山田涼介と浜辺美波が出演する超話題の映画『サイレントラブ』が来年1月26日に公開される。そして、映画の公開に先駆けて同作のノベライズが12月20日、集英社から文庫で発売となった。
今回はこの原作ノベライズの発売を記念して、著者の内田英治監督にインタビュー。本作で描いた"静かな世界"と"音"へのこだわり。また、映画版とノベライズ版の違いについてもお聞きした。
■純粋に人を好きになる、ということ
――最新作『サイレントラブ』は、声が出せない青年・蒼と不慮の事故で視力を失った音大生・美夏によるラブストーリー。タイトルに"サイレント"とある通り、"静かな世界"に響く"音"の描写が印象的な作品に仕上がっています。このようなテーマに至った経緯を教えてもらえますか?
内田 前々から、とにかく静かさを題材にした映画を作りたいと思っていたんです。今の時代、インターネットやSNS、あるいは街中の広告など、普通に生活しているだけで目から耳からたくさんの情報が飛び込んできますよね。その情報の多さが人々を無意識に疲れさせるばかりか、純粋に何かを好きになる気持ちを忘れさせているような気がしていたので、そうじゃない世界を作ってみたいなと。今どきの恋愛映画に比べたら、静かで、それゆえに純度の高い恋愛観を描けたんじゃないかと思っています。
――純度の高い恋愛観、というと?
内田 単純に「あの人のことが好き」という気持ちだけで突き動かされる恋愛、ということですかね。大人になると、「どれくらい稼ぎがあるか」とか、好きな人に条件を求めてしまうようになるじゃないですか。それは、「稼ぎのある男性と付き合うほうが幸せ」みたいな情報が世の中に溢れてしまっているからだと思うんです。子どもの頃は、そういった情報を気にすることなく、ただ純粋に相手が好きかどうかで恋愛をしていたはずなのに。
――なるほど。本作では美夏が、声が持たない蒼の存在を、美夏の落し物であるガムランボール(バリの伝統楽器・ガムランの音を再現した雑貨)の音で認識するという描写が度々出てきます。目で相手の姿を認識できないからこそ、ガムランの音が聞こえた瞬間に「蒼さんだ!」と胸をときめかせる美夏の姿はとても純粋で、蒼が目の前にいることを心から喜んでいるのが伝わってきました。
内田 事故で視力を失っている美夏には、音しか情報がないですからね。また、夢も希望も持たずに日々を淡々と生きている蒼には、見えなくなってもピアニストになる夢に向かってひたむきに突き進む美夏という存在だけが、切り抜かれたように情報として入ってきた。そんな二人が関係を深めていく様子は、あまりにたどたどしくて、まるで恋愛を何も知らない少年少女のようにピュアです。
山田涼介さん、浜辺美波さんという素敵なキャストをお迎えしながら、他にはない恋愛観を描くことができました。目の前に思い人がいる。たったそれだけの情報で育まれる愛を、ぜひ、本作から感じてもらいたいです。
■映画でこだわった"音"の描写、ノベライズでは?
――今回、映画の公開に先駆けてノベライズ文庫が発売されます。執筆されたのは、映画の制作が全て終わったあとだとうかがっていますが、ノベライズ化にあたり、山田涼介さんや浜辺美波さんをはじめ、キャストさんたちから影響を受けた部分はありますか?
内田 たくさんあります。映画を撮るにあたって最初は脚本を書くわけですけど、脚本は物語の展開を記した設計図のようなもの。登場人物たちの感情の機微や彼らの間に流れる空気感は、基本的に役者さんが現場で作り上げてくれるものだから、実際は、脚本では予定していなかったシーンも多いんですよ。
――例えば、どういったシーンでしょう?
内田 本編に蒼と川沿いを歩いている美夏が、すれ違った犬と触れ合うシーンがあるのですが、脚本の時点では、ただすれ違うだけだったんです。でも、美夏役の浜辺さんが、現場で楽しそうに犬と戯れていらっしゃる様子を見て、真面目で強がりな美夏に動物好きな一面があっても良いかもしれないなと、描写を付け足しました。そんな具合に、ひとりひとりの細かい性格や言動の描写は、みなさんのお芝居からかなり影響を受けています。それを僕が言語化しなきゃならないのが、ノベライズの大変なところなんですが(笑)。
――実際、映画のノベライズの良さは、映画では解釈しきれなかった登場人物の心情を言葉で感じられるところにありますよね。特に声が出せない蒼の心情は、ノベライズだとより理解しやすい気がします。
内田 セリフでは語りきれない心情を想像するのが映画の面白さではありますが、ノベライズでは登場人物の心情のほか、生い立ちについてもしっかり説明を入れています。映画を観たあとに答え合わせとしてノベライズを読んでいただくもよし。ノベライズで登場人物の背景を知ったうえで映画を観ていただくもよし。
......ただ、監督としては"静かな世界"にこだわって作った映画の反響が気になるところなので、先にノベライズをご購入いただいた方にも、映画館にはぜひ足を運んでいただきたいですね(笑)。
――映画では"静かな世界"での"音"の響き方も見どころかと思いますが、ノベライズでは"音"を聞かせることができないのも大きな違いと言えそうですね。
内田 そうですね。実際、他の作品に比べて今回の映画は、かなり音にこだわっているんですよ。というのも映画の撮影では、役者さんのセリフが聞き取りやすいようノイズを消して音を録るのが基本なのですが、そのまま映画にしてしまうと不気味なほど静かになってしまうので、あとから自然なノイズを足すという作業があって。
ひとつひとつ素材を聴き比べて、どうしてもしっくり来る音がないときは、リアルな音を録りにも行きました。風の音でも、森に吹く風と屋上に吹く風とでは、全然音が違いますからね。美夏にとって、唯一の情報となる"音"。ノベライズを読む際は、みなさんの心の中で音を想像してもらいたいです。
――音といえば、音大が舞台ということで、クラシックの楽曲も複数登場します。小泉今日子さんのあの名曲も。
内田 音楽好きの方には、そういったポイントでも楽しんでいただきたいですね。それに実は今回、あの久石譲さんが本作のためにオリジナル楽曲を書き下ろしてくださったんですよ。映画ではスゴく良い場面で久石さんの音楽が流れるのですが......ノベライズではそれを聴かせられないのが本当に残念です。
久石さんには個人的な思い入れもあって。僕、映画監督になる前は、週プレ編集部でライターとして10年ほどお仕事させてもらっていた時期があるんです。25年くらい前かな? 大好きな久石さんに会いたい一心で企画書を作り、取材が実現したとき、「僕、映画監督を目指していて。いつか映画を作ったら、音楽を作ってください」とお話しさせていただいたんですよね。
――そ、そんな伏線が......!?
内田 久石さんが日本の実写映画で楽曲を作られるのは珍しいこと。今回、ご快諾いただけるとは思ってもいませんでした。僕の発言はともかく、取材のことは覚えてくださっていたようです。だから、久石さんに楽曲を書いていただけたのは、週プレのおかげと言っても過言じゃない(笑)。来年の1月24日には、『サイレントラブ』のオリジナル・サウンドトラックも発売されます。ありがとう、週プレ!
――もちろん、内田さんの実績があってのことご快諾だと思いますが、聞いているこちらまでうれしくなるお話ですね。夢は口に出すものといいますか。
内田 アハハ。この流れで"良い話"をさせていただくと、過去にも映画のノベライズを出させてもらっている中で、集英社から刊行するのは今作が初めてなんですよね。久石さんのこともありつつ、10年通っていた会社で映画監督としてお仕事ができるのは正直感慨深いです。って、少し話が逸れてしまった気がするけど......「サイレントラブ」、映画もノベライズも両方お楽しみいただけると幸いです。
●内田英治(うちだ・えいじ)
1971年、ブラジル・リオデジャネイロ出身。1999年にドラマ『教習所物語』(TBS)に脚本家として参加。2004年に『ガチャポン』で初映画監督。第44回日本アカデミー賞で最優秀作品賞と最優秀主演男優賞を獲得した映画『ミッドナイトスワン』(2021)やNetflix配信『全裸監督(シーズン1)』など、話題作を数多く手掛けている。映画監督になる前は、週プレ編集部の記者として著名人のインタビューを行なっていた経歴も。
『サイレントラブ』2023年12月20日発売(集英社文庫、638円【税込】)
青年・蒼が心惹かれたのは、目が不自由になり夢が途絶えかけている音大生の美夏。ある出来事をきっかけに声を発することをやめた蒼は、ピアニストになるという美夏の夢を叶えたいと願いながら、彼女とのかけがえのない時間を過ごすが――。静謐で美しい、「世界でいちばん静かなラブストーリー。山田涼介・浜辺美波が出演する注目映画を、「ミッドナイトスワン」の内田英治監督自ら小説化!