渡辺雅史わたなべ・まさし
フリーライターとして雑誌や書籍への執筆をするほか、ラジオ番組やテレビの番組の構成作家としても活躍。趣味は鉄道に乗ること。国内の全鉄道路線に乗車したほか、世界20の国・地域の鉄道に乗車。
3月9日に決勝戦の模様が生放送される『R-1グランプリ2024』。ピン芸人の頂点を決める大会に大阪在住の会社員、どくさいスイッチ企画が出場する。彼は芸能事務所にも所属せず、フリーで活動する芸人でもない一般人。なぜそんな人が決勝に駒を進めることができたのか。そこには社会人芸人という、お笑い界に誕生した新たなジャンルの世界があった。
これまで、お笑い芸人は芸能事務所が運営する養成所を出た後に、プロになる道が一般的だった。
その流れが変わってきたのは10年ほど前。養成所を出た後、フリーで活動する地下芸人や地下芸人として腕を磨き芸能事務所と所属契約を結んだ芸人が活躍。バイきんぐ、ハリウッドザコシショウ、錦鯉など、数多くの地下芸人を所属させたSMA(ソニー・ミュージックアーティスツ)は『M-1』『キングオブコント』『R-1』のお笑い三大大会すべての優勝者を輩出した事務所となった。
また、昨年末の『M-1グランプリ』で令和ロマンが優勝したことで注目されているのが、彼らのお笑いの出発点となった大学のお笑いサークル。現在は多くの大学にお笑いサークルがつくられ「大学でやってみて、手応えがあれば養成所に入ってプロを目指そう」という学生が入会。漫才、コント、ピン芸など、さまざまな形を試して自分に合ったお笑いを見つけるという大学生が増えている。
そんな新しいお笑いのステージが誕生する中、2017年に登場したのが社会人芸人というジャンルだ。普段は会社員として仕事をする人が休日に趣味の一環として社会人お笑いライブの舞台に立つ。お笑いにすべてをささげるプロの芸人から見ると社会人芸人の活動は「緩い」と感じるかもしれない。だが、ここで腕を磨いたひとりのアマチュア、どくさいスイッチ企画が今年の『R-1』の決勝に進出したのは紛れもない事実だ。
では、社会人芸人とはどういう世界なのか。なぜプロでもなかなか手の届かないステージにたどり着いたアマチュアが誕生したのか。
社会人芸人、社会人お笑いという言葉がなかった時代から社会人のためのネタライブの運営を行ない、現在も月1回の定期ライブをはじめ、社会人お笑いやアマチュアお笑いの全国大会を運営する、一般社団法人・社会人お笑い協会の奥山慶久氏に社会人お笑いの歴史、実力者が出るシステムなどを聞いた。
「社会人のためのお笑いライブをつくろうと思ったのは、大学卒業がきっかけです」
かつて大学生芸人として舞台に立っていた奥山氏は卒業前、岐路に立っていた。
「当時の大学生芸人は、卒業するとプロになるために養成所に入るか企業に就職するかのどちらかしか選択肢がありませんでした。『就職』=『一生お笑いをやらない』というのが一般的な考えでした」
なので、大学生芸人は卒業が近くなると進路で悩む人が多かった。
「舞台に立って思いついたことを表現するって楽しいんですよ。それが一生できなくなると考えると......。だったら、社会人になってもお笑い活動ができる場をつくりたいと」
奥山氏は大学卒業と同時に「わらリーマン」を設立(2020年に社団法人化)。平日は企業で働く傍ら、土日に会場を決めたり、出演者との交渉を行ない、社会人お笑いの土台をつくっていった。
「当初は、お笑いをやめてしまった元大学生芸人のサラリーマンの方に『もう一度お笑いをやってみませんか』と頼んだり、大学お笑いサークル出身の社会人の方にライブの手伝いを依頼したり。ライブにこぎ着けるまでが大変でした」
大学生芸人が定着し、卒業後もお笑いを続けたいという声が社会人芸人の誕生につながったのだ。
現在の「わらリーマン」は4つの柱が中心だ。
「まずは月に1回行なわれる定期ライブです。そして『社会人漫才王』『全日本アマチュア芸人No.1決定戦』と今年からスタートした『企業対抗お笑いバトル』。定期ライブは誰でも気軽に舞台に立てるオープンな場、社会人漫才王と全日本アマチュア芸人は、ネタに磨きをかけたい人へ向けたステージ、企業対抗は社会人お笑いならではの活動につながったらいいなという思いで立ち上げました」
こうして、ネタを磨きたい人が集まる全日本アマチュア芸人No.1決定戦2023年大会で優勝したのが、今回の『R-1』決勝に進出した、どくさいスイッチ企画だった。
「この大会は大学生芸人も参加できて、決勝に進出するのは彼らのほうが毎年多いですけど、いつも僅差で社会人芸人の方が優勝しています」
大学生芸人出身の社会人芸人は、キャリアはあるものの練習時間は圧倒的に少ない。そんな中、この大会で優勝する社会人芸人はアマチュア界の猛者といえるだろう。
社会人のための定期ライブや大会を手がける奥山氏だが、社会人お笑いが盛り上がる一番の理由はプロの大会の存在だと考えている。
「『M-1』『キングオブコント』『R-1』がアマチュアでも参加できる大会なのは大きいですよね。プロの方が本気で挑む大会なので、この大会で勝ち進めば自信がつく。去年は1回戦で落ちたけど、今年2回戦まで行けば、腕が上がったと実感できる。こういった誰にでもチャンスがある大きな目標があるというのはありがたいですね」
マラソンを趣味とする市民ランナーの間では4時間以内に完走することを「サブ4」、3時間以内の「サブ3」というが、社会人芸人もそのような感覚で目標を決めてコンテストに出ているのだろう。
そんな社会人芸人は今後も増えていくのか。
「定期ライブの感じからいうと、最近はライブにエントリーする社会人芸人の方も観客の数も増えているので盛り上がっていると思います。立ち上げた当初は大学お笑い出身者がほとんどでしたが、今は『社会人からお笑いを始めました』という方がたくさんいて、元大学生芸人と社会人からお笑いを始めた芸人の割合が半々ぐらいです。
今後は30代、40代でお笑いを始める人とか、管理職の人が社内の空気を和らげる勉強を兼ねてお笑いを始める、定年後に趣味で始めるなんてケースも出てくるかもしれません」
最後に、どくさいスイッチ企画の『R-1』決勝進出について聞いた。
「社会人をやりながらでも、プロでもなかなか出ることができない舞台に立てたのは、社会人芸人にとって大きな目標になると思います。彼は大阪のアマチュア芸人が集う舞台を中心に活動されていますが、これを機に、見ても出ても楽しめるアマチュア芸人、社会人芸人という存在をたくさんの人に知ってもらいたいですね」
『R-1グランプリ』決勝戦は3月9日(土)午後6時30分から生放送される。どくさいスイッチ企画はこの舞台でどんな爪痕を残すのか。社会人芸人の活躍から目が離せない。
★社会人お笑いの実力者
・全日本アマチュア芸人No.1決定戦2022優勝 夕げ
「コンビやピンなど、6つのお笑いユニットで活動している」という鈴木マキアートさん。その理由は、面白いネタをキャラに合わないからとボツにするのがもったいないから。鈴木さんは社会人お笑いライブを主催するなどお笑い活動を満喫。石井さんも別ユニットでお笑い活動を行なう。実力コンビでも多彩な楽しみ方でお笑い活動をするのはアマチュア芸人ならでは。
・社会人漫才王2022優勝 イクラボブチャンチャン
「名古屋・大阪で社会人芸人をしてましたが、相方がプロになるため解散。その後東京に来て、社会人ライブでピン芸をやっていた、いとやまくんに声をかけました」とゴウダさん。転勤がキッカケで誕生したコンビは結成1年目に大会で優勝。現在は平日に1度のネタ打ち合わせをし、週末にライブに出演。いとやまさんは「去年は『M-1』で3回戦敗退。今年はもっと上を」と語る。
フリーライターとして雑誌や書籍への執筆をするほか、ラジオ番組やテレビの番組の構成作家としても活躍。趣味は鉄道に乗ること。国内の全鉄道路線に乗車したほか、世界20の国・地域の鉄道に乗車。