昨年の『M-1グランプリ』では、令和ロマンをはじめ、予選から決勝まで学生お笑い出身者が存在感を放った。
3回戦に進出し、完成度の高いネタでお笑いファンからベテラン芸人までうならせた無尽蔵のおふたりを直撃した! 学生お笑い出身のふたりが語る『M-1』と、夢。
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■お笑いがどれだけ廃(すた)れようが好き
――芸歴は何年目ですか?
やまぎわ(以下、やま) 2022年10月デビューなので2年目ですね。
野尻 ただ、それまでは学生お笑いをやっていて。東京大学落語研究会で4年間やっていました。やまぎわが部長をやって、僕が副部長をやったりしてたんですけど。
――出会いは落研なんですね。無尽蔵を組んだ経緯は?
野尻 知り合ったのは新入生歓迎会で、僕が話しかけたのが最初です。東京大学は入学してすぐに五月祭っていう文化祭があって、そこに1年生同士で組んで出るっていう文化があったので、「組んでみようか」と。だから当初は長くやっていこうとは思っていませんでした。
野尻 僕は本当にお笑いが好きだったから、ずーっとお笑いがやりたくて。大学受験が終わったときに「やっとお笑いができる」と思って。
やま すご。受験を終えて「お笑いがやれる」と思うやつ、東大じゃなくていいって。
野尻 それで「東大 お笑い」って検索して。お笑いサークルがふたつあったんですけど、先に新歓ライブがあった東大落研に入りました。
やま 僕は関西の灘高校出身なんですけど、文化祭で漫才をやる伝統があるんです。灘の頭文字を取って「N-1グランプリ」といって、それに高校1年生のときから出続けて。そのときに自分が書いたネタでウケたのが大きかったですね。それで「大学でもやりたいな」と。お笑い好きの友達もできるかなと思って入りました。
野尻 彼すごくて。高2、高3と2年連続で準優勝してるんです。もう「N-1」における和牛さんみたいな存在。
やま 成績だけね。文化祭レベルの話やから。
――そこから学生お笑いで舞台に立っていくわけですね。
野尻 ただ大学3年生の頃にコロナ禍に入り、大会が開催されなかったりと、いろんな巡り合わせで成績は残せず......。3年生の頃は優勝するくらいおもしろかったですよ僕ら、たぶん。
やま 言うねえ(笑)。まあ、学生芸人をいくつかの事務所が採点する「ガチプロ」という大会があって、そこでは優勝できました。その縁でサンミュージックプロダクションに入った感じです。
――そんなおふたりが憧れる芸人は?
やま 僕はラバーガールさんがすごく好きですね。特に「大水が出た!」(2016年に行なわれた単独ライブ)あたりの。
野尻 あー、行った俺も! 今でもそのクリアファイル使ってる。僕は三四郎さんですね。ラジオもずっと聴いてたし、やっぱりあの、「戒め」を「破る」と書いて破戒的なネタが衝撃でした。
やま あの頃、めっちゃお笑い見てたなあ。それこそ「『M-1』の準々決勝がGYAO!(ギャオ、動画配信サービス)で見られるらしい」って皆で騒いで。インポッシブルさんとか金属バットさんを見て、友達と「この人たちめっちゃおもしろいぞ!」って話すみたいなね。
野尻 金属バットさんだよね。GYAO!で見てビビったといえば。
やま たぶん、世間的にお笑いがそこまではやってない時代にヘビーなお笑いファンをやっていたと思う。
野尻 そういうふたりなので、これからどれだけお笑いが廃れようが、好きでい続けるんでしょうね。
■プロになり変わった『M-1』の見え方
――昨年の『M-1』は3回戦敗退という結果でしたが、その感想は?
野尻 大人に認められたのがうれしかったですね。大学お笑いって、大学お笑いの中で切磋琢磨(せっさたくま)して、その中でカリスマになったりするんです。でも、そんな人たちが実際に事務所に所属して裸一貫でプロとしてやって結果を残せるかっていうのがすごい分水嶺(ぶんすいれい)で。僕らも大学お笑いの中ではおもしろいとされていたけど、プロになった今は大人を納得させないといけない。
『M-1』の予選でいえば審査員のテレビ局の人や放送作家の人たち。で、2回戦では自分たちの中でも自信のあるネタをやったんです。でも、落ちてしまって。「やっぱり大人はわかってくれないのか」と半分腐りかけていたんですけど、その10日後くらいに追加合格して。「審査員は見てくれていたね」と。
やま 「大人は見てたね」と(笑)。僕としては一昨年に1回戦負けしていたこともあって、今年は気合いが入っていたんです。型っぽい漫才をやってみたりとか、同じフォーマットで何本か作ってみたりして。そしたら、周りの芸人に「無尽蔵おもしろいから今年イケるよ」って言われて。
野尻 大学受験でいえばA判定が出てたんですよ。
やま で、学生芸人出身で2回戦進出コンビを集めた『M-1』予選対策ライブもあって、そこで1位になったり。
――そんなライブが!?
野尻 大学受験でいう模擬試験ですね(笑)。
やま そういう人たちに3回戦に行けたよ、と報告できたのはうれしかったです。
――一方、視聴者として『M-1』を見た感想は?
やま 『M-1』が競技のひとつとして確立したんだな、と思いました。お笑い好きだけではなく、勝負が好きな人やドラマが好きな人が多く見ているから制作側もそっちにシフトしてるんだと思うんですけど。お笑いというより『M-1』が好きって人が今は多いんじゃないですかね。HIP-HOPでいうバトルシーンは盛り上がってるけど音源が聴かれない、みたいな。そういう乖離(かいり)がお笑いでも起こり始めているのかなと。
野尻 サッカーではなくW杯が好きな人、みたいなね。
やま そうそうそう。別にそれはそれでいいんですけどね。盛り上がる人が増えることはいいことですし。
野尻 興行と競技の適当なバランスを探っているところで、今回は競技に寄せたんだろうな、と感じますね。でも敗者復活戦が盛り上がっていたのはいいことですよね。
やま テレビとしてね。
野尻 うん。目指したくなる。
やま ただ、純粋に視聴者として『M-1』を見ていた頃は「この10組が日本で一番おもしろい人たちなんだ!」って素直に見られたけど、今は、すごくおもしろいのに決勝に進めていない芸人たちを何組も知っているので、あの舞台に立つことの大変さがいっそう身に染みるというか......。自分たちが決勝に立つには、あの人やあの人も超えなきゃいけないんだ、って。あと、たった1回の漫才で合否が決まるのがねえ。
野尻 一発勝負すぎるよね。大学受験とかも複数回受けられるように改革が進んでるんだから。
やま 「せめて採点結果をくれ!」と。直すから。何点だったか教えてほしいですね。人生がかかってるんだから。
■誰かに勝ちたいと思ってやってない
――働き方が多様な現代では、会社員をやりながら芸人になったり、コンテンツを作るならYouTuberという道もありますが、なぜおふたりは芸人を選んだんですか?
野尻 僕はお金持ちになりたいとか有名になりたいとかっていう欲望がそんなになくて、一番やりたいことがお笑いだったんです。よく「東大卒なのになんでお笑いやるの?」って聞かれるんですけど、東大生が一念発起してお笑いを始めたわけじゃなくて、お笑い好きが一念発起して勉強して東大に入っただけなんですよ(笑)。
やま 生意気かもしれないですけど、漫才が好きなものの中で一番楽にできるからです。音楽も好きで、ギターを触ったこともあるけどめちゃくちゃムズくて。でもお笑いは、ネタ書いて舞台に上がったらすごくウケたんですよ。費用対効果がすごく良かった。楽に楽しいことができたらそれに越したことはないし。サークル活動の延長線上で続けているところがあるので、ゴールを設定してお笑いをやったことがないんですよね。誰かより勝りたいという気持ちでやってることでもないし。そしたら楽しいはずのものが楽しくなくなっちゃうんで。
野尻 僕も一緒で、漫才が一番やりやすいんですよね。お金もかかんないし、それでいてライブもテレビ番組も多いし。好きだし。もちろん『M-1』の決勝には出たいですけど、僕らは1000回『M-1』があっても優勝はできないんですよ。ね?
やま いや、優勝はしたいけどな!
野尻 それでも例えば、100回『M-1』をやったときに、1回でも優勝の目がある漫才師になれれば、それがゴールなのかなと思います。
あとは全国にいる僕らみたいなお笑い好きが、『M-1』の予選動画を見て、次の日の学校でお笑いの話が唯一できる友達と「無尽蔵の漫才がおもしろかった」「なんで3回戦で落ちるんだ」って話してくれたら、もうそれでいい。あの日のGYAO!に僕らがなれたらうれしいっすね。