インタビューマン山下いんたびゅーまん・やました
1968年、香川県生まれ。92年、世界のナベアツ(現・桂三度)とジャリズム結成、2011年に解散。同年、オモロー山下に改名し、ピン活動するも17年に芸人を引退し、ライターに転身。21年、芸人に復帰し現在は芸人とライターの二足のわらじで活動している。
10月21日(土)放送の『キングオブコント2023』(TBS系)で歴代最高得点を記録し、歴代最年長王者に輝いたお笑いコンビ「サルゴリラ」。歓喜から一夜明けたチャンピオンのおふたりを直撃!
――優勝おめでとうございます。児玉さんはご結婚されていますが、ご家族の反応は?
児玉 夜中の3時ぐらいに帰ったんですが、奥さんはちゃんと起きていてくれて......キスしました。
赤羽 そのトーンなんだ(笑)。気持ち悪い。
児玉 そら優勝して帰ったらキスでしょ。
――どんなタイミングで?
児玉 玄関のドアをガチャって開けたら、奥さんがワーッて寄ってきて、そのまま抱き合ってチューですよ。
赤羽 早いな!
――赤羽さんは独身ですが、当日は誰かと会いましたか?
赤羽 マヂカルラブリーの村上から「モグライダーの芝(大輔)と高円寺の居酒屋にいるからおいでよ」って連絡が来て、お祝いしてもらいました。
――パンサーの向井慧(さとし)さんが号泣している動画がSNSで流れましたが、見ましたか?
赤羽 見ました。あの映像を見て僕も号泣ですよ。それで児玉に「泣けるよ」って見せたら、全然泣かないんです。
――ドライですね。
児玉 違うんですよ。密着のカメラが僕を撮っていて、「泣き待ち」みたいになって。「泣かなきゃ」と思ったら、全然泣けなかったんです。
――ピースの又吉直樹さんにもお世話になっていますよね。
赤羽 はい。コンビ名の名づけ親ですから。
児玉 1本目のネタの途中くらいから、もう泣きそうになっていたらしいです(笑)。
――赤羽さんは痩せましたね。
赤羽 マックスのときから40㎏くらい痩せました。
児玉 赤羽は20歳くらいから痛風なんですよ。
赤羽 ラーメンのスープを全部飲む生活を続けていたら、ある日突然足が痛くなって。
児玉 痛風で歩けなくなっちゃって、こいつが借りていたエロビデオを、お母さんに毎回返してもらっていたんです。
――そんなことさせないでくださいよ(笑)。
児玉 こいつの母ちゃん、地元じゃ相当なエロババアだと思われていますよ。
――ひどい風評被害(笑)。
赤羽 それでもラーメンをやめないから、お医者さんにキレられて。そこからダイエットを始めました。
児玉 1㎏痩せたら1万円というダイエット企画が始まって、みるみる痩せましたね。
赤羽 その話を聞いたマヂカルラブリーの野田(クリスタル)君が「だったら俺も1万円出すよ」って言い出して。1㎏2万円になって松阪牛と同じくらいの価値に(笑)。
――(笑)。今ではコンビの体重差が2㎏と聞いて驚いたんですが、本当ですか?
赤羽 僕が今75㎏で児玉が73㎏くらいなので、実はそんなに変わらないんです。
児玉 デブと普通というキャラでこれまでやってきたけど、こっからムズいですね(笑)。
――おふたりは幼稚園から40年来の幼なじみで、今でも仲がいいんですよね。
赤羽 ネタ合わせが早めに終わったら、一緒にサウナや古着屋に行きますね。
児玉 「これ似合うんじゃない?」みたいな。
――カップルじゃないですか(笑)。決勝当日もそんな感じだったそうですね。
児玉 劇場の出番がお昼に終わって、TBSの入り時間までけっこう時間があったので、ふたりでしゃぶしゃぶの食べ放題に行って、サウナに行って、買い物しました。
赤羽 児玉はカーディガン、僕はスニーカーを買いました。今日、早速下ろしています。
――(笑)。ちなみに、今後はどんなことに力を入れていきたいですか?
児玉 しずる、ライスと一緒に「メトロンズ」という演劇ユニットをやっていまして。これを大きくしたいです。
赤羽 しっかりとしたお芝居をやっています。
――三谷幸喜(みたに・こうき)さんがおふたりの演技を絶賛していました。「メトロンズ」の舞台を今度見に来てもらったら、三谷作品にキャスティングされるかもしれないですよね。
児玉 うわ!
赤羽 どうしよ、ライスの関町(知弘)とかが決まったら。
児玉 「あっちのほうがいいな」って(笑)。
●赤羽健壱(あかば・けんいち)
1979年4月6日生まれ、東京都出身。NSC東京校9期生。趣味はスニーカー、ダイエット、散歩。特技はダイエット(40㎏減量)
●児玉智洋(こだま・ともひろ)
1979年11月14日生まれ、東京都出身。NSC東京校9期生。趣味は銭湯・サウナ巡り。特技はサンマの丸のみ、手押し相撲(無敗)
1968年、香川県生まれ。92年、世界のナベアツ(現・桂三度)とジャリズム結成、2011年に解散。同年、オモロー山下に改名し、ピン活動するも17年に芸人を引退し、ライターに転身。21年、芸人に復帰し現在は芸人とライターの二足のわらじで活動している。