『ジャンプ+』にて2022年に連載がスタートした異色の将棋漫画『バンオウ-盤王-』。現在大白熱の竜王戦最終局面に到達した本作について、原作担当の綿引(わたひき)智也先生、作画担当の春夏冬画楽(あきない・がらく)先生、そして 「超ホンマでっか!? TVマンガ大賞2023!」で『バンオウ-盤王-』を激推ししてくれた麒麟・川島明さんをお招きしてお話しをうかがった。
*本記事のダイジェスト版は『ジャンプ+』にて配信中
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★麒麟・川島明が語る『バンオウ-盤王-』の魅力
――川島さんが『バンオウ-盤王-』に注目したきっかけは?
川島明(以下、川島) 芸人ってけっこうマンガ好きが多くって。「あれおもろいよ、これおもろいよ」って楽屋でもよくしゃべるんですけど、後輩の蛙亭・中野君がめっちゃ漫画好きで、ある日「バンオウ知ってます?」って教えてくれたんです。「将棋漫画だけど、とにかく出てくる人が全員いい人で、登場人物全員がなんか愛される背景があって、『ジャンプ+』のコメント欄の感想も優しさに満ちていて、読者の方もみんな優しいんですよ。こんなに平和な漫画はないです」って。
僕は将棋に関しては素人で、子供の頃にちょっとやったぐらい、ルールがわかるかな...くらいだったので、「それでも入れる?」って聞いてみたら、「まぁ、とりあえず1巻読んでみてください」みたいな感じで勧められまして。読んでみたら、絵もストーリーもめちゃくちゃ読みやすくて「めっちゃおもろいな」っていうことがきっかけで、以来推させていただいてるというスタートですね。
実は、中野君に勧められた頃に読んでた漫画がけっこう重たかったり、「人間の闇」を描いたどろどろした作品を好んで多く読んでた中で、『バンオウ-盤王-』は唯一こう...「構えずにスッと読めるエンタメ」という感じで。中野君の言ってることが1巻を読んでよくわかりましたし、その時の印象が今も変わらないんですよね。
――「300年将棋だけに打ち込み努力してきた吸血鬼が、現代の天才達に挑む」という特殊な設定と構図に関してはいかがですか?
川島 いろんな作品の中で、吸血鬼って「人間を超越した特殊な生き物」っていう描かれ方がされてきたと思うんですけど、『バンオウ-盤王-』の主人公・月山元(はじめ)は人間以上に「ただの努力の塊(かたまり)」という...。
やっぱり将棋の才能がなかったところから始まったっていうところが好きなんです。才能はないけど、もうとにかく勝ちたくて、その気持ちだけで打ち込んで...300年。作品に出てくるライバルは全員、言うたら「天才」なんでね。寿命の短い人間が、人間の限界時間30年くらいでどこまで強くなれるのかを極めている人達。
そういった相手に対して、時間だけがたっぷりあった凡人の吸血鬼が、努力だけで闘い続けるっていう作品は今までになかったですよね。超人的な身体能力を持っているけれども、あくまでも「将棋のルール」に完全に従ってて、たとえ追い込まれたからといっても超能力とかでズルしたりは絶対にしない。
――逆に吸血鬼らしい弱点はあるんだけど...っていう。
川島 そうなんですよ、将棋で天才達に挑むには、吸血鬼には弱点しかない。メリットといえば長い時間だけなんですよね。でも(月山)元ちゃんにとって「死ねない」という不幸でしかなかった長い時間が、将棋に出会ってからは「ひとつのものに打ち込む事のできる時間」に変わった。元ちゃんのそういう「努力を基盤にして動く」という人間性が、共感できる要素なんですよね。
――なるほど。「読みやすさ」と「登場人物への共感」はとても大切な要素ですよね。
春夏冬画楽(以下、春夏冬) 『ジャンプ+』は読者の方が朝起きてすぐに読んでくれることが多いので、頭がまだ働いていない状態でも内容が入ってきやすいように、できる限り自分でもチェックしています。まだまだ拙(つたな)い絵だと自覚しているので、「せめて読みやすさだけは...!」..。それでも、大先生達の作品と比べたらまだまだなんですけど。だから川島さんに「読みやすかった」っていう言葉をいただいたのがすごく嬉しかったです。ありがとうございます!
川島 将棋漫画なので、たとえばどうしても女性からしたら男よりも距離のある世界観なのかな? お堅くなるのかな?と最初は思ってたんですけど、まったくそれを感じさせない軽妙さやポップさがあるので、そこは先生方が多分すごい気を遣ってはんねやろなと思いましたね。
★漫画を超え始めた現実
川島 ちょっと聞いてみたかったんですけど、野球であれば大谷選手、将棋では今や藤井聡太8冠であるとか、漫画を超えた存在が現実に出てきてしまうということに関しては、どう思われていますか?
綿引智也(以下、綿引) いや...難しいですね、やっぱりそれは。「藤井さんのほうがすごい」というようなことを、コメント欄で見かけることもありますし、それはその通りですし。
川島 そうですよね。
綿引 それはちょっと悩ましいところではあります。『バンオウ-盤王-』の企画を練っていた頃の藤井さんは2冠だったんですが、連載中に8冠制覇とかやっちゃって、大変なことになったなぁって思います。
川島 そうですよね。
綿引 漫画の中で、現実よりも小規模なことをやっちゃってるワケですから、そこの苦しさというのは正直ありますね。
川島 今、将棋漫画と野球漫画、一番苦しいんじゃないかって思うんです。漫画でも「ちょっとこれは描きすぎやで...」って思われていた天才が、実際に現れるようになっちゃったので。
綿引 これまでの将棋漫画では羽生さんをモデルにした天才が登場してきましたが、これからは藤井さんがモデルになっていくかもしれませんね...。
川島 ですよね。藤井さんは今一番強い、脂が乗ってる時期ですから。でも、現実社会でも強い棋士の方がドラマを生み出しているっていうのは、ええことでもあると思います。
藤井さんのおかげで将棋に興味持ったという方もいっぱいおられると聞きますし、『バンオウ-盤王-』を読んで「将棋スゴいな」と思った人もいると思います。僕、竜王戦の賞金なんて『バンオウ-盤王-』で初めて知りましたからね。「ビル直せるくらいなんや!」って。
――月山が竜王戦に挑む動機が、賞金でしたからね。
川島 ああ、そうですね! 守りたいもののために始めたわけですからね。でもそれが途中で叶ってからは、さらに純粋に将棋に向き合っていく流れになって。
だから月山が闘うライバル像も、すごく丁寧に描かれているんだろうなと思うんですけど。彼らのルックス...見た目というのは、綿引先生が決められているんです? それとも春夏冬先生が?
綿引 なんとなくのイメージはネームの時からあるんですけど、それを受けて春夏冬さんにほぼほぼお任せしています。
川島 いいルックスですよね。やっぱいい漫画ってライバルがかっこいいので。
★『バンオウ-盤王-』誕生秘話
川島 キャラクターのルックスもそうなんですけども、そもそも『バンオウ-盤王-』はどうやって着想されたんですか?
綿引 当時は漫画の連載を目指してネームを描いていたんですけど、担当編集さんに見てもらって、評価してもらったりアドバイスをもらったり。まあ、あまりうまくはいってなかったんですよ。
で、悩んでいる時に編集さんが「こういう作品見てみたらいいんじゃない?」と、オススメの海外ドラマを勧めてくれまして。その中に『クイーンズ・ギャンビット』っていう作品があったんです。それがとても面白かったので、「チェスいいな」と思って。でもチェスは日本では馴染みが薄いので、「将棋にしよう」と思ったのが始まりだと思います。
川島 ...吸血鬼はいつ来たんすか?
一同 笑
綿引 将棋を描くとしたらテーマが必要だなと思ったので、「努力が才能に勝つ」というテーマでお話を作ろうと思ったんです。...で、これは私の個人的な考えなんですけど、極端な話「努力は真の才能には勝てない」と思ってるんです。本当に才能がある人は、結局努力もするから。
川島 同じように努力した分、成長されるから。
綿引 はい。「人間の時間は平等だから勝てない」と思っていて。だからせめて「時間が不平等だったら勝てるかもしれないな」と。たとえば、「何百年も将棋のために努力を続けている人だったら勝てるかな」...と。でも人間はそんなに生きられないから...なんか、「化け物にするしかないな」って。
川島 化け物にするしかない(笑)。
綿引 それで吸血鬼が主人公になりました。
川島 なるほど。なんか結構シビアなお考えですね。努力だけでは天才には勝てない。真の天才はすべからく努力してるってことですよね。
綿引 そうですね。もちろん、天才は天才で素晴らしいと思うんです。『バンオウ-盤王-』の主人公は天才じゃないですけど、作中にはさまざまな天才が登場しますし、特に今は天才が持つ素晴らしさや面白さも描いていこうとしているつもりです。
川島 なるほど。春夏冬先生はどこから参加されたんですか?
春夏冬 私も当時試行錯誤していた時期で、そこに編集さんから綿引先生のネームを勧められたんです。読んでみたら、将棋漫画なんですね。将棋といったら普通は「和」じゃないですか...でも、主人公は幽霊とか妖怪とかじゃなく、まさかの「吸血鬼」!? 和と洋をミックスするという発想が「面白いです」とお伝えしたら、「作画のほうをやってもらいたい」というありがたいご提案をいただきました。
綿引 ...「洋」でよかったです。「和」だったら嫌だった可能性もありますからね(笑)。
川島 そうですね。「和」の妖怪やったらその可能性も(笑)。
春夏冬 いやいや、そんなことはないですけど(笑)。「和」の将棋と「洋」の吸血鬼というアンバランスさというか。でもそのアンバランスさが独特な読み味になっているところもあって、将棋というジャンルに引っ張られない、作画の自由度を持たせてくれてるなと思いました。「和」だったとしたらもう、なんか黒と白とかの話になってきちゃいそうなんですけど、「洋」が入ってくると、「もうなんか金髪でもいけるかな...」とか(笑)。
川島 確かに、世界観が広がりますね。
春夏冬 色の部分で、結構その「ザ・和」みたいなところではない部分で遊べるな、と。あとは、面白いのはもう絶対に面白いっていう実感があって、さすがのネームだなと。そこで大変ありがたいご提案というか、作画の担当を受けさせていただきました。
川島 春夏冬先生のデザインがすごいなと思いますね。やっぱり黒髪じゃないんだなとか、目が赤いとこだとか、だからサングラスしたり色々やられてるんですけど...けっこう吸血鬼ってバレやすい要素が(笑)。
春夏冬 これは私のミスですね(笑)。
川島 ミスじゃないですよ(笑)。やっぱデザインめっちゃカッコええから。そこはやっぱ男女問わず食いつくルックスになってますもんね。
★タイトルに秘められた意外な意図
――『バンオウー盤王-』というタイトルについてお聞きしたいです。
川島 これ以上ないタイトルだと思います。4文字で「バンオウ」。「盤上の王」「バンパイアの王」ともとれますし。深い!
綿引 いや、ちょっと。タイトルは...。
編集杉田(以下、杉田) 最初、なんでしたっけ。
綿引 最初は決めてなかったんですよ。
川島 ...無題?
杉田 無題でしたね。
綿引 でも、連載会議に出す時にタイトル決めなきゃいけない。その時になんかいくつも杉田さんに提案して「ダメダメダメダメ」...みたいな。めちゃくちゃダメ出しされて、最終的に『バンオウ』になったって感じですね。
杉田 そうですね。
綿引 『バンオウ』もそんなに杉田さんも良いって言ってなかったですよね。
杉田 そう。というか、本当はこの漢字の『盤王』が良いよねって言っていて。
綿引 そうですね、最初漢字だったんですよ。
杉田 『ジャンプ+』は作品がたくさんあるので、まず読んでもらうためにタイトルはとても大事なんです。だからタイトルにはこだわってほしいと伝えて、いろいろ送ってもらったんですけど、なかなかピンとこないものが多くて...。
川島 覚えてるやつないんすか?その...タイトルボツ案。
綿引 『将棋吸血鬼』とか。
川島 『将棋吸血鬼』!?
一同 笑
杉田 あまりにも「ダメダメ」と言い続けたら、途中から綿引先生がなんか投げやりになって。『将棋吸血鬼』とか「綿引さん、ふざけてるだろ」みたいな(笑)。
川島 言い過ぎたんや...。
杉田 「全然やる気ないでしょ!」「いや、やる気ありますよ!」ってなって。で、そんなやりとりの果てに『盤王』というタイトルが出て来た。ようやく「いいですね」ってなったんですけど。当時「4文字以上じゃないと、Twitter(現・X)のトレンドに上がらない」という事情もあって。
川島 そうか。
杉田 それで、じゃあ4文字以上だとなおさら嬉しいっていう話をして。「じゃあカタカナにしましょうか」みたいな。
綿引 会議の時は漢字で出しましたよね。
川島 そもそもは『盤王』→『バンオウ』なんだ。
杉田 ただ、この漢字の字面はかっこよかったんで、なんか『NARUTO-ナルト-』みたいな感じでミックスして、『バンオウ-盤王-』と。
川島 「バンパイア」とかかってるのかな...と思ったんですけど。
杉田 そうですね。そうだと思います。「吸血鬼の王」と「盤面の王」っていうことかなと。
川島 でも、タイトル案として出た時には、吸血鬼はかかってなかったんですよね?
綿引 かかって...ないですね。
川島 奇跡の一発や。僕は「バンパイアのバンとかかった完璧なタイトルやなぁ」って、「ホンマでっか⁉ TV」で偉そうに説明してしまいましたけど (笑)。
★AIも活用した白熱の将棋バトル
川島 ところで先生方は、将棋は強いんですか?
綿引 私ですか? いや、全然強くないです。
川島 ...やってはいるんですか?
綿引 実は今、全然指してないんですよ。
川島 えぇー。結構な棋譜というか。将棋好きもめっちゃうなるような手を描いてるじゃないですか。
綿引 もともとルールを知ってるくらいだったんですけど、描くなら詳しくならなきゃと思って、連載前から連載開始して半年ぐらいまでは調べたり、自分でも指してみたりはしていたんですけど、今はさすがに全然...。
川島 芸人仲間にも将棋好きってめっちゃ多くて。かまいたちの山内くんとか、サバンナの高橋さんなんかは番組やってるぐらいやけど、その人たちが読んでも納得するくらいおもろいっていうのは、多分そこの展開や棋譜にウソはないというとこでしょうね。
綿引 いやあ...AIがなかったらこんなの描けてないですね。
川島 そうか! 逆にこの時代やから描けたというところもあるんですね。
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この鼎談の続きは、明日4日0時に更新いたします。
川島明(AKIRA KAWASHIMA)
1979年生まれ、京都府出身。98年に田村裕とお笑いコンビ麒麟を結成。『IPPONグランプリ』や『フットンダ』など、大喜利番組で頭角を現し、現在では『ラヴィット!』のMCを中心に、テレビで見ない日はない人物となった
綿引智也(WATAHIIKI TOMOYA)
『バンオウ-盤王-』の原作担当。『ジャンプ+』にて読切作品『SWORD IN THE CITY』、『その惑星で、彼は生きる。』を経て『バンオウ-盤王-』を連載中
春夏冬画楽(AKINAI GARAKU)
『バンオウ-盤王-』の作画担当。綿引氏と共に『バンオウ-盤王-』を連載中