『シティーハンター』最終章の幕が上がる――。
二十数年ぶりのアニメ復活劇となった前作から4年。待望の新作『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』の公開を目前に控え、主人公である冴羽獠役・神谷明さん(76歳)と、テレビアニメ放送開始から長年にわたり本作の指揮を執ってきたこだま兼嗣総監督(73歳)のインタビューを敢行!
あえてアニメでは触れてこなかった、原作の根幹に関わる設定にも踏み込んでいく新作の魅力を語る!
■北条司先生との会話が今作テーマのヒントに
──劇場版最新作公開、おめでとうございます! まずは今回の新たな劇場版『天使の涙(エンジェルダスト)』が製作されると最初にお聞きになったときのご感想からお聞かせください!
神谷 それはもう「来た来た来た来たーっ!」って感じでしたね(笑)。ちょうどコロナ禍の最も大変だった期間を挟んでのことでもありますし、それも含めてとてもいいタイミングでうれしいお話をいただけました。
こだま 僕は、前作が最後くらいのつもりで全力で取り組ませていただいたのもあって、もし新しくやるにしても、ほかの人がやるんだろうと思ってました。それがある日、プロデューサーからまさかの再オファーをいただきまして。
でも、その頃はいろいろとほかの仕事も入っていたので、一度、スケジュール的に無理だとお断りさせてもらったんです。
そうしたら「ではせめて、監督ではなく、オブザーバーのような形でよいので脚本会議に参加してもらえませんか?」という話になり、それならできるかと思ってチームに一歩足を踏み入れてみたんですが......そうしたらもう最後ですよ。
あれよあれよという間にどんどん巻き込まれてしまって(笑)。結局、総監督という立場でまた関わらせていただくことになりました。
──それだと実作業に入る前の気持ちづくりの面で、ご苦労も多かったのでは?
こだま そうですね。でも、前作の作業がすべて終わった後に、もし次をやることがあるとすればどういう作品になるか、というおぼろげなイメージが実はあったんです。
それは原作者の北条司先生と話をしていたときのことなんですけど、先生の口から時折"海原神(かいばら・しん)"という名前が出てくるんですよね。それを思うと、おそらく北条先生は海原神を出したいんだろうなと。
原作では終盤の重要なキャラクターですけど、アニメーションではほぼ触れてませんでしたので、もし次があるならいよいよアニメでもそこにしっかりと踏み込んでいくべきだろうな、という思いはありました。
神谷 実際、僕自身も周りのファンからいくらかそういう声は耳にしてました。そういう意味でも今回の新しいストーリーは僕の中で非常に納得できるものでした。ただその半面、正直、戸惑いも少しありましたね。
■そこを避けたらもうこのアニメは作れない
――"戸惑い"とは?
神谷 僕の中で『シティーハンター』という作品はこれまで、(冴羽[さえば])獠と(槇村)香の物語というところにすべて帰結するものだとの思いで演じてきました。しかし、そこに海原という、獠にとってまったく別の大きな要素がいよいよ入ってくることで、どういう変化が起きるんだろうという不安ですね。
――総監督としてはそのあたり、前作との演出の違いで特に意図されたところは?
こだま 今回は海原神を扱うということで、そうなると"エンジェルダスト"という冴羽獠の原点に関わる代物とも向き合わなきゃいけない。
原作の最終章とも密接に関わる要素で、そういうテーマを作品のコアなファンにちゃんと受け入れてもらえるものに仕上げられるかどうか......。そこが最も気がかりなところでした。
でもこれは、この作品をやっていく上でいつか必ず通らないといけない道なので、いよいよその時期が来たのだという思いでストーリー作りから脚本スタッフとも綿密に相談して進めていきました。
――作品そのものの根幹に、満を持して切り込まれた、と。
こだま 冴羽獠の雰囲気も普段と違うところが出てくるし、話も相当シビアだし、いつもの『シティーハンター』と違うんじゃないかって言う人も中にはいるかもしれません。
だけど、もしそういう評価になったら、それはそれで甘んじて受け入れなきゃいけないという覚悟で取り組んでいきました。作り終えた今でもまだそれは不安ですね。
神谷 でも、見直して改めて思ったのは、一本の映画作品として非常に完成度が高いんですよ。確かにこだまさんのおっしゃったように、いつもと違う要素も入ってきますけど、やはりそこに、いつもの獠と香がしっかりといて。そこに僕はむしろ『シティーハンター』という作品の揺るぎのなさを感じましたね。
――その普段とは違う異質な面の見どころをあえて挙げていただくとすれば、どういうところになるでしょう?
神谷 特に挙げたいのはゲストキャラのつくり込みですね。海原神の名前は先ほどから出てきてますが、今回の物語ではその要素を間接的に運んでくる「アンジー」という重要な女性ゲストキャラが出てきまして、これがとても複雑な立場の存在なんです。
まず脚本を読んだ時点で真っ先に得た感想は、声優として彼女の役を演じるのはものすごく難易度が高いだろうということでした。全般的にあらゆる種類の演技を高いレベルでこなせる人でないと難しい。となると、この役を誰が演じるのかが気になって仕方ありませんでした。
こだま 僕も今回のゲスト声優の方々には難しいことをたくさん要求するだろうとわかっていましたが、実際に決まったメンバーと当日に顔を合わせて「ああ、この人たちがやってくれるんだったら大丈夫だ!」って(笑)。
■沢城みゆきさんだから安心して任せられた!
――そのアンジー役には沢城(さわしろ)みゆきさん、またそこに深く関わる殺し屋コンビ、ピラルクー役とエスパーダ役には関智一(ともかず)さんと木村昴(すばる)さんがキャスティングされています。
神谷 僕もそこは本当に安心したんですよ。最高のメンバーにやってもらえることになって良かったなと。これは自分でも驚いたんですけど、その人選の話をまだ何も聞いてない段階でフッと「沢城さんくらいの演技力がある人がやってくれたらきっとうまくいくのにな」って思ってたんです。
――なぜそこで沢城さんに思い至られたんですか?
神谷 2019年にフランスで実写版『シティーハンター』の映画が製作されたんですけど、香役の日本語吹き替えを沢城さんが担当されていたんです。その演技が非常に良かったので、彼女ならこの役でもしっかりこなせるだろうと。でもそれは僕の胸の内だけの話で。後日、本当に沢城さんに決まったって聞いてね。
――スタッフ含め、誰にも言ってなかったんですよね?
神谷 ええ、もちろん。だから自分でもビックリして。「やった! 当たった!」って、さすがにそのときばかりは自分の眼力を自画自賛しましたね(笑)。
――実際に一緒にアフレコをされてみていかがでした?
神谷 いや~、やっぱり大変な役でした。隣で見てても沢城さんがその役とずっと全力で闘いながら演じていらっしゃるのがひしひしと伝わってきたし、そうして紡ぎ出される演技のひとつひとつが本当に素晴らしくて......本当に感動しました。
それに沢城さんだけじゃなくて、関智一くんと木村昴くんの演じる殺し屋コンビも息ぴったりで、そこはさすがもうかれこれ18年も某所でコンビを組んでやってるふたりだなって。
――あのガキ大将と金持ち息子の!?(笑)
神谷 面白かったのは、この殺し屋コンビがカップラーメンをすすりながら会話するシーンがあるんです。そこでふたりが「本当にカップラーメンを食べながら収録しよう!」って言い出して。
でも麺を口に含みすぎてモゴモゴして録り直す、みたいな場の和ませ方もしてくれたり(笑)。もちろんいつものレギュラー声優陣も完璧に準備してきてくれましたし、アフレコ現場の雰囲気は最高に良かったですね。
■新旧スタッフの交流が作品を一歩上の世界へ
――ほかに新しいところでは、脚本のむとうやすゆきさんなど、制作スタッフの中にも若い層がどんどん入ってこられていること。そういう面で、アニメチーム内の化学反応のようなものは感じられましたか?
こだま 驚かされたのは熱量の高さですよね。今回も『シティーハンター』をやりたいって、本当に好きで飛び込んできてくれた人がものすごく多くて、まず皆さん、作品のことをよく知ってくれている。
僕みたいに長いことやってると、見せ方のアイデアもおのずとマンネリ化してくるんですが、特にありがたかったのは、新しい視点をもたらしてくれたこと。
さっき名前の挙がったむとうさんは、作品をよくわかった上で僕にはない新しいアイデアを臆せずどんどん出してくれるものですから、こっちもそれに触発されて「だったらこういう見せ方もあるね!」って、自分では思いもしなかったアイデアがさらに湧き上がってくる。
そういう好循環が生まれたシーンが今回はたくさんあって......。いやぁ、なんでもっと早く紹介してくれなかったの!ってプロデューサーに言ったほどです(笑)。それくらい楽しい仕事がたくさんできました。
神谷 今の話を声優に置き換えますと、関くんがずっと出たくて出たくて仕方なかったらしいんですよ。アフレコスタジオに行くたびにそれをアピールしてたらしいんですけど、それが今回ようやく実った!って、すごくうれしそうに言ってました(笑)。
それは僕らもうれしいし、またそういう人たちと一緒に仕事ができるようになるまで僕らが生き永らえていたというのも感慨深かったですね。
――そんな、今作ならではの『シティーハンター』の新しい風が感じられるシーンから、あえてひとつ注目点を挙げていただくならどういうところでしょう?
神谷 アクションシーンですかね。テレビだと時間の制約もあってなかなかじっくり見せることはできないんですが、今回は格闘あり、カーチェイスあり、銃撃戦あり、とさまざまな形のアクションが、息をするのも忘れるくらいの目まぐるしさでどんどん押し寄せてきます。圧巻なのはラストの攻防のシーン。あそこは......(こだまを見る)。
こだま いい仕上がりになってましたね。竹内一義監督からも「ここは特にうまいアニメーターにやってもらいました!」って自信満々に説明を受けまして、それくらい大事なシーンだったんですが、結果バッチリとキマっていたので僕もひと安心しました。
神谷 そのほかにも見どころが多すぎて、最初に脚本を読んだときから正直言って「こんなの本当にできるの?」ってほど中身が濃すぎると思ってたんですけど、それがちゃんと余すところなく映像になってる。
アフレコしながらも、そんな制作スタッフの思いをずっしりと背中に感じましたし、そういう重みを感じる作品は経験上、間違いなくヒットしてきました。だから早くそれをぜひ皆さんにもご覧いただいて、僕が何を言っているのか劇場で確認してもらいたいですね。
■『劇場版シティーハンター天使の涙(エンジェルダスト)』9月8日(金)全国ロードショー
新宿の凄腕スイーパー(始末屋)の活躍を描く『シティーハンター』(原作:北条司)。単行本の累計発行部数は5000万部を超え、前作『劇場版シティーハンター〈新宿プライベート・アイズ〉』(2019年)は観客動員100万人を突破。待望の劇場版最新作では、主人公・冴羽獠とそのパートナー・槇村香に舞い込んできた猫探しの依頼に奔走するも、壮絶な戦いに巻き込まれ......
●神谷 明(かみや・あきら)
1946年生まれ、神奈川県出身。1970年のデビュー以来、現在も第一線で活躍を続ける声優界のレジェンド。代表作は『キン肉マン』キン肉スグル役、『北斗の拳』ケンシロウ役など数知れず
●こだま兼嗣(けんじ)
1949年生まれ、北海道出身。『シティーハンター』に関しては、テレビ放送開始から大半のシリーズを手がけてきたアニメーション監督。ほかの監督作品に『名探偵コナン』『結界師』など
Ⓒ北条司/コアミックス・「2023 劇場版シティーハンター」製作委員会