直木賞作家とアイドル。本企画を打診した時点で面識のなかった小川 哲さんと影山優佳さんには、思わぬ共通点がある。それは、「サッカー観戦とクイズが好き」ということ。
対談が始まると、堰を切ったようにサッカーとクイズへの愛を語り出したふたり。これらに魅了されるワケとは!?
■家族そろって名試合のビデオを見る
――まずお聞きしたいのですが、サッカーとクイズ、両方の話をできる友人っていますか?
影山 う~ん、いないですね。
小川 僕もいないです。そもそも僕がクイズに興味を持ったのはつい最近で、サッカー観戦歴のほうが長いんですよ。
――では、それぞれサッカーにハマったきっかけからお聞きします。
小川 僕は、サッカー部に所属していた中学生の頃に、アーセナルにカルト的にのめり込みました。テレビでたまたま見たデニス・ベルカンプ【*1】が、360度から迫ってくる敵を鮮やかにかわしていて、どうやったらこんなことができるのか......と釘(くぎ)づけになったのが始まりです。
影山 私の場合は父親がけっこうなサッカー好きで。1990年代のW杯などいろいろな試合を録画したビデオテープが家にあって、名試合をみんなで見る。そんな英才教育を受けたんです。6歳くらいの頃でした。
その映像の中で、当時ACミランに所属していたカカ【*2】が本当に輝いていて。あの頃のカカは天才的なプリンスで、カカがいれば勝てる、みたいな時期でした。
小川 相手全員を抜いてゴール決めちゃうんですよね。
影山 ただ、実は小さい頃は、まるまる1試合を通して見るのは長くてつらかったんです。中学1年の頃、審判の資格を勉強してみようと思ったあたりから、またのめり込んでいきました。
――影山さんは昨年開催のW杯カタール大会で、リポーターとして大活躍していました。
小川 W杯は時間の許す限り毎回ほぼ全試合見ていたので、影山さんのご活躍も拝見していましたよ。とてもサッカーに詳しい人という印象で、だからこそスコア予想が的中しすぎて変な注目を浴びているのは気の毒だなとも思っていました。試合展開の予想ならまだしも、スコア予想なんて運でしかないから。
影山 おっしゃるとおりで、思いついた数字を書いたら運良く当たってしまって。試合の内容よりも予想が当たるのかを気にされる方も増え、実はプレッシャーで胃が痛くなった瞬間もありました(笑)。
小川 だって、どう考えても日本が負けるなんて予想はできないからね。そろそろキツそうだなって思ってたら、ベスト8進出をかけたクロアチア戦で「1-1のPK戦」という予想をしていて、良い逃げ方だなと思いました(笑)。
影山 いやいや、本当にPKを経て勝つと思ってましたよ!
【*1】デニス・ベルカンプ
1969年生まれ、オランダ出身。FWとして、アーセナルなどのクラブで活躍。元オランダ代表。飛行機嫌いでクルマや電車、船での移動を徹底している
【*2】カカ
本名はリカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ。1982年生まれ、ブラジル出身。ACミランなどのクラブのほかブラジル代表としても活躍
■W杯とクラブチームのサッカーは別物
小川 そもそも僕の中ではW杯って、クラブチームのサッカーとは別の競技に近いと思うんです。クラブチームのサッカーって、1シーズン当たり30~40試合など、長い時間をかけて築き上げてきた戦術とチームワークで多くの試合を戦うところに面白さがある。
でもW杯って、大会前にわーっと集められた選手たちがぶっつけ本番に近い形でトーナメントの一発勝負をするわけで、複雑な戦術はとれない。
影山 実際、本番前の合宿も2週間程度でしたよね。海外組も途中合流で。
小川 そう。だからどんな選手を選んで、どこに配置するかくらいしか采配の振りようがなくて。選手個人の技量やコンディションの比重が大きいわけです。
影山 サッカーの質の高さを楽しむ大会というよりは、選手たちが国を背負って戦い、それを応援するお祭りなんですよね。各クラブのスターが国の代表として集うので、メディアとしても応援の枠組みを作りやすいから、Jリーグや海外リーグに比べて盛り上がりやすいですし。
小川 サッカーの質の高さとしては、レベルの高いリーグでシーズンを通して培ったチーム力がぶつかり合う試合が面白いと思います。
影山 チームとして積み上げていったものと、一発勝負の怖さみたいなものがかけ合わさると面白いですよね。私も昼間はJリーグ、夜は海外リーグを見る生活をしているんですが、天皇杯やルヴァンカップ【*3】の決勝はやっぱり興奮します。
小川 わかります。
――でも、アーセナルは小川さんが見始めて以降、弱い時期が続きましたよね。ファンをやめようと思ったことはないですか?
小川 ないですね。なぜかと聞かれると難しいですが、「今年は優勝できるはず!」と毎年思い込んでいたので。今年は久しぶりに強かったからすごく楽しかったけど、わざわざイギリスまで見に行ってボロ負けした忘れたい試合もありますよ(笑)。
【*3】天皇杯
JFA 全日本サッカー選手権大会とJリーグYBCルヴァンカップJ1リーグと合わせて、それぞれ日本の国内三大タイトルの一角をなすサッカー大会
■本当はサッカーの小説を書きたかった
――ではここからクイズについてもお聞きします。小説『君のクイズ』(朝日新聞出版)が大ヒットしていますが、競技クイズ【*4】を題材にしようと思ったきっかけは?
小川 まず、サッカーで小説を書きたかったんですが、試行錯誤した末、サッカーの面白さを文章で表現できないと思ったんです。その点、クイズは問題も思考も言語で構成されている。小説で面白さを表現できる、うらやましい競技だなと思ったんです。
影山 クイズって一見すると、"動"ではなく"静"のスポーツだと思うんです。でも『君のクイズ』では、静の裏にあるクイズプレイヤーの思考の広がりや気持ちの動きにフォーカスされていて、すごく面白いと思いました。
あと、クイズプレイヤーの"あるある"がたくさん詰まっていて。例えば、道を歩いていて見かけた言葉を使ったクイズを自分で出して、自分で答えたりするのを無意識にやっちゃうとか。自分が自然とやっていた、誰に話すわけでもない日常が書かれていて、すごく研究されているんだなと驚きました。
小川 僕はクイズをやったことがないので、あれは自分が受験生だった頃を思い出して書いたんです。受験勉強を頑張っていたときって、街中で見かけた言葉を「英語でなんていうんだろう」と調べたりしていたから。
どんなことでも何かに対して本気になっているときって深い部分ではつながっているんじゃないかと思っていて、その前提で自分の知らない世界のことを恐る恐る書いた感じです。
影山 なるほど。クイズプレイヤーに取材をしたわけじゃないんですね。
小川 もちろん取材はしましたよ。クイズプレイヤーたちも「クイズの仕組みとしてこの問題はおかしい」「この問題だと、この言葉が読まれた段階ではまだ解答ボタンは押せない」などのテクニックは教えてくれます。でも彼らはクイズのプロであって、心理描写のプロではないので。
影山 私も少しクイズをやっているので、どうやって登場人物のクイズプレイヤー像を作っていったのか、すごく気になります。最終的には、クイズという競技を突き詰めた人間と、それをビジネスの武器にしようと考えた人間の対決でしたが。
小川 これは、Quiz Knock(クイズノック)の伊沢拓司【*5】くんを、天使と悪魔のイメージでふたりに分離したんです。
影山 どういうことですか!?
小川 伊沢くんに限らず、今って日本の歴史上で最もクイズがお金になる時代だと思っていて。芸能界でも『東大王』(TBS系)や『Qさま!!』(テレビ朝日系)など多くのテレビ番組がありますし、YouTubeでも登録者数200万人超のチャンネルがあるなど、サバイブの武器としてのクイズがある。
だから学生時代から純粋に楽しんでいた人だけじゃなく、有名になりたい、お金を稼ぎたいと思っている人も入ってくる。現代でクイズを書くなら、そのふたつの側面を書きたいと思ったんです。伊沢くん本人は「登場人物ふたりの言うこと、どっちもよくわかる」と言ってました(笑)。
【*4】競技クイズ
幅広いジャンルの問題や特有のルールを用いて、スポーツのように勝敗を競い合うクイズのこと。日本各地でさまざまな大会が開催されている
【*5】QuizKnockの伊沢拓司
1994年生まれ、埼玉県出身。開成高校時代に『高校生クイズ』2連覇を達成。QuizKnockは同氏が率いる東京大学の卒業生や現役生らが中心の知識集団で、クイズを題材としたWebメディア、YouTubeを運営する
■オファーの2年前から『東大王』の対策に励む
――影山さんはなぜクイズを始めようと思ったんですか?
影山 クイズ研究会に所属するクラスメイトが、教室で問い読み【*6】の練習をしている姿を見て、カッコいいなと思ったんです。母校(筑波大学付属高校)のクイズ研究会が強くて、何か関わりたかったんですが、もうアイドル活動を始めていたので、裏方として問い読みや大会運営などを担当していました。
――今年5月に『Qさま!!』で優勝を果たすなどの活躍ぶりですが、クイズ番組に出るようになった経緯は?
影山 初めてクイズ番組に出演させていただいたのが2022年でした。ただ、コロナ禍の20年3月から『東大王』で出題される難読漢字の対策を続けていたんです。
小川 オファーが来る2年前から対策をしていたの?
影山 そうです。『東大王』は友達や知り合いがたくさん出ているので、絶対にいつか出演したいと思っていて、そこで恥をかきたくない一心で。
――それだけの熱量を持って準備されているわけですね。
影山 『君のクイズ』の中に「クイズが僕を肯定してくれていた」という言葉があったんですけど、そのセリフを今思い出しました。クイズをしていて「なぜ今の問題に答えられたのか」と思考をさかのぼることがあるのですが、日々の何げない体験が生きることって多々あるんですよね。
クイズって、自分のすべてを肯定してくれるわけじゃないけど、究極的にはこの人生を送ってよかったと思える。自分がなぜクイズにハマり続けているのかを、この小説に言語化してもらった気持ちです。
小川 小説も同じようなところがあって。何かひどい目に遭っても、まあ小説にすればいいか、と思える。どんな挫折、絶望もネタになるから、忘れかけてた人生の一部も肯定された気になります。そういう趣味を持ってると、人生が楽しくなりますよね。
影山 そう考えると、サッカー観戦もそういう趣味のひとつなのかも。大変な仕事がある日でも、推しのクラブの試合があると頑張れる。クラブの成績が悪くても、「来年はイケる! 一緒に頑張ろう」って人生の支えになったりしますよね。
小川 逆もありますよ。アーセナルの試合を見てて「次に出す本が売れなくてもいいから、この試合は勝たせてくれ!」って思っちゃうことも。
影山 それは良くない(笑)。
――ちなみに影山さんは、サッカーの知識がクイズに生きることもありますか?
小川 影山さんが番組に出たら、空気を読んで出題側はサッカーの問題を出すでしょう。
影山 『君のクイズ』の中でも描写されてましたけど、演出の方が「この人に答えてもらいたい」という意図の出題をすることはあるんですよね。それを感じることはあります。
小川 ラジオで共演した際にカズレーザーさんが言ってたんですけど、彼はゲストの得意ジャンルだけしっかり復習していって、ゲスト用の問題を全部かっさらうらしいです。スタジオが変な空気になるらしいですが(笑)。
影山 そういえば最近、私の名前「影山優佳」が答えの問題が、「勝抜杯(かちぬけはい)」【*7】っていうクイズ大会の1問目で出題されたこともありました。過去にもニッチなジャンルとして出題されたことはあるけど、大会の1問目というのは初でした。
小川 誰でも押せるベタ問【*8】扱いだったわけね。
影山 そうなんです! これまでは問題として出されても最後まで読み上げられるまでなかなか押されなかったのですが、今回は問題文の前半で早押しされて。クイズの難易度は世間での知名度に直結するので、少しは知ってもらえるようになったのかな、とうれしくなりました。
小川 同じく勝抜杯の決勝の1問目の答えが「君のクイズ」だったんですよ。お互い今後もベタ問として出題されるよう頑張っていきましょう。
【*6】問い読み
クイズの出題者が問題を読み上げること。プレイヤーは答えが確定するポイントを強く意識するため、呼吸の置き方や読み方は重要である
【*7】勝抜杯
クイズプレイヤーの三木智隆氏が主催するオープン大会。1999年から続く歴史あるクイズ大会で、毎年ゴールデンウイーク頃に開催される
【*8】ベタ問
クイズによく出題される問題のこと。例えば「目黒駅は品川区にありますが、品川駅は何区にあるでしょう?」などがそれにあたる(答えは港区)
●小川 哲(おがわ・さとし)
1986年生まれ、千葉県出身。東京大学総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞してデビュー。競技クイズを題材にした『君のクイズ』(朝日新聞出版)は本屋大賞にノミネートされた。『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞を受賞。趣味はサッカー観戦で、『小説すばる』(集英社)でエッセイ『作家とサッカー』を連載中
●影山優佳(かげやま・ゆうか)
2001年生まれ、東京都出身。日向坂46のメンバー。熱心なサッカー好きで、2022年のW杯カタール大会では勝敗予想を次々と当てることから「勝利の女神」と評された。豊富な知識に裏打ちされた解説は、サッカー元日本代表の内田篤人や本田圭佑なども絶賛する。筑波大学附属高等学校在学時はクイズ研究会に所属していた。『東大王』(TBS系)や『Qさま!!』(テレビ朝日系)などのクイズ番組でも活躍の幅を広げている。7月で日向坂46から卒業した