新作アルバム『Steppin' Out』を発売したKIRINJIの堀込高樹氏
2023年4月に自らのレーベル「syncokin」(シンコキン)を立ち上げ、新たなスタートをきったKIRINJIが、約1年9ヶ月ぶりとなる16枚目のオリジナルアルバム『Steppin' Out』を完成させ9月6日にリリースした。

本作は、かつてなくポジティブなワードが散りばめられた歌詞の世界観と生楽器を随所に取り入れたサウンドが印象的。とりわけジャズやソウル、ロック、エレクトロをスタイリッシュにブレンドした音楽性は研ぎ澄まされるばかりで、音楽的快感を思い切り堪能することができる一枚だ。

今回は約1年半ぶりに堀込高樹氏へインタビューを試み、本作にかける思いをたっぷり語ってもらった。

――KIRINJIの最新作『Steppin' Out』はメジャーを離れ、今年4月に堀込さんが立ち上げた新レーベル「syncokin」(シンコキン)からのリリース。まさに新しい一歩を踏み出す記念すべき作品ですね。今回も日々リピートして聴いています。

堀込 ありがとうございます。レーベルといっても、小規模なものではあるんですけどね。新曲を作ってすぐに配信でリリースするとか、CDの特装盤を作るとか、小さいレーベルの方が自分たちの裁量でフットワーク軽く活動ができるかなと思って。KIRINJIくらいの規模であれば自分らでもやれるだろうと判断して立ち上げました。

――音楽制作の面で変化はありました?

堀込 作り方自体は変わらないです。今回もデモを作り、それを演奏に差し替えていくスタイルです。でも心構えは変わりました。やはりこれまでになく「やるぞ!」と。あとアルバム自体、今年の初頭から制作を始めたんですけど、コロナとの向き合い方も段々と変わってきたというか。それも前向きな気持ちに拍車をかけました。あ、それと弾き語りツアーが刺激になったのもありますね。

――弾き語りは昨年からずっとやっていますよね。

堀込 もともとは2021年5月にブルーノートで予定していた公演が延期になってしまったときに、YouTubeで弾き語りの生配信をしたのが最初なんですけど。音楽的な幅が広がる気がして、昨年6月からツアーをスタートしました。お客さんと接する機会も増えて、気持ちもずっと上向きのままでしたね。

――今回は特に歌詞がポジティブな印象を受けます。シングルになった「Runner's High」では「祝福」や「晴れの日」などの言葉が見られますし、収録されている多くの曲に「やってやろう」(「説得」)や「素敵な予感」(「Rainy Runaway」)など未来への意気込みを感じさせる言葉も。これらはその前向きな気分が反映されたんでしょうか?

堀込 だと思います。それと今ってSNSでネガティブな文言や言葉が世の中に溢れていますけど、それに与(くみ)したくはないなと。

ネガティブな状態でいるのは楽なんですよ。気持ちをアゲると言うけど、アゲるにはエネルギーが必要だし、何かしらアクションを起こさないといけないから。でも何よりKIRINJIとお客さんとの関係が、喫煙所で愚痴ってる感じみたいになるのはイヤですから(笑)。

――サウンド的にはソウルをベースに、生演奏とエレクトロニクスをミックスするというここ数年のKIRINJIの流れを汲んでいます。

堀込 今回はメロディアスでハーモニーのキレイな曲にしたいって気持ちがあったので、自然とオーセンティックなものになりました。あとKIRINJIって何度か体制を変えていて。ふたりから始まり、バンドを経て、ソロプロジェクトになった。それで音楽性を大幅に変えると捉えどころのないプロジェクトになっちゃうので、ここ数年やってる感じをもう少し続けてみようとなりました。

――たしかにいきなり音楽性が変わると、「あれ? こんなんだっけ?」って混乱することがありますよね。

堀込 ダンスものばかりやってる人が、いきなりアコースティックのアルバムを作ったりとかね。それこそ最近、好きになってくれたファンなんて困っちゃう。みんなが継続して楽しんでくれる感じにしたかったんです。

――本作で特に印象に残っている曲は?

堀込 韓国のバンドSE SO NEONをフィーチャーした「ほのめかし」でしょうか。彼らとは彼らがライブで来日した時に一緒にお茶したんですけど、ヴォーカルのソユンさんの儚げな声がいいなと思って声をかけさせてもらいましたね。

――これは言葉によらないコミュニケーションがテーマだとか。

堀込 要は「気配で察する」ってことなんだけど、そういうのって最近は「忖度」みたくネガティブに取られることが多いじゃないですか。でも人の気持ちを察するって悪いことではなく、むしろ人間関係では高度なコミュニケーションだと思うんです。特に恋愛の場面では大事で。そこに空気が流れているんだから、お互いを思いやり、察し合おうよって歌っています。

――タイトルが興味深い「I ♡ 歌舞伎町」は、昨今話題の「トー横キッズ」を題材に書かれたんですか。

堀込 そうです。ミステリアスな感じからメロウな感じに転調するAOR調の曲なので、詞は物語仕立てがいいと思っていたんですよね。確か春くらいかな。トー横キッズのニュースを眺めていたら、あそこにいるのはウチの子と同世代で、人ごととは思えずに気になっちゃって。ただいろいろ見ていたら、つい子どもたちに肩入れしがちだけど、あの場で苦しんでいるのはじつを言えば大人たちもそうなんじゃないかと思えてきて。両方の切実な姿をイメージしながら、歌舞伎町という場全体を歌にしてみました。

――ラストの「夢を見よう」というフレーズが胸に沁みますね。それにしても前作『crepuscular』(2021年12月)をリリースしてから今作までの2年経たない間に、配信シングルを4作発表(アルバム先行配信含む)したのは、 KIRINJIのようなベテランアーティストにしてはハイペースな気がします。ここ数年、若手のインディーアーティストたちが曲をどんどん出していく姿を思い出しました。

堀込 そういう動向に関してはやはり意識しますね。今時、常に何か動いていないと話題にすらならない。それは避けたいので。そもそも曲を作ることは楽しいし、決して苦じゃないですから。まぁアルバムとなるとそれなりに大変ですけど。

――一年半前のインタビューで「駄作と言われてもいいから、恐れず新曲を出し続けたい」とおっしゃってましたけど有言実行ですね。

堀込 あははは。そんなこと言ってましたっけ。でも駄作は一向にできないですね。全部、名曲になっちゃう。なんて言うとすごくイヤな奴に思われそうだけど(笑)。

――でもまさにその通りです。前回の取材時にも言いましたけど歳とキャリアを重ねて、そのバイタリティは増すばかり。今回もさらに大人雑誌のモデルのようです!

堀込 いやいや(照笑)。ただ常にフレッシュでいたいとは思ってますね。

でも先ほども言った通り、KIRINJIって変遷しているじゃないですか。だからそれがマイナスに映ったらいやだってのはあります。音楽的にもそうだし、アーティストとしての見え方も。一人でやりだしたら急に失速したとか絶対言われたくないですよ。

――あと楽曲へのこだわりから、堀込さんはどこかプロデューサーのようにみられることがありますけど、先ほどの弾き語りツアーのお話などを伺っているとイメージが変わりますね。

堀込 自分の曲しか作ってないし、それを自分で歌っていますからね。でも本当によくプロデューサーっぽくみられますよ。他の媒体にも言われたことあるけど、メガネのせいかな(笑)。

――弾き語りを通じ、歌うことへの変化はありました?

堀込 単純に歌うことへ抵抗がなくなりました。自分が歌いだして10年経つけど、間違えないようにしなきゃとずっと思っていたんです。でも弾き語りだと多少は失敗しても逆にライブ全体のフックになったりもする。そうすると面白くなり、同時に演奏と歌のスキルもあがる。もっと歌いたいという気持ちにもなりましたね。

――アーティストの中には、曲だけをつくり、シンガーをフィーチャーして歌ってもらうプロデューサータイプの方も多いですけど、バンド時代のKIRINJIはそういう一面もありましたよね。

堀込 そうですね。でもいまは完全に個人的な想いを反映させるために曲を作って、自分で歌いたいと思っていますね。

――逆に気になったアーティストに曲を提供したいと思うことは?

堀込 それはありますけど、いらないですって言われちゃうかもしれないから(笑)。とはいえたまに夢想しますよ。70年代のティンパンアレーみたいな曲を誰かに書いてもらって、この人に歌ってもらったら合うんじゃないかなーみたいな。そういう座組みを作るのもプロデューサーっていうのかな。

――プロデューサーですよね。

堀込 そういう形であればプロデューサーをやってみるのもいいなと思いましたね。syncokinでやろうかな。いや、でもやっぱり自分が曲を書きたいと思っちゃうな。曲を書くって一番面白いところだから誰かにやってもらうなんてもったいないというか。で、できた曲を誰かに歌わせるなんてまたもったいなく思いそうだし。イメージがすごくわいてきた。また名曲が生まれちゃうかもしれないですね(笑)。

■KIRINJI
1996年に堀込高樹と堀込泰行の兄弟で「キリンジ」を結成。98年にメジャーデビューを果たす。2013年、堀込泰行が脱退し、バンド編成の「KIRINJI」として活動開始。2021年からは堀込高樹のソロ・プロジェクトとなる。今年4月、自身のレーベル「syncokin」を立ち上げ、新たなスタートをきった。
○最新アルバム『Steppin' Out』が絶賛発売中! 2023年9月16日より弾き語りツアー「KIRINJI 弾き語り ~ひとりで伺います」がスタート。11月17日には全国ツアー「KIRINJI TOUR 2023」も始まる。公演の詳細はKIRINJI公式サイトをチェック!
公式Instagram【@kirinji_official】