日本有数の映画ガイド・高橋ヨシキが新作映画をレビューする『高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ』! マーティン・スコセッシ×レオナルド・ディカプリオの西部劇サスペンス& 伝説の老兵が無双する、フィンランド発のアクション大作!

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『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

評点:★4点(5点満点)

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ここでは愚かさは無罪を意味しない

マーティン・スコセッシ監督は前作『アイリッシュマン』(209分)も長かったが、本作の上映時間もそれに並ぶ206分の長尺である。

だがそうすることによってしか表現できないものは確実にある。本作でいえばそれは重層性ということに尽きる。

1920年代を舞台に、居留地から石油が出たことで裕福になった先住民と(皮肉なことに、かつて彼らはアメリカとの交渉の末にそこへ「追いやられて」来たのだった)、その富に群がる白人たちの軋轢(あつれき)を描いた本作は、簡単に言えば「カネを巡る欲望と殺人」についての物語で、その意味でスコセッシが描いてきた数々のギャング映画と通底するものがある。

だが、観ているうちに空恐ろしくなるのは、これがまったく過去の物語ではなく見える瞬間があることだ。

レオナルド・ディカプリオ演じる主人公はひたすら愚かな人物なのだが(愚か者特有のしぐさや目の泳ぎ方を完全に捉えた演技も素晴らしい)、彼の愚かさがロバート・デ・ニーロ扮(ふん)する叔父の邪悪さと結びついたとき、最悪な事態が引き起こされる。

愚かさはここでは無罪を意味しない。筆者は本作を観ながら2021年に起きた合衆国議会議事堂襲撃事件を想起せずにおれなかった。

STORY:1920年代、米オクラホマ州オセージ郡。地元の有力者である叔父を頼り、ここへ移り住んだアーネスト・バークハートは、そこで暮らす先住民オセージ族の女性と結婚するが、ふたりの周囲で不可解な連続殺人事件が起こり始める。

監督:マーティン・スコセッシ
出演:レオナルド・ディカプリオ、リリー・グラッドストーン、ジェシー・プレモンス、ロバート・デ・ニーロほか 
上映時間:206分

全国公開中

『SISU / シス 不死身の男』

評点:★4点(5点満点)

©2022 FREEZING POINT OY AND IMMORTAL SISU UK LTD. ALL RIGHTS RESERVED. ©2022 FREEZING POINT OY AND IMMORTAL SISU UK LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

濃密で映画を観る喜びに満ちた91分

第二次大戦末期のフィンランドを舞台に、撤退中のドイツ軍を文字通り不死身の老兵が皆殺し! と聞くと、いかにもそういうジャンルに淫した作品のように思える。

実際、筆者も予告編の時点ではそのような印象を持っていたのだが、本編を観てその圧倒的な面白さと、ジャンルに取り組む真摯(しんし)な姿勢に打ちのめされた。

ポスト・ポストモダン時代の昨今、メタ的な、あるいは「そういうものとして観てもらうこと」を前提とした「ジャンル映画」は引きも切らないが、本作のレベルで観客におもねることなしに徹底して真剣に「娯楽」と向き合った作品に出会うのは非常に稀(まれ)だ。

表現において、作り手の「本気度」がどれほど重要か、ということを本作は身をもって証明している。製作者が半笑いで作った作品が良かった例(ため)しなどないのだ。

ここにはジャンル映画の真髄と言ってもよいサスペンスフルな興奮があり、血まみれの残酷があり、怒涛(どとう)のカタルシスがある。いい顔を揃えたキャスト陣もそれぞれ良いし、画作りも丁寧で、そういう一つ一つの要素をないがしろにせず作られた作品であることがよく分かる。濃密で映画を観る喜びに満ちた91分を堪能させてくれる見事な一本だ。

STORY:1944年のフィンランド。老兵アアタミは掘り当てた金塊を隠し持ち、愛犬ウッコと荒野を旅する。やがて、ナチスの戦車隊に金塊と命を狙われるが、アアタミは古いツルハシ1本と不屈の精神を武器に次々と敵を血祭りにあげていく。

監督・脚本:ヤルマリ・ヘランダー
出演:ヨルマ・トンミラ、アクセル・ヘニー、ジャック・ドゥーランほか 
上映時間:91分

TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中

●高橋ヨシキ(たかはし・よしき)

デザイナー、映画ライター、サタニスト。長編初監督作品『激怒 RAGEAHOLIC』のBlu-ray&DVDが発売中。

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イラスト/Utomaru