近頃、インターネット文化の文脈を持ったホラー作品がブームになっている。
2ちゃんねるの伝説的なスレッド「洒落怖」に書き込まれた怪談話が映画化されたり、ウェブメディア『オモコロ』からバズったホラー小説『変な家』が大ヒットしたり。
インターネットとホラーの関係性とは?
ホラーテイストの番組を手がけるテレビ東京プロデューサー・大森時生と、ホラー好きのウェブメディア『オモコロ』編集長・原宿のふたりが対談で解き明かしていく。
* * *
■「もうとっくにダメです」
原宿 僕が最近のホラーで「新しいな」と思っている感覚が、ホラー作家・梨さんのつくる怪談にある「もうとっくにダメです」というものなんです。この言葉は大森さんの番組『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』に出てくるセリフですが、今のムードがすごく端的に表現されているなと。
大森 「気づいたときにはもう終わっている」という感覚ですよね。その、内側から侵食される不気味さが一般に受け入れられてきていると思います。これまでのホラー作品のメジャーな方向性は「ある出来事が起きて、ある人が呪われたり死んだりする」という時系列的なもの。映画『リング』なんてまさにそうですよね。
でも、昨年大ヒットした映画『呪詛』は、最後まで見たときにはもう手遅れだと気づく、「もうとっくにダメです」感覚のホラーでした。
原宿 「すべては終わっていた」という怖さは、現代のホラーに通底する気がします。
大森 それでいうと、2000年代に流行した2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)のオカルト板のスレッド「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」、通称「洒落怖」【*1】を読み直すと、何かが起こって、びっくりして、記録した、という時系列的な形式で、大人になった今はそこまで怖く感じないんですよ。
原宿 「洒落怖」は、強い霊能力者が出てきたり、儀式的なものが出てきたり、理由のある怪異が多くて、少しマンガ的なところがありますよね。
大森 「くねくね」【*2】や「猿夢(さるゆめ)」【*3】などは今読むと少しギャグっぽいですよね。急に驚かせて怖がらせる、いわば文章の〝ジャンプスケアもの〟が多いから、オチを知っていると怖くなくなるのかも。
原宿 「もうとっくにダメです」を特に感じたのが、「ストーンテープ〜見たら呪われる展示〜」【*4】というインスタレーションでした。
大森 僕も行きました。普通の一軒家の中にモニターが何台か置いてあって、料理の音や子供の足音、風呂場からの水音が聞こえる。
原宿 2階に上がっていくと、階段の突き当たりにひとつの部屋があって。その前に「深刻な霊障を引き起こす可能性があります」と書いてある。そこを開けて〝あるもの〟を見た瞬間、「あ、俺はもうだいぶ前から呪われていたんだ」という感覚に陥る。
大森 別に展示の全部が全部怖いわけではないんですよね。見たら呪われる展示だと思って行っているから、自分から呪いを見つけ出そうとしているところがありました。
原宿 例えば床のちょっとしたシミに「ここで惨殺事件があった?」などと読み取ってしまう。断片的な情報だけがあることで、自分の中で自分だけの呪いを生んでいる。なんなら人間は生まれたときから「解釈しなければいけない」という呪いにかかっていて、「怖い」という感情も、その人の解釈で勝手に生み出しているのかも。
【*1】「洒落怖(しゃれこわ)」
2ちゃんねるで、ジャンルや真偽を問わず怖い話が書き込まれたスレッド。『きさらぎ駅』『ヒッチハイク』など、近年は映画化も進んでいる。
【*2】「くねくね」
インターネット上で流布した怪談。遠くにくねくねとした謎の存在が立っていて、長い間見続けると精神に異常を来すといわれている。
【*3】「猿夢(さるゆめ)」
「洒落怖」の怪談。「私」が夢の中で、遊園地のロードトレインのような、猿をモチーフにした電車に乗り込む。車内アナウンスで「次は活け造り」「次はえぐり出し」などと流れると、同乗者がその死に方で死んでいく。「私」は夢から逃げるが、何度も同じ夢を見て―という内容。
【*4】「ストーンテープ〜見たら呪われる展示〜」
2022年春に開催された、劇作家の岸井大輔が主宰するPARAによるインスタレーション。制作者はアーティストの江口智之と小寺創太。生活感のある古い一軒家を舞台としており、来場者は家の中に入って「呪い」を体感する。
■余白とインターネット
大森 余白を想像させて怖がらせるタイプのホラーは、インターネットと組み合わさると強い気がします。2018年頃から活動しているVTuberの鳩羽つぐ【*5】さんは、小学生くらいの女の子のキャラクターなんですけど、意味ありげなテンションで、ただ歯磨きをしているだけの動画を出したりする。それに対して「誘拐されてる?」「もう死んでる?」といった考察が視聴者の間で交わされているんです。
原宿 「断片」「余白」「考察」が今の主流ですよね。断片を受け取った側が膨らませて、怖い部分を発見してるような。
大森 一方で、映画、小説、テレビなどの表現手法だと、断片を提示して人を呼び込むのが難しい......。インターネットに無造作に転がってる感じがマッチするのかもしれません。映画や番組などのひとつのコンテンツだと、始まりがあって終わりがあるけど、ネットは終わりがない表現ができますよね。最近は『近畿地方のある場所について』【*6】という文章がネットで話題になっていましたね。
原宿 めちゃくちゃ盛り上がってましたね! 『近畿地方』は、断片的なエピソードをまとめて読んでいくと、よりまがまがしい全体像が浮かび上がる構図。「洒落怖」的な部分と、今の主流である断片的な部分がつながってました。
大森 ちっちゃい最悪な絵を組み合わせたら、おっきい最悪な絵になるような構図ですね。『近畿地方』の、ある意味わかりにくい、じっとりとした怖さが市民権を得たのは驚きでした。
原宿 最近、読者のホラーの感受性がかなり高くなってると思います。皆そもそも実生活において「自分たちはもうダメだ」と思っていて、そこに親和性が生まれていそう。
大森 「この先、世界や人生が良くなる気がしない」というムードと呼応しているんでしょうね。とはいえ、余白で怖くなるというのは日本だけではなく世界中の流行でもあります。2019年頃から海外で広がったネットミーム「リミナルスペース」は、人がいない廊下や部屋のただの写真に対して、人々が怖さを感じて盛り上がっている。
原宿 あれはすごい発見でした。何もない画像なんだけど、高まっちゃうんだよな〜。
【*5】「鳩羽(はとば)つぐ」
株式会社枝の上(Edanoue)が展開するバーチャルYouTuber。黒いベレー帽にクラシカルな洋服姿をした少女。2018年から現在にかけて不定期に動画が投稿されている。
【*6】『近畿地方のある場所について』
小説投稿サイト『カクヨム』に投稿された、背筋によるホラー作品。近畿地方のある場所について、ライターがさまざまな取材や調査を行なっていくにつれて、謎めいた全容が明らかになってきて......という断章的な連載が話題を呼んだ。8月30日にKADOKAWAから書籍化。
■笑いと恐怖
大森 『オモコロ』で執筆している雨穴さんの人気がすごいですね。書籍の『変な家』『変な絵』が両方とも年間売り上げベスト10に入っています。
原宿 サイトでもめちゃくちゃ読まれました。編集部としても「笑わせるよりも怖がらせるほうが求められているのかな」というようなことは思ったりしましたね(笑)。テレビだとどうですか?
大森 今はアナログホラー(昔のビデオやテレビの映像を使ったホラー)がはやっている印象です。そこは余白的な怖さかもしれません。ノスタルジーと恐怖が結びつく感覚が最近の流行のひとつです。
原宿 『このテープ』もアナログホラーもので、ものすごくバズってましたね。
大森 本当にありがたいです。でも正直こんなにウケるとは思っていなくて。その前に制作した『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』のほうが、明確な答えや謎解きがあってカタルシスがあるのでウケるのではと思ってて。予想が裏切られた感じです。前にもお伝えしましたが、実は発想のきっかけのひとつが原宿さんなんですよ。
原宿 それを聞いてびっくりでした。僕はふざけてるつもりでいたので......(笑)。
大森 『オモコロチャンネル』の企画で、原宿さんが川柳や俳句に対して支離滅裂な直しを入れるキャラクター「咎人の雛(とがびとのひな)」を演じていた企画。僕はもちろん笑っていたんですけど、「これは不気味さにつながるな」という印象があったんです。ひとつひとつの単語はわかるけど、組み合わさったときに突然わからなくなる、日常や生活の中のふとしたきっかけで、スイッチが押される感じだなと思って。
原宿 「よく考えたら怖い」ってやつですよね。
大森 奇天烈さで人を笑わせようとする行為と狂気って表裏一体なんだと改めて思いました。
原宿 見ている人にそういう印象を残せることがうれしいです。支離滅裂さは、「洒落怖」の影響を受けているかもしれません。「不思議なバス」【*7】という洒落怖が好きで。投稿者が不思議なバスに乗車していて、そこで起きていることについて必死に描写するんですけど、それが支離滅裂になっていき、最後が「そのバスに乗ってた人はもうみんな死んだんですけど」で終わる。元スレの人は、何かを必死に伝えようとしているけど、第三者からはそれ自体が怖い。
大森 「咎人の雛」も、言語はわからないけど感情だけは伝わってきますもんね。
原宿 怒り、ですよね(笑)。「咎人の雛」は、「裏切りたい」に近いかもしれません。「油断するなよ、おまえたちが期待しているものは何もないんだ」みたいな。
【*7】「不思議なバス」
「洒落怖」の怪談。奇妙なバスの状況を説明する短い投稿だが、徐々に支離滅裂になっていき、読んでいる人に不安な気持ちを抱かせる。
■可能性はまだある?
大森 本当に守らないといけないコンプライアンスは確実にあります。テレビが過去に犯した失敗から学んで出来上がったものなので......。ただテレビ局として、それを確実に包括するために、架空のコンプライアンスが生まれてしまうのも事実としてあると思います。制限があるからこそ、制限を利用した怖さをつくりたい......とは思います。
原宿 なんとなくつけていたテレビ番組で、トラウマになるような怖いものを見た......というような思い出ってありますよね。この「出会ってしまった」感覚が成立しづらくなっているのかも。ウェブだと自分が見たいものを見られちゃうから、自分の予想を超えることがあんまり起こらない弱さがありますね。
大森 自分でタイトルを選んでたどり着いてるわけだから。
原宿 そう。同時に「釣り」という問題もある。「怖くない記事だよ」と出して、途中で怖くしたら、きっと皆イヤですよね。でも突然出会うからこそ怖くなるものって絶対にある。この問題を誰か解決してほしい!
大森 テレビの強みで最後に残るものは、その「突然出会ってしまう可能性」にあると思います。一方で、「洒落怖」時代のインターネットの怖さって、リアルタイム性、編集されていないところにあったと思っていて。『近畿地方』にはその雰囲気を感じています。
原宿 ああ〜! 確かに更新性があるコンテンツだったら、だんだん怖くなっていってもいいのかもしれない。更新性があって、かつ自分で怖さを発見するようなものであれば、ウェブのホラーでも未知のものに遭遇できる可能性があるのかも。
大森 『フェイクドキュメンタリー「Q」』【*8】の寺内康太郎さんが以前、生放送のホラーで革新的なことをしていて、テレビ的ホラーにもまだまだ可能性ってあるんだなと感じました。テレビだからこそ感じられる不気味さは確実にあるはずなので。
【*8】『フェイクドキュメンタリー「Q」』
ホラークリエイターの皆口大地と寺内康太郎によるフェイクドキュメンタリー作品。「放送中止になった番組映像などを集めた」というコンセプトのフィクションで、全17話をYouTube上に公開している。
●大森時生(おおもり・ときお)
1995年生まれ、東京都出身。テレビ東京プロデューサー。2019年にテレビ東京に入社。『Raiken Nippon Hair』で「テレビ東京若手映像グランプリ2022」に優勝。『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』『島崎和歌子の悩みにカンパイ』『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』などの企画・演出を手がける。
●原宿(はらじゅく)
1981年生まれ、神奈川県出身。2008年にウェブメディア『オモコロ』に加入、10年に株式会社バーグハンバーグバーグの立ち上げに参画し、12年にはオモコロの2代目編集長に就任。19年にYouTubeで『オモコロチャンネル』を開設。中心的なメンバーとして活動している(登録者数約35万人)。