酒井優考さかい・まさたか
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。
日本酒と言えば、おじさんの印象や取っつきにくいイメージを持つ人もいるかもしれないが、実は昨今「SAKE」として日本国外からの注目も高く、また若い女性の中にも日本酒好きが増えているらしい。
そこで今回は、日本酒のソムリエである唎酒師(ききさけし)の資格を持つ芸人、江戸マリーの角井を東京・お茶の水の「名酒センター」に講師としてお迎えし、日本酒をあまり呑んだことがない人でも楽しめるようなたしなみ方を教えてもらった。
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――今日はよろしくお願いします。日本酒は敷居が高い気がして、あまり吞んだことがないのですが......。
角井 たしかに。日本酒は他のチューハイとかビールに比べて、「大人のたしなみ」みたいな印象があるし、酒瓶に名前がドンとあって、おじさんがおちょこに注いだお酒をゆっくり見ているようなイメージがある。でも、そういう敷居を下げたいなって思ってたんですよね。
日本酒との最初の出会いっていうと、みんな学生時代にお酒を呑めるようになって、カラオケのメニューで酔うためだけに日本酒を頼む、みたいな人が多いんじゃないかって思うんですけど、あのカラオケ屋さんの日本酒を呑んだらアルコールの味しかしなくて嫌いになっちゃうと思うんですよ。実際、私も最初は苦手でした。
――それがいつ「美味しい」に変わったんですか?
角井 数年前、お友達に美味しい日本酒のお店へ連れて行ってもらった時に、「全然違う!」って日本酒の概念が変わったんですよね。だから、デビューが大事かもしれないです。
――唎酒師の資格を取るまでハマったのはなぜですか?
角井 昭和とか、古き良き日本みたいな昔のものが好きなんですよね。日本酒からは日本の美しい伝統を感じる気がして。
――なるほど、コンビ名にも「江戸」が付くし。その日の最初の1杯というのはどういうお酒からいったらいいですか?
角井 好みにもよりますけど、食前酒みたいにちょっと微発泡のものとかフルーティーなものがいいと思いますね。そこからご飯に合わせて呑むお酒を変えていく、みたいな。
――このお店では一度に3種類の日本酒が1杯ずつ選べるので、お任せしてもいいですか?
角井 とりあえずお店のオススメの1位から3位までをいただきましょう。ほら、色を見てください。濁ってたり透明だったりちょっと黄色かったり。同じお酒でもこんなに色が違うのが不思議ですよね。2位のものから呑んでいいですか?
角井 いい香りです。お米の匂いがしますね。後にうまみみたいなものが残る。「無濾過生原酒」っていうことは、火入れしてないっていうことですね。普通はお酒が劣化しないように「火入れ」をするんですけど、それをしないものは生酒と呼ばれて、これは「無濾過」なので特に濾過もしてないもの。フルーティーな味わいですね。
――お店のタグには「メロンみのある香り」って書いてあります。
角井 そうそう。フルーティーなお酒はよく「メロンのようなジューシーさ」なんてたとえられることがあるんだけど、本当にちょっと甘めで。とにかく生原酒っていうのはフルーティー系が多いですね。でもこのお酒はフルーティーすぎず、お米のふくよかさもあるので、このポテトとか、魚系のおつまみ、例えばこの塩辛とかも合うと思います。塩辛を食べて、その味が残ってるうちに呑んでみてください。
――んっ! 本当だ、塩辛と合う! でも「メロンみ」はあんまり分からないです......。
角井 たしかにメロンのようなフルーティーさより、お米の味が強い系かもですね。開栓してから時間が経つと風味が変わったりもするので。
――日本酒の味について、より詳しく教えてください。
角井 お酒の味って4種類、「薫酒」「爽酒」「醇酒」「熟酒」に分かれていると言われていて、「薫酒」は香り高い。「爽酒」はさわやか系。「醇酒」はコクがあって、「熟酒」は紹興酒とかお醤油みたいな古酒の味。でも大きく分けると「爽酒」と「薫酒」の2種類だと思います。辛口、淡麗、すっきりと言われのが「爽酒」で、フルーティーとかジューシーと言われるのが「薫酒」。
つの(※角井は自分のことを「つの」と呼ぶ)は「薫酒」が好き。今のも「薫酒」に当たりますけど、ちょっと「醇酒」の要素も入ってる気がする。最近は4種類のどれかにパキッとカテゴライズするのがムズいものも多いですね。
角井 次はこれかな。3位の「白真弓 純米無調整生 直汲み無濾過」。これも「生」なので、今は生が人気なのかもしれないですね。けどこれはあんまり匂いしない。
......ん! こっちのほうがキレがいい。スッキリしてて後に残らないですね。こういう爽やかなお酒は、この酢の物とかサッパリしたおつまみが合うはずです。
――飲み比べると「キレがいい」の意味が分かりました。ところで唎酒師になるための授業ってどんなことするんですか?
角井 例えば、さっきの「メロンみ」のように日本酒の味を何かにたとえて表現するんですけど、そのためにいろんな匂いを嗅ぐ授業があるんです。木とか、塩とか。
――塩!? 塩に匂いってあるんですか?
角井 ないんです(笑)。岩塩が紙コップに入れられてて、紙コップの匂いしかしない。でも先生に「ね、塩の匂いするでしょ」って言われて、「しますね」って適当に答えて(笑)。
そう考えると日本酒の味を表現するのって、お笑いで言う「たとえツッコミ」みたいなものなんですよ。ソムリエもそうだと思うけど、そのための語彙力を鍛える授業を受けました。
――ワインも色を見て、香りや味を独特の表現でたとえますよね。
角井 そうそう。唎酒師の場合は、やっぱりメロンとか、バナナとか桃とか、果物にたとえられがちですね。別に和の果物じゃなくてもいいみたいで、味を的確に伝えられたらいいんです。
1度あったのは、オシロイバナの香りと、サルビアの香りがどうのこうのって書いてあって、そんなのどんな匂いか分からないよっていう(笑)。だから、つのも今後は、味を的確にうまいことたとえていきたいですね。
――じゃあ今呑んだこのスッキリ系のお酒を表現してください!
角井 うーん。2階建ての......1階がお好み焼き屋さんの建物の2階のお座敷で......盆栽を見てたら......目の前にリンゴを手に持ったおばあちゃんがやってきた、って感じの味。しかもそのリンゴはウサギの形に切ってある。あ、これ、結構的確かも。
――(笑)。いや全然伝わらないです。要するにリンゴの香りがするってこと?
角井 それも含まれるし、い草みたいな香りもするし。お好み焼きの匂いはしないけど(笑)。お好み焼き屋さんが1階にある建物の2階のあの感じを思い浮かべてほしい。たぶんその店主のお母さんが住んでるんでしょ。で、その休憩中にリンゴをウサギちゃんの形に切ったのを運んできてくれるっていう。
――最初に呑んだ日本酒に比べて、渋さがあったから?
角井 そうそう。情景が浮かびました? いつもお好み焼きを運んでくるともこさんっていうおばさんがいて、お好み焼きだけじゃなくリンゴを切る技術もあるんかいっていう(笑)。
――伝わらないです!
――じゃあ1位の「大吟醸 鳳陽 わた雪」もいただきましょう。
角井 これもいいですね。米麴で濁ってるけど、匂いはしない。おっ、ちょっとヨーグルトみがする。この1位のお酒はちょっとシュワっとして炭酸みもありますけど、酵母が生きてるから発酵してるっていうことでしょうね。だから栓に穴が開いている。マッコリっぽいから辛いものに合うかもしれないですね。
器も大事で、スッキリ系のお酒には薄いガラスのおちょこに注いだり、米の匂いが強いものはぶ厚めのおちょこに入れたり。香りがいいお酒はワイングラスに入れて匂いを立たせるとか、それぞれ味によって器や食べ物を合わせると楽しいんですよね。
――めっちゃうまい!
角井 このキレのいい1位のお酒は、きゅうりの酢の物に合うと思います。これなんかクセがないから、ご飯とか食べてる時にでも合わせられるんですよ。もともとが米ですからね。日本酒には食べ物をおいしくさせる力があるんです。
特に、あん肝ちゃんとか、白子、刺身とか。そういうのが置いてある居酒屋には絶対おいしい日本酒がそろってます。でも、ポテチとかにも合うんですよ。つのはよく友達と家でパーティーする時に、酒屋さんで日本酒を選んで持っていきます。
――酒屋さんではどうやって選べばいいですか?
角井 店主の人とおしゃべりして、「最近入ったのどれですか~?」って聞くことも多いし、「フルーティーなやつが好きなんですけどどれがオススメですか?」とか、「レアなお酒ありますか?」とか。そうすると大抵優しく教えてくれるんです。
特に初心者の人には、フルーティーとかジューシーと言われてるものを手に取ってほしいですね。白いワインみたいな感覚で、生ハムとかカルパッチョとかにも合うし。
――行きつけの酒屋さんは?
角井 四ツ谷の鈴傳(すずでん)とか、新井薬師前の味ノマチダヤとか。結構レアなお酒があるんですよ。日本酒の素人が行っても全然大丈夫だし、オススメを聞いたり、好きなタイプを伝えたらチョイスしてくれたりすると思います。
――次は特徴が尖ってるものを呑んでみましょうか。
角井 めっちゃ甘いのと、古酒。あと世界第1位って書いてあるやつを持ってきました。これなんて世界一なのに1杯250円。
角井 じゃあ世界一からいただきます。......あ、これ今までで一番フルーティーな香りがしますね。しかも飲み口がスッキリしてて飲みやすいからバランスがいい。年上の方とかはもっと淡麗な、ザ・日本酒なものが好きかもしれないですけど、初心者にも向いてると思います。
古酒もいってみましょう。あー! 全然違いますね。紹興酒みたいな、ちょっとお醤油みたいな風味がする。こういうのは角煮とか中華料理に合うと思いますよ。
甘いやつもいただきます。「ティラミスに合う」って書いてあったけど......アルコールも12度で日本酒の割にあんまり高くないし、めっちゃくちゃ甘口。ティラミスっていうよりピスタチオアイスに合いそう。日本酒って意外とチョコレートとかにも合うんですよ。
――日本酒の辛い甘いっていうのは、何なんですか?
角井 まず日本酒っていうのはめっちゃ神秘だっていうところから話さなきゃなんですけど、その神秘さも結構ハマる理由なんですよ。
まず米を研いで蒸して、カビの一種である麹を入れて、それが米の中のでんぷんを糖に変えてくれるんです。その甘くなった糖に今度は酵母というやつを加えて、それが糖をアルコールと炭酸に変えてくれる。酵母の力が効けば効くほど糖がアルコールに変わるから、アルコールみが強くて辛くなる。反対に糖が残ってたら甘いんですよ。
――あと、冷やがいいとか熱燗・ぬる燗がいいとかはどう決まってるんですか?
角井 いろいろあるんですけど、とりあえず初心者にオススメしたフルーティーなやつとかジューシーなやつは、冷やで吞んだ方が味が残っていいです。だってジュースも温めないし、ぬるいジュースとかイヤじゃないですか(笑)。
けど、さっき呑んだ2位のやつ(「嘉泉 特別本醸造 幻の酒 無濾過原酒」)みたいに、お米のふくよかさ......ってよく表現するけどなかなか分からないですよね(笑)。「醇酒」とか「熟酒」に当たるものは、燗にしたほうが独特の香りがするからいい、とも言われています。そういうのはよく、香りに丸みがつくなんて言いますね。
でも熱くするとアルコールの匂いも強くなっちゃうから、アルコールがフワッとしてそれが嫌いな人もいる。つのもそうでアルコールの匂いが苦手だから、燗では呑まないですね。
――とにかく初心者は、フルーティーな日本酒を冷たくして呑むのがオススメということですね。
角井 そう! でも日本酒はアルコール度数が15度とか、もっと高いものもあるから、一般的なお酒と比べて3倍近くアルコールが強いかもしれない。そういう人は水で割るのもいいし、炭酸で割ってもいいし、好きに呑んだらいいと思います。
つのも買ったけど苦手な味だったら、水で割ったり、冷凍のブルーベリーを入れてカクテルみたいにしたりします。あとはおでんの出汁割り。冬はコンビニでおでんを買って、その出汁で割ったら「めちゃうまー!」ってなりますよ。
――今日は日本酒の敷居の高さがちょっと下がったような気がします。
角井 実は最近日本酒がすごくキてて、海外の人にも人気だし、コンビニにもスパークリングの日本酒が置いてあったり。周りの芸人さんや若い女性でも結構好きな人が増えてるんですよ。
今までの鬼殺し的なイメージとか、さびれたおじさんが呑んでるイメージからちょっとずつ変わってきてて、それこそ白ワイン感覚で呑んでる人も多い。それに世代交代で若い杜氏の人も増えてきてて、いろんなチャレンジをしてるんです。
最近は春酒が増えてきてかわいいラベルのものも増えてきたし、完全に海外の人に向けた英語のラベルのものもある。最後にもう一杯だけいいですか?
――どうぞどうぞ。
角井 この一番おいしそうだった出羽桜をいただきます。んー! すごくスッキリしててレモンみたい。
――最後にこの味をたとえると?
角井 レモングラスの匂いがするリゾートに来たら、急にサングラスをかけたボディーガードが現れて、両脇を抱えられて部屋まで連れてかれる......そんな味!
――いや相変わらず全然分かんないです(笑)。
角井 TikTokでこういうのやろうかな(笑)。
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●角井(江戸マリー)
ワタナベエンターテインメント所属のお笑いコンビ、江戸マリーのボケ担当。2021年結成。怪談や落語を彷彿とさせるホラー感漂う独特の漫才を得意とする。角井は独特の喋り方からナレーションの仕事も。ワタナベコメディスクール時代に唎酒師の資格を取得
X:https://twitter.com/tsunoidesu
Instagram:https://www.instagram.com/otsunodayo/
唎酒師としてのInstagram:https://www.instagram.com/nihochiiran/
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。