伊集院光の新番組『伊集院光のタネ』がスタートした。ニッポン放送で伊集院が帯番組を担当するのは『伊集院光のOh!デカナイト』以来、28年ぶりのこと。伊集院のラジオ史における新たな一歩となるこの番組、そして今後のラジオとの関わり方について話を聞いた。(全2回/1回目)
■ニッポン放送と和解したか、毎回3億円もらっているか
四半世紀以上続く深夜番組『月曜JUNK伊集院光 深夜の馬鹿力』や、昨年3月まで放送されていた朝のワイド番組『伊集院光とらじおと』など、長らくTBSラジオを拠点に活動してきた伊集院光。まさかの古巣・ニッポン放送での帯番組スタートということで驚いたリスナーも多かったのではないだろうか。「ニッポン放送を出禁になっている」といった、過去のいざこざは『深夜の馬鹿力』でもたびたびトークのネタにされてきたが......。
「"伊集院光"というのはもともと、落語家であることを隠してニッポン放送のオーディション番組に出るため、仮でつけた芸名なんです。それからニッポン放送では『伊集院光のオールナイトニッポン』や『伊集院光のOh!デカナイト』といった番組をやらせてもらいましたが、局から"ウチの所有物"扱いされることにだんだんとストレスがたまっていって。
お世話になっていたディレクターさんから『悪いけどやってくれない?』って頼まれればどんな仕事でもやりますけど、そうじゃない人からトップダウンで『これやれよ』とか言われると、『えっ、僕以外のタレントにもそんな風に言います!?』みたいな。そんなふうに上層部との軋轢(あつれき)がひどくなっていき、さらに、お世話になっていたディレクターさんが左遷されてしまったこともあり、『ニッポン放送も潮時だな』と思うようになっていきました。
ラジオでしゃべるときに面白くしていることもあるし、しかも自分でもどう言ったか忘れちゃってることまで一人歩きしていくから、ネットを見て自分でも『こんなことになってるんだ』と驚くことがあって。ニッポン放送との確執が決定的になった出来事が、『偉い人を居酒屋で巴投げした』ことになっているんだけど、巴投げは相当な柔道の技術がいりますからね(笑)。
偉い人が放物線を描いて空中を飛んでいく絵面を想像すると面白いから、僕もラジオでそうしゃべってたんだろうけど。本当は居酒屋で、偉い人の胸ぐらをつかんで壁にギューギュー押しつけた......くらいが、僕の今の記憶の中で一番正しいところですかね。さらに、わかりやすいから『出禁になった』という言い方をしちゃってますけど、僕の方から辞めて『二度と出るか!』みたいな感じだったので、正確には出禁ではないかもです。
その後、TBSラジオに引き抜かれる形で1995年にスタートした『深夜の馬鹿力』は、当時、圧倒的人気を誇っていたニッポン放送『オールナイトニッポン』を聴取率で逆転。現在まで続く人気番組となっている。
「僕もトガッてたから、『Oh!デカナイト』が終わったらすぐに、ニッポン放送の看板番組のオールナイトニッポンの中でも一番数字のいい曜日の裏ですぐに番組をはじめようと思っていたんですが、そこは敵もさるもので、『Oh!デカナイト』って、改編期でもなんでもない4月末に終わっているんですよ。そこから新番組は始められないので、結局、TBSラジオは10月スタートになりました。
ラジオでのトークって、先に話したようにエンタメではあるものの、本心以上に本心でもあるんです。かみさんにも内緒にしていることを、ラジオだったら言えたりもするんで。あの頃、ラジオの勢いだからこそ言える本音として、『ニッポン放送をひっくり返してやる』みたいな気持ちは本当にありましたね。番組で『ニッポン放送! お前らが出てくれって言ってきても......お金次第だ!(笑)』みたいなことを言っていたと思います。だから今回の番組がはじまったのは、ニッポン放送と和解したのか、毎回3億円もらっているのか、どっちかですよ(笑)」
「セルフ出禁」のような形で、長らくニッポン放送には出演していなかった伊集院だが、2004年のニッポン放送開局50周年特番、2014年の開局60周年特番と、約10年周期でニッポン放送に登場している。
「上層部に対してはわだかまりがあったけど、現場のスタッフとはメチャクチャ仲がよかったから、その人たちから声をかけられたら、まあ行きますよ。
当時、サウンドマンっていう制作会社があったんだけど、そこのディレクターたちは、『ニッポン放送の正社員ディレクターを見返してやる』っていう意識がすごく強かったんです。『オールナイトニッポン』でいうと、1部はニッポン放送の正社員のディレクターがやって、2部はサウンドマンのディレクターなんですよ。だからみんな『絶対に1部より面白い番組を作ってやる』って燃えているんです。僕も『オールナイトニッポン』2部だったので、『聴取率で1部を超えてやる』って思っていて、彼らとは共闘意識がすごくありましたね。
今回の『タネ』でも、当時サウンドマンで、『電気グルーヴのオールナイトニッポン』のディレクターをやっていた加藤(晋)さん、それに僕の『オールナイトニッポン』や『Oh!デカナイト』のディレクターだった江尻(秀昭)くんと一緒ですから。
僕は友達ともあまりベタベタしないので、『Oh!デカナイト』を辞めてから、スタッフの人たちともほとんど連絡は取っていなかったんですけど、たまに特番でニッポン放送に行くとみんな集まって来てくれて、それがうれしかったですね。
ところが、そこに僕とモメた偉い人がやって来て『おい、(伊集院ともめた経緯が書かれている)Wikipedia書き直せよ、全部ウソじゃねえか!』みたいなことを言ってきて。『いやいや8割方本当ですよ』って、これまたリアルにもめて(笑)。わざわざやって来て、そんなこと言ってくなんて。それでまた、しばらくニッポン放送には出たくないなって思わせるんだから、すごい人ですよ。
さらにしばらくすると、その人も定年退職してニッポン放送は新体制になっていたし、僕もいい加減、いい大人だしっていうのもあるし。(和田)アッコさんや、佐久間(宣行)さんの番組に呼んでもらって、時々ニッポン放送に出るようになりました。ただ、その頃はTBSラジオで『らじおと』をやっていたので、あくまでお客さん気分ですが」
■ラジオ局との新しい関係
TBSラジオを代表する長寿番組だった『大沢悠里のゆうゆうワイド』の後を受け、2016年にスタートした朝のワイド番組『伊集院光とらじおと』。『深夜の馬鹿力』とあわせ、名実共にTBSラジオの顔となっていった伊集院。しかし、その『らじおと』は2022年3月で突然終了する。
「『らじおと』は、自分の最後のラジオ番組として10年......15年は続けようと思っていました。でも、ラジオ人生の集大成として、ありとあらゆるラジオの要素を取り入れた番組だったから、スタッフの負担も大きかったのかなと思うんです。
番組が面白くなるなら僕の労力はいくらかかっても全然いいんですけどね、マゾなんで(笑)。でもそれぞれみんな家庭もあるし、全員が同じ方向を向くのは難しいんだなっていうのがよくわかって。『いろいろな考え方を変えていかないとダメだな』と思い、最終的には辞任という形で終わらせることにしました。構造的問題を抱えていては、最後のラジオにはできないですから」
結果的に6年間で終了となった『らじおと』。そのあたりから、伊集院のラジオに対するスタンスが変わったようにも思える。
「ラジオに対するスタンスというよりは、ラジオ局に対するスタンスですね。僕はその時々にお世話になっている局に対して、過度に忠誠を誓うタイプだったんです。『TBSラジオでレギュラーを持っているからには、他局には出ちゃいけない』みたいな。
でも、TBSラジオとニッポン放送でレギュラーを持っているナイツなどの例を見るように、そういう傾向が薄れてきて、さらにTBSラジオはスペシャルウィークを廃止、『聴取率は関係ない』という方針になって。その頃から『変わらないと』と思いはじめましたね。自分は誰ともベタベタしないし媚びたりもしないけど、『聴取率さえ上げれば番組は続けられる』と考えていたので。
日本テレビの名物ディレクター・プロデューサーだった井原(高忠)さんという方が『視聴率は家賃だ。家賃を納めたら自分の好きなことができると思って、オレはがんばってきたんだ』と言っていて、まさに僕はそういう感じだったんです。とにかく聴取率は取るから、その代わりに僕の厄介なところはある程度勘弁してほしいと思っているので。
そこで『聴取率は関係ない』と言われちゃうと、『これはいつでも切られる可能性があるぞ』と。実際、聴取率は高いのに『役目が終わった』なんて言われて終わっていった長寿番組もありましたから。
その頃から『一つのラジオ局に忠誠を誓っている場合じゃない』と傾きはじめました。今回、ニッポン放送で番組がはじまったばかりで申し訳ないんですけれど、ニッポン放送ともギブ・アンド・テイクでウィンウィンな関係を作りたいと思っていますが、別に『古巣だから』みたいなウェットな忠誠心はないですね。あくまでラジオそのもの、番組リスナーに対して誠実にやりたいです。僕の本丸『深夜の馬鹿力』もしかりです」
ラジオ局との新しい関係性を探るため、TBSラジオでの『深夜の馬鹿力』と同時進行でニッポン放送やNHK-FMでもレギュラー番組をスタートした伊集院。後編では新番組『伊集院光のタネ』への思いを聞く!
●伊集院光(いじゅういん・ひかる)
1967年11月7日生まれ。1984年に六代目三遊亭円楽(当時は三遊亭楽太郎)に弟子入りし、落語家に。その後、「伊集院光」としてラジオ番組を中心に活動を本格化。『オールナイト ニッポン』『Oh! デカナイト』(ともにニッポン放送)でカリスマ的な人気を博し、現在は『深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)や『伊集院光のタネ』(ニッポン放送)などのラジオをはじめ、テレビ番組などでも幅広い分野で活動中