角田陽一郎かくた・よういちろう
バラエティプロデューサー、文化資源学研究者。東京大学文学部西洋史学科卒業後、1994年にTBSテレビに入社。『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金スマ』などバラエティ番組の企画制作をしながらネット動画配信会社goomo設立。2016年TBSを退社。映画『げんげ』監督、音楽フェス、アプリ制作、舞台演出、多種多様なメディアビジネスをプロデュース。現在、東京大学大学院博士課程にて文化資源学を研究中
『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数多くの人気番組を手がけてきたバラエティプロデューサー角田陽一郎氏が聞き手となり、著名人の映画体験をひもとく『週刊プレイボーイ』の連載『角田陽一郎のMoving Movies~その映画が人生を動かす~』。
10月13日から公開中の『キリエのうた』で原作・脚本・監督を務める岩井俊二さんが影響を受けた作品とは?
――子供の頃に見て、映画制作者として影響を受けている作品はありますか?
岩井 子供の頃はテレビっ子だったり、怪獣映画が好きだったりと要素が多いんですが、影響を受けた映画というと市川崑監督の『犬神家の一族』ですね。映画に行くときは、たいていは親か、最低でも兄がついてきましたが、中学2年生のときに初めてひとりで見た映画が『犬神家の一族』なんです。
――『犬神家の一族』は僕も本当に大好きな映画です。色のトーンや語りの感じなど、岩井監督の世界観にも通じるものがありますよね。
岩井 大学に入って自主制作映画を作り始めた頃は寺山修司さんが好きで、その影響下にある実験映画みたいなものばかり作っていました。
けれども大学3年ぐらいからドラマ仕立てで作品を撮ることに目覚めて、『犬神家の一族』を含めていろいろな映画を研究して、「こうやったら映画ができるんだ」ということを会得していきました。
中でもものすごく研究したのはアメリカのテレビドラマ『大草原の小さな家』と、宮﨑駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』です。
――カリオストロなんですね。すごい作品ですよね。
岩井 大学生だったその頃、夏の間ずっと、スーパーマーケットで親の買い物を待っている子供たちに映画を見せるアルバイトをしていたんです。
最初はバイト先からつまらないフィルムばかり与えられて見せていたんですが、僕が「『カリオストロ』をやってくれ」と上の人に頼んだら、「(上映料が)高いんだよ、あれ」と言いつつ借りてくれて。子供たちに見せるたび、自分なりに作品を研究しました。
とにかく動きの連動性がものすごく鮮やかで、そのモーションみたいなものから影響を受けましたね。プロとして撮れるようになった若い頃は、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』なんかがそうですが、「誰もやってないから」と思って、アニメっぽいドラマを作っていました。子役にもジブリっぽい動きをさせたりして。
――岩井監督の映画は、映像美のカッコいい作品なのにエンタメ性もすごくあるなと感じていましたが、ジブリがルーツのひとつなんですね。
岩井 高畑勲さんは僕の遠縁にあたる人で、大学を出るときにお話しさせてもらったことがあります。すごく辛口の方で、当時のヒット映画をこき下ろしたりしていて、半分僕が叱られているみたいでした(笑)。
「次は少しマシになって会いたい」と思っていたんですが、『リリイ・シュシュのすべて』のときに「素晴らしかったです」というはがきをいただいて、本当にありがたかったですね。
――すごくいい話ですね。
岩井 宮﨑監督作品ほど積極的に研究していたわけではないんですが、高畑監督には不思議と影響を受けているのか、「高畑勲展」で制作過程の展示を見て、自分と似たような考え方で作っていると感じました。
プロットを見ると「お客さんのバイオリズム」みたいなものが書いてあるんですが、僕も「物語のバイオリズム」みたいなものを数値化・可視化したいんです。いくら考えても答えはないんですが、作品をひとつ作る中で、そこに行き着くタイミングが必ずある。気がつくとフォトショップで図形を構築して、数字を入力したりしています。
――フォトショップ! 確かに岩井監督の作品からは図形的なロジックを感じます。
岩井 例えば、エイドリアン・ラインという監督の『ナインハーフ』と、その次作の『危険な情事』を見たときに、「これ、フォーマットは一緒で、ただ男女を入れ替えただけだよね?」と思いました。それもあって『Love Letter』は、大学時代に作った映画のフォーマットをそのまま転用したんです。
『スワロウテイル』はまったく違う内容ですが、「トンボを見ているシーンでアゲハチョウが出てくる」みたいに、同じ時間で同じようなことが起きるように『Love Letter』をなぞっていますね。僕の場合、そうすることで映画が初めて形になるんです。
――図形的に作品を構築される岩井監督ですが、『キリエのうた』はどんなふうに作ったんですか?
岩井 今回は、いくつかの時代をバラバラに配置して、どこかで引っかかってくれれば化学反応が起こってくれる、という作り方をしています。ずっとひとつの時間軸で起承転結をつけていかなくていいから、気は楽でしたね。今作で新しいフォーマットが自分の中に蓄積されました。
フォーマットでいうと、僕が中学生の頃にほれ込んだ作品に篠田正浩監督の『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』があります。いまだに大好きな作品で、たまにどこかで上映があると見に行っています。
『キリエのうた』は裏の構造が『はなれ瞽女おりん』をなぞっていたり、「おりんにもあったから」という理由で本筋には必要ないシーンを入れているので、篠田監督にお会いしたら、「おりんをリメイクしました」と言おうと思っています(笑)。
――篠田監督がなんておっしゃるか、興味がありますね。アイナ・ジ・エンドさんをはじめ、俳優の方々はどうでしたか?
岩井 俳優は誰でもいいわけではもちろんなくて、すごい人たちと作るべきです。そうすると物語が自走してくれますから。なんの化学反応も起きないと、一生懸命物語を用意してもなかなか吸引力が生まれない。
アイナさんも、(松村)北斗くんも、(黒木)華(はる)ちゃんも、(広瀬)すずちゃんもすごい吸引力を持っている、それぞれ主役でいける人たちです。彼らから生まれた化学反応でできた作品なので、僕は今回、本当に何もしていないぐらいの感じです(笑)。
――監督がそこまで言ってしまうのはすごいですね。この映画をどんな方に見てもらいたいですか?
岩井 これだけ映画を作ってくると、自分の中では感謝しかないんです。この映画を見て、「つまらなかった」と怒る人がいたとしても、その人の中に良くも悪くも何かが残ったとしたら、それでいい。
映画を見てもらわないと、そういうことは起こらないわけですから、すごく貴重なことですよね。だから、どなたでも、どんな思いをお持ちの方でも、見てもらえることに感謝ですね。
●岩井俊二(いわい・しゅんじ)
1963年生まれ、宮城県出身。18歳から映像作家として活動を始め、1993年、ドラマ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』で日本映画監督協会新人賞を受賞。『Love Letter』『スワロウテイル』などの話題作を発表してきた、日本を代表する映画監督のひとり
■『キリエのうた』全国劇場にて公開中
バラエティプロデューサー、文化資源学研究者。東京大学文学部西洋史学科卒業後、1994年にTBSテレビに入社。『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金スマ』などバラエティ番組の企画制作をしながらネット動画配信会社goomo設立。2016年TBSを退社。映画『げんげ』監督、音楽フェス、アプリ制作、舞台演出、多種多様なメディアビジネスをプロデュース。現在、東京大学大学院博士課程にて文化資源学を研究中