連日、住宅地や市街地でもクマの被害や目撃情報が後を絶たない。もし住宅街でクマに遭遇したら? キャンプ中にクマに襲われたら? 誰にとっても人ごとではない今、いざ出くわしたときのために、クマ映画を見て心の準備をしておこう!
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■実は70年代からあるクマが人を襲う映画
2019~23年に、66頭の牛を襲った北海道標茶(しべちゃ)町オソツベツのヒグマ「OSO18」を筆頭に、各地でクマの目撃情報や人的被害が相次いでいる。日本中に緊張感が走る今、クマとの遭遇をリアルに感じられる〝クマ映画〟を見て、恐怖への免疫をつけよう!
さて、そんなクマ映画にはどんな作品があるのか。年間300本の映画を鑑賞し、ジャンルを問わずさまざまな映画に詳しいジャガモンド・斉藤正伸(さいとう・まさのぶ)さんがまず挙げたのは、今年9月に日本でも公開された『コカイン・ベア』だ。
「80年代に実際にあった出来事から着想を得た映画です。元刑事の麻薬密売人が証拠隠滅のために飛行機で運んでいた大量のコカインを国有林に落とすんですが、その下をたまたま通りかかっていたクマが食べてしまい......。
実際のクマは死んでしまったらしいのですが、この作品ではクマがそのコカインを食べてラリっちゃうんです(笑)。ハイになったクマは、アニマルパニック映画らしく遭遇した人間を襲いまくるんですが、途中で飛んでいるチョウを追いかけたり寝ちゃったり。クマの怖さだけでなく、かわいらしさも感じられる作品です」
2023年に新作が公開されるほどクマ映画は今まさにホットなようだが、実は70年代からある。
「クマ映画のはしりだといわれているのが1976年公開の『グリズリー』。その特徴は、本物のクマを使って撮影している点です。
クマが木造の監視塔を揺らして倒すシーンがあるんですが、調教師がエサを釣ってクマを誘導しながら撮影したそう。ラストシーンの、グリズリーがまさかのロケットランチャーに......っていう思い切りの良さも最高なんですよ。
その前年(1975年)に公開され一世を風靡した『JAWS/ジョーズ』に似ていることから、別名〝陸の『ジョーズ』〟とも称されていますが、監督を務めたウィリアム・ガードラーはそれを明確に否定しています」
半世紀近く前の作品にもかかわらず、今でも国内外でカルト的な人気を誇っており、ブルーレイも出ているほど。
X(旧Twitter)フォロワー18万人超えのホラー映画ライター・人間食べ食べカエルさんも70年代のクマ映画を挙げる。
「『プロフェシー/恐怖の予言』(1979年)は、メチル水銀が原因でクマが突然変異してしまったというアニマルパニック映画。当時、大きな社会問題となっていた環境破壊や水質汚染というテーマも取り入れられており、社会派映画としても非常によくできた作品です。
まず、見た目がおぞましくて、皮膚が焼けただれて形態が異常になっているクマが、人間を襲いまくるんです。
グロテスクな見た目は、CGがほとんどない当時、着ぐるみなどの特殊造形で作られていて、手作り感のあるグロさや不気味さには味があり、モンスター映画好きにはグッとくるポイントが詰まった映画です。インパクトのある外見はもちろん、その暴れっぷりにも注目です」
■リアルなものからSF的なクマまで
70年代から今日まで、クマ映画は作られ続けているようだ。そこで描かれる恐怖は多様だが、やはり本当に怖いのはクマ本来の恐ろしさが感じられる作品だ。人間食べ食べカエルさんは「それでいうと『ブラックフット』(2014年)は外せない」と語る。
「森の中を散策するカップルがクマに襲われるというシンプルな映画なんですが、実話ベースで描かれていることもあり、非常にリアリティがあります。クマの怖さが余すところなく前面に押し出されているのがいい。
本当にクマに襲われたら人間はどうなってしまうのか? 肉体はどんなふうに切り裂かれ、ズタズタになるのか? ホラーとしてもクオリティの高いアニマルパニック映画で、個人的にはクマが出てくる作品の中で最も怖いと思います」
多くのクマ映画がグリズリー(ハイイログマ)を扱う中、『アンナチュラル』(2015年)は白いホッキョクグマが登場する珍しい映画だ。人間食べ食べカエルさんは「ストーリーに真新しさはないものの、クマの造形が素晴らしい」と太鼓判を押す。
「『アンナチュラル』というタイトルのとおり、このクマは自然由来のものではなく、遺伝子操作されたクマ。凶暴性が増したホッキョクグマが襲ってくるという独自性が推しポイントです。
全身が真っ白な体毛で覆われているので、人間を襲うたびに血液がつくワケです。その白い毛と赤い血のコントラストが素晴らしい! クマの顔が赤く染まっていく過程は、白いクマならではですね」
これぞクマ映画!なラインナップが列挙される中、少々変わったクマ映画も。
「Netflixオリジナル映画『アナイアレイション-全滅領域-』(2018年)はSFミステリーなんですが、実はこれにもクマ......というか、クマのような生き物が出てくるんです。
アメリカ西海岸に突如として現れたエリアXと呼ばれる謎の空間で、異常な進化を遂げたキメラ的なクマが襲ってくる。恐ろしいのが、捕食した人間の断末魔を記録する性質を持っていて、『助けて』と鳴きながら襲ってくるんです」(ジャガモンド斉藤さん)
直球クマ映画の味チェンに、変化球クマ映画もいいかも!
■多様なクマ映画。その理由は?
ここまで海外製作のクマ映画が続いたが、日本にもクマ映画はある。そして、出てくるのはもちろんグリズリーでも、ホッキョクグマでも、キメラ的クマでもない。ホッキョクグマと並びクマ科では最大の体長を誇るヒグマだ。
「『リメインズ 美しき勇者たち』(1990年)は数少ない日本製のクマ映画のひとつで、真田広之さんや菅原文太さんなど、著名な役者が多数出演されています。
この作品の大きな特徴は、本物のクマを使って撮影している点に加え、撮り方に力が入っているところ。ちゃんと『クマが人を食べる』という描写に執着しているのが感じられます。
クマに連れ去られた女性を助けに向かった先で、手をブンブン振ってる影が見えるんです。よーく目を凝らすと、クマが食いちぎった腕を口にくわえていたっていう。そのシーンが本当に恐ろしくて。
これは美術さんや調教師さんの工夫のたまものだと思います。そういった容赦ない残酷描写もあり、クマのリアルな怖さが感じられる良作です」
こうして見ると、クマ映画は狭いジャンルの割に種類が豊富だ。その理由としてジャガモンド斉藤さんは「クマ映画にまだ金字塔といえる作品がないからかも」と分析する。
「サメ映画といえばやっぱり『ジョーズ』ってなりますよね。見ていない人でも、BGMと映像が思い浮かぶでしょうし。つまり、サメ映画を作るとなると『ジョーズ』とどう差別化するか、と考えなければならない。
一方で、クマ映画においては、イメージが固まりきっていません。『リメインズ』のようにクマが人間を襲うオーソドックスな構成もアリ、『コカイン・ベア』のようにクマのマスコット的なかわいい一面を見せる演出もアリ。
これといった代表作がないのはネガティブに思える半面、だからこそいろんな作品が生み出せるとも考えられます」
そんな中、人間食べ食べカエルさんは2024年1月公開予定の実写版『ゴールデンカムイ』に期待を寄せる。
「予告動画で確認できるクマの出演シーンは一瞬だけなんですが、本編でどれくらい出てきてくれるのか......。勝手に期待しています。日本の代表的なクマ映画の一本になる可能性があるかもしれません」
にわかに盛り上がっているクマ映画の世界。この冬は部屋を暖かくして、クマ映画で肝を冷やしてみては?