ラッパーとしてはもとより、グラビアディガー、テレビのコメンテーターなど、多岐にわたって異彩を放っている呂布(りょふ)カルマ。8月28日(月)発売の『週刊プレイボーイ37号』より連載コラムがスタートするのを記念して、本人に直撃インタビュー!

■最初にハマったグラドルは?

──いよいよ来週から、話題のラッパー・呂布カルマさんの連載コラムがスタートします。実は『週刊プレイボーイ』をずっと愛読していて、以前別媒体のインタビューで「人生を変えた本」に挙げていただいたこともあるんですよね。

呂布 週プレとのもともとの出会いは、小学生の頃。父親が買った週プレが家に置いてあって、それをコッソリ隠れて見ていたんです。

──当時はヌードも掲載されていた時代、小学生には刺激的だったでしょうね。

呂布 そうですね。中学・高校時代はマンガ誌を読んでいたんですけど、大学生になり、いつまでもマンガ誌ばかり読んでいるのもなぁと思って、キャンパスでは週プレを読むようにしていたんです。

周りがそれをカッコいいと思っていたかわかりませんが、僕はカッコつけで。授業中に週プレを読んでいるのが、だてだと思っていましたから。

──現在、グラビアディガーとしてさまざまな発信をしていますが、その頃からグラビアに興味があったんですか?

呂布 当時テレビでよく見かけたグラドル、例えばほしのあきさんとかは知っていたんですけど、特別詳しいわけじゃなくて。週プレを読むようになってから、知っていった感じです。

──最初にハマったグラドルはどなたでしょう?

呂布 佐藤和沙さんですね。あるグラビアの一枚の写真を見たときに、うわって衝撃が走ったんです。ウエストラインがすごくきれいで、それまではおっぱいが大きいほうがいいかなと思っていたんですが、そこから腰フェチになりました。

──そこから佐藤和沙さんを追いかけるように?

呂布 そうです。ほかのグラビア誌もチェックし始めて、そうこうしているうちに松本さゆきさんや愛衣さん、あと、ゆうみさんにハマっていった感じですね。

──お名前を見ると、全体的に肉感的な体形がお好きなんですね。

呂布 破裂しそうなカラダをしている人が好きですね。

──最近だとどなたに注目されていますか?

呂布 ずっと応援しているのは青山ひかるさん。お尻が汚かったり、人間味があっていいんですよ。あとは、高砂ミドリさんと豊田ルナさんにも注目しています。

ただ、ぶっちぎりなのは菊地姫奈さんですね。15歳のときにグラビアで知ったんですが、最初は顔が印象的だったんですよ。そこから追い続けていったら、カラダもえげつない感じで成長していって。

これは前から言っているんですが、今まさにわれわれはグラビア史に残る伝説を目撃している最中なんですよ。スゴい瞬間に立ち会っていることをみんな理解したほうがいい。

■マンガ家志望から激変した半生

──呂布さんは小さい頃、マンガ家志望だったとか。

呂布 小3からずっとマンガを描いていて、大学生の頃、集英社の月例賞にも2回くらい投稿したことがあります。授業の合間を縫って描いていたんですが、結局なんの賞にも入らなくて。

しかも、原稿の持ち込みをしたわけじゃないから批評もされず......すごく残念でしたね。ちなみに嫁さんは今、集英社の『ココハナ』でマンガを描いています。

──そんな縁もあったんですね。最初にハマったマンガはなんでした?

呂布 最初は『おぼっちゃまくん』で、『週刊少年ジャンプ』だと『ジャングルの王者 ターちゃん♡』でしたね。昔から筋肉キャラが好きなんですよ。だから僕も、主人公が高校生ヤンキーでゴリゴリの筋肉マッチョというマンガを描いたことがあります。

──そこからどうやってラッパーになったんですか?

呂布 ずっとマンガ家になりたくて、中学を卒業したらプロのマンガ家のアシスタントになろうと思っていたんですよ。でも親から高校だけは行ってくれって言われて高校に行き、高校卒業後も大学に行けるなら行ったほうがいいと言われて美大に。ホント、その間ずっとマンガだけを描いていましたね。

同時に音楽もヒップホップを聴いていて。妄走族、餓鬼レンジャー、M.O.S.A.D.などにハマっていました。で、大学卒業後、マンガを描きながらアルバイトをする生活が始まって、その息抜きで始めたのがラップでした。リリックは割とすぐに書けましたね。しかも、始めた瞬間、すぐにクラブでパフォーマンスをすることになったんですよ。

リーゼント&アロハシャツというスタイルは、大学4年生から。「父親にアロハをプレゼントしたとき、これは僕も着たいなと思って。それからずっと同じスタイル」とのこと リーゼント&アロハシャツというスタイルは、大学4年生から。「父親にアロハをプレゼントしたとき、これは僕も着たいなと思って。それからずっと同じスタイル」とのこと

──展開がスゴいですね。

呂布 いきなり大きなレスポンスがあって、それが超面白くて。そのとき思ったんです、もうマンガを家でひとりで描いている場合じゃねーぞって。

──その頃からラッパーとして食えていたんですか?

呂布 いや、まったく。だからアルバイトもしていて。最初は居酒屋、次にカラオケ、害虫駆除のアルバイトは5年くらい続けました。28歳から就職して、クスリを運ぶ仕事をやっていましたね。

──それって、今でいう闇の仕事じゃ......。

呂布 病院にクスリを運ぶ、ちゃんとした仕事です(笑)。ただ、その仕事もいろいろあってクビになって、次に塾の教室長の仕事を1年くらいやって、その後はようやく音楽一本で食べていけるように。

──そして今はコメンテーターとしても活躍し、週プレでも連載が始まるって、スゴい流れですね。コラムに関してはいかがですか?

呂布 もともと文章を書くのは好きで、昔ミクシィでずっと日記を書いていたんですよ。けど、途中でアカウントが凍結されてしまい、ツイッターに移行してからは、140文字以内にまとめるために文章をそぎ落とす作業になった。

だから、長文を書くのが苦手になってしまったんですよ。リハビリをしながら、半生やその時々に思ったこと、こだわりなんかを毎号書いていけたらと思っています!

■呂布カルマ(りょふ・かるま)

1983年1月7日生まれ、兵庫県出身。
現在は愛知県名古屋市在住。
JET CITY PEOPLE代表。ラッパーとして活躍し、現在はテレビ番組にも多数出演中!
公式X(旧Twitter)【@Yakamashiwa】