2023年5月に開催された、結成16年以上の漫才師がしのぎを削る賞レース『THESECOND~漫才トーナメント~』の初代王者に輝き、関西を中心に劇場に引っ張りだこなギャロップ。
そんな彼らと、伝説的な漫才師・オール巨人の漫才談議が実現。彼らが語る漫才のツカミ、声、リズム、そしてその神髄とは――。
■もうツカミは必要ないんじゃないか
巨人 ようやってくれたなあ。もうずいぶん前の話になるけど、『THE SECOND』の優勝ほんまにおめでとう。決勝は圧勝やったね。僕が審査員をやってたら、一番楽なパターンやわ。
毛利 師匠方にも喜んでいただけて何よりです。
巨人 決勝のネタは、僕が思う漫才の上をいっていた。最初、全然笑いが起きない展開で、「大丈夫かな」と思わせて、中盤から後半にかけて一気に盛り上げていく。ものすごい技術やったね。あの番組の録画はずっと消してないし、今後も消せないなあ。
林 ありがとうございます!
巨人 僕はギャロップがラストイヤーで初めて『M-1(グランプリ)』の決勝に行った2018年大会では、まだ審査員をやっとったからね。ふたりの点数があんまり伸びなくて、こう言うたんよ。
「劇場ではいつもめっちゃウケてるんです。彼らの漫才は、もっとおもろいんです!」って。それをやっと証明してくれてうれしいわ。でも、『M-1』は、なんであかんかったんやろね(笑)。
毛利 僕のスタートですね。
巨人 噛んだの?
毛利 いや、変な抑揚をつけてしゃべり出してしまったんです。「あれ、今日の俺なんかアカンな......」と思っている雰囲気が、開始何秒かでお客さんにもバレたんやと思います。
林 僕らがほとんど知られていないコンビやったんで、よけいに不安にさせてしまったんだと思います。2、3回決勝に進んでいるようなコンビやったら、また少し反応も違ったんでしょうけど。
巨人 わかるなあ。初めて見取り図が出たときもそんな空気やったわ。でも、優勝して、お客さんの雰囲気がだいぶ変わったんちゃう?
毛利 舞台に出ていったときの拍手の量が違いますね。
林 全然違います。なので、極端な話、ツカミはもう必要ないんじゃないかって思うことがあります。
毛利 出るなり、相方が「みんな(髪が)生えすぎちゃう?」って言って、僕が「おまえが抜けすぎなんや!」ってハゲをいじるんです。
林 ツカミって、無名であればあるほど必要なものじゃないですか。『M-1』の1、2回戦とかでも、ツカミまでの早さでウケの量が全然違ってくるんですよ。でも、ある程度、名前を知ってもらったら、なくてもいいのかな、と。
毛利 むしろ、邪魔になるときもあるんちゃう?
巨人 もう、邪魔してるんと違うかな? 今日、(劇場の)楽屋のモニターで聞いてて、そう思ったな。スッと入ったほうが聞きやすいかもしれない。
僕らも、冒頭で「今日はお客さんが少ないですね」みたいな話をすることはあるけど、定番のツカミみたいなのはやらんもんね。最初の頃は、(オール)阪神君を紹介するときに「僕の体の半分だから半身(阪神)です」みたいなのは言っとったけど(笑)。
■芸人と、喉のケア
巨人 今、めちゃめちゃ忙しそうやな。
毛利 おかげさまで、1日10ステ(ージ)とか、11ステとか出させてもらうときもあって。最初は幸せやったんですよ。「これこれこれ!」って。「これぞ憧れていた芸人像や!」と。でも、やってみたら、むっちゃしんどいやん、ってなってきて......。
林 普通だったら、3ステくらいでも1日の仕事が終わっておかしくない量じゃないですか。なのに3ステ終わって、「あと8ステ......?」って。これは20代、30代でやっておくべき仕事やったな、と。もう、次どこの劇場へ行ったらいいかわからんようになるんですよ。
毛利 マジやんな。俺マネジャーみたいになってるもん。「次、ここやで」って。
巨人 僕らは最高で8ステまでやな。ただ、ネタ時間は15分やからね。
林 僕らはだいたい10分なんですけど、15分×8ステは10分×10ステよりもしんどそうですね。
巨人 そこは、僕らは両親に感謝やな。それだけやっても一度も声が飛んだことはないんよ。普通、そんなにやったら喉が潰れてしまうもんな。
毛利 師匠は喉のケアは何かしてますか?
巨人 僕はかかりつけの喉の先生がおって、薬はもらってる。普段は飲まないけど、3ステとかある日は、前の日から薬を飲んでおく。そうすると声の出が全然違うんよ。役者さんとか歌手の方は喉に気を使うけど、芸人はほとんど何もしてへんやろ。
毛利 しないですね。でも、最近、そういうのも意識せなあかんな、と思ってきました。
林 みんな、声がかすれてから薬を探したり、病院へ行ったりしてますよね。完全に後手後手。逆に、若手で薬を常備してたら、そいつが変なやつみたいに見られちゃう空気まであります。僕も、喉の薬を鞄(かばん)に入れておくのは漫才師としてカッコ悪いと思っていた時期がありました。
巨人 でも、お客さんのためでもあるやん。絶好調でしゃべったほうが喜んでくれるやろうし。自分でも「今日はよう声が出るなあ」っていう日、あるやろ?
毛利 あります、あります。
林 そういうときは、自分もやっていて楽しいですしね。
巨人 声が通ったら絶対、悪い漫才にはならないと思うんよ。「今日は声の出が悪いな」っていう日はたいてい、お客さんの返り(リアクション)が弱い。言葉がちゃんと届いてないんやろな。
■漫才のテンポ感
毛利 僕らも巨人師匠みたいに70歳を超えても漫才をやっていたいので、追いかけるつもりでいるんですけど、年を取ったからといってリズム感が狂うのだけはイヤなんですよね。
巨人 リズム感は大事よな。僕も年を取ったらテンポが変わってきたなとか言われるのが一番イヤやね。
林 一度、NGK(なんばグランド花月)で出番をもらったとき、お年寄りや子供にも伝わるよう、ゆっくりしゃべることを自分たちに課したんです。そしたらその日、阪神・巨人師匠が誰より速くて、それでいて誰より言葉を伝えられていて。
そのとき気づいたんです。自分たちは今までのテンポで伝える工夫をせずに、速度を落とすという最も安易な手を使ったんやな、と。
巨人 聞き取れるなら、速くてもええと思う。そっちのほうが笑いの数も必然的に増えるしね。出番がテンダラーの後とかやったら、もっと速なるで(笑)。テンダラーが速いんで、お客さんもそのスピードに慣れてるから。
林 身近な先輩でいうたら、僕らの中でもテンダラーさんが一番速いですね。
巨人 前の演者が誰かによっても、けっこう変わってくるよな。ゆっくりな人やったら、ちょっとゆっくり入るし。
毛利 スピードもそうなんですけど、僕らは、前がハゲだとちょっとやりにくいんですよね。いつだったかな。くまだまさし、トレンディエンジェルと、ハゲが3組続いたことがあって。これ、なんとかならんかなと思いましたね(笑)。
林 同じことを言わんようにネタを見とかないとダメじゃないですか。ハゲネタって、けっこうかぶるんで。
毛利 諸芸(手品や大道芸など)の後もきついですね。空気がぐちゃぐちゃになるというか。
巨人 諸芸の後は厳しいな(笑)。
毛利 トンボで(会場を)ならすの、僕らですもん。
林 もりやすバンバンビガロとか、めちゃくちゃ盛り上げるんで......。
巨人 僕らの時代でいうと、Mr.ボールドさんやな。一輪車乗ってもおもろいし、しゃべってもおもろいし、客をいらっても(いじっても)おもろい。どうやったって、もう勝たれへんもん。
毛利 いつも大爆笑ですよね。
林 ウケすぎる人って、どっか冷めた目で見てしまうこともあるんですよ。そんなおもろいか?って。でもボールド師匠は、「そりゃ笑うわ」と思うほどおもろかった。
■「いっぺん東京に行ってみたら?」
巨人 客を飽きさせないためには、自分が飽きたらいけないんよな。僕らは劇場用のネタがあって、それはテレビでは絶対やらない。なので、劇場に来た方々は初めて見ると思って新鮮にやれる。もちろん常連さんもおるけど、NGKとかは初めて来る人のほうが多いからそっちを意識したほうがいい。
NGKの収容人数が約850人。1日4ステとして、約3000人。毎日やったとしても、見てもらえるのは年間100万人ぐらい。10年間やって、やっと1000万人。つまり、100年やったとしても、まだ国民全員は見ていない計算になる。
林 なるほど。でも、僕らの立場では、それは厳しいかもしれませんね......。NGKのスタッフにまだまだアピールしないといけないんで。若手が5本、6本とネタを替えながらやって、しかもちゃんと笑いを取っていたら、僕らは何をやってんねんとなる。ただ、そうやって1本のネタを極めるみたいなのも、やってみたいんですけどね。
巨人 何が正解かはわからんけど、そうやって新ネタをどんどん作っていこうという姿勢はえらいよな。
林 話は変わるんですけど、師匠の目線のベースって、どこらへんにあるんですか。
巨人 どうかな。一番前ではないな。10列目くらいかな。ただ、僕は舞台に立つときはメガネを替えてるんよ。度が入ってないやつ。笑ってない人が見えると気になるでしょ。だから何年か前からもうずっとそう。友人が見に来てくれていても全然わからない。
毛利 ええ! すごいな、その話。
林 師匠ぐらいの方が、そこまで気にしているというのは驚きですね。
巨人 今でもめちゃめちゃ緊張するから。一回、メガネを替えるのを忘れて、舞台から楽屋に戻ったこともあるもん(笑)。ところで、ふたりは東京は行けへんの?
林 はい。
巨人 いっぺん、行っといたほうがいいんちゃう? なんか、そんな気がするな。
林 僕の中では、大阪にNGKがあるというのがものすごく大きくて。
毛利 どこの劇場とも絶対、違いますもん。お客さんが前のめりな感じがする。
巨人 音響もええしな。でも、完全に向こうに拠点を移さなくてもええから、東京70、大阪30ぐらいの比重にしてみたら? あかんかったら帰ってくればええんやし。
将来的にNGKのトリを任されるような漫才師になるんやったら、全国ネットで名前を売っておくことも大事やと思う。東京も大事にしてますよ、という空気は出しといたほうがええ気がするな。
毛利 それはちょっと考えてるんですよ。この前も先輩に、「東京のテレビ局が"移動費のかかる芸人"と"移動費がかからない芸人"をてんびんにかけて、ギャロップが落とされてることは絶対ある」って言われてモヤモヤしてたんです。
巨人 東京にも家があったら、いいアピールになると思うよ。今、ルミネ(theよしもと)の出番はどれくらいの頻度でもらってるの?
林 それが優勝した後もずっと入っていなくて。
毛利 この前、やっと入れてもらったんです。劇場の人に「忘れてた」って言われて(笑)、「忘れてたんや」って返すしかなかったですね。
巨人 『THE SECOND』見てなかったんかな。これからルミネもどんどん入るわ。そのときは爆笑を取って、『THE SECOND』芸人の力を見せてきたって。
●オール巨人
1951年生まれ、大阪府出身。高校卒業後、実家の鶏卵卸業勤務を経て、74年に岡八朗に弟子入り。75年にオール阪神・巨人を結成。デビュー直後から爆発的な人気を博し、正統派しゃべくり漫才コンビの地位を築き上げる。「上方漫才大賞」受賞4回は史上最多。「上方お笑い大賞」(85年)、「花王名人大賞」(87年)、「大阪舞台芸術賞」(2005年)など受賞多数。19年には「紫綬褒章」を受章。『週刊プレイボーイ』本誌で『オール巨人の劇場漫才師の流儀』を連載中!
●ギャロップ
2003年12月結成。関西を中心に活躍する吉本興業所属の実力派中堅漫才コンビ。08年に「第29回ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞を受賞、18年に『M-1グランプリ』決勝進出。23年5月に行なわれた、結成16年以上の漫才トーナメント『THE SECOND』で優勝を果たした
●毛利大亮(もうり・だいすけ)
1982年生まれ、京都府出身。中学卒業と同時にNSCへ入学し、高校へ行きながら通った。DJ KELLYの名でクラブDJとしても活躍。コロナ禍以前は毎週大阪市内のクラブで活動していた
●林 健(はやし・たけし)
1978年生まれ、大阪府出身。漫才師としてもネタ職人としても評価が高く、若手のネタ見せライブでの講評やバトルライブでの審査員もこなす。競馬芸人としての一面も持つ