気持ちで眺めてほしい」、花火師たちのそんな思いから実現したことだった。同プロジェクトにはマルゴーも参加。コロナ禍の暗い雰囲気に希望を灯すようなイベントになった。

「いろいろと動く中で、我々花火屋は、『(花火を)上げさせていただいてるんだな』ということに気づいたんです。主催者さん、協賛スポンサーさんはもちろん、有料の観覧席を買ってくださる方、花火ファンの方、そして会場の地元地域の方々、実行委員会の方々......それはもちろん、ごく当たり前のことなんですが、とにかく今まで以上にありがたみを再認識したんですね。

さまざまな方の理解と協力、開催運営があるからこそ、自分たちの花火を自由に上げられているんだと。これをどう恩返しをしていくのか、いま考え抜くことが今後にもつながるだろうと思いました」(斉木さん)
 

言葉通り、マルゴーはじめコロナ禍での花火メーカーは考え抜き、数々の仕事現場が失われたにも関わらずめげなかった。クラウドファンディングによる花火の打ち上げを成功させるなど(令和3年[2021]の三陸花火大会)、これまでになかった方法で夜空に大輪を咲かせたのだ。

■心まで止めてはならない!

「クラウドファンディングでの打ち上げ花火も、三陸地方など地元産業の理解や人々の厚い協力が成功につながったと思います。先ほども言いましたが、我々花火師が自由に仕事をさせてもらえるのは、とにかく理解とつながりがあるからこそなんだと。これからの花火は、そういった方々への恩返しの気持ちもこめて打ち上げるぞと思いました」(斉木さん)

コロナ禍初期こそ、マルゴーの花火玉生産は滞ったが、しだいに各取引先も開催方法を工夫していく。たとえば岐阜県の下呂温泉は、冬から春にかけてもマルゴーの花火を打ち上げて観光の目玉にしていた場所だ。パンデミック以降は、短時間の花火を複数回打ち上げるなど演出を工夫し、密を避けた「ウィズ・コロナ」の鑑賞方法を構築していった。そのため、マルゴーの経営打撃は最小限に抑えられたのだという。

コロナ禍当時の苦境を語った斉木さんコロナ禍当時の苦境を語った斉木さん
「売り上げが前年比の30%くらいまで落ち込んだ時期もありました。廃業してしまった花火業者もあったそうです。自分は社員を守っていくことに必死でしたね。花火を作る職人たちの『心まで止めてはならない!』と思っていました。

花火玉作りは、寡黙で緻密な作業で、火薬を扱うので危険と隣り合わせ。自らの命を借りながら花火を制作・販売しているわけです。だからこそ、花火師たちに広がる不安を早く無くしてあげたかった。少しのあいだ、花火を作る手は止まってしまっても、花火への情熱まで止めてはいけない、と」(斉木さん)

そうして何事も前向きに動いていた結果が、自社の売り上げの落ち込みを抑えていった。

「もちろんそれでも、普段から比べたら全然忙しくないんです。でも、だからこそ発見した気持ちがいっぱいありました。新しい地域での打ち上げ提案もそうですし、社内では次の花火の研究・開発の意欲につながった。非常に厳しい時間だったけれども、仕事をプラスに考えられるいい時間でもあったんじゃないかと思います」(斉木さん)

■上を向いて、日々の生活を、人生を歩む気持ちに

隅田川花火大会は、諸説あるがその縁起は江戸後期・享保18年(1733)に開催された「両国川開(かわびらき)大花火(おおはなび)」に遡(さかのぼ)る。歴史は流れ、昭和53年(1978)に「隅田川花火大会」という名になり関東屈指の花火大会として定着した。

290年もの長い歴史の中で、隅田川の花火大会の中止は4度。1度目は幕末の混乱期。2度目は第二次世界大戦の戦中とその前後、3度目は隅田川の水質が悪化していた昭和37年(1962)からの15年間。そして今回の、新型コロナのパンデミックによる令和2年からの3年間である。関東民は、きわめて歴史的な中断を経験していたというわけだ。来たる7月29日、いよいよ4年ぶりに大輪が打ち上がる。

浮世絵にも描かれた隅田川の花火。古くから江戸の人々の癒しとなっていた。「東都両国夕凉之図」絵師:貞房 出版者:山城屋甚兵衛 出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」(https://rnavi.ndl.go.jp/imagebank/)浮世絵にも描かれた隅田川の花火。古くから江戸の人々の癒しとなっていた。「東都両国夕凉之図」絵師:貞房 出版者:山城屋甚兵衛 出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」(https://rnavi.ndl.go.jp/imagebank/)
「規模の大小や開催地域に関係なしに、どの大会や現場も一発一発が大事ですし、事故なく安全に打ち上げるぞ、という気持ちです。ただ地方の人間からすると、隅田川花火大会は子供の頃からテレビで生中継もされて、本当に雲の上というか偉大すぎる大会。田舎にある自社の花火を、大都会の真ん中で打ち上げていただけることに対して、光栄に感じますね。

花火を見たからといって、お腹がいっぱいになるわけでも、睡眠不足が解消されるわけでもありません。けれども自分は、久々に大空に揚がる花火を見たときに、とてつもなく大きなパワーや元気をもらいました。だから花火師として、これからもやっぱり花火の魅力を伝えていきたいんです。

花火は一瞬で闇夜に散ってしまいますが、消えた花火が心の中にずっと残るような体験を届けたい。打ち上げ花火を見るためには、誰もが必ず上を向きますよね。だから『いま一歩、上を向いていこう』という気持ちを引き出せるかもしれない。そういった気持ちで、今後も花火を作り続けていきたいと思っています」(斉木さん)

マルゴーが過去に打ち上げた花火。8月7日の花火の日には、「神明の花火大会」がマルゴーの地元で行なわれるマルゴーが過去に打ち上げた花火。8月7日の花火の日には、「神明の花火大会」がマルゴーの地元で行なわれる
今年の隅田川花火大会では、「聖光 ~天から降り注ぐ奇跡の光~」と名付けられたマルゴーの花火が打ち上げられる予定だ。どんな想いを込めた花火なのだろうか。

「暗いニュースもとにかく多い世の中。でもそういう中でこそ、平和への祈りや、皆さんの明るい気持ち、楽しさを花火の色で表現したいと思いました。心安らぐような光が上から降り注ぎ、包み込むような感じといえばいいでしょうか。人の幸せな気持ちで出来あがっている、そんな花火が打ち上げられたらいいなと願っています」(斉木さん)

第二次世界大戦での日本敗戦から、3年後にはすでに再開されていた隅田川の花火大会。平和な世の中にだけ、花火は打ち上がる。今回は、世界中の人々が翻弄されたパンデミック以降、初の開催である。高層ビルが立ち並ぶ都会の夜空をドン!と照らすのは、花火師たちの想いをのせた花火玉だ。「上だけ」を向いて、想いをはせる時間が、東京にやっと戻ってくる。

●斉木智
株式会社マルゴー代表取締役。1992年、異業種の仕事をしていたがマルゴーに入社し、2018年に代表取締役へ。色と動きの変化を見せる花火演出を得意とし、昨年には第94回全国花火競技大会「大曲の花火」で、花火業界最高峰の栄誉ともいわれる「内閣総理大臣賞」を受賞。今年7月15日には伊勢神宮奉納全国花火大会のスターマインの部で優勝し「国土交通大臣賞」を受賞した