米津玄師『KICK BACK』。ゴールド認定は、米国のレコード産業の業界団体・アメリカレコード協会(Recording Industry Association of America、略称 RIAA)が米国内での販売数に応じて与える「ゴールド&プラチナプログラム(Gold & Platinum Awards Program)」のひとつ。日本人が認定を受けるのは、1984年のオノ・ヨーコ(ジョン・レノンとの共作)以来、39年ぶり。日本語詞の楽曲では史上初 提供:(株)ソニー・ミュージックレーベルズ 米津玄師『KICK BACK』。ゴールド認定は、米国のレコード産業の業界団体・アメリカレコード協会(Recording Industry Association of America、略称 RIAA)が米国内での販売数に応じて与える「ゴールド&プラチナプログラム(Gold & Platinum Awards Program)」のひとつ。日本人が認定を受けるのは、1984年のオノ・ヨーコ(ジョン・レノンとの共作)以来、39年ぶり。日本語詞の楽曲では史上初 提供:(株)ソニー・ミュージックレーベルズ

アメリカレコード協会で初めてゴールド認定された日本語曲は、アニメ主題歌だった! 米津玄師、YOASOBI、Ado、King Gnu......。注目のアーティストたちがこぞって楽曲を提供する"アニソン"は今や世界を席巻する一大ジャンルに! 空前の世界的ヒットの背景を深掘りする。

■アニソンの海外人気はいつ始まったのか?

10月26日、アメリカレコード協会は米津玄師(よねづ・けんし)の楽曲『KICK BACK』をゴールド認定したと発表した。

同協会は米国内でのセールスに応じてゴールド&プラチナ認定を行なう歴史ある機関であり、現在は配信などでの再生数を「ユニット」という単位で集計。「ゴールド」には50万ユニット(米国内で7500万再生)以上が認定される。

♪『KICK BACK』米津玄師/常田大希(King Gnu/millennium parade)が共同で編曲に参加。モーニング娘。の『そうだ! We're ALIVE』を引用した歌詞とコミカルなMVも話題に 提供:(株)ソニー・ミュージックレーベルズ ♪『KICK BACK』米津玄師/常田大希(King Gnu/millennium parade)が共同で編曲に参加。モーニング娘。の『そうだ! We're ALIVE』を引用した歌詞とコミカルなMVも話題に 提供:(株)ソニー・ミュージックレーベルズ

この米津の受賞は日本語曲では初めての快挙だが、実は今年の音楽業界では"史上初"がもうひとつあった。

YOASOBI(ヨアソビ)の楽曲『アイドル』が6月10日付の米ビルボードのGlobal Excl. U.S.チャートで1位を獲得。これは米国内のデータを除いた世界ランキングであり、日本語曲の首位はこちらも史上初。各種配信サービスでもチャート首位になるなど、世界で空前のヒットを記録している。

この2曲には共通点がある。どちらもアニメ主題歌として発表されている点だ。『KICK BACK』はアニメ『チェンソーマン』の主題歌であり、『アイドル』はアニメ『【推しの子】』の主題歌である。

つまり、日本発の"アニソン"が世界を席巻しているのだ。その背景には何があるのか。音楽ライターの柴那典(とものり)氏はこう語る。

「海外でアニソンが存在感を持つようになったのは、今に始まったことではありません。具体的には2000年代の半ばから現在のヒットにつながる"種"がまかれていました。

最初に大きく取り上げられたのは04年。アニメ『鋼の錬金術師』の主題歌を担当したL'Arc-en-Cielが、アメリカのアニメ・漫画のフェスティバル『Otakon』に招かれてライブを行ないました。

彼らは同じ年に初の海外コンサートもアメリカで開催しましたが、アニメ主題歌がきっかけとなり、日本人アーティストが海外で認知される流れが、このときから目立つようになったのです」

音楽ジャーナリスト・柴 那典氏 音楽ジャーナリスト・柴 那典氏

■ケーブルテレビがアニメ人気に貢献

ほぼ同時期に、後に世界的なDJ・トラックメーカーとなるNujabes(ヌジャベス)も、アニメ『サムライチャンプルー』の楽曲制作を機に海外でも注目されるようになった。しかし、なぜこのタイミングだったのか?

「それ以前から日本のアニメは海外で人気を集めていましたが、1990年代までは現地の放送局が独自に編集して放送することが当たり前で、主題歌も現地向けにローカライズされることがほとんど。それが変わったのは、97年に米国内で『カートゥーンネットワーク』というアニメ専門のケーブルチャンネルが始まってからです。

ここでは現地のアニメファンの声に押され、BGMや主題歌を海外向けに変えることなく、日本語曲のままで放送したのです。アメリカのアニメファンたちはそこで日本のアニメに触れると同時に、J-POPのアーティストたちの楽曲も知るようになっていきました」

このカートゥーンネットワークが98年にアニメ『ポケモン』の放映で全米にブームを巻き起こすと、2000年代に入り、日本のアニメ需要はかつてないほどの盛り上がりを見せる。さらに、今も海外に根強いファン層を持つASIAN KUNG-FU GENERATIONも、この頃にアニメ『NARUTO-ナルト-』の主題歌を担当したことから世界的に知られるようになった。

「ただそれは、日本人アーティストが海外でマスな支持を受けたわけではありません。アニメのような日本独自のサブカルチャーが海外でファン層を拡大していくにつれ、そこで使われているアニソンにも自然と注目が集まったという言い方が正確でしょう」

実際、こうした日本人アーティストたちは着実に海外でファンを増やしたが、欧米のチャートを席巻するといったところまでは至らなかった。

「その構造は基本的には今も変わりません。米津玄師やYOASOBIの活躍は素晴らしいことではあるけども、アニメと関係なくJ-POPの新曲としてリリースされていたら、海外でここまでのヒットになっていたかは疑問が残ります。あくまで日本のアニメ人気が大きくなったから、彼らの楽曲もアニソンとしてヒットしたのです」

■すべてを変えた『鬼滅』ブーム

アメリカ以外の各国でも子供の頃から日本のアニメを見て育った世代が成長したこともあり、2000年代には日本のアニメ人気は世界的なものとなっていく。一方、インターネットの普及により、違法動画の視聴も世界的なものとなってしまった。

そのため、どの国でどんなアニメがはやっているかという実態が見えづらく、積極的なプロモーションも難しい状況が続いた。

例えば、海外におけるアニメ配信サービス大手の「クランチロール」は、日本のアニメ人気を背景に06年からアメリカでサービスを開始しているが、設立から10年がたっても有料会員数は100万人を超えなかった。

そうした人気はあっても収益化されにくい現実に日本のアニメは長らく苦しめられたのだ。では、いつ日本のアニメ人気が海外で爆発したのか。

「10年代後半にNetflixなどの動画配信サービスが台頭したことで、日本のアニメ人気は再び高まります。ニッチでありながらも世界中に根強いファンがいるジャンルということもあり、各サービスが日本のアニメ配信にこぞって力を入れるようになったのです。

この動きを海外のアニメファンも歓迎しました。そして、コロナ禍の直前には、日本のみならず世界を席巻するアニメの放映が始まります。それが『鬼滅の刃』です」

19年4月にテレビアニメの放送が始まった『鬼滅の刃』は、コロナ禍の巣ごもり消費も相まって、たちまち世界的な人気を博していく。その圧倒的な人気ぶりを証明するデータを紹介しよう。

グローバル音楽配信サービスのSpotifyが毎年発表している「海外で最も再生された(日本)国内アーティストの楽曲」のランキングでは、実は19年まではハリウッド映画『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』に使われたTERIYAKI BOYZ(RIP SLYMEやm-floのメンバーらで構成されたグループ)の楽曲が1位に君臨し続けていた。

同作の劇場公開は2006年。日本のアニメが海外で人気とはいえ、10年以上前の映画の楽曲のほうが、アニソンよりも広く聴かれていたのだ。

しかし、20年の同ランキングではLiSA(リサ)の『紅蓮華(ぐれんげ)』が一挙に首位に躍り出る。もちろんこれは、アニメ『鬼滅の刃』の主題歌だ。ほかの上位曲もアニメ関連曲ばかりが占め、この年、いかに日本のアニメが世界的な人気を獲得していったのかよくわかる。

「20年にはクランチロールがソニーに買収されたことで、現在の有料会員数が1200万人を超えたように、ここ数年で日本から世界にアニメを発信する体制は一気に整いました。

今や海外におけるアニメ人気は一部のオタだけでなく、限りなくマスに近いところまで広がっています。YOASOBIや米津玄師の世界的なヒットは、こうした流れの中で生まれたのです」

■アニメを見れば流行歌がわかる

その一方、日本のアーティスト側もアニソンに対する意識が変わってきた。というのも、以前から人気アーティストとアニメのタイアップは多くのヒットを生んできたが、そうした楽曲のほとんどはアニメの内容と関連性が薄いものでもあったからだ。

「アニメ『るろうに剣心』の主題歌となったJUDY AND MARYの『そばかす』は有名ですが、アニメの内容を知らされずに楽曲を提供することが珍しくなかったのです。

ところが、原作に思い入れがあり、制作を依頼される前から、『自分ならどんな曲を作るか』と考えていた米津玄師のように、近年はアーティストがアニメの世界観を積極的に反映した曲作りをするようになっています。

YOASOBIの『アイドル』も芸能界を舞台にした『【推しの子】』の内容を彷彿(ほうふつ)とさせますよね。J-POPのトップアーティストがアニメにリスペクトを持ち、その内容に寄り添ったクオリティの高い楽曲を作る。こうした現状もアニソンの存在感を高めることに貢献しているでしょう」

最近の日本の音楽業界は、世界的な人気を誇るK-POPに一歩も二歩も遅れているとよく指摘される。ならば、このアニソンの人気を突破口として、日本のアーティストが世界進出を遂げていくことはありえるのだろうか。

「YOASOBIや米津玄師がこれをきっかけに海外の支持を広げていくことは十分にあると思います。ただ、アニソンは音楽としては特殊なジャンルであり、その特殊さゆえに海外でウケていることを忘れてはなりません。

世界の音楽トレンドは基本的にダンスミュージック。身体的な気持ち良さを追求するもので、BTSなどのK-POPは完全にこれに合致しています」

しかし、アニソンはアニメのオープニングやエンディングに使われることを前提にした楽曲であり、映像とシンクロする気持ち良さを追求したジャンルであるという。

「要するに、アニソンは目と耳で楽しむ音楽なのです。体で楽しむダンスミュージックが主流の世界的トレンドとは完全に逆行するもので、だからこそ海外でウケている。

日本のアニメが"ANIMATION"ではなく"ANIME"として受け入れられているように、アニソンもガラパゴスな文化です。なので、変に海外ウケを狙ってローカライズするのではなく、このガラパゴスな特徴を伸ばすほうが、海外での人気は得やすくなるのではないでしょうか」

加えて柴氏は、「もはやアニメは海外の人にとっての日本のポップカルチャーの入り口だけでなく、日本人にとっても、『今どんな歌がはやっているのか』を知る指標にもなっている」と話す。

「J-POPのトップアーティストがアニメの主題歌を手がけることが当たり前になった今、アニメは1990年代にトレンディドラマが担っていたポジションにいるといえます。端的に言えば、ヒットアニメを見れば、ヒットソングがわかる時代になったのです。

カラオケのランキングを見ても、幅広い世代のランキング上位にアニメの主題歌が並んでいます。アニメを媒介にして、老若男女がJ-POPのヒット曲を共有できる。今やアニソンは、そういった大きな存在になったのです」

【柴那典厳選! 今、聴くべき2023年の覇権"アニソン"

♪『アイドル』YOASOBI/アニメ『【推しの子】』主題歌
「小説を音楽にする」ユニットが、『【推しの子】』原作者・赤坂アカ書き下ろしの小説を基に制作。赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社/【推しの子】製作委員会 Sony Music Entertainment (Japan) Inc.
『アイドル』YOASOBI 『アイドル』YOASOBI

♪『SPECIALZ』King Gnu/アニメ『呪術廻戦 第2期渋谷事変』主題歌
作詞・作曲の常田大希は『呪術廻戦』ファンを公言。同バンド史上最速で1億回再生を突破。提供:(株)ソニー・ミュージックレーベルズ
『SPECIALZ』King Gnu 『SPECIALZ』King Gnu

♪『UNDER THE TREE』SiM/アニメ『進撃の巨人The Final Season 完結編(前編)』主題歌
4人組レゲエパンクバンドSiMが、アニメ前シリーズから連続して2回目の主題歌を担当。提供:ポニーキャニオン
『UNDER THE TREE』SiM 『UNDER THE TREE』SiM

♪『勇者』YOASOBI/アニメ『葬送のフリーレン』主題歌
『葬送のフリーレン』 原作者・山田鐘人監修、木曾次郎著の書き下ろし小説を基に制作された楽曲。山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会 Sony Music Entertainment (Japan) Inc.
『勇者』YOASOBI 『勇者』YOASOBI

♪『絆ノ奇跡』MAN WITH A MISSION & milet/アニメ『鬼滅の刃刀鍛冶の里編』主題歌
オオカミ頭の5人組ロックバンドと希代のシンガーソングライターによる、初のコラボシングル。提供:(株)ソニー・ミュージックレーベルズ
『絆ノ奇跡』MAN WITH A MISSION & milet 『絆ノ奇跡』MAN WITH A MISSION & milet
●音楽ジャーナリスト 柴 那典(しば・とものり)
1976年生まれ、神奈川県出身。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビューと記事執筆を手がける。主な執筆媒体は『AERA』『ナタリー』『CINRA』『MUSICA』『リアルサウンド』『NEXUS』『ミュージック・マガジン』『婦人公論』など。単著に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『平成のヒット曲』(新潮新書)がある

小山田裕哉

小山田裕哉おやまだ・ゆうや

1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。

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