2023年は1990年代から活躍していた大御所ミュージシャンの逝去が続く年だった。そもそも、解散やメンバーの脱退など、バンドはいつ見られなくなるかわからない。そこで、今も見に行ける、いや今こそ見に行くべき、90年代から活動を続けるバンドたちを、音楽ジャーナリストの柴那典氏に紹介してもらった。

■まさに「新章」がスタートするイエモン

昨年は大物ミュージシャンの訃報(ふほう)が相次いだ一年だった。

まだ50代という若さで亡くなったミュージシャンも多く、Hi-STANDARDの恒岡章さん(51歳)、BUCK-TICKの櫻井敦司さん(57歳)、X JAPANのHEATHさん(55歳)、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTやROSSO、The Birthdayで活躍したチバユウスケさん(55歳)といった、1990年代にブレイクしたロックミュージシャンたちの早すぎる死を惜しむ声が日本中にあふれた。

私たちは大好きな存在(推し)がいつまでも活動してくれると思いがちだ。だから、つい「またいつでも見られるしな」と日常の雑事にかまけてライブなどの"推せる機会"を先送りしてしまったりする。

しかし、ネットには以前から、「推しは推せるときに推せ」という言葉がある。本当はその一回一回のライブがいかに貴重な場であるか。昨年の訃報の数々は、そんなことをあらためて教えてくれた。

だからこそ、私たちの青春を彩ったロックバンドを単なる思い出にしておくのはもったいない! というわけで、90年代から活動を続け、今も精力的なライブを行なっているロックバンドたちを、「今こそ見に行くべき90'sバンド」として、音楽ジャーナリストの柴 那典(とものり)氏に紹介してもらった。

「まず名前を挙げたいのは、THE YELLOW MONKEY(以下、イエモン)です。1992年にデビューしてブレイクするも、2001年に活動休止。まさに90年代とともに活躍したロックバンドです。

その後はボーカルの吉井和哉さんのソロ活動などを経て、16年に再始動。そこから新しい世代のファンも着実に増えていましたが、吉井さんの喉頭がんが発覚して再び活動が止まっていました。

しかし、今年の元日に約4年ぶりとなる新曲『ホテルニュートリノ』が発表され、この春には復帰ライブとなる東京ドーム公演も決まっており、新たな展開を見せ始めています」

【THE YELLOW MONKEY】1989年12月から活動開始。1992年メジャーデビュー。2001年に活動を休止し、2004年に解散。2016年に再集結し、全国アリーナツアー、フェスへの参加、全国ホールツアー、15年ぶりの新曲リリースなど精力的に活動し、同年の大晦日にはNHK紅白歌合戦への初出場も果たした 【THE YELLOW MONKEY】1989年12月から活動開始。1992年メジャーデビュー。2001年に活動を休止し、2004年に解散。2016年に再集結し、全国アリーナツアー、フェスへの参加、全国ホールツアー、15年ぶりの新曲リリースなど精力的に活動し、同年の大晦日にはNHK紅白歌合戦への初出場も果たした

デビューをした90年代が第1章、活動再開後が第2章であるとするなら、今年は第3章が始まろうとしているタイミングであり、まさにイエモンは「今こそ見に行くべき90'sバンド」の筆頭といっていいだろう。

「往年の人気バンドの復活ライブというと、昔からのファンがお祝いムードで迎えるという、ノスタルジックな雰囲気になりがちです。しかし、イエモンの新曲はバンドの新たな側面を感じさせてくれるものでした。

今のイエモンは、ただの復活というだけでない、とても見応えのあるステージになるのではないか。そんな期待感を抱かせてくれます」

■94年デビューの「同期バンド」に再注目

また、今年はデビュー30周年という大きな節目を迎える有名ロックバンドが2組いる。GLAYL'Arc-en-Ciel(以下、ラルク)だ。また、それぞれが大規模なライブやツアーも予定している。

「GLAYは今年をアニバーサリーイヤーとして、実に多くの動きを発表しています。新曲のリリース、クイーンとの札幌ドームでの対バン、単独のドームライブに、バンド初の夏フェス出演と、すでに決まっているだけでもこれほどあります。

もともとGLAYはベテランの中でもファン対応が誠実なバンドとして知られています。今後の活動を公約のように掲げ、それをちゃんと実現することで、ファンとの一体感を生み出してきました。音楽そのものだけでなく、活動全般にわたってGLAYというバンドのあり方をしっかりデザインしている。きっと充実したライブを見せてくれるでしょう」

【GLAY】1988年に結成、1994年にメジャーデビュー。デビュー30周年を迎える2024年には、クイーン+アダム・ランバートの来日公演へのゲスト出演(札幌ドーム)や、30周年記念シングルのリリース、約5年ぶりとなる埼玉・ベルーナドーム(西武ドーム)でのライブなど、精力的な活動が決定している 【GLAY】1988年に結成、1994年にメジャーデビュー。デビュー30周年を迎える2024年には、クイーン+アダム・ランバートの来日公演へのゲスト出演(札幌ドーム)や、30周年記念シングルのリリース、約5年ぶりとなる埼玉・ベルーナドーム(西武ドーム)でのライブなど、精力的な活動が決定している

一方、ラルクは一昨年の東京ドームで結成30年を記念したライブを行なっている。そのため今年のデビュー30周年となるツアーでは、普段のセットリストとは異なり、これまで披露する機会の少なかったレアな楽曲群を掘り起こすファン待望の内容になるという。

「ラルクは王道のロックソングのイメージが強いバンドですが、実際はプログレやサイケ、ゴシックなど、幅広い音楽性を秘めています。従来のファンにとっても、見逃せないライブになるのではないでしょうか」

そして、GLAYとラルクの「今こそ見に行くべき理由」は、単にアニバーサリーイヤーだからというだけではない。

「日本の音楽史で1994年デビュー組は、実はとても重要な存在です。90年代前半は、ビーイング(ZARDやWANDSなどをヒットさせた音楽レーベル)のミュージシャンたちに代表される、王道ポップス全盛の時代でした。

しかし、94年になると、ここで挙げている多種多様なロックバンドが百花繚乱(りょうらん)に花開く90年代後半に向けて、時代が切り替わるのです。そういった激動の時代にブレイクしたバンドだからこそ、彼らは長く支持されているし、今も衰えない実力がある。そんなバンドの節目となるようなライブですから、まず注目して損はありません」

■同世代の中でも稀有なスピッツ

そして90年代バンドの中には、今もヒットチャートの上位に毎回ランクインし続ける異端の存在もいる。その代表がスピッツだ。

「昨年リリースした『美しい鰭(ひれ)』という曲が音楽ストリーミングで累計2億再生を突破するなど、90年代にブレイクしたバンドでありながら、現在も第一線で活躍し続けています。

スピッツはずっとヒットメーカーなので当たり前のように感じてしまいますが、このキャリアで年間を代表するような大ヒット曲を生み出すことができるのは、本当に驚異的なことなのです。

90年代バンドの多くは、今の若者にとって『名前は知っている』くらいの認識でもおかしくありません。だからこそ長年支えてくれたファンに向けた活動が多くなるのだと思います。

でも、スピッツは今どきの10代、20代もカラオケの定番として歌っている。この点を見ても、名だたる同世代のバンドと比較しても稀有(けう)な存在だといえます」

【『ひみつスタジオ』スピッツ】前作『見っけ』から約3年半ぶりの、スピッツ通算17作目のオリジナルアルバム(23年5月17日発売)。『劇場版「名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)」』主題歌『美しい鰭』、映画『劇場版「きのう何食べた?」』主題歌『大好物』、2021年TBS系『news23』エンディングテーマ『紫の夜を越えて』ほか、全13曲収録 cPolydor Records 【『ひみつスタジオ』スピッツ】前作『見っけ』から約3年半ぶりの、スピッツ通算17作目のオリジナルアルバム(23年5月17日発売)。『劇場版「名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)」』主題歌『美しい鰭』、映画『劇場版「きのう何食べた?」』主題歌『大好物』、2021年TBS系『news23』エンディングテーマ『紫の夜を越えて』ほか、全13曲収録 cPolydor Records

今も現役という意味では、昨年にアルバム『miss you』を発表して、音楽批評家、リスナーの双方から高い評価を受けたMr.Children(以下、ミスチル)も外すことはできない。

「ミスチルのロックバンドとしての芯の太さをあらためて見せてくれた、とても素晴らしい作品でした。

このアルバムを引っ提げた全国ツアーが昨年から今年にかけて行なわれており、そのすべての公演があっという間にソールドアウトしたことを踏まえると、彼らもまた、長年のファンだけでなく、いまだに若い世代にもアピールできる力を持ったバンドといえると思います」

ほかにも今年結成35周年を迎えるLUNA SEA、10年前の活動再開以来、大阪を拠点に着実にキャリアを積み重ねてきたウルフルズなど、注目すべき90年代バンドはまだまだいる。

ただ、その中でも結成35周年を迎えるthe pillowsは少し異色といえるバンドかもしれない。

「彼らは最も活発に活動していた90年代よりも、今のほうがファンの多いバンドです。

2000年代に入って『フリクリ』という伝説的なアニメの主題歌に起用されたり、BUMP OF CHICKENなど、the pillowsからの影響を公言する次世代のミュージシャンたちがブレイクしたりして、草の根的に知名度を高めてきました。

もちろん、本人たちが地道なライブ活動を続けてきたからこそ得られた結果でもあります。今も新たなファンが増え続けているバンドであり、これからの動きにも注目です」

■レジェンドたちが現役でいられる理由

とはいえ、90年代バンドのメンバーたちは、そのほとんどが50代。厳しい言い方をすれば、かつての熱気にあふれたライブを知っている人ほど、「今見たら衰えが気になってしまいそう......」なんて不安になることもあるだろう。

「大丈夫です。少なくとも、ここに挙げたバンドに関しては、ライブのレベルが落ちたと感じたことはまったくありません。

少し古い例ですが、僕は2008年のサマーソニックで、前年に再結成したセックス・ピストルズのライブを見ています。メンバー自身が、『再結成はカネのため』と言っていたように、レジェンドを実際に目撃できたうれしさはあったけど、演奏にキレはないし、単純に内容が全然良くなかったんです。

このように、音楽業界には昔から"再結成ビジネス"みたいなものがありました。でも、最近のレジェンドたちに関しては、こういったことはほとんどなくなっています。

むしろ、演奏も歌唱も、年齢を重ねたことで出せる熟練ぶりで、観客を魅了するバンドが増えています。だから、かつてのライブと比べてガッカリするかもといった心配はしなくていいですよ」

今こそ見に行くべき「90'sバンド」一覧

しかし、なぜ最近のレジェンドミュージシャンたちは、今も現役感を保ったまま活躍できているのだろうか?

「これにはいくつかの理由があると思います。ひとつは先達に対する憧れです。例えばザ・ローリング・ストーンズ。彼らも昨年、新アルバムを出して高い評価を受け、しかも世界ツアーまで行なっています。メンバーのほとんどが80代なのに、衰えるどころか新境地を開拓し続けている。

あるいはイエモン吉井さんの憧れだったデヴィッド・ボウイ。69歳で亡くなる直前まで、新しい路線のアルバムを出すなど刺激的な活動を続けました。そういった上の世代に対する尊敬の念があるのでしょうね」

■時代の変化も追い風。長寿化するバンド

そのような「年を重ねても挑戦し続け、下の世代の目標となり続けているバンド」の日本版といえるのが、サザンオールスターズだろう。

バンドとしても、桑田佳祐のソロ活動でも、今もヒット曲を生み出し続けているだけでなく、67歳という年齢を感じさせないパワフルなライブを行なっている姿は、多くのミュージシャンにとって憧れであり続けている。

「とはいえ、日本ではサザンオールスターズは例外的な存在です。今60代のミュージシャンたちが活動してきた環境は、必ずしも今のようにロックバンドが現役のまま長く活躍し続けられるようなものではありませんでした。それは音楽ライブの市場規模がまったく違うからです。これがふたつ目の理由です」

どういうことか?

「デビューしても精力的にライブ活動を続け、ファンもライブに足を運び続けてくれる。フェスのように新しい世代の観客の目に触れる機会も充実している。それは、この20年ほどで整備された環境なのです。事実、00年代からの20年間で音楽ライブ市場の規模は急拡大しました。

つまり90年代バンドにとっては、ミュージシャンとして脂が乗ってきた時期に、日本にライブ文化が定着し、拡大したことになります。これによって、年齢を重ねてもライブバンドとして活動し続けるという道が開けた。だからこそ、これほど多くの90年代にブレイクしたバンドが今も生き残ることができているというわけです」

音楽ジャーナリスト・柴 那典氏 音楽ジャーナリスト・柴 那典氏

しかも、近年は往年のバンドが再注目されるきっかけも多様化している。

「こちらも結成35周年を迎えるフラワーカンパニーズがいい例ですが、『深夜高速』という彼らの代表曲があります。今では多くの人に愛されている名曲ですが、2004年に発表された当時は知る人ぞ知る、といった印象でした。

しかし、以前から芸人さんに愛聴する人が多く、彼らがメディアで好きな曲として何度も推薦するようになり、徐々に知名度が上がっていきました。

そして、とうとう20年には『THE FIRST TAKE』というYouTubeの人気音楽チャンネルでフラワーカンパニーズが『深夜高速』を披露したことで、若い世代にも知られるようになりました。

近年では幅広い世代のカラオケ定番曲となっています。こういう再ブレイクの仕方は、今の時代ならではですね」

ほかにも、TikTokでは若者が懐かしの名曲で「踊ってみた動画」を投稿するブームがあり、22年にはまさに90年代にブレイクしたユニットであるORIGINAL LOVEの『接吻 kiss』が人気を博したことで、同ユニットのほかの曲も若者に知られるようになった。

「こうしたネットやSNSを経由したリバイバル現象の増加も90年代バンドの長寿化に影響しています。しかも今は音楽ストリーミングサービスの時代ですから、SNSで話題になっていたから、試しに聴いてみることも手軽にできる。それによって思わぬところからファン層が広がることが頻発しているのも、近年の音楽業界の傾向です」

そういった時代の変化にも後押しされ、90'sバンドたちは現役で活動を続けている。

彼らは決して"昔"のバンドなんかではない。同時代を生きた私たちこそ、常に最前線に立ち続けている彼らの"今"を目に焼きつけるべきなのだ!

●柴 那典(しば・とものり)
1976年生まれ、神奈川県出身。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブなど各方面で編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビューと記事執筆を手がける。主な執筆媒体は『AERA』『ナタリー』『CINRA』『MUSICA』『リアルサウンド』『ミュージック・マガジン』など。単著に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『平成のヒット曲』(新潮新書)がある

小山田裕哉

小山田裕哉おやまだ・ゆうや

1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。

小山田裕哉の記事一覧