「編集者の阪上」さんがM-1について語る 「編集者の阪上」さんがM-1について語る
今年は12月24日(日)のクリスマスイブ開催となった「M-1グランプリ2023」決勝。決勝の行方も気になるが、週プレNEWSでは最後の1枠を狙う敗者復活戦に注目する。

決勝当日の午後3時から生中継で放送される戦いはルールも大きく変化。21組をA、B、Cの3ブロックに分け、会場の500人の観客が審査。ブロックを勝ち上がった3組を石田明(NON STYLE)、柴田英嗣(アンタッチャブル)、野田クリスタル(マヂカルラブリー)、山内健司(かまいたち)、渡辺隆(錦鯉)の5人の芸人審査員が審査し、無記名投票で多かった1組が決勝の舞台に立つという二段構えの審査方式となった。

これまで「人気投票」と一部で揶揄されたスマホの国民投票で決めるルールから一変し、ハイブリッドに進化した審査方法となった今回の敗者復活戦。果たしてこの変更がどんな変化を生むのか。このルールで勝ち上がるのは誰なのか。X(旧Twitter)上で、日夜お笑いに関する投稿を発信し、2016年以降、3回戦から『M-1』の全ネタをチェックしている「編集者の阪上」(@hanjouteioobaさんに予想してもらった。

■敗者復活戦のルール変更について

今年の敗者復活戦は、過去5年間と比べても最もシビアで激しい戦いになると思います。

まず、過去5年の敗者復活戦を勝ち抜いたコンビの名前を並べてみましょう。「ミキ」「和牛」「インディアンス」「ハライチ」「オズワルド」。なるほど! とうなずく納得のコンビが続きます。そもそも準決勝まで進出しているのだから全組が面白いことは前提として、テレビ露出も多く、劇場も埋められる人気コンビばかり。

決勝進出者の審査が「準決勝のネタ一本の出来だけで決める」という公平さのもとに行われる一方、敗者復活戦は、実力に加えテレビ的な意味での人気も評価の一軸となり、この二つを兼ねそろえたコンビが勝ち上がっていた......「人気も実力のうち」を体現する良い仕組みだなと思っていました。

それが、今年の敗者復活戦はがらりと変わります。テレビを見ている視聴者による国民投票ではなく、敗者復活の会場に集まった観客が審査する方式へ――。

そもそもクリスマスの日に敗者復活戦を見に行く人は、相当なお笑いファンでしょうから、特定のコンビを推すという気持ちではなく、一人ひとりが本当にフラットな視線で「どのコンビが面白いか」をジャッジするでしょう。

お客さんがフラットな視点で審査する=誰でも決勝に行ける可能性があるからこそ、敗者復活に出場するコンビも、奇をてらったようなネタはやらないのではないでしょうか。過去には、敗者復活のシステムを熟考した上で、あえてインパクトを残すことに狙いを定めたようなコンビもいました(「さや香」の『からあげ』、「ダンビラムーチョ」の『生きとし生ける物へ』なんかは、インパクト勝負だったのではないかと思うのですが、いかがでしょうか...)。

つまり、今年はどのコンビも勝負をかけて、最後の一枠をもぎ取りに来る気がします。ゆえに、過去一番熾烈な、そしてある意味では「余裕と遊びのない敗者復活戦」になるのではないかと予測します。

もうひとつ加えられたのが「芸人審査員」システムですが、審査員を務める「マヂカルラブリー」の野田クリスタルさんが『M-1ラジオ』という事前番組の中で、

「知っているコンビがM-1で優勝したら嫉妬するもの。だから、実はあまり知らないコンビに優勝してほしいと思っている」

という旨の発言をしていました。冗談だとは思いますが、案外、これが本音かもしれません。そう考えると、最終3組に残ったコンビの中から、全国的にはあまり知られていないコンビが選ばれる可能性も高い。07年に「サンドウィッチマン」、08年に「オードリー」が出てきたような、まだ知名度の高くない芸人が敗者復活から決勝に上がるシンデレラストーリーが再び起こるかもしれません。だからこそ、今年の敗者復活戦はこれまでとは違った面白さがあるのです。

■M-1敗者復活戦勝利のポイント

前述のとおり、今回の敗者復活戦に足を運ぶ人たちは、相当のお笑いファンだと思います。会場あるいは配信で準決勝を見た人がほとんどでしょう。ゆえに、準決勝と同じネタをやると「あ、これは準決勝で見たネタだな」となる可能性が高い。出場コンビもそれをわかっていると思うので、「準決勝で爆笑を獲ったのに、あと一歩で決勝に行けなかったコンビ」でなければ、準決勝とは違うネタを披露すると思います。

となれば、勝負を決めるポイントは3つ。①「決勝まであと一歩だったかどうか」、続いて②「準決勝で披露した以外にも、勝負ネタをもっているか」、もうひとつが③「もう一度見たいと思う中毒性のあるネタを持っているか」。

では、どのコンビがこの①~③にあてはまるのか...。

まず①について。準決勝を現地で見たうえでの個人的な感想ですが、「トム・ブラウン」「ナイチンゲールダンス」「スタミナパン」「ママタルト」「フースーヤ」、この5組は、あと一歩で決勝に行っていたと思います(もう一組上げるなら「ヘンダーソン」)。

こうしたコンビは、敗者復活戦で準決勝と同じネタをもう一度やっても、変わらず爆発を起こすと思います。それぐらいのパワーがありました。 

その中でも恐ろしいのが「トム・ブラウン」と「ナイチンゲールダンス」。そもそも準決勝で見せたネタが強力です。今年も含めた過去の予選を見る限り、もう1~2本、とてつもなく強いネタを持っているコンビです。準決勝と違うネタをやった場合に、それが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知るところですが、戦略の幅がとても広く、有利なコンビだと思います。彼らは、①と②を兼ね備えています。

次に②について。これはもう「ロングコートダディ」と「オズワルド」をおいてほかにありません。持っているネタの数が違う。今年は二組とも残念ながら決勝には進めませんでしたが、敗者復活戦で準決勝とは異なるネタをやったら「決勝進出経験のあるこの二組は、やっぱり面白いよね!」と、観客も積極的に投票したくなるんじゃないかと思います。後述しますが、特にロングコートダディが準々決勝で披露したネタは、どうして準決勝でやらなかったのかと不思議に思うほど、インパクトがあり、面白いネタでした。

そして③について。「準決勝で一度見たけど、もう一度あのネタを見たいよな......」とお客さんが思うような中毒性のあるネタ――たとえるならば広瀬香美の『ロマンスの神様』よろしく、毎年冬になると聞きたくなるような永遠のマスターピース――を持っているコンビであれば、敗者復活戦のお客さんも満足させられるのではないか。

この中毒性があるネタという点でいうと「トム・ブラウン」「スタミナパン」「フースーヤ」が飛び抜けていると思います。特に「トム・ブラウン」。私は準々決勝のネタを会場で見た後、「もう一度あのネタが見たい...!」と配信も購入。その後、配信終了期間がやってくるまで「もう一回、もう一回!」と繰り返し見てしまいました。3回戦で披露したネタも、同様です。あの中毒性が敗者復活の会場に蔓延すれば...恐ろしいことになる気がします。

最後にもうひとつ、まじないのような、都市伝説のような4つ目のポイントを。M-1には一年をかけて形成される流れ、あるいは空気というものがある気がしているんですが、私は今年、あのM-1のトロフィー(M-1の公式サイトで確認してみてください)に形が近いコンビが優勝するんじゃないかと思っています。

これは前からちょこちょこ言われている都市伝説でもあって、過去には「ミルクボーイ」や「霜降り明星」のように、トロフィーの形に似たコンビが優勝するケースがありました。

今年は、やけにあのトロフィーに関する発言が目立った気がするのです。たとえば「令和ロマン」の松井ケムリさんが「ナイツ」の『ザ・ラジオショー』で「あのトロフィーの太ってるほうに、自分の体のフォルムがどんどん近づいている」と発言したり、「さや香」の新山さんがお笑いナタリーのインタビューで「僕らのコンビの特徴は、あのトロフィーに一番身長差が近いこと」と発言するなど、なんとなく、あれを意識した発言が相次いでいる。つまり、「あのトロフィー」が今年のM-1を形成する、ひとつのキーワードになっている気がするのです。

まったく根拠のない「空気感」でしかないのですが、敗者復活戦にもこの「トロフィーの流れ」が影響してくるような予感がしています。

■敗者復活戦ブロック分け

<Aブロック>

ヘンダーソン
ママタルト
ぎょうぶ
ロングコートダディ
華山
20世紀
ニッポンの社長

<Bブロック>

オズワルド
豪快キャプテン
エバース
ナイチンゲールダンス
鬼としみちゃむ
トム・ブラウン
スタミナパン

<Cブロック>

フースーヤ
バッテリィズ
シシガシラ
ななまがり
きしたかの
ダイタク
ドーナツ・ピーナツ

■敗者復活戦予想

さて、①~④を考慮して、各ブロックを見て、敗者復活の勝者を予想してみます。

本命:「トム・ブラウン」(ケイダッシュステージ)

本命:「スタミナパン」(SMA)

(いずれもBブロック。出番が後に出てくる方が勝ち抜けるんじゃないかと思います)

判断した基準は→①準決勝のウケ方(どちらも準決勝でバカウケしていた)、③中毒性(スタミナパンのネタも中毒性が高い)、④トロフィーに似てるの3点。

特に、トム・ブラウンには強い追い風が吹いているように感じます。

私は予選を見た後に、Xで「このコンビが面白かった」と簡単に感想をポストするのですが、「今年はトム・ブラウンが面白かった!」というポストをしたところ、それに対して、ものすごい熱量を持ったファンの方から何通もDMが来ました。トム・ブラウンファンのマグマがふつふつと溜まっているのを感じるのです。『キン肉マン』のモースト・デンジャラス・コンビや2000万パワーズのように力強く勇猛で、一度心惹かれた人を延々と熱狂させる魅力を持っているコンビだと思います。

「スタミナパン」は、まだ全国的には知られていないかもしれませんが、芸歴も長く、観客の心をぐいっとつかむ実力あるコンビ。こういうコンビが勝ち上がると、お笑い業界全体が「あのスタミナパンが行った!」と大きく盛り上がると思います。今年のネタはすごくキャッチーで、何度でも見たいという中毒性がある。この敗者復活戦を通じて、芸人界の新しいスターになる気がしています。

Bブロックは死のブロックと呼んでいいほどの激戦区。ここを勝ち上がるのはこの二組のどちらか。そして、死のBブロックを勝ち抜けたコンビが、決勝進出を決めるのではないかと思っています。(二組とも、トロフィーにも似ています。)

対抗:「ロングコートダディ」(吉本興業)

(Aブロック)

判断ポイント→①(準決勝ではないが)準々決勝の受け方、②ネタの数、④トロフィーに似てるの3点。

過去二回、それも二年連続で決勝進出している「ロングコートダディ」を候補にするのは当たり前感もありますが、それでもそうせざるを得ないぐらい、今年の準々決勝のロングコートダディはすごかったです。完成度も高くて、4分のあいだ、一度も飽きさせない。正直、準決勝でネタを変える必要はあったんでしょうか...?と思ったぐらい準々決勝でウケていました。

個人的には、常々「準々決勝を制する者がM-1を制する」と思っています。たとえば19年の「ミルクボーイ」の『モナカ』、20年の「マヂカルラブリー」の『つり革』、22年の「ウエストランド」の『あるなしクイズ』は、いずれも準々決勝でも披露されたネタですが、そのときのウケ方は尋常ではなく、決勝進出を確信させるものでした。準々決勝のウケ量が、その年の優勝を占うと言っても過言ではないと思っています。

今年の準々決勝を見ると、「さや香」と「真空ジェシカ」がそれに該当するのですが、実は「ロングコートダディ」のウケ方も、それに並ぶぐらいすごかった。②の勝負ネタの数からいっても、「ロングコートダディ」が強いんじゃないかと思います。

ダークホース:「フースーヤ」(吉本興業)

(Cブロック)

判断基準→③中毒性

もう一組には「フースーヤ」を挙げます。芸人界屈指の中毒コンビ。2021年の準々決勝に披露したネタは、その後SNSを中心に切り取り動画がバズるなど、強烈な中毒性がありました。今年準決勝で披露したネタもそれに匹敵するもので、おそらく敗者復活を見に行く方は「もう一度、フースーヤのあのネタを見たいな」と心の中で思っているのでは。また、「なるみ・岡村の過ぎるTV」で披露したプロレスの合体技の完成度があまりにも高かったことも記憶に新しいですが、今大会で1、2を争う息のぴったり感。日本の閉塞感にドロップキックをかまして、風穴を開けてくれることに期待したいです。

■大阪で敗者復活戦も面白い

さて、ここ数年のM-1で一点気になる点が。大阪のコンビが、準決勝の舞台で100%の力を発揮できていない気がするのです(本当に、ただのファンなのにおこがましい見方で恐縮ですが...)。

準々決勝でウケたネタをやっているはずなのに、東京での準決勝では全然ウケ方が違うのです。「西も東も、いまはそんなに違いはないよ」という人もいるけれど、やっぱり、ホーム感・アウェー感はあるのかなと。準決勝の舞台となる「ニューピアホール」独特の空気に飲まれてしまうのでしょうか。(この点、かまいたちの山内さんがM-1完全ガイドブックのインタビューで「大阪のお客さんは、大阪予選に出てくるコンビの性格やニンがわかっているので、そもそもの受け止め方が違う」と回想されていましたので、やはり違いはあるのでしょう)

大阪のコンビにディスアドバンテージがあるのが少し残念で、一度くらい、大阪で敗者復活戦をやってもいいんじゃないか。大阪でなくても、札幌や福岡でもいい。移動の時間を考えると物理的に不可能なんですが、準決勝とは全然違う場所・空間にして「ゼロからの一発勝負感」をもっと出してもいいんじゃないかと思います。

そのうえで最後に大阪の3回戦がめちゃくちゃ面白かったことに触れさせてください。(マユリカにニッポンの社長など、関西で人気があった芸人が、いま続々東京に出てきていますが)3年後、「軍艦」「ぐろう」「エナマキシマ」「どんちっち」「三遊間」「ハイツ友の会」といった若いコンビが、再び大阪に活力を生み、次の世代のお笑いを作っていくだろうと確信しました。

注目コンビ:「豪快キャプテン」(吉本興業)

また敗者復活のもう一つの魅力は、全国中継されることで、新たに注目を集める芸人が出てくることです。今年は「豪快キャプテン」、特にツッコミの山下ギャンブルゴリラさんにスポットライトが当たり、『ロンドンハーツ』などのバラエティー番組で暴れまわるんじゃないかと期待しています。

一見するだけで面白さの伝わる見た目、パワーで押すように見えてインテリジェンスなツッコミワード、そして、そもそも名前が面白い。早速今年の準決勝終了後、東京芸人を中心に「山下ギャンブルゴリラが面白い」とイジられ始めていますが、敗者復活後、さらにその勢いを増す予感がします。

必ずやニュースターが誕生する敗者復活戦。今年も、一瞬たりとも見逃せません!

【編集者の阪上さん】
Xでフォロワー2万3000人を超えるお笑いファン。2016年以降、3回戦以降のM-1予選をすべてチェックしている。本職は編集者で、担当した連載をまとめた書籍『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(森合正範著、講談社)が絶賛発売中。現在4刷3万3000部。